結果。。

陽性であれば、遅くとも、今朝連絡が来る予定。
本人は、熱も下がり、しくしくと泣いている。
結局、コロナではなかったようだ。
私は、苦しい中、車椅子を押して、一日過ごした。
帰宅後、フラフラの私に、あれこれと用事を言いつける。
もう、そういう性格で、そういう思考力のないのだと分かっているので、KIMG0789_2 (1).JPG
返事もしない。
だって、私は苦しいし、少し気だるい。
すると、さみしいよ~さみしいよ~といいながら、泣いている。
これが現実の出来事なのかと、驚愕。。。。
この非常事態になり、お墓の事が、大変気になる。
今のお墓は、妹に返さないといけない。
すると、長男の遺骨を納める場所がない、これからも何もかもない。
我が家にはない。
それすら、考えずにしくしくと泣いている。
お墓については、やはり、四日市に次男に出してもらうようにしたい。
本人は、義弟が怖くて、何も言えない。
遺産相続したと言われていながら、いったい全体の額とか、様々な物を知らない。
相続をしたら、書類があるはずなのに、それもない。
私の考え方は、間違っているのだろうか。。。。。
お墓建立するように、話を持って行ってほしいが、多分、義弟を恐れているので、
出来ないと思う。
人間、、普通じゃない人と言う定義、、どこで折り合いをつけるのか。。
やはり、自己中ではない事が、一番の基本だと思う。
嘘涙を流して、しくしくと泣いている姿は、多分、子供の頃からの性癖だと思う。
泣けば、何も言われないという、簡単明白な筋道を確立している。
コロナで、弱り切っている私に、動いているからといって、出来るだろというのだが、、、。
空恐ろしい思考だと思う。
具合が悪くても、動いていたら、何でも出来ると思う単純馬鹿。。。

色々と身辺の整理をしている。
タンスの中には、殆ど何も入っていない。
唯一、長男の子供時代と、次男の子供時代のアルバムが納められている。
その中に、薄いハンカチーフにくるまれていた物があった。
開けてみたら、昔、昔、手につける訳でもなく、色合いが好きで、集めていた、
くずエメラルドと、くずルビー、ラピスラズリーのネックレスが、入っていた。KIMG0780_2.JPG
懐かしく、昔を思い出し、目頭が熱くなった。
小さな可愛い、指輪をつけて外出をしたことはない。
ピルケースの中にそっとおいて眺めていた。
そのピルケースのなかの指輪や、ペンダントヘッド類は、◯こくやに売った。
全部で15万円だった。
兄からもらった、カメオは、最後の最後まで、手に取り、眺めていた。
このピルケースは、大好きなフクロウの棚の中にあった。
偶然、見つけて、テーブルに広げていたら、次男が、私の脇腹をそっと押してきた。
目を向けたら、駄々っ子の方を見ていた。
駄々っ子さんは、宝石類をじっと見ていた。
後で、次男が、全部処分しなさいと言った。
この家の中のどこに置いても、無くなる可能性があるから、売ってしまいなさいと言われた。
今、コロナになり、売ってしまった事を良かったなと思っている。
たった数個だけれど、残っている指輪は、リュックにしまっておく。


