扁桃炎ですか。。

一週間ぶりの仕事だった。
あまり疲れなくて、何とか全室終わる事が出来た。
いそがしですかの彼女が、風邪治ったかと言い、話しかけてきた。
15分位立ち話をしてしまったが、私は一週間位前に喉が痛くなってという経緯なのだが、
彼女は、2週間前から、喉が痛くて辛かったようだ。
昨日、病院に行き、膿せんという白いものが、のどの両脇に沢山あって、お医者さんにとってもらったと言っていた。
取るって、どうやって?と聞いたら、一つずつ取ったそうで凄い痛みだったとのこと。image.png
但し、その状態で痛みがあっても、発熱はしていなかったそう。。
ちゃんと耳鼻科に罹っているから、大丈夫なのだろう。
喉の奥を見てと言われて、大きな口を開けている彼女の喉を見て、びっくりした。
扁桃腺というのは、両脇にありそんなに大きくないと思う。私の喉は、そうなので、彼女の喉を見て人それぞれなのだなと分かった。
彼女の喉は、両脇がくっつくようにグチャグチャとした扁桃腺となり、喉の奥が見えにくくなっていた。
かなりの、重症な扁桃炎だと思う。
耳の後ろのリンパ腺も、少し痛いと言っていたが、慢性化してしまうと、内臓に影響すると何かに書かれていた。
私の場合、和菓子屋に居た時に、酷い風邪に何度もかかったが、その時は、新しく来た若い子が、いつも鼻をかんでいて、
かんだチリ紙を指先で小さく折り畳み、捨てていた。
その手指の消毒をしないといけないのに、しない子だった。
風邪は、鼻かぜと咳で、ウインドウケースの横にしゃがみ込みゴソゴソと鼻をかんでいた。
気にしてしまうと、負けるのだと思うが、私は気にしてアルコールでボールペン等の消毒をしていたが、生の和菓子を取り分ける時に、エンボスの手袋をするのだが、店長がもったいないと言って、ずっと一枚のエンボスを共有していた。
だから、彼女の鼻がついた指先がエンボスの手袋の中に、、、居たわけだ。
ずっと風邪をひかない体質という、事はもうなくなるようだ。
簡単に移る老人となってしまった。
夫の喉風邪は、治まってきた。
何度も、喉の中を見させられたが、歯茎も腫れていて、喉周辺は、やはり、ゴチャゴチャとしていて、歯茎が赤くなっている。
何度も病院に行きなさいと言ったのだが、お金がもったいないと変な理屈を言っていかないので、もう知らない事にした。
歯は、二本がおかしいようだ。
グラグラと動く。
強く噛めないと言う。
その周囲が真っ赤になっていて、腫れている。。。。
抜けると、その周囲の歯が危なくなる。
それも話をしたのだが、平気だそう。。。

虎視眈々

ようやく、熱も平熱になり、アレルギー蕁麻疹も痒みが治まってきた。t155974921297876375178[1].jpg
先週、どうも次男が帰宅していた模様。。。
まったく知らなかった。
それ位苦しくて、部屋から出るのも大変だったので次男の部屋のドアがあいていたのも素通りしていた。
声が出なくなって、38度6分の熱が出ている時、汗が凄くて、ありったけの寝間着を出して着替えたが、体が動かず、
袖を通すのもズボンをはくのも大変だった。
しまいには、Tシャツと、トランクスの形のパンツだけで、トイレに通った。
廊下の壁にドシン、空気清浄機を蹴飛ばし、階段をヨレヨレと降りてトイレに通った。
その時に、確かに次男の部屋の空間を感じたのだが、見る余裕がなく、多分、次男の目の前をトランクスを履いて、Tシャツを着た
ヨロヨロとしたおばあさんが、前のめりになり必死に歩いている姿を見ていたと思う。
私は、普段は、前のめりの姿勢はとらないので、びっくりしたと思う。
九の字に腰を曲げてフラフラとした私。。。
もう駄目か。。。と思ったが。。。
食欲もなく、あいつのご飯は汚いと思っているので、どうしても口にできず。。。
そうこうしていて、無事に平熱になり、あんな恥かき捨てだと居直っている。
しかし、次男は何も言わずにアパートに帰宅した模様。
恥かし。。。。
そういえば、あいつが、いつの間にか、禿げの部分まで、真っ黒に日焼けしていて、びっくりした。
鼻も真っ黒、頬っぺたも、手も真っ黒だ。
私が寝込んでいるので、安心して、デートをしたようだ。
正に、鬼の攪乱中を虎視眈々と待っていたようで、おかしい。。
あちらの咳だが、タンが絡んだ咳をまだ、しているが。。。。
熱も出ないし、、、やはり、野蛮人だなと思った。

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薬の...

薬の蕁麻疹は、これで数度目となり、いつも酷く苦しむのに、原因を調べなかった。
今回は、どの薬からなのか、調べてもらった。
結果は、二週間程かかるのだが、何となく、もう少し早くしていればと後悔している。123692393170016410329[1].jpg
耳鼻科に行き、薬疹が出ている事を告げたら、ムコ〇〇〇と言う記述があり、これを飲まないでと言われたが
はじめの耳鼻科で、それを告げていたのだが、名前が違って出されていた、しかし、今回は、それ以外の抗菌剤や、風邪薬
の部類も怪しいと言う事で、三種類の薬の相性を見てもらっている。
電話をかけて、総合診療科に行ったのだが、結局、皮膚科に回された。
薬の蕁麻疹は、肝臓に負担をかけるそうで、その検査もしている。
夫は、相変わらず、タンの絡んだ咳を繰り返しているが、熱も出ていない感じだ。
病院に行って、咳の薬を出してもらってと言ったら、切れて、大声で怒鳴り始めた。
どうして、おれがいかないといけんのだーーーと言うのだが、もうどうでも良くて、あーはいはいとだけ答えて置いた。
もし、その咳が、下に降りて、気管支炎とか、肺炎になっても、同情はしない。
しかし、そういう事態にはならないと思える。
病院に向かう時、都内は汚いと思った。
地下鉄の中でも、夫と同じように、タンの絡んだ咳をマスクもしないでしている人が、複数人。
このような環境の中にいたら、あんな咳程度で、病院なんか行けるかも頷ける。
ただ、その日は、台風一過の後で、風の為に沢山の落ち葉があり、若い落ち葉だったので、葉っぱの香りが
していて、少し気持ちが良かった。
年齢が増すとともに、どうも立ち直りが遅くなっていると思う。
病気をあまりしないほうだと思われるのだが、いざ、病気になると、青菜に塩状態だ。
今回は、夫が、声が出なくなって発熱し始めたころに、帰宅後、ご飯を作ってきた。
大きめのどんぶりに、たっぷりのうどんで、とても食べられた量ではない。
それに、何も食べたくなくないのだが、断れなくて、受け取った。
勿論、食べられない。。。すぐにバタンキューーとなり、動けなかった。
次の日も、出来合いの物をお盆に乗せて持ってきたが、それも食べられない。。
しかし、言えなくて、受け取った。
夫が出た後、這うようにして起きて、お茶を入れなおした。
置いてあるお盆のご飯をすべて、二重のごみの袋に入れて捨てた。
これからも、何かを作ってもらっても、どうしても食べられないと思う。
不特定多数と何かをして、その手で、作ってもらっても汚いと思うだけ。
その場で、会っただけで、その人の病歴も分からないのに、欲望だけで、何かをする人の神経が分からない。
人は人で、それぞれなのだが、私の場合は、結婚をしているパートナーにはしてほしくない。
したければ、独身に戻って自己責任で頑張れば良い。
起きられるようになって、ウロウロとしたことは、台所の茶タンスや、冷蔵庫、オーブン、お箸入れの引き出しをアルコールで拭いた。
汗だらけの、布団も干して、とても気持ちが良い。
生きている限り、病気はすると思うが、なるべく避けたいなと思う。
声が出ない状態で、面接をした結果は、不合格だった。
もう一人のパートさんは、今月いっぱいと決まった模様なので、私が更に辞めるとは言えない状況のようだ。
これも流れの一つなのだと思うしかない。
しかし、他の仕事がしたいのだが。。。どうせなら、、。
面接の前日に発熱、声でないとは、タイミングが良すぎるが??、、考えないようにしよう。。。。

薬の蕁麻疹。。。

情けは人の為ならずの意味は、人の為ではなく、後から自分に却ってくるという意味らしいが。。
うっかりせっせと世話をしたら、火曜日の夜半から調子がおかしくなり、水曜日には声かでなくなつていた。
せっせとお世話をしたら、こうなった。
水曜日は、問題で、面接を受ける日だったので、どうしようかと考えたのだが、結局電話をかけて、日延べをお願いしたが、
それは最終日の為無理と言われた。
しょうがないので、声が出ないが面接を受けた。何だっけ.jpgimage.png
多分、ダメでしょう。
喉の病気は、夫がもう二か月位ゴホゴホとしていて、とても、嫌な気分だった。
耳鼻咽喉科は、水曜日が定休日なのだが、水曜日に開いている病院もあり、そこに出かけた。
いつもの耳鼻咽喉科とは違い、外科的な何かの塗布のような事はあまりなかった。
薬を三種類戴いた、私は、ムコ。。。という薬が駄目で、飲むと蕁麻疹がでる。
その薬の話をしたのだが、結局それが処方されていて、名前が違っていてよくわからなかったのだが。。。
金曜日には、全身に左右相対して、蕁麻疹が出た。
少し痒いな思ったので金曜日は薬を飲まずに、いつもの耳鼻科に行った。
綿棒で、喉の奥をこすられて、ものすごい痛さで、涙が出てしまった。
しかし、先生は、喉の上部の部分だけですねというのだが、食道の方まで、赤くなってしまう人がいるらしい。
仕事先にも電話を入れたが、声がおかしいのですぐに分かるようだった。
二日も休んでしまった。。。。。
70歳を過ぎてから、風邪をひく回数が増えたが、それよりも、殆ど動けないほど、症状が重い。
それに比べて、夫は、なぜ平気なのか。。
ゴホゴホゼロゼロという感じなのだが夜中は特に咳が酷い。
それでも、熱が出ない。
一度風邪をひくと、私の場合、重い。
明日は、皮膚科に行かないといけない。
蕁麻疹は、早めに直しておかないと、不快な状態が続くから。。。
ちょっときついけれど、毎日のお弁当を作らなくて良い事だけは有り難かった。



変な咳だと思う。

同居人と書く事をやめる事にした。
考えた末、疚しく思う行動はしない事にした。
同居人と思っていても、相手を位置付けるのが、面倒くさい。どうでも良い位。。
私自身は、自分を守る為に、一切の思惑は持たない事にしている。
これは、相手が何をしていても、気にしないと言う事なのだが。。。
人生の終わりをすぐそばに思い、正しく生きて行かないと後悔するという、土壇場が見えてきた。1_20090704103528.jpg124667132814916418064_1_20090704103528[1].jpg
夫が、これから何をして少ない人生を送って生ききるのか、、わからない。
私は、何も言わないし、心の中にいない。
居ないのは、しょうがない。
纏わりつくような、うっとおしい様な、性格ではないので、諦めたらそれまでよ、、なのだ。
リビングにいて、テレビを観ていると、二階の夫の部屋から、ゴホゴホという咳が聞こえてくる。
痰は出ていないようで、ただ、軽くゴホゴホと二回位せき込む。
マスクをしてほしいので、口だけで良いからマスクをしたらと、渡してみた。
相変わらず、返事はなしで、ひったくるように取るだけだ。
それも、別にどうでも良いし、ただ、弱っている様子なので、熱を測る体温計を渡したり、飴とか、暖かい飲み物を何度か、
運んだ。
再三、病院に行ったらと言うのだが、行かないと言う返事なので、どうにもならない。
今迄、こういうせき込みはしたことが無いのだが、何の病気なのかと思う。
気管支炎、アレルギー性の咳、咽頭炎、マイコ系の肺炎、思いつくのはこの位で、やはり、病院で薬を出して戴かないといけないと思う。
熱がないのが、変だなと思うのだが。。。
もし、喘息だとすると、以前、工場関係に勤めた時に罹ったことがある症状には当てはまらない。
ゼロゼロとした喉の奥と、鼻水が出て、咳がとんでもなく出るのだ。とても苦しい。。
それが起きるようになって、その工場を辞めた。
八か月程いたのだが、未だに、年金が送られてくる。少ないけど。。。一生送られてくるらしいが。。
二回か、三回位のせき込みだと、よく分からない。
本当に厄介で、もう色々とあきらめたと決めた途端に、色々と具合が悪くなり、何か変だなと思う。

空咳から。。。

7月の10日位から、空咳が出て、ついに薬を飲んだ同居人だが、咳は、二週間程出ていたが、治まっていた。
そして、8月24日位からまた、出始めた。
今度は、タンが絡み、それが出て行かないで、苦しいと言っていた。124378239852516330029[1].jpgカンポの宿の猫.jpg
熱を測ったが熱は無しで。。
ただ、耳がおかしくて、聞こえずらいと言うのだが。。。
栓をしたように、遠くに聞こえるらしい。
土曜日なので、近くの呼吸器内科か、耳鼻科に行こうと言っても、聞かない。
風邪の症状ではない事は確かで、何かのばい菌が付いた模様。
痰は、喉の奥から出ているようだが、もっと降りて行ったら肺炎になってしまう。
それに、マスクもしないで、咳をしている。
風邪は、飛沫感染するが、ビールスではない場合、相手の触ったものに、ばい菌が付着したら、それを触った人に移るらしい。
しょうがないので、冷蔵庫の取っ手や、トイレの内部や、ドアノブをアルコールで拭いている。
一か月位前の咳は、空咳で軽い感じだったが、今回は、時々、タンが絡むようだ。
激しいせき込みではなく、軽い咳の感じが、大変怪しい。
病院に行けば、病原菌に合わせて、抗生物質が出されて、楽になるのに、、、。
同居している身としては、厄介な事である。
この頃年齢の為か、こらえ性とか、積極性に欠けている自分なのだが、今回も、酷い咳というよりも、軽い咳という状態は、怪しいので
病院に行こうと言ったが、行かないと答えたら、そのままにしてしまう。
せき込む場合は、何となく軽い病気のように思う。
違うかもしれないが。。。。
喘息や、アレルギーの場合は、涙がでる程、せき込むように思う。
咳が止まらず、しゃがみ込んだ事がある。
しかし、同居人の咳は、軽くて、激しくせき込まない。
喘息とかも考えられるのだから、一刻も早く、病院に行き、ちゃんとした診察を受ける方が良いのに。。
病院に行けば、すぐに分かる事なのに、面倒くさい人間だ。。。
苦しくないのかと聞いたら、平気だというのだが。。
私が、咳が酷かった時、心臓に負担がかかり、仕事中でも、しゃがみ込みせき込んで大変苦しかった。
空咳だからと、油断してはいけないのだが、本人が平気だと言う場合、どうにもならない。

再び横浜。。。

前回、グルメ切符で横浜の中華街に行ったが、また、行ってみた。めじろ.jpgめじろ.jpg
若い頃、横浜や、金沢八景、佐島、茅ケ崎に遊びに行くことが多かった。
親戚の叔父の経営しているお店が、デパートにあり、そのお手伝いで行くようになり、お店の若い店員と仲良くなり、
よく遊びに行っていた。
中華街や、元町をブラブラしたり、ニューグランドホテルで、お茶をしたりする程度で、満足していた。めじろ.jpg
佐島マリーナのそばに、民宿をしている友達がいて、周辺をオートバイに二人乗りして、徘徊。。。
佐島は、山もあり落ち着いた場所だった。
山の上の方に行くと、どういう訳か、外国の人が沢山ウロウロとしていた。
少し、ハイカラな場所だなと思った。
結婚をして、障碍のある長男が生まれて、何もかも変わった人生を歩み始めた。120507905620916223838[1].jpg
横浜をふと、思い出す現在は、きっと、その変わった人生が、更に変わる事を表しているのかもしれない。キャリコ.jpgキャリコ.jpgキャリコ.jpg
そして、行ってみたら、中華街は、お土産屋さんか沢山増えて、雰囲気が違っていた。
それでも、懐かしくて、ぼーっとしてしまう。
今回の目的は、サテンの小さな巾着を買う事と、グルメ切符で美味しいご飯を戴く事。。。
前回は、少し拍子抜けして、こんな感じなのかなという感想だが、どうも、パンフレットを見ると、
凄く豪華な食事のお店もあり、もう一度行ってみようとなった。
同行する人は、以前の友達で、二人で、行こうよなったのだが、食事を選んで検証しようという心も二人で一致。
選んだお店は、あちこちに新館や、別館や、販売店がある中華料理のお店で、大変良かった。
メニュー通りのお料理が出て来て、お茶もポットに沢山入っていて、二人でニコニコとしてしまった。
以前のお店では、ものの10分もかからず、食べ終わって、お腹が空いた状態でお店を出ていたのに、今回は残してしまう位の量で
しかも、とても美味しい。
中華料理で、魚介も入っていたが、匂いがなくて、味付けも丁度良くて、隣の外人さん達も、とても楽しそうで、席を立つ時、119401850930016319698[1].jpg
女性の外人さんが、お腹が一杯というジェスチャーをして見せたので、大笑いしてしまった。
時間があまりないので、駅に向かったのだが、行きの電車では、人身事故や、信号関係の遅れ、行先変更のアナウンス等があり、
予定の時間より、遅れたのだが、帰りも、遅れがあり、予定通りにはいかないようだ。
今度は、秋口に、どこかに出かけるかもしれない。
近場に限られてしまうが、本当は、どうしても行きたい場所がある。
名古屋に、住んでいた頃、長男の言語訓練で通った高蔵寺という場所。
あの小児病院で、長男の先を明るく見る事が出来た。
言語訓練でのひと時は、私の心の中にいつまでもあり、事あるごとに思い出す。
どうにもならないと思われる状態でも、何とか進める事を教えて戴いたから。。。
暇になったら、一人で名古屋に行ってこようかと、真剣に考えている。
秋口になると、あの高蔵寺の青い空と、冷たいきれいな空気、鳥のさえずり、静かな空間を思い出す。
思えば、長男と、私は、沢山の善意の中で暮らしていたと思う。
私の、心の中にいる長男は、もう一度行きたいねと言っていると思う。

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そう考える。

一緒の仕事をしているパートさんが、辞めるそう。。葱坊主2.jpg
色々な理由があるらしいが、一番の理由は、体力的なものだそう。
もう、三年目の私なのだが、やはり、少し嫌になっている。
先日、オカルト紛いの出来事があった。
仕事中、タオルが汚れると、トイレの中の水場で洗うのだが、ついでに、トイレを使用をする時がある。
その時に、外のドアをコンコンコンとノックする音がして、すぐに、かなり凄い音でドアをドンドンと10回位叩いている音がした。
すくに外を見たのだが、誰もいなかった。
その話を、いそがしですかの彼女にしたら、彼女は、真っ暗なごみの集積所のドアを開けたら、ハンディのある男の子が、真っ暗の中立っていたそう。
こういういたずらに付き合いきれない。
そして、私の話を聞いて、隣の男子トイレを見たかと聞いてきた。
誰もいなかったので、そのままにして、タオルを洗い、掃除の場所に戻ったと言ったら、男子トイレに隠れているはずだとの事。。。
もしかしたら、オカルトか??と思ってもいるので、何とも嫌な気持ちだ。
疲れて、少しトイレの中で、息を整える事も、何か用心しないといけないのは、きつい。。。
色々と、仕事に支障をきたすような、関わりがあり、面倒くさい。
そろそろ、辞める時なのかもしれない。
もう一人のパートさんと、同じ心境だ。
ただ、仕事をして、真面目にして、終わったら帰宅して、、、、という生活がどうして出来ないのかな。。
死にたいとか、明日魂が抜けますとか、明日棺桶に入りますとか、、、返答に困る。
彼は、真面目な顔で言う。
普通の職場として、成り立っていないと思えるのだが。。
誰が壊したか分かるように、名前を入れましたと言うのだが、、、、掃除機に。。。これって変だと思うのだが。。。