相変わらずの食欲。。

何度も、電話がなり、時間をみたら午前六時。。
眠くて、、、大体発信者は、駄々っ子さんなので、
何度目かにとってみた。KIMG0777_2.JPG
相変わらず、耳が聞こえないようで、
何を言っているのか分からない。
仕方がないので、お手洗いの次いでに降りてみた。
何やら深刻な顔をして、熱が38度5分あるらしい。
冷やしたいと言うので、タオルを冷凍庫で冷やし、
もう一度検温。
今度は、37度。
頭痛はなし、喉の痛みもなし。。ただ、熱があり、歩けないらしい。
このらしいという意味は、後で、ロキソニンを服用して熱が下がったら、
スタスタと歩いていた。。
発熱外来に行かないといけないのか、
従来の予約である診察後、抗ガン治療か。。否か。。
コロナ関係は、私の場合の接触者としても、
とうに時間が過ぎていて、少しおかしい。
もしかしたら、腫瘍熱なのかもしれない。
ロキソニンは、すぐに効き、熱は下がったが、
やはり、外来診察は、無理だと思う。
疑わしい、PCR検査を受けるように医師から指示があった。
朝の六時台の出発は、免れてほっとしている。
私自身は、コロナのだるさとか、喉の違和感もなく、ただ、
異常な食欲がある位で、
殆ど、通常の生活を送っている。
次男も何事もなく、生活をしている。
コロナではない可能性が強いが、、、どうだろう。
駄々っ子さんは、耳が完全に遠くなり、本当に面倒なり。。
補聴器を考えている。
私自身は、75歳で、後期高齢者で、コロナだったのに、
ク~リー苦力をしないといけない。
つらいなと思うが、運動不足を解消すると思うしかない。
軽い状態の人でも、肺炎になったらするらしいから、油断が出来ない。
本当は、家でじっとして暮らしていたい。
何で、あんなに重い車椅子を押さないといけないのか。
しかも、平気で自分のした事を忘れた振りをして、あのばかもんが。。。
私の、ストレスは、コロナも関係して、限界となり、明日こそ、明日こそ、、メンタルに通う!!!!!!!!!!!。
そだ。。診断依頼書をどこに置いたっけ。。。
こういう風に、変にぼやーーっとする事が多い。
ぼんやりする事は、とても心地が良い。
体中の力が抜ける。
今迄、私に備わっていなかった感情かもしれない。
世のなか変わった。
私の世界が変わった。

頭痛みたいな。。

狭い小さな家なのに、なぜか次男や、駄々っ子さんは、コロナにかからなかった。
私は、75歳、持病はないのかも。。。
八月一日に、確定してから、遡る事、七月二十日ごろ
肺炎になるらしいので、色々と面倒だった。
保健所から、通常の生活をしても良いと言われても、
私は、私ではなかった。
ぼやーーっとした思考。
キーボードの定位置が様まらず、変な変換を繰り返す。
異常な食欲。。
サイダーを飲み続けた。
この状態で、唯一頭が動いていたのは、支払いの用紙の場所とか、ローンの書類とか、
こういう物は、私のパソコンの前にある引き出しに納められている。
でも、グチャグチャと納められている。
今、いらない箱をみな捨てた。
数年も前の、領収書もみた捨てた。
捨てたものは、他にも会って、パ◯ツや、シャツ靴下類。。
ゴミの日に、四個も捨てた。
コロナは、いきているらしいから、次男や、駄々っ子さんが、罹ったら大変だ。KIMG0775_2.JPG
さてと、、気が付いたら、お気に入りの洋服もなくなっていて。。
何というのか、、それも、どうでも良くて、感情が鈍感になるようだ。
まだ、体調も本調子ではないのに、明後日、車椅子を押して、抗がん剤治療に行く。
出来るのか。。。分からない。。
口に出して、抗議するのも面倒になり、ただ、ダラダラと押していけば良いのだと思っている。
駄々っ子さんは、、耳が遠くなり、私が何かを話をしても、まったく聞こえないらしい。
まだ、駄々っ子さんのいるリビングにあまり行かない。
従って、ご飯は作らない。
こっそりと、ジャガイモの煮物を作ったりしているが、相手も、食べたいらしく、よこせと言う。
それも面倒で、適当におはちに移して台所に置いて置く。
鬱になっているのかもしれない。。。
今日のように、支払いに動いたり、家の用事をする事が、とても煩わしい。
他の患者の方達は、どのように過ごしているのかと気になる。
何もかも面倒くさい。
唯一、ダンシングヒーローを踊る時、少し心が明るくなる。