気にしない

nuko_4.jpg糖尿外来に、行ったのだが、二度目の、認知症の検査をした。
お話の途中で、認知症の検査を受けてくださいと言われた。
同居人は、大変びっくりして、慌てていた。
糖尿病は、低血糖が原因なのか、認知症になる率が高いらしい。
検査は、一番初めに、五個の品名を覚えさせて、15分後位に、その品名を聞かれるらしい。
その他に、画像を描いたりとか、色々あったようだが、覚えていないそうだ。
ちなみに、五個の内、三個は答えられたらしい。
私も、人の事は言えないかもしれない。。。
数値の中で、推算糸球体濾過率の%なのだが、今迄よりもだいぶ悪くなっていた。
多分、腎臓の機能が低下しつつあるらしい。
内臓的に、段々数値が悪くなる事が普通にあるらしいが、認知症はどうなのか。。
段々悪くなるのか、それとも、一気にある日突然、帰宅できなくなるとか、迷子になるとかが
始まるのか。。。
どちらにしても、何かが起きつつあるのかなと、憂鬱な気持ちになる。
自分の身の振り方だけで、手一杯なので、ある程度は、自分で管理してほしい。
A1cの数値は、20年位、あまり変わっていない。
やはり、糖尿病なので、普通よりは高値だけれど。。。
認知症の検査をしたことで、同居人も何かを感じたようだが、私自身、これからの生活の中、自分自身を大切にしたいと密かに思っているので、
始めて、恩着せがましい言葉を言った。
こういう状態で、数値が殆ど変わらず、透析を受けるような結果にもならず、甘い物も食べているし、体調が凄く良いのは、家庭での生活状態が良い結果だと思うと。。。凄く、偉そうに恩着せがましく言い、恩を売った。
同居人は、うんうんとうなずいていたが、どうしても、それを認めたくないらしく、言葉はなかった。
それはそれで構わない。
どうでも良い。
ただ、言ってやりたかっただけ。
介護施設の仕事をするようになってから、私の世界観は、大きく変わった。
ああなるのか。。。という何かを見たのだ。
自分の行く末が、怖い。
ただ、分かっている事は、楽しくて嬉しくて明るくて、というハイな気持ちで巡るこの世であれば良いと言う事だ。
同居人の、裏の生活がどうなっていようと、私には関係がない。
目の前にある生活については、自分の道理に反しないように、真心を込めて対処する。
しかし、本心は、あ~~面倒だ、嫌だ嫌だという心境だ。
今迄の生活の中で、裏切りや、誤魔化しがなかったら、嫌だ嫌だという心境にはならない。
極めて人間らしい、反応だと思う。
陰でコソコソと、他の女性と色々とあり得ない事をしているから、しょうがない。
その代償は、受けるしかないと思うが、実際は、どうでも良くて、糖尿病に関しても、動脈瘤に関しても、
病気の進行を少しでも、抑えるような、ものを渡したりしている。
食事の材料も、体に良い影響の食材を使っている。
以前の、同居人の食事は、私は食べられないような、ものばかりだった。
脂の塊、ガムのように食べていた。
ラーメンのおつゆも、飲んでいた。
肉肉と肉ばかり食べていた。
今は、殆どなし。。。
それにしても、考えるのも面倒で、どうでも良くて、こんなに冷たい事でよいのか。。。
相手に干渉しない場合、すべてに干渉しない事となる。
道理に反しない限り。。。。
相手も、それが一番ストレスがない状態だと思う。
しかし、部屋にご飯を運ぶと、濡れたタオルが落ちていたりして、こっそり体をふいているらしいのだが、
堂々と、したいことをすれば良いのにと、歯がゆいし、気にするのも面倒だ。
日曜日は、午後、一人で買い物に出る。
その間に、お風呂に入ったり、好きな事をしてほしいと思っている。
なぜ、隠れてコソコソと行動するのか、考える価値無しの、面倒なバカみたいな事だ。



意味

某韓国のドラマというと、定番の冬ソナがある。
今、大変複雑化している両国間だが、その状態の中で、冬ソナはないでしょと言われてしまうかもしれない。7706ad0f.jpg
偶然入った教会での会話が、心にある。
色々な訳の分からないような成り行きもあるのだが、教会のシーンだけは、何かの原点のように思う。
おじいさんや、おばあさんになっても一緒に過ごしたいのですという言葉なのだが。。。。
私は、結婚というのは、若い時が主ではなく、高齢になった時にこそ、意味があるのだと思っていた。
顔立ちや、体が老いてしまった時、労わりあえる事が、結婚なのだと思う。
その時に、相手を思いやれる人間が、本当に愛する人なのだと思う。
お気に入りのマグカップが相手の都合で、割れてしまったとする。
割れている部分をつなぎ合わせて、ほら、使えるよと渡されても、継ぎ目があきらかに見えていて、
使うたびに嫌だなと思うものだ。
割れたマグカップ゜は、壊れた結婚を意味している。
壊れなければ、素敵な生活だろうか?。
素敵な人生だと思う。
同居人と、一緒に病院に通院している。
私の総合診療科の薬をとりに行く事が含まれている。
しかし、一緒に行きたくないのだが、、、。
とても嫌だ。
私は、72歳になり、同居人が付き合っている女は、子供がとても小さいから、若い女だと思う。
どのような経緯でそうなったのか、知りたくもないが。。。
若いはずなので、一緒に歩く時、嫌だろうなとと思うのだ。
私も嫌なので、そういう時は同じだと思う。
車に乗るのも嫌なので、車の修理に対して、殆ど無視している。
一緒にどこかに出かける事は、殆どないようになった。
それが、私たちの普通の状態なのだと思う。
唯一、空き実家に行く時と、薬とりの時に一緒に行動する。
自分が年を取ったことを恥かしいとは思いたくない。
現実であり、真実であり、順当な出来事なのだから。。。
何となく、比べてるか??と、思える時があり、だから言ったじゃないの の心境になる。
どうして、そばにいるのかと不思議になるが、生活と、欲望の達成とは別もんなのか。。。
おじいちゃんとおばあちゃんになった今、思いやるどころか、何とやらだ。
そうだ。。。もう少し若かった時、パニック障害になり、痩せて、命の危険を感じた時、私が死んだら、この子達を
育ててくれる人と再婚してね と言ったら、死んでから離婚て出来るのかなと、言ったが、出来ると教えてあげたい。
男の場合でも、女の場合でも、ちゃんと出来る。縁切りは出来る。



知らないかも。。

連絡のなかった友達と、連絡がとれて、新しく仕事をする話を聞いた。
年齢が今年で70歳になるので、少し焦っていたのだが、どうみても、70歳には見えなくて、image.pngimage.png
この年頃の女性は、こんな感じの人が多いのかとも感じる。121129988571216109213[1].jpg
家庭に入っている人は、世間にもまれる事もなく、安泰の為か、年齢よりも上のような雰囲気がある。
彼女は、色も白くて、とても可愛い顔立ちなので、まだまだ、結婚もありかなと思っている。
しかし、仕事は、以前の事務のような仕事がなくて、介護に毛が生えたような立場の仕事を選んだ。
まだ、未知の仕事で、ああそういう仕事もあるのかと思ったのだが。。。
世間には、色々な理由があって、病気の人でも一人で暮らすこともあり、その人のご飯の支度とか、洗濯
をするパートらしい。
私は、そういう施設の掃除の仕事をしているので、ある程度の状態は分かるが、彼女にとっては、どういう
風に接したら良いのかと、とても不安のようだ。
何度かラインが入り、どうだろうと聞かれるのだが、何とも答えようがなくて、
ただ、やってみて、ダメなようだったら辞めたら良いとしか言えない。
気負っていく必要もないと思うし、雇用保険がある訳でもないが、契約書を交わすと言っているようなので、
そんなに心配はいらないと思う。
人それぞれだと思うが、働けるようなら、出来る範囲の仕事を見つけて、働いた方が良いと思う。
今の私の職場の、給食の人と話をしたら、75歳と、72歳が二人、後は50代が数人という情報だった。
それはそれは。。。と内心嬉しかった。
70代でも、頑張っている人が、まだあちこちにいるから。。。
私と一緒のパートの人は75歳で、どうも辞めるという話をしたようだが、はっきりと決まった訳ではないようで、あまり、立ち入らない事にしている。
その彼女は、掃除機内部のゴミを吸着させるスポンジを何度か洗っていて、あまり洗わないほうが良いと言いたいのだが、言えなかった。
昨日、休んでいる私の所に電話が入り、掃除機が動かなくなったとのこと。
私が気にしていた事なのだが、あまり言えず、様子を見ていた段階から、ついに壊れたようだ。
多分、スポンジを洗剤で洗って干していたが、完全に乾いていない状態で使ったかもしれない。電気系統に良くないと思う。
それと、屈んで本体の止めスイッチを押さずに、コンセントを抜いていると電流の関係があるかもしれない。
多分、屈む動作が辛いようだったので、関係していると思う。
掃除機は、きれいに掃除をして使うのは良いのだが、水には弱いかもしれない。オレンジのダリア.jpg
私の名前の入っている掃除機を使っているとの事だったので、洗わないほうが良いかもしれないと、何気なく、注意をお願いした。
あれが、壊れたら、始末書を私が書くことになるので、勘弁してほしいが。。。。
私しか使ってはいけないという、シールが貼られている理由は、誰が壊したか分かるようにするためだそうで、恐ろしいですね~~。
週に三日間の仕事なので、休み明けにカートにセットしていると、明らかに誰かが掃除機を使っていて、丁寧な始末をしていない。
でも、壊れてはいないので、そのまま何も言わずに使っている。
75歳の彼女に、スイッチを切ってからコンセントを抜いてと言えない。直接コンセントを抜いてスイッチの代わりにしているらしい事を
言っていたので、気になる。
面倒なり。。。。

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取り除けないものか

7月に156571173256419836341-thumbnail2[1].jpg母親の納骨の為に、姉が来るはずだったのだが、どうも難しいようだ。
母親は、白木のお位牌のまま、姉の家で、眠っている。
お盆の時に、丁度良かったのだが、時期はずれるようだ。
もしかしたら、こちらに来られない可能性があるようだ。
すると、甥っ子が言っていたように、私が行くのかもしれない。
姉の、子供が病気なのだが、その状態があまり良くないようだ。
姉の落ち込んだ声を聞いていたら、もう、80歳なのにと、大変気になる。
姉の生活が、落ち着いた状態になるには、果てしなく、難しい。
子供とは、、、、姉の全盛期は、4人の子供がいて、旦那は大きな会社の重役で、大きな家に住み、車を四台も持っていて、一台は高い外車で、クルーザーも所持していて、海で遊んでいた。
私から見たら、雲の上のような生活に見えた。
今の姉は、様々な苦労をして、病気の次男に何をしてあげたら良いのか分からず、嘆いている。
未来は、分からないと言う事なのだろうか。
私が、苦しんでいた時、姉は楽しく暮らしていた。
私の今は、苦しいわけではなく、楽しいわけでもなく、でも、何か落ち着いた気持ちで過ごしていこうして、年齢をいつの間にか重ねて、気が付いたら、この位置にいると言う感じ。。
姉は、〇にたいと言っていた。
私もその時期があったが、とうに見送った。
嵐の様な環境の中で、揺られるままに、右に左に、時には叩きつけられ、そして、あきらめるという感情にたどり着いた。
今は、あきらめている。
とても楽ちんだ。
自暴自棄には、臆病なのでなれなかった。
落ち込むことはあったが、落ち込んでいても何も解決しない事も知った。
姉に必要な心は、自分を大切にする事だと思う。
落ち込んで、自分を痛めつけないでと思う。
いくら、〇にたいと思っても、何も解決しないし、相手が治るわけではない。
家にいて、話しかけると怒って、寂しいと言っていたが、ご機嫌を取る事は大変疲れるはず。
それをしなくて良いのだから、有り難いと思い、自分を大切にしてほしい。

人間の事情。。。

よそのお庭.jpgもしかしたら、また、長い連休の始まりか。。
相手に、いつまでお休みか聞いていないが、多分、9日間の連休。。
でも、私の日常は多分、、あまり変わらない。
相手に左右される気持ちが浮かばない。
柳のような心境。

二つ違いの友達が、二人いて、同時期位に転職をした。
一人の人は、今、ラインは既読になるが、返事がない。
変わった当初、とても喜んでいたのだが、思ったような環境の職場ではなくて、不満を沢山言っていたが、ついに、辞めてしまった。
離婚後、一人暮らしをしていて、金銭的には余裕があり、ただ、寂しいと言っていた。
彼女は、もう少しで70歳になるので、仕事はあまりないと思う。
ブライドの高い人で、春眠しますと返事が来て、それ以来、何もなし。
仕事を見つけるのには、年齢的に、無理かもしれない。
私もそうなのだが、もう無理だと思う。
今の生活をつましくして、日常を送るしかないと思う。
もう一人の友達は、介護関係の仕事についていて、資格もあり、何とか暮らしているが、体力的に苦しそうだ。
彼女は、新しい職場で張り切っていたのだが、この頃、不平不満を言うようになった。
古くからいる人達は、とてもうまく立ち回り、入居者の体や、命の管理をする立場をある程度、放置して、次の人にその責任を負わせるという、
まったく、信じられない事をするようだ。
私の、職場ではどうなのかと考えるのだが、私は、まったく関知しない立場なので、分からない。
しかし、メンタル的に何か違和感を覚える時を経験した。
入居者には、直接関係がない事柄なので、書いてしまうが、掃除の仕事をしていると、猛然と汗が噴き出て、お昼の時間には、まるで、
水をかけられたような状態になる。
その為、食事が終わってから、それを脱ぎ、乾かそうと考えて、屋上に出た。
引き戸には、鍵がかかるようになっているので、もし、私がいないような感じになり、鍵をかけられるのは困るので、見える位置にいて、後ろ姿が、直接分かる様な感じで座っていた。
誰も、屋上に出ている人はいなかった。
ランチバックの中を整理していたら、ガチャッといきなり音がしたので、振り返ったら、誰もいない。
しかし、あの音はおかしいなと思い、鍵の部分を見に行ったら、鍵がかけられていた。
ガチャっという音は、鍵をかけた音だった。
出入口は、そこしかない。
幸い、私は携帯を持っていたので、事務所に電話をかけて、開けてもらった。
その時に話を聞いていたら、よくある事で、誰か分からないが、鍵をかける人がいるらしい。
見える場所にいたとは、言わなかった。
この事は、経験してみると分かるが、ぞっとする体験だ。
何が怖いかと言うと、締め出される事よりも、そういう行動をとる人間が、素知らぬ顔をして、普通に仕事をしている事だ。
私も、ある程度の年齢になったら、そういう場所で残りの終生を送るのだろうか。
出来るだけ、それは無いようにと考える。お金もないし、無理だと思うが。。。
何かあった時に、呼ぶコールボタンが、ベッドの下に絡まり、持ち上がらない時、もし、この部屋の人が、押そうとしてもボタンを手に出来なかったら、大変なので、担当の人になおしてもらったのだが、黙って入ってきて、力持ちらしく、大きな音を立てて、ベッドをずらして、からまったボタンを乱暴に敷布団に放り投げ、また、大きな音を立てて、乱暴に壁にぶつけるように元に戻して、何もいわずにぷいと出て行った。。。
仕事をしながら様子を見ていたのだが、入居者には、きちんと対応して、話しかけて、ほぼ、満点に近い。
私がみた光景とは、裏腹であり、へっとびっくりしたが、それで良いのだと思う。
その日の感情により、例えば、頭痛がしていたり、体調が思わしくなくても、仕事に穴をあける訳にはいかないので頑張るのだろう。
掃除婦が、偉そうに、、、と言った心境だったのだと思う。
なので、猶更、仕事に専念して、モップとなり、仕事をする事にした。
実の所、職員方達のように、かなりの責任とか皆無に近いので、自分の思うように仕事をしていれば良くて、楽である。


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様変わり

仕事場の帰り道、駅に向かう十字路で、信号待ちした。
向かい側から、お婆ちゃんの自転車が来て、私と同方向にハンドルを曲げていた。20170311171430.jpg
一緒に渡る事も考えたが、危ないと思い、お婆ちゃんに譲った。
すると、そのお婆ちゃんが、何度も私を振り返る。
無視して、黙って前を見ていたのだが、目があってしまい、ふと、この人。。。。。見た事あるが誰だったかと考えていた。
笑い顔で、以前の若かりし頃の友達だと分かった。
あちらも、私をどこかで会った事があると、思っていたようだ。
自転車を降りて、一緒に渡り、駅前でお茶をした。
彼女は、老健の給食の仕事をしていたのだが、今もその仕事をしているとのこと。
お子さんは、長男と一緒で障碍児で、今は老眼になったと話をしていた。
人間の老化は、容赦しないようで、彼女の老化は、激しい部類だと思った。
私よりも、四歳も若いのだが、ちょっと、、言葉では言い表せない。
そういう私も、彼女はあれまあと思って見ていたようだ。
お互い様である。
ずっと以前、同居人が、大動脈解離で緊急入院して、集中治療室に運ばれた時、危ないと言う事で、四日市の義弟夫婦が来た。
病院で待ち合わせをしたのだが、スタバの前で待っていると連絡をして、待っていたのに、現れない。猫七月三十一日.jpg
椅子に座り、前方を凝視。。。
来ないなと思って、隣を見たら、お婆ちゃんが座っていて、やはり、何となく前を見ていた。
すると、一人のお爺ちゃんが前からこちらに向かってきた。
そして、何かの声をそのお婆ちゃんにかけた。
その声を聞いて、義弟と分かり、〇〇さんと声をかけた。
その声を聞いて、隣のお婆ちゃんが、お姉さん!!と叫んだ。
何と、、私たちは隣に座っていながら、分からず、待ち続けていたのだが。。。
その時も、彼女達の様変わりが、あまりにも、、、であって驚いた。
しかし、その私自身も、気が付かないでいるが、他の人がみたら、豹変しているようだ。
若くありたいとは、そんなに考えていない。
現実をみたら、抗えない真実を実感している訳だから。。。
相手を、軽蔑する程、愚かではないつもりだが。。
どういう訳だか、その様変わりの状態を経験すると、凄く大笑いしたくなり、どうしたのよ、、と言いながらしばらく笑ってしまう。
凄く楽しく感じるのだ。
変わってしまった様子が、とても可笑しい。
そういう感情を感じずに、年齢を重ねていく気持ちにはなれない。
そういう感情が持てない位、生活苦で過ごしていくのは嫌だ。





あれれ。。転んだそう。。

昨夜、帰宅した同居人。。。。gahag-011029.jpg
眼鏡をかけるド近眼なのに、眼鏡をかけていない。
眼鏡なしで、帰宅しているが、どしたの????。
と聞くことが出来ないのだが。。。
様子をみているが、今朝も眼鏡なしで、すっかり肩を落として、ため息をつきながら、玄関を出て行った。
帰宅してから、こそっと、お弁当箱を台所に出している姿を見たのだが、やはり、眼鏡がないが。。。。
失くしたのか、どこぞで転んだのか。。出先で置き忘れしたのか。。。
免許の更新等、率先して自分らしくしているのだから、眼鏡の購入位簡単だと思うので、何も言わない事にした。
眼鏡をかけていなかった初日は、23日火曜日。。
もしかしたら、25日のお給料日に購入するのかもしれない。と楽観視する。

7/25朝、つんとした態度で、テーブルの上のお弁当を掴んで、踵を返したので、後ろ姿に眼鏡どしたの?と
声をかけた。
どうしてかけたかと言うと、25日はお給料日なので、少し、懐柔してやったつもりで。。
黙って靴を履き、出て行った。
私は、自分のお弁当を包んで、仕事場に向かった。
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別に、返事をしなくても平気のヘッチャラなので、気持ちも余裕のよっちゃんでした
ご飯を部屋に持って行った時、あれ眼鏡は?と改めて聞いたら、駅で顔面から転んだと返事をした。
そういえば右の目じり付近が赤くなっていた。
眼鏡が壊れたと言う事は、ガラスの破片が目に刺さったりする事もある訳なのだが、それもクリアか。。
またしても、強運、凶運である。
転ぶ姿を何度かみているが、どうしても笑いそうになるので、要注意である。
話を手短に聞いて、すぐにそばを離れた。
土曜日に眼鏡を購入することになった。
本当は、口を聞きたくないし、あまり関わりたくないのだが、お給料日と、年金支給日は、現金な私は豹変するのである。
事実、お金に困らなければ、私の空間は、まだ、広いのでそれさえ満たされていれば、相手が、何をしていても、興味がない。
おしゃれとか、身を飾る事には、興味がないが、自然の中に居られるようなお出かけなら、沢山してみたい。
交通費や、食事代が沢山あれば、ニッコニッコとしたおばあさんになる。