私だけ。。

七月の中旬近く、次男と駄々っ子さんのタオルケットを注文した。
二枚で8500円少し、高いけれど、裏も使えるとの事、色もシックな茶色にしたのだが。。
いよいよ手元に届いた。
すぐに洗ってとと思って、袋から出したら、化学的なような匂いがして、
しかも、パイル地は、ぶあついはずなのに、
二つに折ったら縫い目が露出。。裏にはパイルはないし。
色も、変だし、目地が詰まっていない。
夫のいるリビングで出そうとしたのだが、もあっと埃が飛び出してきた。
慌てて、私の部屋に持ってきて、窓を全開にして、出して見た、
細い細かい糸のようなものがフアフアと出て来て、
広げてみたものの、これ以上はとても使えないと思い、丁寧にたたみなおして、袋に納めた。
その時に、マスクをしていれば良かったのに、そのまま行動した。
次の日、右の扁桃腺が痛くなり、飲み込むことがとても不愉快だった。
熱を測ったら、通常。
更に次の日、今度は左の扁桃腺が痛くなり、とても不快。
更に次の日、喉全体が痛くなり、ついに、耳鼻咽喉科に行った。
28日の事。。
何かの感染症でしょうと言われて、ロキソニンと、抗生物質を戴いた。
29日の事。。どうもおかしい熱が出てきた。38度。。
30日、ロキソニンを飲んで抗生物質を飲んで、じっと寝ていた。夜半39度の発熱。。
31日の事。。絶対に変だと思い、抗原検査を受けに行った。結果は陰性。。。
しかし、夜半の喉の痛みは半端ない。
これは、絶対に絶対だと思った。それで、夫といつもいく病院に電話を掛けた。
PCRを受けたいと話をした。
その時点でふらふら。。でも、抗原検査は陰性だし。。
しかし、検査を受けて、帰宅したら電話があり、陽性との事。。。
そこから保健所通報保健婦さん電話あり。
血中酸素を測る送られてくるそうだが来なかった。
私の家には、病人がいるので、その機械は購入してあったので、大活躍をした。
私の場合は、気だるいとにかく気だるい。そして、泣く。なぜか涙が止まらず泣く。
ベッドに座り、次男にも会えず、夫とも話をしていない。
ベッドに座り、シクシク泣きながら、次男が可哀想で、可哀想で大粒の涙が止まらなかった。
おりしも、大変な患者数地域で、どこに電話をかけも出ない。
唯一、初めにかかった、耳鼻咽喉科の医師がとても親切だった。
私が、喉が痛いのは治らないのかと聞いた時、後から診察が終わってから、電話をかけて下さった。KIMG0762.JPG
そして、不安でしょうわかりますよと言ってくださった。
私は、電話のこちらで、涙がぽろぽろとこぼれていた。
保健所からの問い合わせに答えている内に、普通の生活に戻れた。
それでも心配で、かかりつけに行った。
いつ電話をかけても、でてこられそうなら来なさいとお返事をいただいた。
そして、まだ、本調子ではないが、夫の車椅子を押して通院をしても良いとの事。
不思議な事に、夫も、次男も、陽性ではない。PCrは陰性だった。
へんてこなシーツは、24日の段階で、メールを打ち、返金を希望した。
しかし、返事がなかった。
八月まで返事がなかった。
フラフラトしながら、メールを開けてみたら、返事が来ていた。
何と、その返事が遅れた理由が書かれていたのだが、配送担当者がコロナにかかって
返事が遅れたのとこと。。
これって怪しくないですか。。。。
怪しい怪しいと思っていますが、黙っています。
へんな埃がでるようなものは、買わないほうが良いと思う。
長いパイルと書かれていたのに、二ミリもなかった。
耳鼻咽喉科の帰りに、良いタオルケットを二枚購入した。
初めからそうすればよかった。

10日以上経過しているが、夫も、次男も元気なのが嬉しい。夫も次男も数回ワクチすみ。
私は、未接種。
医師が、何回目と聞いてきたので、未接種と言ったら、えっっと驚かれたが、本当はしておいた方が良かったのだと思う。
また、あまり症状がなくて、軽症というのも怪しいらしい。
私の、これからの人生に対しての考え方が、大幅に変わった。

乱心の私。。。。

今は、戦争状態なのか。。。
ドンパチをしている訳ではないのだが。。
家の中で、普段あり得ない事が、この数か月続いている。
普段使っている電気をある所に変更したのだが、
電気代が二万円台が続き、ついに四万円台になった。
ガス代も、二万円台。
水道代は、一万七千円。
五月は年金もなく、定期的な収入もないのに。。
八万円が、家の光熱費となった。
私の、生活はドンドンどんどん底となった。
笑えない。
石橋を叩いて渡る、用心深い私が、予測できなかった事。
過去の事を思い返しても、意味がないのは分かっているが。。
結婚をする時、実家の貧困を経験しているので、
自分は、老後も、病気になった時の事も
考えて、生命保険を貯蓄型で契約をして、
病気も様々なものに対応するように、
組み入れて、せっせと支払っていたのに、
誰かが36歳の頃、配当金、貸付金、子供の学資保険を
こっそりと、営業所を変えて使い込み
(この時は、泣いた。。とても酷いと思った。)知らん顔をしていた
誰かが、今こそ必要な対象となり、困窮している。
私にとっては、この家庭が、大戦争だ。
何で私が、こんなに苦しむのか。。
相手は、握りこぶしを胸の前に持ってきて、赤ん坊のような仕草で
のどち◯こが見える位大口を開けて、
わ~わ~と大声で泣く。
泣いて、済ませている。
一緒になって、泣くつもりはない。
解決の足しにもならないから。。
私の心中は、誰も知らないだろう。
もはや、乱心状態、メンタル必須、現実から遠く離れた心境、ただ行動はしている。

紛らわしい。

喉の左側が、痛くなり始めて、二週間は経過していないが、その位長くて、
扁桃腺が腫れたのかなと思った。
何となく、風邪ではないような感じがした。
咳もなく、熱もなく、だるさとか、節々が痛い事もないのだが、ビートルズ.JPG
コロナという文字が浮かんでは消えた。
耳鼻咽喉科の先生が、エアコンで乾燥し過ぎて、何か感染したというお話を
してくださったが、怪しいと思う。
PCR検査は、しなくても良いと言う意味は、十日も過ぎているので、軽く
罹ったと言う意味なのかもしれない。

相変わらず、外出を嫌がる駄々っ子さんなので、
歩いて10分程の所にある抗原検査を受けに行けない。
家の中で、熱中症になりそうになり、じっとしている。
階下に降りて、駄々っ子さんと、会話でもすれば良いのだが、
何も話す意欲が湧かない。
これは、とても不思議な感覚で、嫌だからという訳でもなく、
何も話す事がないのだ。
お互いに、共通の思考がある訳ではない。
駄々っ子さんは、階下のソファベッドで過ごしている。
階下で寝始めた当初は、下でご飯を食べろと言っていたが、
今迄、もう十年以上、別々に過ごしていたので、
どうしていたら良いのかと、うろたえてしまった。
毎朝、階下に降りて、お仏壇のお世話、
駄々っ子さんの朝ごはん、出かける次男のお茶の用意。
終わったら、自分用に、ゆかりや、梅干しの入ったおにぎり、
暖かいお茶を、用意して二階に上がる。
後は、お手洗いを使用する時、便器や、周囲の掃除をする。
これは、一日に五回位しないといけない。
駄々っ子さんの、使用後は、
必ずしておかないと、不衛生となる。
この掃除が、言いたくはないが、
とても大変で、空気がどよんとしているドアを
開けて、前かがみになり、便器の裏に
こびりついている物を洗剤とブラシでこすり、
数回、水を流す。
簡単にしているようにみえるが、
その掃除が終わるまで、私は🚻を使用できない。
汚れている状態では、使用できない。
こういう動作というのか、必要以上に便器を覗きこむく動きは、
私の、今迄の生活ではなかった事で、手術をして、ストーマになってから、
どうしてもしなくてはいけない、行動となった。
こういう動作も、高齢になった身にとても負担なのだが。。
こういう毎日は、あまり好きではない。
喉の違和感を感じていて、自重しようと思っていても、容赦なく要求される。
しないと、自分が困る。
変なループに、カチッとスイッチが入ったと思える。
一年が経過して、わが身が削られている様子を感じる。
次男が、一週間位、温泉とかいけないのかと言うのだが、
二日でも良いから、少し解放されたい。