精神的、体力的。。。

1561057914949.jpgもう一人のパートさんの話を伝え聞いたが、仕事をしていると動悸がするらしい。
仕事時間は、私より一時間少ないのに、仕事をしている場所は一緒なので、かなり辛いと思う。
時間内に終わらせようとしたら、省く場所もあると思う。
共有の場所を一週間に一度づつしているが、大変だろうなと思う。
あの仕事をしていて、周囲をみていると、人間の本来の姿をみている感じがする。
飾りなく、体裁もない、お化粧をしている人もいない。
何に例えたら良いのか分からないが、あの空間がすべてとなる。
高年齢になれば、行動する空間は、確かにどんどん少なくなるのだが。
例えば、買い物は、いつも同じお店に、同じ時間帯に行く。
顔を洗って、そのままであったり、髪の毛もブラシもしないで、そのまま。。。
体の不調も影響すると思う。
先日、歯のかぶせものが取れて、神経を抜いて、新しいかぶせものを付ける事になっているが、こうして、歯が悪くなり、
抜けていき、補い合っていた隣の歯が今度は危なくなる。
この結果、歯周病となるのだろうか、歯が抜けてしまう。
高齢の方が多いので、総入れ歯の方が殆どなのだが、多分、カルシウムの関係なのか、ホルモンの関係なのか、歯が段々もろくなるようだ。
自分の歯で噛んで確かめるように食事をしたほうが、美味しいはずだと思う。
体の故障により、空間はどんどん狭くなる。
何もかも狭くなる。
何も、しなくなり、ずっとほんの数メートル四方を感じて暮らしている場合、心は、ある部分しか働かないと思う。
人様の事は、考えてもしょうがないが、自分自身の事は、冷静に考えてみたい。
どうせ行く道。皆、生き物であれば行く道、行く先には、何をしていても、悪い事をしていても、人様に意地の悪い事をしていても、
良い事をしていても、犠牲になる人生を送っていても、辿り着く場所は、誰も一緒なのだが。
下らない事で気もそぞろになり、大切な時間を浪費していた以前と比べて今は。。。。
同居人が、真夜中に悲鳴や、なにやら切羽詰まった雄たけびをあげるのだが、以前は、眠れなくなるくらい不安を感じていた。
それが今は、平気で自分のしている作業を続行させている。
眠りに付こうとしている時は、その声を聞きながら眠っている。
同居人は、あの車の更新の為の受講を内緒で受けていて、素知らぬ顔をして、土曜日に予約をしてと言っていたのだが、それがもう受講済である証拠の領収書を床に落として、発覚してから、すごく大人しい。
おどおどとしていて、髪の毛を洗うのも速攻で済ませ、体に至っては、水で洗っている。
私が、咎めると思っているらしいが、そういう下らない事はしないし。。
ばれた時、自分が隠していた事が露呈してしまったーーーという心境らしいが。。
予約をしてと言った時、オレウカルカナーーと言っていたが、あんた、、役者ですね。。。但し大根役者。ノーータリンですね。
段々、高齢になるので、うっかりミスが多くなり、隠しておくはずの領収書を床に落としてきが付かなかった模様。
そういう私も、この頃、とても怪しいうっかりミスをしてしまう。
もう、同居人には、問い詰める事もしたくないし、ほほーこれなにもう予約しなくても良いじゃない。この日帰宅しても何も言わなかったけど
普通、家庭では、言ってきたよと報告するんだけど。。。と。時間を聞いてもおろおろとして、何か良からぬ事をする時は分からなければ、大胆に行動しているが、ばれるとかなり、病的な反応をすると思った。
やはり、精神的な欠陥があると再認識した。
だから、相手にしないで、自分の行く末についてだけ、真剣に考える事にした。
でも、老いは、必ずそばにいて、あちこちにほれほれここが痛いだろうとか、階段で落ちても知らないよとか、あれあのそれという言葉が
沢山頭の中に浮かぶしかないよねと、言ってくる。
例の受講の事件から、何となく肩の荷が下りて、ほっとして、自分らしく暮している。
以前は、何を問いただしても、誤魔化すので、証拠が欲しかったのだが、それを、手に入れた心境だ。
今は、緊張感がなくなり、老化が進む感じで、油断できない。









思惑。。。

今朝は、肌寒くて、おまけに小雨がぱらついていた。
これから、15分位(順調に行けば、、)自転車に乗る。
前夜に、買い物に行った時、荷物を前かごに乗せようとしたのだが、自転車が倒れてしまった。
そのせいか、何となく、右に偏っているようなハンドルで、とても乗りにくい。
ガードレールの中で、何度も偏り、こすりそうになった。
自転車での、通勤は今年一杯位が、限界かもしれない。
危ないと言う事で。。。
普通に一日が始まり、日常が過ぎていくのだが、永遠と言う訳ではない。
日々、上書き修正のような事が起きる。
空き実家の片づけをしていて、亡き兄は、後を濁さずの精神で、兄の部屋の中は、余分な物が捨てられていた。
しかし、一階の台所とか、母親の部屋は、何もかも捨てるような感じとなっている。
ゴミと化した日常の品々が、どうにもならずにゴミの袋に入っていく。
片付けながら、我が家の場合は??と考えてみたのだが。。。
もう、半端ではなく、ぐったりと気持ちが塞いでしまう。
これを今から片すとしたら、さて、どうするのか、さあ次はどうするかと考えるが、意外に、あまり執着心がないので、ポイポイと捨てられるようだ。
ただ、どうしても、手が出ずに、見上げては考えてしまうものがある。
もう、十年以上前の出来事なのだが、同居人の悪友で、未だに居酒屋で逢瀬を重ねている男がいるのだが、例のシアリスを同居人にあげたと
嘘をついた男なのだが、その男が、ある宗教をしていて、同居人を引きずり込んだのだ。
その頃は、長男もいて、私は子育てと介護で大変な毎日だった。
どうして、同居人はその宗教に入っていったのか分からない。
二人で行こうと言われて、その場所に行った。
都内のはずれにあり、小さな山のような場所の上にその場所はあった。
優しい先生で、お昼をごちそうになり、様々な飾り物を受け取り、その場所を後にした。
神道であり、一日と十五日に、お榊を取り換える。
毎日、ロウソクを建てて、小さな本の中の口上を唱える。
かけまくも、、、で始まる。
私が家に居たので、その挨拶は毎日した。
長男が具合が悪くても、お世話をしていた。
その合間に、同居人は浮気をしていて、そのお世話を今思い返しても、五回位しかしていない。
矛盾をしていると思いながら、触らぬ何とかに祟りなしというのだが、もう、持ってきてしまったからしょうがないと思い、お世話をしていた。
その頃は、夫婦という観念があり、相手がする事だから、従おうと思っていた。
今は、まったくその意識がないのだが、もっと前にそう考えるべきだったと思う。
その宗教をなぜ、この家に呼んだのか、、未だに分からない。
私が、お世話を止めたきっかけは、家に女性を入れて、その神棚のある私の部屋を使ったからだ。
それ以来、見向きもしていない。
もう少ししたら、同居人の部屋に移そうと思っている。
悪友は、同居人がまったく祝詞を上げたりしていないことを知ったらどう思うのだろう。
お伺い日という日に出かけた事が、数度あるが、先生のお話を聞いている間、さも感服したような仕草をしていて、うんうんと頷いたり、感動した素振りをしたりしていた。
それでいて、ロウソクを建てて挨拶をしたのは、五回位。
背筋がぞっとするような、得体のしれない感情の持ち主だと今は分かる。
今は亡き、優しい先生の場所にお返しをするべきなのだと思う。
会費も払わず、お掃除にも行かず、年祭にもいかず、先生のご仏前への挨拶も行っていない。
部屋の片づけの度に、どうするのだろうと考える。
私が何かの行動をするのが今迄の通例なのだが、今回は私の役目ではないと思う。

雨の日模様。。

仕事先で、もめ事が多くて、気が滅入る。
自分には関係がない、と思えばそうなのだが、一人の作業であれば、それで良いのだが。。。あの場所には、仕事をしに行っていると思うのだが。。
様々な思惑があり、それを気にするのはあまり良いとは言えない。
やめる訳にもいかないし、、しばらくは様子見で過ごす事にした。
年末ごろに、何かの変化があるかもしれないが。。
人が、集まり何かの作業をする日常は、それなりの関係性が生じて、面倒くさい。ホント。。。
もう、三年目の仕事場なので、見えすぎてきたらしい。
仕事中の合間に、ハンディのある二人のおどけた写真を撮った。
洗剤のボトルを手にして、ダンスをしている所、、、二人共、とても可愛い顔をしていて、心が和む。
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先日の、横浜への小旅行は、とても楽しかった。
もう一度、八月の中頃に行くことになった。
今度は、元町を中心に歩くことになった。
時間がもう少し早ければ、例えば、五時過ぎに行動しているのなら、もっと色々と観る事が出来る。
その状態は、到底叶わない。
やはり、相手が家を出てから、電車に乗るしかできない。
もっと自由に、あとどの位この世に居られるのか分からないのだから、自分の思うように行動したい。
同居人も、あとどの位この世に居られるのか考えているらしい。
いられる間は、好きな事をして日常を送りたいのだと思う。
その邪魔をしないようにする。
家庭とか、妻とか、忘れても良い。
四十六年間も、様々な出来事を経験しながら、家庭を考えていたのは、私だけの様だ。
その考えを無くすことにした。
とても、軽くなり、明るく過ごすことが出来る。
仕事場の出来事も、大した事ではないと思う事が出来る。
幸せを感じるという気持ちは、一瞬であり、すぐに消えてしまう。
感じる気持ちは、とても大切だ。
それは、大金を手にしたからではなくても、例えば、トイレでの用事が簡単に済んだ時とか、朝、目覚めた時複雑な感情ではなかった時とか、
自転車で通勤中に、細いガードレールで、走行している時、対向自転車の人が、道を譲ってくれた時とか、スーパーで、扉を手で押さえて私に通れるようにしてもらった時とか。。。
こういう感覚は、年齢の為かもしれない。

長姉の鬱が酷くなったらしい。
何もしたくないと言っているか、多分、七月に納骨は無理かもしれない。
予定はたてても、その通りにはなかなか、、、うまくいかないものだ。
この気候は、体調にあまり良いとは思えない。
同居人が先週あたりから、空咳をしていたが、いよいよ本格的に、咳が酷くなっていた。
口を聞かない状態なのだが、ついに、クスリクレと言ってきた。
私の、風邪薬を渡した。
勿論、何も言わずに渡した。
もう、何かいう事がとても面倒で、でも、ご飯とか、お弁当はちゃんとしている。
別々の部屋で過ごしているが、とても心地よい。
テレビのチャンネルを数秒ごとに変えるという、イライラとした動作を見なくて良いので、心が落ち着く。
喉風邪らしいが、病院に行かなくても大丈夫なのか、分からない。
熱はない模様。。。
家の中にいる時は、窓を少し開けているし、マスクをして、部屋にご飯を運んでいる。
何しろ、こちらも高齢者なので、風邪をうつされたら、あんぽんたんである。
予防をするしかない。
(ふと、喉の〇病があるとの情報が頭をかすめたが、まさかね。。。)
油断大敵なのだが、こればかりは、気が付いたら熱が出ていたとか、喉が痛いとか伝染する。
仕事場に行く途中の,雑木林が大好きなのだが、雨の時は中の状態が変わる。
葉っぱが茂っているので、雨の落ち方が緩やかなのだが、あちこちに、白いカビが沢山繁殖している。
扁平な白いものの塊がある。
匂いも、いつもの葉っぱの匂いではなく、少し、鼻につくような匂いがする。
やがて、雨が止めば、そのカビも消えて、いつもの雑木林になるのだが、雨模様の時は、様々な変化が、生き物にも、どっしりと構えている
雑木林にもあるようだ。




びっくりの意味。。

南の国の人は、かーーッとなり、怒るが、割と早く元に戻る。
いつまでも、ねちねちと考え込まない。
但し、怒り方が凄い。。。。
体を震わせて怒る。
いそがしですかの彼女が、早退した。523.jpg


相棒のハンディのある女の子ともめた。。
どちらも、相手を思いやらず、自分の考え方で相対している。
彼女が早退した後、一人で黙々と働いているハンディのある女の子。。
近くに来たので、声掛けをしてみた。
反応は、元気がなく、顔色が青白かった。
覇気がなかつた。
いつもの場合、表情があり、目つきが明るかった。
この子と、どのように一緒に働くのが良いのか、、私には判断が出来ない。
ハンディのある子が、彼女の指示に従わず、物に当たっていたから、彼女が、体や、手が震える位怒ったのだが、
物に当たっている所をみたら、言い含める事を繰り返すしかない。
それは、大変ストレスを感じる作業であり、関わらないほうが無難であるのだが。。。
ハンディのある女の子の、対処しきれない状況が、顔つきに現れていて、帰宅してからもふと気になる。
働く場所については、理解のない人があまりいないような仕事場であれば良い。
私自身の亡くなった子供を思い出すと、重なり、可哀想に感じる。
私と同じ仕事をしている年齢の高い人も、少しストレスを感じる人だ。
〇〇の事、〇〇(私の事)さんが言っていたと、言っといてあげたよ とか、〇〇の事で、大変迷惑をしていると言ったんでしょというのだが、
私は、自分の事をモップと思ってほしいと言う位、関わりが嫌で、自分自身の発言は、言葉を選び、なるべく関わらないようにしながら、話をしている。
迷惑とか、自分勝手な発言は、もう何十年もしたことがない。
同じ仕事をしている人は、75歳で、耳が少し遠いのも、凄く驚くのだが、驚くというより、75歳位で耳まで遠くなるのかと、がっかりするのだ。
考え方も、人の迷惑とか、思いやりがなくて、言ってしまえば良いという感じだ。
その言葉を伝えると、相手がどのように判断するのか、考えて言葉を選び、話をするはずなのだが。。。
老化とは、こういう風に忍び寄るのだ。

気が付いたら、歯が抜けていたという事を経験しているのは、私よりも二歳若い友達だ。
一緒に横浜に行った時、前歯の下の歯がないのに気が付いた。
どうしてないの?と聞いたら、自然に抜けたと言うので、びっくり。。。みいちゃん3.jpg
奥歯もないと言うので、更に更にびっくり。。
歯根はあるらしいので更にびっくり。。
治療をしないと、歯根が悪さをすると思うのだが、、、素人考えか。。。
そういう私自身だって、若い訳ではないし、自転車通勤をしているが、乗っている時に、振り返る動作をしなくなった。
同居人が、空を見上げただけで、自転車ごとひっくり返るという、離れ業をしたからだ。
車の往来の激しい道路では、一直線を見つめ、交差する道に来たら、右左を見て、ただひたすら、ゆるゆると走り続けて、仕事場にたどり着く。
そんなに用心していても、横断歩道にたっているだけで、車が突っ込んでくる世の中だ。
辿り着いた時は、本当に安心する。
一つ難関を超えたと思うのだ。
次は、仕事場での対処で、部屋数30から40室の床を掃除機で掃除、タオルモップで拭き掃除、ベッド内を掃除機で掃除、掛布団を整えるという作業をする。
休憩時間は、昼の一時間のみ。。
きついけれど、誰かが、早くしなさいとか、追い打ちをかけるような言葉をいう訳ではないので、自分の流れで動ける。
その作業も、そろそろ辞め時かなと思う。
体を壊してまで、働きたくないから。。。作業的には、本当にキツイ。


歯があるなし。。

仕事先の施設で、其々の方の歯の状態を垣間見るが、総入れ歯の人が多いように思う。
総入れ歯になる時期は、いつ頃だったのか、伺ってみたいと思うのだがしていない。画像
私の年齢では、まだ、歯がある人が多いのかもしれないが、姉のような80代に突入したらその頃に、抜け始めるのだろうか。
歯のかぶせものが取れて、ついに出かけた歯医者さん。。。。
神経を抜くことになり、その治療が始まった。
麻酔を二度に分けて注射をした。
一度注射をして、少し時間をおいて二回目をした。
痛みはそんなになくて、拍子抜けした。
歯も、老齢化して、痛みも老齢化しているのだと思う。
私の脳裏には、入れ歯入れ歯、嫌だ嫌だと、、、そればかり考えていて。。。
先生が、手前の歯と一緒に何とかしましょうと言っていたが、舌先で削ったところを触ると、あの歯の形状がないので、二つをくっつけてするらしい。
五万円かけると、セラミックとなるらしい。
本当は、セラミックが良いのだが、保険内で済ますかもしれない。
前歯のかけている部分についても、話をしたが、原因については話せなかったが、同居人が出て行こうとした私の両肩をもち、リビングに押し倒した時に、顔面を床に打ち付け、前歯が欠けた。
前歯が、ぐんと頭蓋骨にのめり込むような衝撃を受けた。
前歯部分が歪んだように感じ、糸切り歯が飛び出したように感じた。
唇の感覚がなくなり、気が遠くなった。
耳の辺のかみ合わせが口を開けるたびにガクンと小さく動く。
出て行こうとした理由は、とにかく暴れて、床を叩き、喚くので、逃げようとしただけなのだが、それを阻止したかったようだ。
あの時の、恐怖は癒えない。
いつか、突然、嫌になり、義務感も、慈悲感も消えたら、この関係は終わる。
それよりも、今は、歯が大切である。
どうにか、前歯の修繕もしてもらいたい。
以前、塗り込んだ部分が、剥がれて欠けたようになっているが、その奥に根っこのついている歯が隠れている。
少し欠けているようだ。塗り込んだ部分をさらに、塗り込み隠すらしい。
願わくば、、、、色を少し明るくしてもらいたい。
クレジットカードが使えれば、ショッピング枠で払えるのだが、自費のみの支払いの場合らしい。
38年も、前のかぶせものが未だにあるとは、もう少し気を使うべきだったか。。。
あの当時、五か月目の頃、歯が痛くて名古屋の歯科医院を訪ねた。
先生に、妊娠をしていると告げたら、凄く早かった。
一気に数本の歯の治療をして、あっと言う間に、かぶせものが出来て、装着された。画像
とても腕の良い先生だったのだと思う。
あの地方に、8年間住まわせてもらった。
医療関係や、障碍児関係は、とても良心的で優しく、暖かな人柄の人が多かった。
長男の歯の治療は一度だけ、軽い虫歯の治療をしていただいた。
その歯医者さんは、障碍があっても受け入れてくれた。
長男は一人で診察室に入るのだが、数十分後、先生が汗だくになり、長男と出てきた。
先生が、どうしても口を開けてくれないので、今日は終わりにしましょうと言った。
帰り道、今度はちゃんと口を開けるのよと、話をしたら、次の時には、口を開けて診療が終えた。
あの地方を思うと、両手をあわせて感謝をしたい位、心が飛ぶ。
あの当時の、私の歯のかぶせものは、これで消えていく。
奥歯のかぶせものも、実は、歯茎にのめりこんでいる感じがする。
丹念に、歯磨きをしても届かないので、ここもとるのだと思う。
また、神経をぬくのかなと不安はあるが、ぐらついている訳でもないし。。。
キーボードを叩いていて、ふと手が止まったのだが、何かを考えていて、その訳が分かった。
こうして、過去の何かを脱ぎ捨てて、何も振り返らないで、生きて行くのが私なのだと思う。
次は、何を捨てるのだろう。





余計なお世話。。

昨日の朝の歯磨きで、30年以上前の歯のかぶせものが取れた。
歯ブラシが重いなと思ったら、銀色のかぶせものが付いていた画像
二男の妊娠時に、虫歯が悪化して、五か月頃に治療をした。
それ以来なので、38年前か。。。。
手前の歯は、昨年外れて、型をとったまま放置した。
細長く、白い歯が見えているが、何となく行きたくなくてそのまま。。。
歯の治療をする時に、私の唇に指をのせてかなりの圧力をかけるので、
唇が痛くて、冷や汗が出てしまった。
それを痛いですと言えない雰囲気があり、次はどうしようかなと思案した。
それで、月日が経過してしまった。
しかし、今はそれどころではなく、二つも歯が壊れてしまっているから、型をとったままの歯医者に行くしかない。
パート先には、お休みの連絡をした。
金曜日は、とても仕事量が多くて、歯が痛いと出来ない。
一週間に一度の頻度で金曜日の仕事をする。
それ以外の二日間は、自分だけが、持ち分の場所なので、掃除の仕方に予定が建てられる。
金曜日は、もう一人の人と、共有部分だ。
一週間後に行くと、色々とある。
今週、彼女は、お休みをしたらしい。
すると、今日は行かないといけないのだが、思うように体が動かないと思う。
こういう場合もあると思うしかない。
彼女とは、電話で話をする時もあるが、あまり、良い感じが持てない。
施設で、掃除や、シーツ交換の時の問題が、発生しているが、詳しく書けないが、その渦中に二人はいる。
上司に相談は、私自身は考えていない。
掃除の一環として、少し増える部分を彼女は、嫌がっている。
私は、流れでしてしまえるので、仕事の一部だと考えている。画像
上司に話をしたらしいが、私の名前を出して、話をしたようだ。
言っといたからね と言うのだが、私は、言ってほしいと言った事はなく、様子見にしようといっていたのに。。。
こういう事か、様々なもめ事となる。
そういう事が起こるかもしれないと思い、パートを始めても、彼女とは、一年以上、顔を合わせる事をしなかった。
掃除を仕事として、通っているので、どのような仕事がきても、それが掃除の一環であれば、するしかない。
ベッドメイクとは??私の考え方と彼女の考え方が違うので、話がちぐはぐになる。
少しでも、負担をなくしたいと思っているのだと思うが、私の長年の掃除人生(ちとオオバーーかも)では、
掃除を楽に感じた事はない。
楽をしようとしたら、掃除が出来ない。
ベッドの枕の周囲の汚れだけとれば良いと、言われても、やはり、布団も横になりやすいように、手を伸ばせばすぐに首の辺まで手繰り寄せる事ができるように、三つ折りにしておくのだが、それは、違う分野の人がする仕事だからと言う。
足元の部分にも、汚れがあり、布団は動かす事が多いはず。
すると、直すしかないのだと思うのだが。。
意見の交換は、しない事にしている。
どちらかが、見下ろすような発言となると、後が面倒である。
年齢が私よりも、少し高い。
私が、彼女の年齢になったら、やはり、きついなと思うのだろう。
十年前の私は、元気だったが、今の私は、かなり老化が進んでいる。
その更に上を行くのが、彼女なのだろう。
何かを言いたくないし、人は人だと思う。
昨日、いそがしですかの彼女が、内緒よ、言わないよ、わかてるか?と変な言葉を言ってきたのだが、
トイレの中に入り、ひそひそと言ってきた言葉は、こちらまで、気持ちが暗くなった。
私よりも年齢の高い彼女の噂話だった。
あるお店の常連の彼女は、そのオーナーと懇意にしていて、高年齢の彼女の生活についての暴露であった。
75歳で、来年仕事を辞めると言っている゛、辞められないはずだと言うのだ。
その理由は、公的年金の資格がないので、支払われていないそうだ。
アパート代とか、生活費がかかっているから、辞められないのだそうだ。
どうするのか、、、もう少し働いていた方が良いのではと思うのだが、どうにもならなくなったら、生活保護を受けたら良いと思う。
今迄、あまり病気もしないで、よく生活出来たと思う。
世の中には、お金が沢山あっても、病気になり、思うように生活が出来ない人もいる。
それを思うと、元気に働けたらもう少し働いたら良いと思う。
旦那様は、86歳で、少し生活が心配らしい。
ガスの火の処理とか、危ない時があるらしい。
旦那様の年金については、知らないが、仕事を20か所位かわっていると話をしていた。