コロナ過か。

とても、酷い事になっているようで、
人込みは行かないほうが良いかもと思った。1579317956030.jpg
明日は、メンタルの初診なのだが、
キャンセルする。
先日、駄々っ子さんに付き合って、
車椅子を押して通院した時も、
何か、空気が変だなと思った。
梅雨のせいなのか、
空気がとても湿気を帯びていて、
空調が効いていないような感じだった。
とても疲れた通院だった。
其の為か、口内炎が出来てしまい、
抵抗力が落ちていると感じた。
それが治ったと思ったら、
左の扁桃腺の辺が痛くなり、
うがいをして過ごしていたのだが、
今度は、右側の扁桃腺が痛くなり、何だか、
怪しいと思い、色々と調べてみた。
何と、オミクロンは、喉が痛くなるらしい。
大変!!!!焦った。
左の扁桃腺がおかしくなった頃から、体温計測は必ずしていたが、
朝は、36.1位しかなくて、日中は、汗だくの為か、36.5~9位。
時々、37の微熱になるので、再度計測すると、36台になる。
10日経過しても、治らないので、耳鼻科受診した。
例の、スポット療法治療の病院で、案の定、グリグリと、薬を塗られた。
とても痛いのだが、その後は良い結果になる。
先生と、話をしたが、同居している駄々っ子さんや、
次男にその兆候がなければ、ただの感染症との事。
PCRも受けなくて良いとの事。
でも、抗原検査は、無料である場所に行けば
受けられるので受けて置こうと思う。
友達に話をしたら、その友達も、喉が痛いとの事。
発熱、味覚障害等がない場合、ただの風邪らしいと話をした。
彼女は、三回目のワクをして、41度近くの高熱で数日寝込んで、
行動し始めた日に私たちは、お茶をした。
次の日、私は38.5度の熱が出て、新しい仕事先の話を聞く日が流れた。
次の日に抗原検査を受けたのだ、営業マンと話が出来なかった。
そのまま、退職となった。
コロナではないと思っていても、大変気になる。
案外、皆かかっていても、軽症で難を逃れているのかもしれない。
明日、病院に行くのは、ちょっと危ないと思われる。
電車も危ないかもしれない。
買い物に行くのも、危ないかもしれない。
早朝に、買い出しに行くようにしないと、、、。
喉の痛みがあると、限りなく怪しいと思ってしまう。
もう、数年に及ぶ、流行り病。
年齢が高い事も、影響していると思うが、抵抗力がかなり落ちている。
口内炎も、あまり出来なかったのに。。
コロナ以外にも、用心をした方が良いみたいだが、
何しろ、夜更かしというのか、不眠症というのか、、こんな状態だったら、
抵抗力も、、、いや、言霊を考えよう。。




弥生系、、。

この年齢になるとあまり、所有欲や、KIMG0766_2.JPG
食欲とか、欲関係がどうでも良くなる。
もう少ししたら、
どうなるのかという年齢なので。
過去や、生い立ちを振り返り、
もうずっと昔の出来事として、とらえる事が出来る。
しかし、私はどうして、生まれてきたの?という疑問が
湧くのだが、特にこの頃。
ネットで、自分の遺伝子を調べて、どこの産なのか、
ある程度分かるという、
とても興味深い商売がある。
果たして、私はどこから来たのか?。
私の、両親は、父親は、弥生系で、母親は、天然パーマで瞳が薄茶で、体格が
小太りだ。縄文系とも言えない感じなのだが、兄弟は、長姉が母親系、
次姉は、父系、兄は、母系、私は父系、妹は、瞳が薄茶の交じり系。
肌の色も、長姉、妹や、兄は、あまり色が白くない。
次姉と、私は腕を出して比べると、色が違っている。
父系は、弥生系なのだが、日に焼けると真っ赤になるタイプ、肌色が少し違う。
知りたいなと思う。
両親とも、アジア系だが、
母は天然パーマだし、
瞳は薄茶だから東南アジアかも。dc213439240535b91eb70e932f785bb2.jpg
調べるのに、数万円も
費用がかかるようだ。
今の環境だと、お先真っ暗の
生活なので、
そんな余裕はないのだが、興味深い自分のルーツ。
そういう夢を持つと、少し今の生活から心が離れて、
面白そうだなと生きる意欲が湧いてくる。
今のところ、ネットで、調べてほうほうほうと、一人でにんまりしている。
この余裕は、駄々っ子爺さが、
デイサービスに行けるかもしれないという明るい希望が関係している。

自分で作る。。

今朝は、日差しが凄く強かった。KIMG0754.JPG
ベランダを見たら、灼熱状態。。
このまま、何もしないで、
駄々っ子さんのご飯を作って、
暑いと思いながら過ごすのはちょっと。。。
駄々っ子さんのご飯を、
用意して覗いてみたら眠っていた。
それで、急いで着替えをして、外に遁走。。。
今日の、目的地は、ドトールに決めた。
とても暑いので、傘を差した。
暑いけれど、嫌じゃない。
家を出て、一人の時間を過ごすのはとても嬉しい。
ドトールの帰り道、日はかなり高くなり、
じりじりとした暑さなのだが、
有名なラーメン屋さんには、
20人位の行列が出来ていた。
太陽は、まさに真上になり、KIMG0757.JPG
かなり暑そうだった。
集合住宅の垣根の植木に、
ススキが伸びていた。
まるで、夏そして、
秋に向かいつつあるような気配。
空は高く、真っ白い雲が
ぷかぷか浮いていた。
汗ばむけれど、久しぶりに大股で歩いた。
今迄、気が付かなかったのだが、
こうして、駄々っ子さんの寝ている間に
近所を歩き回る事は、簡単の様だ。
そう、、簡単だ。
自由は、自分で作る事が出来る場合がありそう。





一人。。

駄々っ子爺さの、ご飯時は、一瞬にして並べないと不愉快な心境を味わう。
一瞬とは、例えば、朝の場合、高カロリージュース(温かいの)KIMG0745_2.JPG
その他のスープ類を同時にテーブルに出すと言う意味。
今朝の朝食は、眠っていたので、
並べて置いた。
お昼は、昨夜の焼うどんを
食べるというので、温めた。
コンソメスープをカップに入れている時、
何か話しかけてきた。
スナックのママをしている人から、電話があるかと聞いてきたのだが。。
ここ数日は、なかったのでないと言いながら、焼うどんを取り出し、
暖かいうちにと思いテーブルに置いた。
少し熱かったので両手で持って置いたら、
間髪を入れずに、箸がないと言った。
お箸も、色々な飲み物も、必ず少しの間に
テーブルに並ぶことは、分かっているはず。
必要なものは、いつも殆ど同時に置いてあるでしょ、
どうして、そういう言い方をするのかと言った。
台所に用意されているスープ類を持ってそばに行ったら、
手にスマホを持っていて、ちらっと見たら録画をしていた。
私の、文句のような言葉を同時に録音もしていたようだ。
何ともかんとも。。。
自分が一番正しいと思っている様子。
どんどん、冷めていく。
私は家政婦。。
怒らせておいて、怒ったら録画するという事らしい。
今度、泣き叫んだら、録音してやると思ったが、
そんな事はどうでも良くなった。
やりたければやれば良い。
どのような行動をされても、私は関係ない。
感情や、何かを共有する気持ちが失せた。
そういえば、元気な頃も、共有しているという感情はなかった。
私は、ここに生きているが、共に生きている訳ではない。
私は一人。
次男も、一人。
駄々っ子爺さも一人だ。
とても、清々しく、さっぱりとした状態だと思う。
任務は、心を込めて遂行しよう。
自分の心が、痛まないように、与えられた時間に
逆らわないで、日々を過ごすようにしよう。



もう少しで。。。

相変わらず、買い物等で出かけようとすると、難癖をつけてくる。
返答次第で、泣き叫ぶのだが。。。
この頃、その様子を冷静に見るようになってしまった。KIMG0734_2.JPG
ラインや、着信が何度もあり、
とても嫌な気持ちになっていたのだが。
先日、買い物に出ようとしたら、また、
遅くなるのか、とか、俺の事はどうでも良いのかとか、、。
少し、言い返したら、玄関にいる私に怒鳴った。
病人の声ではないと思った。
いいか、おれなんかいないほうがいいんだろ、お前が帰ってくる頃
死んでいるからなというのだが。。
以前は、心がとても委縮したのだが、
今は、黙って玄関を閉めて、自転車に乗って出かけた。
気にしないと思っているのだが、体は正直で、
何となく胃が痛くなったり、気持ちがあまり晴れない。
でも、以前よりは傷が浅い。