私の場合は、分からない。
もし、クレジットカードの支払いが終わったら、家にいるようになるかもしれない。
支払いがなかったら、つましくしていれば暮らしていける。
先日のお給料日に、確かめたら、いつもの金額よりもかなり多く入っていた。
多分、罪の意識からだと思う。
私は、お金を見て、にやっとしたのだが、すぐに、お仏壇にお供えをした。
少し、少し、感謝の気持ちが湧いたから。。
現金な気持ちだが、お金さえあれば何も文句は言いません。
パート先の年齢の高い彼女は、辛いだろうなと思う。
アパート暮らしだと、話をしていたが、生活保護を受けたら良い。
今のパート代よりもずっと多くなるし、健康保険代も払わなくてよくなる。
医療費はただになる。
旦那が、認知症になっても、きっとやっていける。
男次第で、運命が激変する女の立場って、悲惨だなと思う。
自分の人生だって、ままならないのに、人様の事は余計なお世話ね。。。。。


作戦失敗したの?。

空き実家に、出かけている回数は、4回位か。。。
その内の土曜日だと思うが、高齢者の免許更新をしたくて、実家のそばの教習所に行った。
その時に、ここで更新すると便利だから、ここでしたいが。。。と話をしていた。
しかし、その日はお休みだった。画像
私に、今度電話かけて、シニアの更新をしてくれるか聞いておいてくれと、何度も言った。
うるさいなと思ったのだが、ネットで見ておくから、と言ったら、まだ9月まで日にちがあるけど、予約をしたいとの返事だった。
予約は、自分の都合の良い日にしたら良いと答えた。
その日から、数日後、お弁当を作らせて、それを手にして会社を休み、その教習所とは違う、かなり遠いスクールで、免許の更新をしていたのだ。。。
分かった原因は、部屋に落ちていた紙切れから。。。
そのモータースクールの領収書でした。

その日に帰宅したら、受けてきたよというはずではないのかな。
それ以前に、今度教習を受けにいくわ。。。土曜日だったらやってるよなとと独り言のように言っていたが、その時にはもう、受けていて、更新しているのに。。。
領収書の更新日から、一週間経過している時、おれ受かるかなーー大丈夫かなーーと言っていたが、、おい!!。
受けてきた日に、いつもの時間に帰宅しているのもおかしいのだが、何もいわないのもおかしいと思うが。
会社に行ったの?と聞いたら行ったよと答えて、教習所には間に合ったの?何時からだったの?と、考える余地なしに質問したら、三時に会社を出たと言ったのだが、二時間以上かかるのに三時?といったら、
12時頃出たと言い、それじゃお弁当はどうしたの?といったら、すぐに食べたと言い、、。
その後の慌てぶりは、見苦しかった。
きっと、素知らぬ顔をして、真面目に会社に行っている振りをしていたのに、ばれた事が恥かしかったのだと思う。
教習所にいくと言って、その開いた時間を何かに使いたかったのだと思う。画像
そのような小細工はしなくても良くて、自由に今日は出かけるよとか、デートするよとか、休みを取って出かけて来るよとか、言ってほしい。
お弁当を食べないで、こっそり捨てているかもしれないとか、考えてしまうと面倒だ。
本当は、お弁当を作るのを止めたいのだが。。
お弁当は、刺激しないように今日は材料がなかったとか、理由をつけて作らないようにしていく。

私の前では、絶対に浮気なんかしていないと、床を叩いて泣き喚いたことがあるので、裏で分からないようにしていたのに、ばれてしまい、小細工をした意味が無くなってしまい、うろたえているらしい。
家で、音をたてないようにして歩いていて、鉢合わせした時に、なぜ音を立てないで歩くの、気持ち悪いよと言ったら、おどおどとして、男らしくない一面を見せていたが、、、、。
もし、その領収書を見ていなかったら、知らない事になるから、今から予約した教習所にいってくるねと言って玄関を出たら、行ってらっしゃい気を付けてねと言って送り出していたと思う。
ばれてしまい、残念でした。
私は、同居人の裏の面を証拠付きでみたので、何かの行動を起こす時、後ろめたく思わないで済むので有り難い。

今迄の、様々な行動から考えると、何となく分かってきた事がある。
もし、他の女を好きになったら、離婚をするはず。
この考え方は、女性の考え方に近いかもしれない。
男性は(同居人は)、もし、その女性と結婚をと考えた時、現状の今妻と一緒の生活形態が相手が違って始まるだけで、
それでは、何の刺激にもならず、繰り返しが始まるだけで、もしかしたら、反吐が出る程避けたい事なのではないか。
今の家庭を温存しておいて、性的な欲求を満足させる相手と、家庭とはまったくかけ離れた場所や、空気や、ときめき感で満たされたいのだと思う。
伴侶を騙して、信じさせて行動して、帰る家を確保しておいて、そこで体力温存をさせて、更に、高みへ。。
ご苦労様です。

病気の体である事の自覚が足りない。
余計なお世話かな。。




初夏のココア

介護の仕事をしている古い友達と、横浜に出かけた。
二男の小学校時代の友達で、県民の日等に、子供たちと遊びに行く事があったのたが、卒業以来、時々、カラオケに行ったりしたが、この数年の間、連絡し合う事がなかった。画像
パート先と少し関わりがあり、相談のような感じから、連絡を取り合うようになって、先日、遊びに行こうかとなり、
横浜に出かけた。
彼女は、十数年前に一緒に横浜に遊びに行き、ニューグランドで、ココアを飲んだ事が、印象にあるようで、
また、飲みに行こうと話あった。

小さな旅行と言えるかもしれない。
電車の切符や、軽い食事ができるクーポンを駅で購入した。
この小旅行らしい事を考えたのは、一か月前で、その頃にパンフレットを見ていて、軽い食事の頁に、ふかひれのスープがあり、それにくぎ付けになった。
理由は、初めて食べるからだそう。。。私は、一度食べた事がある。
何しろ、貧乏人なので、ふかひれのどこが美味しいのか分からない。
ふかひれがメインの旅行みたいだ。
電車も、時刻表もみないで、来たら乗れば良いという感じ。
横浜について、中華街の大きな門をくぐり、ふかひれ、ふかひれと言い続けて歩いていたのだが、途中で、様々な小物のお店があり、店頭の布で作られた小物を見ていて、気が付いたら、お店の中にいた。
小さな、唐辛子のキーホルダーや、裏布もついている小物入れとか、緑色の何かの石のリンパマッサージとか。
御香の線香の前で、かなり長い間、香りの事で迷った。
それも、ようやく購入して、彼女が私に一つプレゼントをしてくれた。画像


そのお店を出たら、手相のお店があり、ここは、後で寄ろうと、先を急いだ。ようやく、ふかひれのお店を見つけた。
小さなつくりであるが、昔を思い出した。
中に入ると、やはり、若かった当時、ふらっと入って、食事をした頃と同じような雰囲気のお店だった。
クーポンを見せて、注文をしたのだが、ちょっとがっかりであった。
ふかひれが、とても小さくて、杏仁豆腐も、小さな容器に少しだけ、クコが二個入っていた。
本当は、餃子とか、チャーハンとか、一緒に注文したかったが、彼女がこれだけで良いというので、あっという間に食べ終わってしまった。
スープを残そうかと考えていたら、お店の年配の女性が、スープを全部飲んでねと、声をかけてきた。画像
私達の顔色を見ていて、がっかりした様子を感じていた。。。。
私達に背を向けながら、話を聞いている感じだった。
ふかひれの味は、私はあまり好きではない。
匂いが気になる。
そのお店で、餃子が食べたかった。昔のように気軽に。。。
その後、例の手相のお店に行った。
1000円で鑑定してくれるそうだが、果たして。。。
私の手相は、若い時は、三つの線が繋がっている珍しい手相で、立志伝中の人によくある手相だそうで、(今を思うと違っていたと言う事。そういう事に一切縁なし。)二十代の頃とはかなり違っていて、小指と薬指下の線が残っている。画像
この線は、何かの商売をすると良いというのだが、例えば?と聞いたら、立ち飲み屋が良いのだそう。
あり得ないですね。。。飲めないし、酔っ払いは嫌いだし、人と話すのが面倒だし。。
人との関わりが出来ないからと言ったら、しようと決心したら、出来るのだそう。。。
まあ、どうても良くて、この年齢だし、意欲もないしと話をして1000円を払ってお店を出た。
こういう事について、少し興味を持つのは、まだ、何か仕事をしたいとか欲望があるのだと思う。
宝くじが当たったら、一切の仕事をしないが、当たらないからしょうがない。
お金の事も言われたが、お金を貯める事が上手のはずだが、それを使う相手がそばにいるそうだ。
私自身の話はしていないので、へへへーーーと同居人の行動を思い出して当たりか。。。と納得。
お遊びで楽しかった。。。

大きな門を出て、ホテルに直行。
念願のココアを注文した。
この時も、サンドイッチを注文したいと思ったが、ケーキのセットにした。
やはり、ココアが美味しい。
冬の寒い時に飲んだココアは、とても暖かかった。画像

初夏のココアは、あまり暖かくなかった。
もしかしたら、気候に合わせて、温度調節をしているのかもしれない。
その後、桟橋に出て、シーバスに乗った。たった15分位の船旅であったが、新鮮な気持ちで一杯になった。
普段と違う行動は、何かの起爆剤になるみたいだ。
駅で渡されたパンフレットには、ふかひれの他にも、とても美味しそうなお店が沢山掲載されていたので、今度は、このお店にしようと話をしながら、帰宅した。

どちらが先。。

同じ清掃作業をしている,仲間がいる部屋での休憩をしなくなって、あまり日が経過していないのだが、
違う階の和室での休憩は、とても気持ちが落ち着く。画像
元々、一人でいるのが好きなので、それが叶っているから。。。
三日ほど前に、朝からラインが頻繁に入り、いそがしですかの彼女からで、新しく入った老齢の男性がお休みを
ているので、下の部屋にきたらという誘いだった。
一人多いと、窮屈な部屋となるので、一人いないから大丈夫ということらしい。
あまり、頻繁にラインがくるので、彼女たちのいる所で食事をした。
やはり、あまり休憩が出来ない。
ハンディのある男の子は、すぐそばのソファに大きな体を横たえている。
もう一人の女の子は、風邪をひいていて、タンの絡んだ咳をしている。
また、移るのかなと心配になって、やはり、これからは、上で食べようと思っていたら、忙しですかの彼女が
時間になったので立ち上がった。そして、私の横に来た。
何をするのかなと思っていたら、いきなり、私めがけて、咳をゴホンゴホン、、、と五回位したのだが、
意味不明で、咳をして、くるっと出て行った。
何だ今のは。。とにかく意味不明。。
部屋の外に出てからも、ゴホンゴホン、、と何度も咳をしている声がした。
ハンディのある女の子の、咳は重症で、喉の奥から痰が絡んだ咳で、内臓が大丈夫なのかと心配になる。
いそがしですかの彼女は、また、ハンディのある子が、風邪をひいていておかしいよと言うのだが、私の考えでは、最初は、あんたでしょと言いたいのだが、一番初めに、喉が痛いと言い始めて、繰り返していて、喉の奥に白いのがあるが何だろうと言うのだが、
病院に行きなさいと言って、薬を飲んでいたが、治らず、とうとう、首のリンパ腺が腫れて、咳も止まらず、
マスクをしながら、掃除をしていたが、その事があってから、今度は、ハンディのある女の子が、首のリンパ腺が腫れて、数日お休みをしたではないか。。
その時から、二人で交互に喉風邪をひいていて、この頃ないなと思っていたら、また、二人でゴホゴホやっている。

以前、お弁当を広げている私の前に来て、すんごい咳をして、私の髪の毛がふあっと、たなびいたが、、、。画像
その後は、すぐに喉が痛くなり、熱はなくて、声が出なくなった。
施設に休みの電話を入れる時に、大変困った。
何を言っているのか分からない位、ひーひーというしわがれ声だった。
耳鼻科にすぐに言ったので、治りが早かったが、熱がでなかったので、良かったらしい。
風邪をひく事は、あまりなくて、二年か三年に一度位なのだが、あの休憩室にいたら、多分、何度か引くかもしれない。
あの休憩室というよりも、今の時期は、そういう風邪が流行っているのも確かだが。。。
ても、用心する。。。
高齢者なので、若い人のように抵抗力がないから。。
ネットで、調べてみたら、扁桃腺の炎症を何度も繰り返していると、リンパ腺が腫れたりするらしい。
扁桃炎は、喉に白いものがつくらしい。
一年に何度も喉風邪をひく場合、慢性の扁桃炎になるらしい。
二人共、きちんと治しておかないと、、、、でも、若いから、大丈夫だ。
問題は、私ともう一人のパートのお婆さんが気を付けないと。。。




変わっていく心。。

甥っ子と、ラインをして、甥っ子のオカア(次姉)と、オトウの話をして、ずっと昔の頃の話をして、
落ち込む自分を感じたのだが、意味がない事だと思う。
この頃刹那的な感情があるのだが、その年頃なのかもしれない。画像
施設での、行動もただ掃除をしているだけで良いのなら、楽なのだが。。
この頃、新しい入居者が多くて、其々の癖のようなものが把握できていない。
簡単な事なので、例えば、窓を開けると嫌がるので、ドアを閉めて掃除をしていると、ドアを開けた途端に凝視。。
動いている間、振り向き、乗り出し、じっと見る。
認知はなく、普通に話をしているようなので、何かの不満を感じていて、何かを言いたいのかもしれない。。
働く意識が、外の世界とは違う。
人間相手で、しかも、或る程度意思疎通が難しい環境で、無関心が良いらしい。。
そういう処で働くのは、面倒なり。。。。
面倒に感じ始めると、辞めたいなと思う。
でも、次がないから、辞められない。
同居人にその話をして、相談をしたいが今迄も、そういう深い内容の話は出来ていない。
真剣に、話し合う事もしたことがない。
私自身の深い部分での考え方は、口には出していないが、辛辣かもしれない。
妻に、掃除の仕事をさせる夫は、ロクでもない人間だと言う事。
夫自身が、モップを持ち、衆人環視の中で、動けるのなら合格だが、殆どの男は、それが出来ないはずだ。
自分が出来ない事をやらせる事を女房不幸というのだ。
以前の、高校での掃除等、よく平気でさせたものだと思うが、そういう人間だから平気だったのだろう。

なぜだが、同居人は、音もたてずに家の中を歩く。
階段は、特に音がしない。
ベッドから降りて、部屋から出る時も、まったく音がしない。画像
鉢合わせをする時があり、びっくりする。
その時に、何で、音をたてないのと聞く時があるが、今回は、聞いた後、気持ち悪いよと言ってしまった。
すると、おどおどとして、それがまた、何となく不安にさせる。。。
もう、修復は難しく、いかに波風を立てずに共存していくかという段階だ。
私が、苦手なのは、もしかしたら、人間様なのか。。。
仕事場でも、家でも、逃げ出したい位面倒だ。
心の中の苦しさから、逃れる為には、更に更に進むしかないようだ。
必要なはずの感情が、消えていく。。。
大切にしていた何かだったような気がするが、感情が湧かない。

そうなのかな・・・

今のパート歴は、三年目に入る。。
週三日で、同じ作業を同じ時間経過で通している。
少しも、変化がなくて、ただ、きちんと掃除や、ベッドメイクをするだけだ。
飽きたという感覚が、だんだん出て来て、休みになるとほっとするのだが。。。
いそがしですかの彼女の家に行った時、通り道に大きな、老人ホームがあった。
様々な報道があったりする、大きな施設なのだが、そこで、身の回りの世話をするというのか、
サポートをするという、パートの仕事の募集をしていた。
時給は、最低賃金よりも少ない。
掃除もするらしいが、お風呂に入る人の着替えの服を揃えたりする仕事らしい。
同じような仕事につく気持ちは、あまりないのだが、興味を覚え、電話をかけて募集要項の詳しい内容を
聞いてみた。
年齢は大丈夫で、面接を受けますと言われたが、念のために、同じ仕事の人が何人いるのか聞いてみた。
6人いるそうで、年齢は高年齢の人が多いそう。
この段階で、問い合わせという時点でお終いだ。
その他に、入居者の程度について聞いたら、掃除の人は関係ないですとの返事だった。画像
まあ、資格がない人が掃除をするので、関係ないのは分かるけれど、サポートするのに、どの位、手助けを
したら良いのかの、参考として聞いたのだが、個性のある人とか、自分で揃えたい人とか、でも、揃える物がおかしい人とか。。


地方銀の足〇銀行のローンが終了した。
借りた金額はとても恥ずかしくて書けない。
とても少額であった。
しかし、一日返済が遅れた事が三回あった。
一回は、返済日の間違い、二回と三回は、振込をしたので、一日後になった。
あと数万円と言う時に、副支店長が家に来て、留守だったので、ポストに名刺を入れて行った。画像
内容は、確か、、、大切なお知らせがあります。電話をください。だったと思う。
かけてみたら、返済日の一日前に入金をしてほしいという、内容だった。
返済日当日が契約日だと思うので、当日入金します。と答えたのだが、不服の様で、一日早く入金をお願いしたいと、繰り返された。
それでも、契約日の意味がなくなるので、契約日に払いますと言って、電話を切った。
大変少額の借り入れなのだが、そんな小口の借金でも、家に訪ねて来て、名刺をポストにいれるのだろうか。
衝撃的な出来事であった。
無事解約したので、後は、早く忘れたい。

世の中、お金がないと暮らせない。
貧しい生活をしていると、こういう信じられないような、屈辱だらけ。。。




寝そべり様

二番目の姉の長男が、家に来た。
実家の整理をしてくれている甥っ子だ。
実家の台所の整理をしている最中で、中身の入ったビン類が大変のようだ。画像
私の所に持ってきてくれても良いのだが、自分のアパートに持って行ったようだ。
ただただ、有り難くて、御礼を言った。
私の所で、食事をするのは、恒例となっていて、そんな事でお返しには程遠いのだが、せめてご飯でも食べて行ってと言う感じだ。
夕食で、ビールを少し飲んだ後で、かき揚げとか、天ぷらの揚げたてを食べてもらった。
楽しく、話をしながらこれからどうしようかと話をしたのだが、二人で話をしていると、同居人がとても嫌らしく、
甥っ子に早く帰ったらどうかという。
甥っ子のアパートに行く経路を、自分の知っている経路で行けと言う。
その経路は、私の留守中に家の中に何かあった時のパスモに残されている経路と同じだ。
往復その経路を使って何かをしていた模様。(家に連れて来て送っていったのかな?)
その経路の途中にいる人の電話番号が偽名で書かれていたので、分かったことなのだが。。
その時に家に誰かが来た形跡があった日なのだが。。
まあ、そんな事はどうでも良いが。。。
甥っ子は、何度も言われて、その経路ではなく、他の経路で帰ると言っていたが、同居人はペラペラと、いかにその帰り方が良いかをトウトウと述べていた。

甥っ子を見ていると、亡くなった姉を思い出す。
姉妹の中で、一番好きだった人なのだが、私自身は、嫌われていた。画像
うまくいかないものだ。。。。
その姉の思い出話とか、母親の事とか、実家に関わる話をして楽しかった。
日曜日に、甥っ子からラインが入った。
その文面が可笑しくて、一日中笑いが起こって何度か吹き出してしまった。

甥っ子のライン☟
この前も、昨夜も、食って寝そべって家事炊事の指示を出すのって、まあどうなんですかね.ちょいと笑いました。

私の返事☟
あれのことか?(特定できる固有名詞を言いたくなかった。。。ので。)

甥っ子☟
そうです。寝そべり様です。(やはり、名前は出したくなかったようだ)

その後、延々とラインの交換をしたが、とにかく、可笑しくて、笑ってしまった。
私が、詳しく言わなくても、分かるらしい。
知らん顔していたのに、しっかり見ているので、可笑しいのだ。。
お箸をペンと陶器に置いて、ゴロンとすぐに横になるのだ。
そして、偉そうにおいお茶を早くもってこいよとか、片づけろというのだ。
誰かが家に遊びに来ると、必ず、偉そうに私に横柄な態度をとるのは、決まっている。
まだ、大きなゴミや、タンス類もあるので、どうしようかと相談をしている事もあるのだが、誰かを話のタネにするのも面白いなと思った。
私は、ますます冷めて行き、相手が、小さな存在としてしか、思えなくなった。
とても、幸せな感覚である。
寝そべり様は、時々、リビングで食事をする時、定位置に寝そべる。
時々とは、人が来た時で、それ以外は、二階にいて降りてこない。
それがお互いにとって、良好な関係なのだという事みたい。。



訪問した。。。

この数日間、とても落ち込むような、ズシンと何か心の中に詰まったような、かなりのストレスがあった。
その原因は、例の彼女の誕生日パーティの事を考えていたからだが。。
もう一人のパートさんには、声掛けをしていなかったようだが、前日の仕事場で、電話をかけたら、用事があるとのことで、こないようだった。画像
バーティと言うのは、どうしたもんか。。。知らないので、何をしたら良いのかと考えていると、とても面倒くさくて、
行きたくないが、心の声だ。
駅まで迎えに来てもらい、辿り着いたが、とても感じの良い玄関で、内部も幸せそうな家庭が、にじみ出ていた。
ごちそうになると思い、駅前でクッキーの詰め合わせを買い、お祝いのプレゼントと一緒にもっていったのだが、こんな感じで良いのだろうか。。。
先客があり、小さなお子さんが何人もと、外の雑木林には、テントをはっていて、そこに数人の人がくつろいでいた。
私の、訪問時間は、限られていて2時間だけと、話をしてあるので、午後少し遅く、帰宅した。
ご主人は、バーベキューを、焼き終えてからテーブルに着いたが、体調に気を使っているような体形で、太ってはいなかった。
ビールで尿酸値が上がるので、あまり飲まないと話をしていた。
尿酸値と言ったら、痛風だろうかと思ったが、聞かなかった。
そんな話にも、付いていけず、ただいやな感じにならないように、明るい感じでその場にいた。
気になったのは、庭の続きの雑木林で、大きな樹が何本も植わっていて、日差しを遮り、緑の木漏れ日に溢れていたこと。
風が通る時、とてもきれいな葉っぱが、ゆらゆらと揺れるので、見あきない。
ご主人の話だと、ケヤキも植わっていて、それを切って売ったら、数十万だったそうな。。。画像
そういう雑木林の話だと、思わず聞き入ってしまう。
ずっと先の駅のそばまで、雑木林だったというのだが、多分、その時の持ち主であったのだろう。
人様の家庭を垣間見るという感じの土曜日だったが、そつなく、出来たと自覚している。
缶酎ハイを飲みながら、バーベキューを戴いたので、帰りの電車内でも、眠りそうになり、その上、帰宅してから、お酒の匂いが気になり、気を使った。
彼女の同郷の人達が何人か来ていたが、やはり、顔立ちが違っていた。
お友達の方は、ある商業施設で働いていた人たちと同じ顔立ちで、商業施設を思い出してしまった。
彼女は、とても幸せな結婚生活を送っている数少ない部類の人だと思う。
家の近所の二階建てのアパートに、やはり、その国の人が住んでいるが、以前、大きな叫び声と共に、その住人の女性が、ドアから転がり、更に逃げようとしていたが、下着姿の日本のやくざのような感じの男が後を追って出て来て、その女性を蹴っていた。とても悲惨な状態で、同性として見ていられなかった。
その男を、止めようとも考えたが、傍観した。
こんな目に会う為に、日本に来ているのかと、あまり良い気持ちがしなかった。
その住人に比べると、忙しですかの彼女は、大成功の人生だと思う。
私達、日本の女性よりも良い暮らしをしていて、うん、、凄いな。。。と思った。
それに、、あの雑木林が、何とも言えず素晴らしかった。
約束通り、誕生日パーティに参加し、安堵の気持ち、、、終わってほっとした。

この頃の私は、少し変化があり、考え方が変わった為か、前向きになった。
友達と、横浜に行く約束をした。
来月になるが、独身時代に訪れた所に行く予定。
ニューグランドホテルのココアは、銀色のポットに二杯分位、入っていて、一緒に行く友達もそれを覚えていて、もう一度飲みたいと話し合った。
自分の機嫌は自分でとる、人にとってもらわないと、名言を言った人は、タレントのミ〇〇ンさん。
この言葉は、大変参考になった。

軽んじる。

一か月程前から、いそがしですかの彼女が、嬉しそうに言うのだが、、、。
今度、誕生パーティをするから来てね というのだが。。。
生返事をしていたら、私の誕生日にプレゼントをしてくれたのだが。。。画像
誕生日のプレゼントは、ここの職場に来てから、二回目。。
実の所、結婚前は、戴いたことがあるが、結婚をしてから誕生日のお祝いをしてもらったことがない。
お祝いをしてくれなくても、プレゼント位は、と思うのだが、パートナーからされたことがない。
逆に、相手の誕生日にシステム手帳とか、キーホルダーのようなものを渡したりしたが、有難うでもなく、受け取るだけ。
そもそも、誕生日にというより、あの当時は、普段から帰宅が夜中の二時近くなので、お祝いの食事等の用意はしなかった。
こういう行事的なものは、なるべくした方が良いと思う。
心の中が見える行事だ。
長男と次男には、必ずしていたが、その輪の中にパートナーは一度も加わったことがない。
誕生日プレゼントも、一度もしていない。
まったく、家庭を忘れていて、ただ、帰宅して、ご飯を食べて、きれいな洋服に着替えて、自分だけのんびりするだけの為に、結婚をしたようだ。
今回は、いつも次男が何かをプレゼントしてくれるのだが、それもなしで、職場で彼女から渡されたものだけだ。
多分、私は、他界するまで、私の誕生日を忘れていてほしいと思うだろう。
何かされたら、気持ちが悪くて、複雑な心境になり、拒否反応が起きる。
だが、そんな事は起きないし。。。有り難い。。。。

いそがしですかの彼女の、お宅にお邪魔することになる。
もう一人のパートさんを誘ってほしいと頼んだのだが、嫌なようで、お休みするから聞けないと言う。
電話でも、ラインでも、出来るはずだが、彼女なりの言い訳らしい。
お宅にお邪魔するのだが、沢山の土地を持っている地主らしいので、きっと大きなお宅なのだろう。画像
私自身は、誕生日パーティとか、プレゼントの経験があまりないので、面倒だ。
ふと思い出したのだが、リサイクルブティックの店長をしていた時、オーナーの女たらしさんが、自分の奥さんと私に、ある劇場の予約や、食事をするレストランの予約をしてあげるから、楽しみなさいと言ってくれたことがあったが、その時も断ってしまった。
今思い出すと、楽しんでくれば良かったなと思う。
二男は、結婚をしないと言っているが、もし、するような事があったら、彼に必ずしないといけない事の中に、
記念日にお花とか、プレゼントをしなさいと言い含める。
結婚をしたら、他人同士が暮らすのだから、いつも何かの気付きをして、お互いに一緒に歩んでいるのだと認識をしていれば、少し位の失敗や、過ちは赦していけると思う。
どうしてそういう風に、暮らしていけなかったのかと考えるのだが、結局、行きつくところは、私の育った家庭が原因かなと思う。
同居人の、両親が突然上京し、私の実家に来るという知らせがあり、家に突然に近い状態で来たのだが、
母親も父親も、驚く風でもなく、結納の品々を受け取っていた。
私は、家が貧しい事が、分かってしまうので恥かしかった。
そもそも、結婚はないと同居人に話をしていたのだが、急に、押しかけて来たと言う感じだった。
それは、私の両親にとっては、片付くという意味があるようで、受け入れていた。
私は、結婚はもう少し年齢が行ってから考えようとしていて、もしかしたら、結婚は出来ないと考えていた。
それから、同居人のアパートで、同居人の両親から、結納金を渡された。
あの親に渡すと取られるから、あなたに渡すと言われた。
私の、子供の頃の様々な苦労を、同居人に話をしていたのだが、それをそっくり自分の両親に話をしていた模様。
私は、貧しい生まれで、親も結納金も取られる位、酷い親がついているという訳だ。
実家で暮らしていた頃は、プライバシーもなく、母親は、私の持ち物等、以前から見ていたようだ。
日記は、何十冊もあって、それを妹と二人で読んでいて、おもしろかったと後に言われて、体中の力が抜けるような悲しさを経験している。
お金について、もっと家にお金を入れなさいといつも言われていた。画像
結婚をしてからは、定期的に、母親が私のアパートに来て、貸してと言われてあの当時で、結構な金額を渡していた。
そのお金は、一度も返ってきていない。
それでも、離れられたことが、嬉しかった。
私の、貧しい環境を見ている同居人が、私を軽んじるのは、当然の成り行きだ。
その上、長男がダウン症で、重度の心疾患があった。
私を伴侶として、自分の友達に紹介をする事もなく、勿論、障碍のある子を授かった事も隠し通して、他界するまで、本当にその時まで、帰宅は、午前様だった。
夜中に帰宅。。。
一度、耳から血が出たと言って、八時ごろ帰宅してきたことがあり、こんなに早く変える事が出来るのかと知ってしまったが。。。
今の年齢に達するまで、様々な思いが、繰り返し、反芻された。
夫婦という空間の中にいると思っていた。
何かを聞いても、問いかけても、返事をしない夫婦関係とは、夫婦間ではよくあるのだろうか。
この疑問を思う時、心底、湧き上がる様な、否定の感情が、心を占める。
それは、あってはいけない事だ。
夫婦でないのなら、それがあるかもしれないが、人生を歩む相手に対して、失礼な態度だと思う。
それをされたら、している相手に、何も感情をむけなくなってしまう。
その事に気が付くまで、苦しい心情で過ごしていたが、今は、凄く軽くなり、原因が分かり、ようやく、自分自身の道を、歩んでいる。
軽んじて、相手を思いやりをもって見る事が出来ない人間は、伴侶ではない。
妻でも、夫でも、そういう環境の育ちの場合、それを納得した上で、人生を共にすると決めた場合、相手の人の
賢い人柄や、思いやり心や、大きな包容力が必要だ。
気付かないと、一緒のスタートラインにいると勘違いして、苦しい目に会ってしまう。

奇遇ですね。。。

集合施設で、曜日を違えて働いているパートさんがいて、一度食事をしたのだが、とても感じが悪くて、もう二度と食事はしないと思っていた。
その人から電話がかかってきた。画像
また、会いたいというのだが、なぜか理由か言わなかった。
簡単に食事をしない?という感じだったので意味はないのかと思い、待ち合わせをすることにした。
仕事場では、やはり、色々とあるので、掃除に関しての何かを言うのかなとも考えた。
それは、面倒なので嫌だなと思っていたのだが、そうではなく、一度会った時には、言わなかった彼女の生活について、話をしてきた。
驚いたのは、旦那の事で、している事が、我が家の同居人と一緒であった。
年齢は86歳で、年齢は違うのだが、酉年で、誕生日も二日違いというのと、転職を10回以上、頭がハゲている事。
禿げ方が、ずっと後退している部分が、まったく一緒で、二人で画像を見せ合って凄く可笑しくて、笑ってしまった。
一度目に会った時の印象と違っていて、多分、彼女なりの考え方で、少し構えていたのかもしれない。画像

いそがしですかの彼女が、何か私の事を言ったのかもしれない。

それで、一緒の境遇と分かったのかもしれない。
別れ際に彼女が、この年になっても仕事をしているし、掃除だし、きっと可哀想にと思われているねと言ったのだが、私自身が、働きながら感じている事と一緒であった。
やはり、年齢が高いと、その年で働かなくてはいけないのは、、、と密かに馬鹿にされている感じがする。一番良いのは、働かないで生活する事だが、それもかなわない。
これが、私と彼女の老後なのだろう。
彼女が、アパート暮らしで貧乏なのよと言ったので、私もたいして、変わらないと返した。
もう少し働くと言っていたが、私もその方向だが、実の所あの施設ではないところで働きたい。
しかし、何もかも叶わず、きているので、あの場所で働くしかないのだろう。
また、仕事をしていると嫌な事を忘れるという心境も一緒で、私も嫌な事があっても、仕事に没頭していると
忘れてしまう。
高齢で、働く時は、経済的な事の他に、健康の為があるが、さて、私の場合はどちらなのか。。
両方をかねていると思うのだが、経済的な部分の方が勝っている。




空き実家

先週の土曜日に、甥っ子からラインがあり、鍵をもって実家に行くことになった。画像
お天気が良くて、助かった。
もう、何とかこの実家との縁を終わりにしたいような、面倒くさい近所との事。
やはり、駐車場は無理の様だ。
袋小路入口の家の人が、この私道に車を入れるのは止めてほしいとのこと。
その家の前は、私道なのだが、道路の三分の一位、色々な植木を植えていて、そちらの方がおかしいと思うのだが、
周囲の人達は、うるさいので何も言わないようだ。
高齢化が進んでいるのだが、うるさい人もかなりの高齢者で、私利私欲の権化みたい。
だんだん、嫌な性格が突出するのだろう。
これは、人様の事だけではなく、自分自身もそうなると思う。
施設の新しい男性の入居者は、とにかく怒りっぽくて、大きな声で怒鳴りまわす。
その声を毎日聞く人たちは、たまらないと思う。
それで、入居したのかなと思ったのだが、こういう風に人間は嫌な面を直接出してくる。
誰でもその道を行くようだ。
やれやれだ。。
実家の小さな庭の、ドクダミは相倒れで根っこも無くなっていた。
家の中に、入ったのだが、意外にきれいで、静かに私達をむかえてくれた。
しかし、あちこちに、ドクダミの乾燥したのが、つるされていて、それが落ちて虫が湧いていて、フローリングに、
小さな穴が複数、あった。
ドクダミの乾燥品は、かなり沢山あり、同居人が窓からポンポンと捨てていた。画像
犯人は、姉である。
兄のベッドの上に、大きな白い紙が置いてあり、その紙には、マジックでなにやら、書かれていた。
読んでみたら、吹き出してしまった。
書いた人は姉で、妹に宛てて書かれていた。
この家に入るな、この家の物を持ち出すな、母親の葬式代800万円を〇月〇日までに、振り込めという内容であった。
姉の行動は、時々、ふっと笑いたくなるような気持ちにさせる。
甥っ子は、それの画像を撮っていたが、意味がないと思う。
兄が倒れていた場所を通る時、ふと、あの当時が思い出されて、。
そして、もう、何もかも、過去となり、戻れないと改めて実感した。
何もかも、時空の流れに沿って、どこかに漂っていってしまう。。。。
実家にある、様々な日用品、使っていたであろう歯ブラシ、櫛、爪切り、みみかき、、、。
なぜ、ここにあるのに、誰も使う人がいない。。。
実体がないのに、ここにベッドがあり、何もかもそのままで残っている。
台所の茶箪笥の中に、私が母の日に、プレゼントをしていたお湯のみや、ご飯茶碗があると思い、見たらとてもびっくりした。
無くなっていた。
ただ、唯一、姉が二階で使っていたらしく、兄にプレゼントをしていた湯飲みが置いてあった。
必ず、二人分のプレゼントをしていたので、それも、何年も続けていて、茶箪笥の中には、趣味の良い(自分ではそう思っていたの)お茶碗が並んでいたのだが。。。
少し有名な陶器屋で、少し高い陶器を選んでプレゼントをしていたのだが、それも、姉が持って行ったようで、一つしか残っていなかった。
甥っ子が、おじちゃんが使っていたのかと聞いてきたので、そうだと答えたら、使いたいから頂戴というので、
渡した。
その他にも、亡くなる寸前まで、着用していたダウンの半コートを見つけて、着たいから頂戴というので、渡した。
兄が生きていたら、きっと喜んだと思う。
片づけは、兄が生前少しづつ片づけていたので、そんなに苦労はしなかったが、体力的に限界で、大変疲れた。
家は、解体が出来ない。
道路幅が、3.6mしかないので、改築は出来るが、新築は出来ない。
様々な法を潜り抜けて、不動産やは、ものにすると思う。
ご近所との事もあるので、不動産やに売るのが良いようだ。
鍵は、甥っ子に渡した。
きっと、もっと片づけてくれるようだが、兄の喜んでいる様子が感じられる。
後で、ラインが来て、鍵のスペアーを二本作ったので渡したいと書いてあった。
この後は、選別されているゴミを、トラックのレンタカーを借りて、ごみ集積所に持って行く予定だ。
まだ、片づけに時間がかかりそうだが、姉は、何を考えてどくだみを大量に保存をしたのか。。。
フローリングの小さな穴を埋める作業も考えないといけなくなった。

言葉

この十連休の間、二回空き家の実家に行った。
二度とも、自転車で、同居人も一緒だった。画像
車は、故障しているからだが。。。
車を直す行動は、私が動けば良いのだと思う。
今迄、様々な突発事故様の出来事があったが、いつも私が行動することで、前進する場合が多かった。
今回の車については、以前の交通事故の時のように、車の修理に対して、あらゆる手段を行使して、
元に戻すという事をしない事にした。
車の様子は、急に動かなくなったのだが、ガス欠を長く放置すると、エンジンにガソリンが回っていなくて、スターターが動かないのではないかと思うのだが、それを提案するという行動はとらない。
それに、私は免許もなく、車についても素人なので、言えない。
同居人は、放置していて、いままでの様に、私が行動すると思っている。
今回は、私が動くという前向きな行動はしない。
その原因は、運転が少しおかしいと思える事が、何度かあったからだ。
危ないよと言っても、はっとする訳でもなく、ああ と言うだけという反応はとても怪しい。。。
大きな交差点で、直進車があるのに、急に右折して、スレスレで曲がった。私は大きな声で危ないよ直進車~と怒鳴ったら、見えなかったというのだが、、恐ろしや。。
もう、運転はしないほうが良いと思う。
十日間の間、殆ど外出はなし。。。
もう、観光地とか、外食とかの対象外である。
実家に二回行っただけだ。
いい加減、顔を突き合わせて、顔を見れば、飯は何だ?というだけなのだが、これはたまらない。。
三食したくないので、遅くまで寝ている事にした。
朝食と昼食が一緒という感じだ。
狭い家の二階と一階に分かれて、殆ど会話はないのだが、顔を合わせた時に、めしは?と聞いてきたので、
そうめんにするか。。と独り言を言って、どうする?と聞こうとしたら、急に怒りだして、なんだその言い方は!!!
おれを何だと思っているのか、普通、そういう時は、そうめんにしましょうかと優しく言うもんだ!!!だそうで、、
四十六年間山あり谷ありの人生を共にした、相手に、言葉尻をとらえて優しくしろって、、あんた新婚じゃあるまいし。。。と思っている私なのだが。。
少し、気持ちの悪い他人を見ているようで、ぞっとした。画像

まったく、相まみえる事は出来ない。
ばばさまと、じじさまが、優しい言葉をかけあう必要があるのか、そんなにひどい言葉だったのかとあきれるのだが、私は薄情なばばさまなのだろうか。
否、否、ふざけないでほしい。
それで、そういうことばをかけあいたいのなら、そういう優しい言葉の出る人と暮らしなさいと言ったら、更に怒りだして、お前は冷たい女だ。俺は傷だらけだと喚いたので、だから、そういう人と暮らしなさい私は無理ですよと言ってそばを離れた。
焼きそばをオムレツのようにくるんだ、お昼ご飯を運んだら、ごめんなと言ってきた。
その時に私が、私も言い方が悪くてごめんねと言えば、まとまったのに。。。。
私は、こういってしまった。。
いつも酷い目に遭わせて、もうこんな生活辛すぎる  この言葉で同居人は豹変し、わあわあ喚きだした。
俺が悪いのかええええと大きな声で、、俺の方が酷い目にあっているというのだが、これではお話にならない。
本当は、これが本心なのだろう。
私のおつむは、馬鹿なのだろう。
いいえ、私が悪いのよと、しおらしく、演技すれば丸く収まったのだが。。。
どうしても言えない。
やはり、お互い、結婚する相手を間違えたのだと思う。
よくテレビのドキュメンタリーで言いたいことを言い合っている老夫婦がいるが、阿吽の呼吸の感じだ。
完全にどうでも良くて、怒っていても何ともなくて、ただ、生活費を戴ければ、ご飯は作ります。
生活面では、干渉し合わず、暮らす。。
ただ、どうにも、生身の体なので、具合が悪くなった時が問題だ。
今の所、相手が怒っていようが、それよりも、体調を整える事ばかり気になっている。
この十日間で、腕の筋肉が無くなり、足が萎えたように細くなった。
いやいや、、、老化は止められないと思っているが、努力をしていたのも事実。
施設の掃除の仕事に行き始めれば、また、筋肉がつくと思うのだが、老化がそれを阻むかもしれない。
もう、筋肉はつかないかもしれない。
今の私の悩みは、自分自身の体調の管理についてであり、怒っていてもそれどころではない。
もし、体調不安が続くようなら、家族として、バラバラになる方向になる。



空き家歴

十連休は、語る程の事もなく、辛く辛く過ぎていく。。
閉じこもる日々の中で、唯一、甥っ子が訪れた、変化の日が二日あり。
甥っ子は、亡くなった次姉の長男で、高校卒業後、家を離れて殆ど姉の家には帰らなかった。画像
理由は、父親との確執があった。
父親は、今も健在で、それがなおさら甥っ子を苦しめている。
父親と、二番目の甥っ子は同居している。
二番目は、おっとり型で、独立は無理なようだ。
一番目の甥っ子は、52歳となっていたが、その間、病気もせずに暮らしていたそう。
亡き姉も、きっと陰ながら見守っていたと推察。。。
良かったねと話をしたが、その甥っ子が、実家の整理を手伝ってくれるという。
この十連休で、二度草取りに行き、今度は、家の中の整理を手伝ってくれると言う。
まず、初めにバルサンをたいて、害虫を始末してから、電化製品を引き取ってもらって、大型ごみの券を購入して、始末しようと話あった。
私に出来る事は、食事の用意だけれど良いかと言ったら、それでよいとの返事だった。
それで、二日の間、お昼と夕食を食べて関わってくれた。
実は、本当にどうしたら良いのかと思案中で、大変助かった。
甥っ子は、自分の実家の整理の為の予行演習だと言っていたが、それだけではないと思う。
大変有り難く、亡き姉に申し訳なく、心の中で手を合わせた。
実家の草取りの後始末をしていたら、隣のおばあちゃんが出て来て、色々と話をしてくれた。
一軒先の家も売りに出ていて、売れないそうだ。
少し難関があり、道路の広さが3.6mしかないので、建築する事が難しいそう。画像
今建っている家の改築は、可能のようだ。
そうすると、一気に解体してしまうと、再建築が不可能となるようだ。
袋小路なので、うるさい人もいて、実家周辺も嫌な所だと思った。
大変面倒な事である。
今度、バルサンをたいた後、家電製品と、大型ごみの処理をしようと話をした。
私よりも、ずっと建設的に話をしてくれる甥っ子で、姉の子供だなと思った。
姉は、がんが、脳に転移していなければ、優しい人で、兄弟姉妹の中で一番親しみやすい人だった。
来週、バルサンをたきに来て我が家に立ち寄るので、また、ご飯を作る予定だ。
普通に、姉にしていたように、気兼ねなく、食事をしてもらう。
こき使う事を姉がどう思っているかと、話をしたら、返事が、お母さんもこういう時、手伝うと思うよとの返事だった。
小さな実家の処理が、このように大変だとは。。。。。
長姉は、鬱がひどくて、外に出られない様子。
長姉の次男は、精神的な病があり、それも関係していて、姉の気持ちは大変落ち込んでいる。
実家をもらうからと言っていた、あの当時の強さが無くなっていた。
しかし、今頃、、あの当時あの家は、倍の値段で、リスクを含めても、今の値段よりは良かったのだが。。。
今年中に、処理できたら良いのだが。。。


早い。。

パソコンの横の壁に、一年間のカレンダーが貼ってある。
ふと、目をやったら、もう来月は五月に突入だ。
私が、72歳となる誕生月だ。
テレビや、雑誌等で、同年齢の方達を見てしまうが、やはり、やはりである。画像
私も、その中の一人だと自覚する。
我が家の鏡は、二種類あって、一階の洗面所の鏡は、正直鏡と呼んでいる。
二階の洗面所の鏡は、うぬぼれ鏡と呼んでいる。
二階で、お化粧をしたり、歯を磨くことが多いが、皺も目立たないからだが。。。
洋服の色目を合わせる時も、二階の鏡を見てしまう。
そして、一階の洗面所で、見てがっくりする。

〇〇き家族という映画をパソコンで観た。
〇〇きという行動は、あんな風に出来ないと思う。
今のスーパーでは、カメラがあちこちにあり、監視しているから。。
それよりも、複雑な家族関係なのだが、何か誠実で、居心地が良い関係に感じた。
先に他界されたお婆ちゃん役の、ユニークな方が特に、暖かな感じで、一家をまとめているようだった。
しかし、他人の集まりのような複雑な関係だったとは。。
老人が出演する映画や、ドラマを観ているとどうしても、悲しいなと思ってしまう。
何が悲しいのか、世間が、若ければ良いという風潮だからか。。
ずっと以前に、私が若いころ、父が一緒に歩いていた時、ポツンと一言、〇〇子は若くていいなと言った。
父は、時々私たちの転勤先に、遊びに来ていた。
体調が悪くて、朝食は、和食が良いと言うので、新鮮なアジを買ってくると、少しすると、パンが食べたいと言う。
父は、アルコール依存があり、日本酒が大好きで、醸造元から、年賀状が来ていた。
あの頃の父の年齢は、今の私とあまり変わらないと思う。画像
若い頃は、結核で苦しみ、晩年はお酒の為に胃潰瘍になっていた。
兄弟姉妹の中で、お酒が好きだったのは、次姉と、妹だ。
私と、長姉は、お酒が苦手だ。
父は、91歳で他界した。
胃潰瘍の、入退院を繰り返していて、途中から施設になった。
父と母は、いつも喧嘩をしていて、父には愛人がいて、とまあ、、家庭的に最低の家族だったが。。
どこで、折り合いをつけて、生活していたのか、よく分からない。
私の生活も、同じような感じだ。
いつの間にか、72歳となる事がとても可笑しい。
父が、若くて良いなと言った言葉に、同調は出来ない。
今よりも、若いころに戻りたいかと言われたら、否と答える。
今のままで良いと思う。
人間の成長通りに進んでいると感じている。
老いた事を他人に判断されたくない。
他人とは、特に、すぐそばにいる他人の事だが。。





重い思い。

研修を受けた仕事だが、どうしても、7㎏の重さに耐えられず、断念したのだが、その研修の時の荷物を
返すのに、日程が合わず、本日になってしまった。
担当の人は、忙しく出かける日が多かったようだ。画像
7キロの重さは、とてもきつい。
持って行く時、乗り換えで歩くのだが、途中でベンチに休んでしまった。
渡す時に、気になっていた例の、地下三階の叫び声なのだが、単刀直入に変な声がするそうですが、、等、言えるはずがなく、地下三階には、住居部分があるのかと聞いたが、無いとのことで、やはり、彼女の心の中の声が聞こえていたようだ。
しかし、少し、地下三階が怖く思えるのは、なぜか。。。。
荷物を返すことが出来て、ほっとしたのだが、都内を歩く気持ちもなく、夕方近かったので、いつもの大きな餃子を
食べて帰宅した。
夕食は、同居人の分だけ、作った。
この頃は、何もかもあまりやる気がなくて、機械的に動いている。
仕事場の休憩室について、一緒に過ごそうと思って入って行ったら、他の人がいて、テーブルは一杯になっていた。
その人が、立ち上がり、どくよ と言ってくれたのだが、それを制止して、大丈夫上で食べてきますと、返事をした。
実際は、やったーーーと思っていて、一人でゆっくり過ごせると嬉しかったのだが。。。
食事を終えてから、一階に戻ってみたら、もう休憩時間が終わったようで、無人であった。画像
少ししたら、いつもの職員が入ってきたが、とても凄い咳をしていた。
喉が痛くて、タンがからんで、、、と言っていたが、今は変な喉風邪が流行っているようだ。
話をきいていたら、ハンディのある女の子を、駅まで車に乗せたそうだ。
その時に、凄い咳をしていたけれど、大丈夫だったかしらとの事。。
どちらが先に風邪をひいたのか分からないので、移したのかどうかは分からない。
ただ、扁桃腺が腫れていたら、きちんとばい菌を調べて、その菌にあった薬を飲んだ方が良いらしい。
慢性化すると、腎炎を起こしたりするらしい。
いそがしですかの彼女も喉が痛いと言っていて、病院に行くと話をしていた。
果たして、治っているかどうなのか、、二年位前から、喉風邪を何度もひいていて、首のリンパ腺も腫れている。
繰り返す場合、総合病院で診察を受けたほうが良いと話をしたことがあるが、近所のお医者さんで済ましているらしい。
私は、自分が、繰り返したら、菌を調べてもらうと思う。
人様の事なので、様子をみるしか出来ない。
明日は、仕事なので、念のためにニンニクを食べて、用心する。
本当は、一人で食事をしたいのだが、無理だろうと思う。
その時に、喉風邪のおすそ分けは、勘弁してほしいが。。。。

連休か。。。

総合診療科で、目の事を話ししたが、気になるようなら神経内科を、受診してと言われた。画像
日を改めて、受診しておこうと思う。
治ってしまったら、何となく、次の週にしようと思うのだが、甘いか。。
姉が、健康に自信が無くなったと言っていたが、私もその考えになりそうだ。
何かあったら、姉を頼るかもしれないが、姉のほうが深刻かもしれない。
こういう状態の時は、仕事をして忘れるようにしたいが、仕事場でも、色々とありうまくいかない。
狭い休憩室の、6個の椅子に5人座る状態なので、ゆっくり休憩が出来ない。
それで、余っている他の休憩室に行くからと、いそがしですかの彼女に言ったら、彼女も食事が終わってから、私のいるところに来るようになった。
ラインで、お菓子が食べられない嫌だと書いてきたが、私の場合はゆっくり休憩したいだけ。
別の休憩室には、誰も来ないので、一人で、雑木林を見ていられる。
それが、来週から出来なくなりそうだ。
私が、他の場所で食事をすると、新しく来たおじいさんと、ハンディのある男の子が気を使い、
他の休憩室を探して移動していることが分かった。
一番初めに休憩室に移動した時、ノックの音がして、ハンディのある男の子が、ここに居たのですかと言ったのだが、気になる様なので、元に戻って、一緒に食事をすることにした。
本当は、面倒な事だと思っている。
休憩することは、午後の仕事に力をつける為に必要な行動。
食事の後で、気を使いながら話をしたりするのは、面倒。。。。
ハンディのある男の子は、死にたいと言った子なので、気にしないといけないようだ。
私の下で、働いている子ではないので、関わりに気を遣う。
いそがしですかの彼女と、一緒に働いているハンディのある女の子が、また、喉が痛いというのだが、、、。
いそがしですかの彼女は、喉の奥に白いものが付いていて痛いと言う。
それは、扁桃炎のようなものなのだと思うが、どうして、何度も二人で繰り返しているのかと。。
病院を変えて、判断をしてもらった方が良いと思う。
慢性化してしまうと、全身にあまり良くないらしいが、これまた、余計なお世話になりそうだ。画像

カレンダーを見ていたら、十連休らしい。
祝日に挟まれた日は、休みになるらしい。
これは、、、大変な事になったと思っている。
私に、今頃になって気を使っている同居人と、10日間も、朝も昼も夜も一緒にいないといけない。
私は、もう、元には戻れない。
信用とか、信頼とか、思いやりとか、もう期待していない。
環境を変える場合、仕事をするしか方法がない。
それも、うまくいかないか。。。
カレンダーとにらめっこのこの頃だ。

逃げてどうする

日頃から、高齢になってきているから健康に気を付けようと、心に言い聞かせているのだが、
生身の体、どうしても何かが起きてしまう事がある。
その時に、自分が無意識にとった行動に、驚いている。画像
日曜日の朝、10時頃、まだ日曜日だから、今日も家の中で、じっとしているのだろうなと思いながら、
朝食の支度をしていた。
すべて整えて、お盆に乗せて、同居人の部屋に持って行った。
この頃は、一階と、二階に分かれて生活している。
だからと言って、喧嘩をしたわけではない。
ずっと以前から同居人は、日々の出来事とか、感動した事とか、例えば、桜がきれいだ等の話をしないのだが、私は、そういう話をしていた。
しかし、殆ど聞いていなくて、私が楽しんだ事等に、興味をもたない人間なので、別に上下で生活空間を分けていても無理という訳ではない。
同居人の部屋に持って行ってから、リビングに降りて来て、ほっとして、後は、午後遅くまた食事を持って行けば良いと思い、座ってテレビの電源を入れた。
画面に大きな文字が映っていたのだが、その文字が、また、半分位判読できなかった。
目の前に何かがギラギラとあって、見えなかった。
多分、閃輝暗点だと思ったのだが、その時は、大変慌ててしまった。
なぜか、、、。
この家の中で、目が見えなくなったら、誰かに何かをしてもらわないといけない。
もっと大変な状況になるかもしれないと思ったら、部屋着から、外出着に見えないまま、着替え始めた。
もっと酷くなる前に、この家から出て、離れないといけない。
着替えてから、台所の隅に行き、携帯から、いつもの病院に電話を掛けた。画像
診察券の、ID番号を言ってと言われたのだが、その番号が見えない。
家の中を見回すと位置とか、大体は分かるのだが、細かい物を見た時にギラギラが見えて分からない。
休日なので、当直の眼科の先生とお話をした。
先生は、一過性の閃輝暗点だと思うが、治らなかったら、診察しますよと言われた。
それで、少し安心したのか、駅までタクシーで行こうと思い、携帯の中の番号を見たら、それがはっきりと見えるようになっていた。
ギラギラ感は、横にずれて行って、はっきりと見えるようになっていた。
それで、また、病院に電話をかけて、眼科の先生と話をした。
私の心配は、脳から来ているのではないかという心配で、先生は、気になるなら、診察日に、神経内科にかかりなさいと言う返事だった。
総合診療科に行く時に、話をしてみようかと思っている。
私は、具合が悪くなったら、この家から逃げ出すらしい。
どこに逃げるのかは、分からない。
凄い素早さで、着替えをして、家を出ようとしていた。
この家から、早く離れないといけないと、本気で行動していた。
逃げてどうするつもりだったのか、分からない。
よく考えると、家からというよりも、同居人から離れないといけないと思っているようだ。
もし、ただの閃輝暗点ではなかったら、家を売り、残り少ない人生の為の生活をしたい。
ずっと昔、兄弟姉妹がいる家族の中で生活して、結婚をして二人の子供の家族をもった思い出があるが、すべて、過去となり、寂しさよりも、今の不安定な心境をなくしたい。
同居人に対して、恨みや、憎しみという感情よりも、もっと何か他の意識があり、それは、完全なる他人だという事。

私は、着替えをしてどこに行こうとしていたのか。。
多分、どこかに行こうとしていたというよりも、目が見えなくなる前に、この場所から出来るだけ遠くに離れようとしていて、とりあえず、病院に行こうとしていたのか。。
これは、環境が異常なのか、私自身が異常なのか、、どちらかなのだが、、私だろうな。







生活権と感謝

先月、確定申告に出かけた。
ものすごい混みようで、立って並んでいると、人によっては、柵のようなものに、手をついて寄りかかっている。
多分、足とか、腰の具合の悪い方だと思う。画像
立ち姿で並んでいる事が、限界だと思う頃に、椅子に座って順番を待つ時間になった。
パソコンによる入力は、少し慣れれば大丈夫だと思うが、慣れていない方には、大変な労作だと思う。
今年の還付金は、大丈夫だが、前年度の還付金は、差し押さえられた。
その時のやり取りは、一生忘れないが。。。
ネットのニュースで、一人暮らしの60代の女性が、160万円の税金滞納をして、親戚等から、100万円を借りて、
納付したが、残りについて、分納を認めてくれず、8.万6千円のお給料を全額差し押さえられたという記事が載っていた。
生活費にしては、かなり大変な金額だと思う。
暮らしていけないのではないかと思う。
厚生年金は、月に7千円受給だそうだが、生活費には、足りない位、少ない。
差し押さえする場合、10マン円以下の金額はしてはいけないそうだが、それをしたので、お役所側の分は悪いかもしれない。
その女性が、生活権の侵害で訴えていた。
何度も、自殺をしようと世をはかなむ位、切羽詰まったらしい。
税金を納付するのは、国民の義務だが、生活出来ないという状態になった場合はどうなのだろう。
生活保護を受けないで、必死に働いている人の場合はどうなのだろう。
私のように、心が殺されて、生活そのものが壊れてしまい、何か、麻痺したような感覚になる事もある。
同居人の会社に、市役所納税課から封書が送られていて、給料の差し押さえを考えているという内容で、画像
税金の滞納の為と書かれていて、同居人は、その事が原因で、信頼を失った。
とても恥ずかしい思いをしたと話をしていた。
それは、滞納をしていたのでしょうがなぃ。
その事で、人から軽蔑されても、しょうがない。
要は、きちんと払えば良いのであるが、その時の様々な理由により、滞納した。
私が悪いだけではなく、お給料を2年間も入れてくれなかったり、万一の為の生命保険の貸付金や、配当金を
こっそり使い込んだ張本人も関係している。
私自身は、この税金問題が原因で、立ち直れた。
本来の、真面目な生活を、送るようになつた。
すべての行動は、すべて自分自身に却ってくる。
訴訟を起こしている女性は、生活出来ない状態のようだが、どのように解決したら良いのかと考えてしまう。
私だったら、、、、一人だったら、、、ホームレスになるかもしれない。
無料で炊き出しをしてくれている地域に行き、路上で暮らすかもしれない。
そのうちに、体を壊して、路上で亡くなるかもしれない。
どこかのNPOに救われて、生活保護を受けたりするかもしれない。
生活が壊れる原因は、病気であったり、伴侶の死が原因であったり色々だと思う。
でも、生活費を差し押さえられたら、、しかも、、高齢で。。
私が、経験した今回の出来事で、少し気になった事があるのだが、以前、滞納した分を一気に払った事があり、
市役所側は、あるじゃないの~お金が~と思ったのだと思う。
一気に払えるのではなく、借りて払ったのだが、そうは思わないのだと思う。
それで、矢の催促をするのだと思う。
黄色い紙面に、予告なく差し押さえをするとか、会社に言うとか、書かれている。
友達にこの内容を話したのだが、温厚な友達が、何か不穏な顔つきになり〇〇〇人の税金で暮らしているくせに、えらそうに。。。と語気荒くしゃべった。
きっと、何かあったのだと思うが、私は、同調する気も失せていて、ここに家があるから、しょうがなく暮らしているが、思い出とするには、酷なこの土地を離れたい。
60代の女性が、勝訴する事を願っている。
駄目なら、生活保護を受けたら良いと思う。(しょうがないと思う。)
私は、他の方法で、きちんと何とか払って、早く忘れたい。
この国に暮らしている殆どの人が、必死に納税しているのだから、甘えてはいけない。


長々とダラダラと書いてしまったが、原因は誰あろう、自分達であり、市役所側は、仕事であり、理由は色々あっても、それは、あまり関係がないのだと思う。
結論は、滞納はしないほうが良いと言う事。
生きる場合、人を頼らずに、生きて行く事を心に決めて、頑張るしかない。
妻としてとか、理不尽な目にあってもパートナーを一番にとか、自分自身を蔑ろにするような心境にならなくなった。。
、そのおかげで大変心が落ち着いた。
滞納事件は、私が自分自身を取り戻す為に、必要な事件であって、実の所、大変、感謝している。
しかし、なぜだか、とても悲しい気持ちになる。






めんどうなり。。。

重いバッグの処理に、迷っている。
宅急便で送るか、それとも、火曜日に持って行くか。。
電話での話だと、10日に支払いになるので、一日分を口座に入れてくれるようだ。
それで、書類を書いてほしいとのこと。
その書類は、私の手元にあり、やはり、持って行くのが良いのか。。。画像
仕事をする年齢は、何歳までか。。。
もう、この年では、働くとか、面接とか、御免なのだが。。。
やれやれ、、という思いが強い。
面倒だし、意欲もない。
但し、今は、お金の為にどうしても働かないといけない。
施設の仕事も、嫌なのだが、あの場所しか働く場所がない。
同僚のもう一人のパートの人は、旦那が86歳だそうだ。
その人も75歳。
話をしている時に、私は尊敬を込めて私よりも年上と言ったら、
語気荒く、何言ってるの大して変わらないじゃないと言われてしまった。
確かにそうだが、70歳過ぎての三歳のさは、きついものがあるはず。
仕事を意欲的にしていたのは、いつごろか。。
やはり、若い時で、一番意欲的にしていたのが、キーパンチオペレーターだ。画像
もくもくと、する仕事で、頭の中に、プログラムを作成したカードを想像して、
そのカードをカラムに巻き付けて、打つのだが1と2レバーを、カードに読み込ませた小さな穴で、
1では、英字、2では、カナ、と分けたり、まえゼロといって、ゼロを自動で打刻できるようにパンチをしておく。
この前ゼロというやり方をプログラム出来ない人は、手打ちで打つので、ストロークに差が出来る。
一秒間に16ストロークだったと思うが、ゼロでも1ストロークと数えるので、早さに差が出来る。
頭の中に、カラムに巻き付けた設定したカードが、入っていないと出来ない。
あの当時は、IBMの機械だったが、近年は、ウインドウズでオペレーターというらしい。
だんだん、簡単に、仕事がしやすく便利になるようだ。
あの仕事は、職人さんのようだなと思う。
今は、あの当時よりも数百円安い時給で、働いている。
しょうがないかもしれない。
72歳で働くようになるとは、、、思ってもみなかった。
高齢になったら、生命保険が満期になるし、貯金もあるし、ゆっくり夫と、旅行をしたり、楽しく過ごし、終わりに向かおうと、思っていたのに、、、。
貯金は、10回以上の転職と、二年間お給料なしという為に消えた。
保険は、配当金も、貸付金も、子供の入学お祝い金も、全部使われた。(こっそりと内緒でやっていた)
すべて、ナシなし崩しである。
お花見も、一緒にはいかない。
楽しさを共有する相手ではない。相手もそう思っている。
時々、言った言葉を思い出すのだが、やぶへびというのか。。。
観覧車から海を見るとすごいよねというのだが、私はまだ、一度も乗ったことが無い。画像
花火大会は、遠くから見ると良いよ。そばで見ると首が痛くなるよというのだが、私は一度も行ったことがない。
ワシントン〇テルのポイントカードを持っているが、私は一度も利用したことがない。
こういて書いていると、現実を見なくてはいけないと思う。
もう、自分の人生を一人で歩むように、しっかりしないといけないと思う。
仕事は、やけっぱちで何でも、泥棒や、〇〇以外(買ってくれる人がいないわ)は何でもやるし、やっているし。。。

相手の方も、人生を間違ったと後悔しているはず。。
申し訳ないです。
せめて、生きている間は、働いている間は、食事や、お弁当は作りますので。。。
それで、我慢してくださりませ。。
私は気にしないようにして暮らしていきます。。。



水曜日の疲れが。。。

水曜日から、もう何日も経過しいるのに、、、、。
木曜日、金曜日、ちゃんと仕事をしたが、、、。
土曜日の朝、具合が悪くて目が醒めた。
変に腰の辺の筋肉が痛いし、肩が痛いし。。。画像
実は、アルバイトの研修に行ったのだか。。。
職種は、2K位のランクで、相変わらず頭脳的な仕事ではなくて。。
研修は、大したことはなく終わったのだが、帰宅するにあたって、これから使う道具類を大きなバッグにいれたのを
持ち帰らなくてはいけない。
とても大きな入れ物で、帰りはラッシュ時になったのと、時間が遅くなり、同居人が帰る時間帯すれすれとなった。
そして、ドヤドヤと人が沢山の電車の中で、立ち続けるのだが、、、。
今朝、九時過ぎに、断りの電話をかけた。
どうにもこうにも、命の危険を感じたのだが。。。
一時間半位、大きな荷物、(帰宅してから、測ったら7キロあった)を持っての移動は体に悪い。
一緒に研修をしてくれた人は、良い人のようだったが、何回もトイレに行く人で、私自身は、お昼にトイレに行き、身なりを整えた後は、帰宅する駅で利用しただけなのだが、彼女は、一時間も持たないようで、入ると、五分位゛出てこない。
椅子があれば、そこの座って待てるが、無いと経ち続けて荷物もありで、大変疲れた。
また、ミステリーのような事があり、会社のあるビルのある場所に、二人で行くのだが、そこは、部屋と言っても、用具室や、機械室しかない場所なのだが、彼女が、今日は聞こえないが、いつも、あの奥の部屋で、男の人が叫んでいると言うのだが。。。
内容は、出してくれ、こんなとこ嫌だとか、、後は叫び声だというので、びっくり。。画像
突き当りの部屋の凝視したが、機械室ようだった。
私は、怖いのが嫌で、雑木林も昼間は良いのだが、夕暮れや、暗くなると、白い何かがいると信じ切っているおばあさんなので、本社に報告書を提出する度に、あの場所に行かないといけないのに、叫び声を聞いたら怖くてどうになかなりそうになる。
今朝は、重い荷物を持てないので、断りの電話をしたのだが、一日だけでも良いからとのこと。
しかし、その一日でも、きついので、即答しても色々と善処すると言われるばかりなので、考えてみますと言って、
電話を切った。
良く考えても、無理そうだ。
契約書も無記入なので、そのまま宅急便で送る事にした。
あの研修と比べたら、超高齢者様のあの施設での掃除の方が、まだ良いかもしれない。
木曜日は、疲れ切っていたが、マイペースで、仕事が出来た
金曜日もマイペースで、いつもの通りに仕事を片付けた。
あの研修に比べたら、少しはましかなと思った。
研修が終わり、帰宅してから、荷物の重さを測り、それをどこに隠そうかと家じゅうを走り回った。画像
結局、置く橋を見つけられず、ベランダに、ごみの袋に無理やり詰めて、置いた。
アルバイトの研修に行った事を悟られるのが嫌で、ひっくり返りそうな体調のまま、いつもの通りに食事の用意をしたのだが、苦しかった。。。。。
もう、無理は出来ないと、心底悟った。
もう、同居人が女連れでいようが、メールをしていようが、キッズ用の隙バサミをもってどこかに行こうが、どうでも良くて、まず、自分自身の体調を、一番に考えて整える事にした。
やはり、72歳なのだと自覚したのだが、遅いか。。。。。


しかし、ブログを書いていて思ったのだが、72歳で働いているおばあさんはいるのか、いないのか。。
施設の仕事は、辞めたいが、次に行くところがない。
自分は、変な暮らしをしているなと思う。
アメリカ人の平均寿命は、78歳だそうだが、、、、。
近いじゃないの。。。同居人なんか、もっと近いし。。
オカルトも、怖いし、、例の彼女が聞いているという叫び声は、彼女だけに聞こえるのかもしれないし。。。
あまり、出場所を広げないようにしよう。
小さく小さく、、まとまってアルバイトなんか、考えてはいけない。
今回のアルバイトは、怖いし、身の程を知ったので考えないようにしよう。

抱擁

或る野球選手の方が、引退の報道。
テレビの画面を見ていて、少し寂しい様な、凄く偉かったと尊敬の念を感じていたのだが、沢山の同僚達と、英語で言うハグをしていた。
私は、抱擁というのがあまり好きではない。画像
きっと挨拶の意味なのだと思うが、おじぎを好む。
仕事場のいそがしですかの彼女が、少し会わない日が続くと、会った時に、遠くから私の名前を呼び、両手を広げて走り寄ってくる。
キスもしかねない位の勢いで。。。
私は、逃げる。
やめて~やめて~と、叫びながらカートの周りを逃げる。
本当に嫌なのだが。。。
もう少し前の、テレビでは、往年のスターで、ある武士の末裔という素晴らしいご先祖様を持つ俳優さんを、やはり、往年の女性歌手で、東大卒だったと思うが、シャンソンのような、とても味のある歌を歌う歌手の方が、(百万本のばらの、、、。)畑の被害について、見て判断をしてもらう為に、番組の中で共演していた。
武士の末裔さんが、少しの坂を歩きながら、彼女に声をかけて、彼女と対峙した時に、少し坂の為に俳優さんの胸の辺に彼女の顔が。。。
俳優さんは、彼女のほっぺを両手で包み込み、そして、彼女の額に軽くキスをした。
彼女は、俳優さんの胸に顔を押し付けて、何かの余韻を感じるように動かなかった。画像
そのシーンは、作り物ではないと思う。
男女の関係を思わせるものでもない。
ただの人間と人間の、尊敬し合う心がさせた行動だと思った。
俳優さんは、もうかなりの年齢のようだ。
その番組の前にも、ちらっとテレビで拝見した時に、上手に年を取った方だなと思っていた。
包容力のある余裕のある人柄や、深みの会話や、冗談や、、、素晴らしい。
歌手の人が、顔を寄せてじっと動かなかった時に、年齢の高い俳優さんを気遣い、大切に過ごしてほしいと願っている感じが、伝わってきた。
流れていくような、人間の一生に輝くような出会いを一瞬でも、経験する幸福な人もいる。。。

粉々に壊れている私の心が、良い物だけを見て、修復したいと思っている。
残念ながら、私の周囲にはそういうものがない。
そう沢山あるはずもないが。。。
時々、ちらっと垣間見られたら、幸福なんだなと思えば良い。

散歩

用事があり、小伝馬町に出かけた。
用事が終わり、帰宅しようと思ったのだが、お天気も良かったので、銀座方面に歩く事にした。
距離は、そんなに遠くなかったと思う。
日本橋に出た。
見慣れた通りを歩いていたら、明治屋が見えてきた。画像
独身時代に、明治屋の上の階に、クッキングスクールがあったのだが、そこに通った事を思い出した。
お米のとぎ方から、教えてくれる丁寧なスクールだった。
あの頃の、お料理のレシピのバインダーが、まだ、家にあると思う。
そのそばに、ボーイフレンドの、父親の会社があるのだが、まだ、あった。。。。
お付き合いは、家柄が関係していると、しみじみ感じた出会いだった。
電話をかけたら、おぼっちゃまは出かけています。。。というばあやの返事を聞いた時、これは無理だなと思った。
その後、そのボーイフレンドも、会社を作り、経営をしているようだ。
明治屋の前の通りを、ずっと歩いていくと、銀座に出る。
独身後半のリッチだった頃に、出入りしていた和食やさんの前を通った。。画像
行き過ぎて、戻った。
懐かしい。。。。
リッチといっても、食べるのは、ランチ位だった。
とても高いお店で、普通の時間には、入れない。
ランチは、少し安くなっていた。
このお店は、支店がいくつかあり、赤坂のお店に行くことが多かった。
次姉と、訪れた時は、銀座のお店だった。
次姉が、まだ、元気な頃で、楽しいひと時を過ごした。
冬で、私は半コートを着ていた。
姉は、ペンキの付いた、オレンジ色のウインドブレーカーを着ていた。
レジ前で、コートをお預かりいたしますと言われて、渡した。姉のペンキ付きのウインドブレーカーも。。画像
食事をしていたら、天井の空調を調べている人がいる事に気が付いた。
何も、飛んでくる訳でもないし、私達は、楽しく食事をしていたのだが、終わる頃、紺色の着物をきれいに着こなしているウエイトレスの人が、お盆に綺麗なコーヒーカップを二つ乗せて、現れた。
私達は、食後のコーヒーは、予算の都合で諦めていたのだが、私達のテーブルに置いた。
そして、空調を調べていて、お食事中に失礼したと言われ、コーヒーをお楽しみくださいと言われた。
私も、姉も驚いて、遠慮なく、暖かくて良い香りの、コーヒーを戴いた。
苦みも、香りもとても良くて、美味しいねと、姉と言いあっていただいた。
飲み終わった頃、また、きれいな着付けをしている、ウエイトレスの人が来た。
手には、紙の手提げを二つ持っていた。
私達の前に立ち、このお店のお湯のみであると話して、お詫びにお使いくださいというような内容を言われた。
益子焼の茶色の湯飲みで、私の家には、大切に保存されている。
それも、とても嬉しくて、素直に戴いた。
会計の時、コートを後ろからかけてくれた。
姉のペンキ付きのブレーカーも、丁寧に差し出してどうぞと言われて、姉がとても恥ずかしがった。
御礼を言って、階段の前に来て、振り返ったら、レジ前の所に、きれいな着物姿の人が数人並び、私達を見て、
丁寧なお辞儀をしてくださった。
階段の途中で、また、振り返ったら、まだ、こちらをにこにことした笑顔で見ていた。画像
姉も、私も、何度もお辞儀をして、階上に出たが、良い思い出である。
あの時に、飲んだコーヒーをもう一度、飲んでみたくて、食後にお願いした。
あの頃と同じ、とても美味しいコーヒーだった。
姉が生きている頃に、もう一度来たかったと思いながら、コーヒーを味わった。

次姉は、不幸を自分で作り背負っていた。
私のように、障碍のある子どもがいた訳ではない。
二人の男の子は、健常であり、それなりに、楽しく生きがいを持って暮らせたはず。。
お決まりの、実家の流れで、不幸のどん底を選んでいた。
いつも思うのだが、問題は、実家の母親だったのだと思う。
五人の兄弟姉妹の中で、けなされて育ったのは、私と次姉の二人だった。
私は、意地の悪い子だと言われて、父親を見ているようだと言われて、次姉は、嫌らしい子で頭が弱い子と馬鹿にされていた。
実際は、とても優しい、思いやりのある次姉だったのだが。。。
晩年は、がんになり、脳に転移して、性格がおかしくなり、私や、姉や、母親を嫌い、相手をするのが大変だった。
当時の、姉の様子をずっと見ていて、もう手を尽くす事が出来ないと、思わなければいけない事があるのだという事を知ったように思う。


しゅーーっと。。。。

部屋の持ち主が、いつの間にか変わり、全体の雰囲気が、以前とは違ってしまう。画像
そういう雰囲気の中で、いつもの通りに掃除をする事は、少し難しい。
例えば、空気が汚れていると思われる場合、引き戸を少しだけ開けて、数分間放置するのだが、その間に冷たい空気がリビングに流れていく。
すると、新しい入居者が大きな声で、怒鳴るのだが、その怒鳴り方は相手を完全に下に見て、言ってはいけないような言葉を投げてくる。
暴言に近い。
それは、入居したばかりで、世間での掃除する人間の立場を想像していて,この場所では、あまり関係ない事が分からない。
一か月もすると、態度と言葉が変わる。
本当は、そんな事はどうでも良くて、それよりも、密閉してしまう部屋が問題だ。
空気の循環は、損なわれ、布団や、シーツに付着している、浮遊する有機物が、降り注ぐ。
マスクをしていても、咳が出てしまう時がある。
感染等が起きた時の場合、直接肌に付いていた物を、整えたりするのは、ある程度、危険ではないかと思う。
特に、この季節は、締め切った部屋での掃除は、危険だと思う。
掃除の立場だと、入居者の健康状態についての、データ等の開示はない。
ただ、ある日、部屋の名札が無くなっていて、他界したと知る。
部屋の掃除をする条件が、ある程度あるのだが、それが、この頃あまり適用されていない。画像
一番嫌なのは、締め切った部屋の中での掃除だ。
空気が汚れている場合は、何度も経験しているが、どうしても空気としては認められない。
窓を開けて、数分の換気で消えていくが。。。。
窓を開けるだけで、その疑問は程なく気にならなくなる。
この頃、自分は、大変危険な仕事をしているのではないかと思う。
嫌になったのかと、聞かれたらそうだと答える。
引き金は、上記の他に、掃除機の未来が、関係している。
掃除機は、毎日、30~40室の掃除に使われていて、程なく、あちこちが故障をするのだが、
その度に、乱暴に使ったのではないかとか、落としたのではないかと言われるのだが、そんな事をしなくても、
何度も、スイッチを入れたり切ったりしていたら、疲労を起こす。
それで、壊れると、始末書を書かされる。
新しく来た掃除機の、スイッチは、本体についていて、一々屈みこんで、スイッチを切る。
それを一日に50回位繰り返す。
屈みこみ、スイッチを押してつけて、また、屈みこみ切るのだ。
その繰り返しをしていたら、また、プラスチック疲労が起きて、割れたりする。
その時に、いつも直してくれていた、営繕さんが辞めてしまう。
次に来た人は、とても頼りなくて、大丈夫かなと思う。
いそがしですかの彼女が、あの人は問題があると言った。
どうしてと聞いたら、言葉につまっていたが、修理を頼んだらきっと余計な事を言う人だと言った。
プラスチックが割れたりしたら、自分達で、根をつめて真剣に直すしかないようだ。
掃除機には、購入した日付と、使用者の名前が貼られている。
理由は、誰が壊したか分かるようにしているとの事。
今度、スイッチが入らなくなったり、吸い込み口の付近が割れたりしたら、どうしようか。。。。
何しろ、今度は、掃除機の修理をしてくれる人がいないのだ。
ほこりは嫌だなとか、掃除機が壊れたらどうしようとか、働く意欲が萎んでいく風船のようにしゅーーっと小さくなる。





言葉の哀しさ

地方に嫁いでいる姉が、塞ぎ込む状態らしい。
私は、まだ、色々とあるが、胸の真ん中にとても、明るい穏やかな草原がまだあるので、姉の話を聞いてしまう。
もし、自分の心中が、暗い雲に覆われていたなら、姉の話を聞いてあげられない。
聞いてあげても、どうしろとか、こうしろとか、意見は出てこない。画像
穏やかな心境でいても、やはり、聞いてあげるだけかもしれない。
解決しない意味は、過去に言ってしまった言葉だから。。。
どうして、人間は、ふと、悲しい言葉を吐いてしまうのかと思う。
自分自身に言う場合はどうってことはないが、相手がある場合、それは、言った人自身の良心が反応する。
姉には、四人の子供がいたが、長男が自殺をしている。
父親との折り合いが悪く、登校拒否も起こしていて、途中退学もしていて、家を出て、生活をしていた。
旅館で働いていて、時々、姉にお金を送ってほしいという感じだったようだ。
自殺をする前に、やはり、お金の電話がかかってきたが、姉は、父親に言いなさいと出来ない言葉を返したようだ。
そして、もう戻ってこないで、と言ってしまったようだ。
言われた長男の心は、病んでいたかもしれない。
健常ならば、自分を信じて頑張ると、方向修正をしたと思う。
悲惨な結末を姉は経験している。
言ってしまった姉の心を救えない。
80歳の高齢になり、まだ、あの時の言葉を忘れられない。
こういう時の流れを、経験する人は多いのだろうか、少ないのだろうか。
多分、人には話す事はしないで、胸に封印しているかもしれない。
私も、長男が倒れた時、倒れる寸前に、お母さんも、もう年だからね。。と言ってしまい、言わなければ良かったとずっと、後悔の日々を送った。
未だに、写真の彼にごめんね。。。と声をかけている。
同居人が、朝出かける時に、玄関で靴を履きながら、おまえみたいに気の強い女はいないよ。もっと優しい女が
いるよ。お前は駄目だよと、吐き捨てるように言いながら、ため息をついて、玄関のドアをバタンと閉める。画像
家の中には、誰かと比べられて、けなされた私が残る。
私は、その言葉に対して、何も言わない。
朝、玄関を出たら、何か起こるか分からないのが今の世の中なので、黙って聞いている。
本当は、お宅のような、足りない頭の男と結婚したから、強くなるしか生活できないからと言いたいが、自分が一番だと思っている、同居人を怒らせる必要はないし、朝、怒ったまま、自動車に撥ねられでもしたら、きっと、
数か月位、気に病むと思う。
この場合の、肝心な事は、私が、その言葉を言われてもどうでも良いと思っている事だ。
相手の尺度で、勝手なけなす心を私に投げても、私の尺度とは、長さが違っている。
自分の尺度にあう人を選べばよいと思うだけだ。


姉の長男は、もしかしたら、手助けが必要な人だったのかもしれない。
姉の次男は、少し障害があり、生活上、姉を苦しめているようだ。
でも、長男の時のように、言葉を投げる事は出来ないようだ。
それだけが、救いだと思う。
戻れない過去で、自分が放った言葉を修正できない。
その苦しみを携えて生きて行くしかない。
二男にその言葉を言わなくて良かったと、思うしかない。

人それぞれの考え方があるが、私は、誰にどのような言葉を言われても、(言葉にもよるが、、。)言った方が足りないやつとか、考え方が違うのだと思って生きてきた。
それに、自分が小さなものだと思っていた。
プライドというものは、あるが、置いてある場所が普通とは違うようだ。
この考え方は、異常なのかもしれないが、子供時代の悲惨な生活がさせていると思う。
先日、三丁目の夕日という漫画を、コンビニで購入した。
戦後の粉ミルクの話等が載っていた。
その中に、給食費を学級委員が集めていて、貧乏なつぎはぎだらけの洋服の、女の子に払ってというシーンが描かれていたが、机に座って困っている女の子が、その私であると思った。
しかし、私は、泣かなかった。
学級会で、どうして払わないのですかと、聞かれて、聞こえないように黙っていたが、そういうタイプの女の子の、シーンも描かれていて、何を聞かれても返事もしないという女の子は、私なのだが。。
教室で、笑うとか、話をするという行動を、あまりした記憶がない。
クラスにいたと思う、、そういう境遇の子が。。

強運か。それとも、、、。

穏やかな、心境とは裏腹に、色々な事が起きて、、まあ、生活しているのだからしょうがない。
少し、遅く10時頃帰宅した。
普段は、殆ど、そういう時間にはならないのだが、同居人が飲み屋に行く日は、遅くても大丈夫だと思って。。
しかし、メールが入っていた。
玄関の電気は消えていて、階段の電気がついているので、戻っている。画像
玄関の外の植木鉢の上に、何か、壊れ切った透明傘が置いてあった。
あまり気にせずに、家に入った。
急いで、お茶と、トーストと、紅茶をもって二階に上がった。
飲んで来た日は、まったく食べないのではなく、少し用意をしないといけない。
そんな用意なんか、何も気にならなく、機械的に用意する。
暗くしていたが、何で遅いんだ。主婦が夜遊びなんかして。。と言うのだが、ムカッとした気持ちは、押さえて、
友達と話をしていたと、返答した。
友達と話をしていたかどうかは、内緒だ。
私に、何をいっても、もう反応はあまりないと思った方が良い。
どのように思われても、不良主婦と言われても、嘘つきと言われても、私の心には、響かない。
その夜は、そのままで就寝。。。
翌朝、玄関でバリバリと、変な音をさせて何かをしている。
玄関の中で、あの植木鉢にかかっていた、壊れ切った傘をまとめようとしていた。
朝なので、私がするからと言って、取り上げたが、その態度が良かったのか、心が軟化したようで、
経緯を話始めた。
ここで、唇の両脇がふるふると震えそうになった内容を聞いた。
昨夜、玄関の前で、鍵をあけようとして、鍵を出したが、鍵穴に刺さらずに、空振りをして、モンドリウッテ三段の階段を落ちたようだ。
その時に、傘の上に落ちて、傘の柄や、骨が壊れたそうだ。
何と強運な、凶運な。。。
ケガなしは、頭だけではないようだ。(毛沢東主席にそっくりです。頭部が。)
以前は、自転車に乗っていて、上を見上げただけで、凄い勢いでハンドルが取られて転んだが、たいしたケガではなかった。
家の前でも、自転車から降りて、止めようとして、ハンドルをとられて、自転車と同時に左右に分かれるように倒れると言う芸当をしている。
自転車の後ろのランプが割れていたが、同居人にはケガはなしだった。
栗拾いに出かけた時、膝程のコンクリートの柵に飛び乗り、ジャンプしてあちら側に降りたのだが、その場所は、瓦礫が山の様に積み上げられていて、突出した塊もあり、危ない所なのだが、ジャンプに失敗して、着地時に、膝ががくんと折れて瓦礫に顔を突っ込んだのだが、鼻血少し、ほっぺに傷、向う脛が一皮むけて血が少し
という、軽傷で済んでいる。
強運の何かが、また、一つ増えたという事。ほんと、、、凶運だと思う。

不思議に思うのだが、私に関わるとそういう出来事が起きているように感じるのだが。。
もう、出かける事はあまりないのだが、日曜日に雨であったが、私が歩きたいので、一緒に、農家の野菜を買いに出かけた。
その時は、何も起こらなかったが、きっと遅れて傷つけられたのだと思う。

そういえば、駅の階段から転げ落ちた事もあり、けがなし。
商店街で、自転車で転倒し、泥だらけになり、失禁もして、帰宅、こたつの中に首まで入っていて、
何が何だか分からない、、、気が付いたら家にいたと言っていた。
顔にも泥が付いていたので、着替えたらと言って、こたつから出したが、ズボンがおしっこだらけだった。
それも、覚えていないと言っていたが、体が翻弄されることが多すぎると思う。


三月ですが。。。

来月は、三月なのだが、同居人の仕事はどうなったのか。。。
何も言わずに、過ごしているが、もう三月だと言えなくて、様子を見ている。画像
従って、今の施設の仕事にも、通うようになるようだ。
そうであれば、それなりに有り難い事なのだが、
仕事としては、きつくて、本当はそのまま辞める事になったらしょうがないと思い、ほっとするはず。
年齢としたら、もう、無理がきかない状態だと思う。
先日も、ベッドの脇に、壁に沿って使い捨ての物が隠されていて、それを取るのに体をひねって、主に下半身をひねって取ったのだが、その後、股関節外側が、痛くなり、階段を降りる時に、落ちそうになった。
歩く時も、股関節を庇って歩くので、ソロソロと歩くしかなかった。
一晩、寝返りをしても痛くて、朝から整形外科に行った。
レントゲンを撮ったら、股関節の付近の骨から、カルシュウムが少し剥がれていたらしく、小さな白い部分が移っていた。
帰宅時、自転車に乗るのは大丈夫だったので、助かったが、途中で歩く時、いつものように大股で歩くことが出来ず、ゆっくり歩いているお年寄りは、きっとこういう風に足が思うように動かないのだなと納得した。
処方された、ロキソニン湿布を貼る時に、ビリッと痛い骨の部分にエレキバンを貼って湿布を貼った。
すると、一晩経過後、朝起きたら痛みが無くなっていた。
湿布が効いたのか、エレキバンが効いたのか、早めの治療が効いたのかよく分からないが、画像
触っても痛くない。
しかし、たった一日、痛い方の足を庇って歩いたのだが、もう一方の足、特に膝が痛くなった。
こうして、あちこち、体の故障が始まるのだろう。
長姉が、失踪する予定と言っているが、元気で失踪できるとは限らないと、今度の電話でいうつもりだ。
本当に、いくら気を付けていても、年と共に、体のあらゆる部分が壊れていく。
維持したくても、出来なくなる。
平均寿命が、男は80歳らしいが、同居人はもう74歳になろうとしているが、あれま、、もう少しで寿命年齢となる。
女の人は、87歳らしいが、それも、大して変わらないか。。
それなのに、働いている私。。。。
無謀な事をしているとしか、思えない。
同居人が、ロマンチックな生活をまだ、している事が凄いなと思うのだが。。。
もしかしたら、私よりも若いかもしれない。
そういう出来事を、気にするよりも、自分の体でしょ。。
気に病むと、体がついていかない。
そんな事よりも、ほれこの皺くちゃになってきた手足が問題だ。
パンと柔らかく張りのある大腿部のはずが、病院でレントゲンを撮る時に、下着姿になり、横たわり、じっと大腿部を見たら、タランと肉が垂れていた。
力を入れても、持ち上がらなかった。
このような状態を、誰に見せる事が出来るか。
密かに、自分だけが見て、人様には、見せられないと納得する。
危うい年齢となったという、自覚をしないといけない。

クライネ。。

姉と、実家の事で話し合う事がある。画像
結局、解体をしてからという、結論になる。
実家の玄関前は、道路に接していて、建て替える場合、支障はないのだが、裏手は、もっと広い道路に接していて、そちらからの出入りが出来るようだ。
狭い土地なのだが、玄関前の私道とは違う、公道が裏手にあるので、それをいかせるようにしようと話をしている。
まだ、今年いっぱいは、動きが無いかもしれない。
先立つお金がないから、情けない話だ。
その情けない状態は、姉も一緒で、二人で暗い話ばかりしている。
姉は、猫ちゃんを7匹も飼っているが、猫の家出ではなく、姉自身が家出をしたいと言う。
猫ちゃんが、いなくなったら家を出ると言う。
猫ちゃん達は、まだまだ元気そうだ。
姉は、80歳になるが、さて、、家出をする頃には、何歳になるか????。
どこに行くのかと聞いたら、言わないと答えた。
7年経てば、失踪したことになるので、そうするのだと言う。
姉の人生を辿れば、順風満帆と言える時期があったと思う。
子宝に恵まれ、お金持ちの家に嫁いだので、お金に困らない生活をしていたと思う。
私が、結婚をして、北千住の公団に住んでいた頃、母親は、何回もお金を貸してと訪ねてきた。
その当時で、5万円を何度も借りに来た。
当時の私は、仕事柄お金に困らず、貸しても良いという状態だったので、気軽に渡していた。画像
そのお金は、一度も返ってこなかったが。。。
その後、母親が話した内容が、姉が貧しい家から嫁いだと言われないように、お金を送っていたとの事だった。
子供のお祝いも、姉の家には、事あるごとに、色々と送っていた。
四人も子供がいたので、その度に、学習机とか、五段の雛飾りとか、姉が実家に来る度に、大きな金額を渡していたと、母親から聞いたことがある。
私達、兄弟姉妹は、五人だったが、その中で、女は四人で、母親が、相手の実家を気にして色々としたのは、長姉と、末妹の二人。
次姉と、私は、問題外だったようだ。
私の場合、次男は、31年位前に小学校入学だったが、一万円がお祝いだった。お返しに、お赤飯と、お菓子の詰め合わせを返したが、ランドセルも買えない金額。
初めてのお節句には、団地サイズのこいのぼりだった。
これは使ったことがない。恥かしくて外にも出せなかった。
年の近い妹の子供には、五段の雛飾りだった。
次姉の所も、同じような貧相なお祝いだった。
そして、結局、その問題外の次姉と、私が実家のお世話をしたのだが。。。。。
次姉は、途中で病気で他界したので、その後をするように妹が関わってきた。
母も、兄も、妹を信頼していた。
その信頼に、妹が答えていたかどうかは分からないが、今は答えざる得ない状況で、答えていると思う。
長姉と、私は、戦が終わり、同情心で繋がっているが、私は、あの当時の事よりも、今の姉の状況に大変な困難を感じる。
私も、人の事を論じる状態ではないのだが、姉の困難さには、脱帽する。
二人で失踪でもしようかと言いたくなるが、とても暗い話で、塩でも撒こうか。。。


自分で分かっているのだが、、、このような昔の事ばかり気にして、、あんぽんたんな私。
だから、行く先が開けない。
ものの考え方に無駄がある。
思い出しても、先には進めない。
でも、不思議なのだ。。
書くことで、気持ちが治まるのだが。。。
怒りは、感じない。
これは、前に進むどころではない。
立ち止まり、反芻している牛のようだ。





変わる。

国民の義務である、税金納付に先がみえて、何とかなりそうだ。
何しろ、封書が届いたら、何が書いてあるのかと、震えてしまう。
大体内容は、予告なく差し押さえをするとか、会社に給料の差し押さえの通知をするという内容。画像
社会的に、葬られるかもしれない、信用問題であるが。。
以前、二年間もお給料がなかった事があったが、その頃から納付が滞りがちだったと思う。
私の分は、兄が払ってくれたのだが、離婚をするなら、相手の分そのままにしておくと言って、放置状態。
その結果、ある銀行から借りて、一気に払った。
すると、あるのに払わないのだろうと、推測されたらしく、予告なく、、、の文面が何度も送られてきた。
私の分は、何とかなっていたのだが、彼の分は、少し滞ると予告なく、、、が来た。
恥かしい結果なのだが、還付金を差し押さえとなった。
その時に、私が電話で、代理として担当者と会話をしたのだが、思い出したくない位酷い会話をした。
サラ金の取り立てのようだった。
私の心は、そういう生活の節度のようなものが、欠如していて、ただ、壊れていたのだと思う。
その状態は、何もかも、普通から離れてしまい、常識がなくなり、滞納をしても分からない位麻痺していた。
普通の生活ではなかったと思う。
自分自身で、壊れていると自覚があった。
浮気は、心の殺人というが、その通りで、吹っ切れるまで、何もかも無意味に思えた。
家庭を持っていたら、やはり、楽しく暮らしたいと思う。
その部分が、なくなってしまったら、自分でどうしたいのかが、分からなくなっていた。画像
ただ、悲しくて、悔しくて、酷いが、心の中を占めていた。
もう駄目だと、気が付いたら、次の段階は、離れたいとなるのだが、それが叶わないと、益々、現実を見なくなる。
次の段階は、生きる為に、そういう問題に、関心を持たないようになる事だ。
今、その段階で、無関心である。
すると、生活に対して、色々と気にかかる事が出てくる。
税金の納付については、当たり前の事柄なのに、どうして、こんな状態にしてしまったのかと気が付くのだが。。
休みの日に、朝から、A四に、税金の納付予定の一覧を打ち、色分けをして、払っている分と、今度払う分と、これから払う分を分かるようにした。
そして、それを持って役所の納税課に行った。
これからの支払い予定の相談ですと、言って、例のサラ金業者のような担当者を待った。
すると、例の担当者は、出てこなかった。
代わりの封書にも書かれていなかった人が、私を呼んだ。
私は、ただの納税者として、役所を訪れて、支払い予定の相談をしに行った訳ではない。
あのサラ金紛いの取り立て口上を言った人の、顔を見たかったのだが。。。
今迄、何十年も払ってこなかった訳ではないのに、あの言い方は、あなたの顔を見たいと、私に思わせたのだ。
ただ、ご尊顔を拝見したかっただけで、ナイフを隠し持ってなんていう行動はしないが。。。
(滞納者には、そうするしかなかったと言う事なのだろうが。。)
別の人に、銀行のローンの契約書を見せて、納税の為に借入をしたと言い、毎月支払いをしていると、話をした。
いくら払っていますかと言われたので、金額をいった。
一気に支払いがされたからと言って、お金があるのに、払わなかった訳ではないと言いたかった。
予定表を提示したら、役所側の一覧を見せてくれたが、予定表よりも、かなり、少なく、必死にお金が出来ると、
払い込みをしていた分の結果が出ていた。
これで、次の年金支給日にも、納付をして、終わりとなる。
これからは、その別の人が、担当者となるようだ。
多分、その担当者にサラ金まがいの口上を、言わせるような事は起きない。
納税は、国民の義務であるが、人生には、それを滞らせる程の衝撃的な出来事が起きる。
そして、誰も助けてはくれない。
その事がよく分かった。
自分が、一人の人間である事が忘れられている。
結婚をしたら、相手の言う通りにして、何をされても我慢をする妻として、母として、生きていく。
それはそれで、大変な貴重な体験であると思うが、伴侶として、相手を苦しめる行動を平然とするのは、ルール違反だ。
それに、翻弄されて、何も判断が出来なくなって、自分で苦しい道を選んでいる。
その事に気が付くまで、下らない生活をしている。
胸の辺が、見えないのだが、凄く平坦な明るい草原のような感じが、ずっとしている。
呼吸が楽になったような感じだ。
気が付くのは、少し遅すぎたと思うが、油断をしないで、暮らしていく。

草原

胸の辺に心があるのか。。。
心は、魂なのか。。。
仕事先のハンディのある男の子が、様々な言葉を投げてくる。画像
先日は、死にたいだったが、今度は、明日、僕の魂は無くなります。というのだが。。。
私は、魂がどこにあるのか、分からないので、彼に魂はどこにあるの?と聞く。
すると彼も分からないと答える。
分からなかったら、どこからどこに行くのかも分からないよ、、と私は独り言のように言う。
胸にあるの?と聞いてみたら、分からないと答えた。
それじゃ、そのままにして、今のお仕事を終わらせようと言って離れた。
彼は、家庭で辛い事があるらしい。
棺桶にはいりますから、、、という言葉も言ってきたが、否定的な返答はしないで、手とか足とか、動かして、
仕事を頑張って、終わらせようと答えるしかない。
言葉をかけてきた時は、きっと、暖かい気持ちになりたいとか、寂しい心の時だと思う。
このような偉そうな言葉を書いているが、私も大体同じような心境の時がある。
彼と違う所は、私は彼よりも何十年も生きている事だ。
だから、回避する方法をいつか見つけるのだ。
そのいつかが、やってきた。。。。。。。
心が胸にあると想像すると、胸の中に、とても気持ちの良い穏やかな気候の草原があるみたいだ。
小さな胸なのに、とても広い気持ちの良い穏やかな空間を感じる。
同居人に対して、様々な希望や、関心や、苛立ちや、悔しさが消えた。
何をしていても、良いと思う。
私は、自由であり、彼も自由である。
私が、旅行をして、何日も家を空ける事があるかもしれないが、その間に家に誰かが入ってきて、私のベッドを使っても良い。
帰宅したら、きれいに掃除をするので、構わない。
家の物をもっていっても良い。
無くなったら、補充をするから。。
私の目の前に居ても、構わない。
私にとって、大切な人はもういないから。。。
嫌だな、見ないようにしようとか、なるべく触らないようにしようとか、、、。画像
こうなったら、もうお終いだと思うが、この家に居ても構わない。
出て行けとか、争う事は、時間の無駄であり、そういう会話はする必要を感じない。
生活上の、関心が無くなったと言う事だ。
彼にしたら、とても暮らしやすくなったと思う。
私は、もう歩き出したので、元の心には戻らない。
縁という川に、二つの船が動いている。
其々が、楽しそうに、櫓をこいでいる。



早かった。。。

喉風邪が、一昨日位から平気になった。
とても珍しい事である。
普段は、引きずり一か月位かかるのだが。。。
耳鼻科の治療である、Bスポット治療というのが、功を奏した。
鼻の中に長い器具の先端に薬の綿つきを入れて、ゴチョゴチョとすると、果てしない激痛が襲う。
そして、喉奥の見えない上あごの付近を更に、ゴチョゴチョと綿棒を動かすと熱い様な痛みが襲う。画像
それを我慢すると、治る。。。。
そして、治ったようだ。
ネブライザーをしている時に、診察台が良く見えるのだが、一人の中年の男性が座っていたのだが、
その人が、Bスポットはしません と言っていたが、少しうつろな顔をしていた。
多分、あの痛みが耐えられないと、判断したのだと思う。
喉の痛みは治ったが、花粉の季節となり、くしゃみが止まらない。
多分、また、5月初めに、耳鼻科にいかないといけないと思う。

病院に、通院する作業はあまりしたくないのだが、同居人の循環器と、糖尿病外来に付き合っている。
その事で、考える事があり、多分、付き添わなくなるようだ。
一緒に行かなくても良いと思うようになった。
検査項目の中で、高額である検査をしないようになった。理由は手術をしないからだが。私が支払わなくても良くなったし。
以前は、会社を休んでいたり、病院が終わっても夜の8時頃帰宅したりしたので、何かをしていると疑ったのだが、
それも、もうあまり気にならなくなった。
そういう事を気にしても、相手は何ともなくて、したいことはするのだから。。画像
暮れに、会社が御用納めをしているのに、出勤して、診察曜日ではないのに、病院にいき、その後、どこかに消えたのだが、そういう事を問い詰めるのも、むなしさを感じる。(これは、帰宅時間や、送られてくる通話履歴でわかった)
やりたければすれば良いと思う。
数値を調べたり、食事の加減を提案したり、用意したりという事も、もうしない事にした。
血液検査や、検尿のデータの載っている紙面も、分厚く閉じてあるが、それも捨てた。
その結果、分かったことは、相手を自由にしたら、自分も自由になったという事だ。
お金が、使えるようになったら、とても行きたい場所がある。
石川県能登に行ってみたい。
新幹線で二時間位らしいが、一人暮らしをしている友達と行こうかと話をしている。
家の中に、また、誰かを入れるかもしれないが、それも構わない。
帰宅したら、シーツ交換や、掃除をすれば気にならない。
この感覚は、完全に愛情という類のものが消滅したという事だ。
今も、家の中で、殆ど口もきかず、私は、リビングにいて、好きな番組をゆったりと観ている。
一緒だと、チャンネルをコマーシャルの度に変えたり、突然変えたりするので、気持ちが落ち着かない。
一人だと、ゆっくりコマーシャルの時には、お茶を変えたりして、臨機応変に対応している。
うるさく、家政婦のように命令されなくて、凄く気持ちが良い。
この状態は、もう少し続くと思う。
いつも、気に入らない事があると、口を聞かなくなり、だだっこのように声掛けをしても、無視をする。
無視をずっとしてほしいが。。。どうだろう。。。
病院についていかない事を、うまくいえると良いが。。。
もう言い争いは、馬鹿らしくてしたくない。
暮れの血圧の事から、もっと自分を大切にしないといけないと感じた。
夫婦といっても、何もかも一緒ではないし、考え方も、違うし。。。
ただ、年齢を重ねた時に、労わりあえる夫婦か良いと思う。
そういう相手ではなかったら、しょうがない。