介護認定の通知が来たので、包括センターの担当の方に電話をかけた。
地域のケアマネージャーの訪問があるようだ。
その時に、デイサービスの施設や、日程にについて、話をしてくれるようだ。
訪問日について、来週月曜日~木曜日の間にあるようだ。
金曜日は、私が診療内科にかかる日なので、日程に入れなかった。
心の中が落ち着かず、どちらかというと、
落ち込むような時間があり、不安定だと思う。
夕食を作っている時、駄々っ子爺さは、
高カロリー飲料を温めたのと、ミルクティと、トマトスープを
定番のようにしている。そのほかに、普通の食事を食べている。
今日は、焼うどんにしたのだが、
削り節が掛かっていただけで、食べられないとの事。
美味しくないらしい。
それでは、他のものと思うのだが、もういらないと言う。
エンシアを飲んでいるので、一食分のカロリーは、足りていると思う。
この飲み物の他に、お茶をあまり飲まないのだが、置いてないとうるさい。
一つずつ駄々っ子爺さの前に置くと、
必ずあれがないこれがないと大きな声で言う。
毎回、必ず出しているのだから、次に持ってくると思うのが普通だと思うが、
そういう思考にはならないらしい。
まるで、自分の手足のように動かしていたいのかもしれない。
目の前にある、カップの取っ手をこっちに向けろとまで、指図する。
あまりにも、馬鹿らしくて、笑ってしまった。
その反面、出さない心の中では、罵っているというアンバランス。
これは、精神的にあまり良い状態ではないと思う。
いつも、同時に出すようにしているのだが、
お茶を少し遅れて出した。
その時に、あせりと、言われたくないという
腹立たしさで、胸が苦しくなった。
言われると、凄いストレスになる。なぜか。。むかつく。。
私自身は、他の同年代と比べると、少し変わっていると自覚している。
若い時も、その傾向があったように思う。
もし、精神鑑定を受けたなら、何かの病気として判断されると思う。
駄々っ子爺さは、完全に、何かの病気だと思う。
本来は、家庭を持てない人だと思う。
二人で、精神鑑定を受けてみたいが、そんな事をしなくても、
認知症が身辺をウロウロとしている可能性がある。
離婚とか、はるか遠くに離れてしまった。
そうなったら、この愚かなやり取りは、意味がない。
体に障る。
分かっているけれど、少しむかつく。
最終的には、明るくなれるが、一度は、腹立たしく思ってしまう。
胃がキリキリと痛くなるのは、無理しているからかもしれない。
デイサービスに歩く為のリハビリに行くようになったら、継続して、
通所するようになったら、本当に有り難いと思う。

何かが。。。

この頃、色々な気候変動や、世の中の衝撃的な出来事等、
そして、自分の身辺で起きている進行形の出来事に、
呆然としてしまう事がある。
そういう時に、自分がとても高齢になったのだと実感する。
さばききれない出来事に、立ち向かう事も出来ず、考えたくないと思うから。
それが一番、妥当な考えだと思われる。
世界に気持ちをむけるなんて、もう、とてもとても、、。
静かに暮らしたいと思う。KIMG0730_2.JPG
戦う意識が、年齢と共に、若さを失うように消失していく。
忘れる事が、多くなった。。
怒りの感情は、面倒で浮かばない。

通院し、帰宅する電車の中で、駄々っ子爺さんの横顔を、何気なく見た。
顔色が、健康という色ではなかった。
何か、くすんだ様な、もし、
画像に色をつけるとしたら、薄い茶色のような。。
胸部の部分も、薄く墨を刷いたような
陰りがあり、とても変だ。
ステージ四で、転移があちこちにあっても、痛みがない。
其の為、これ以上悪くならないのかもと、思っていたのだが。。
介護認定の書類が届いて、認定は要介護Ⅰだった。
デイサービスで歩くリハビリを受けたら、そんなに時間がかからず以前の様に、
歩く事が出来るようになると思う。
要支援クラスだと思っていたのだが、思いのほか重い判定。
きっと、医師の診断書が原因だと思う。
駄々っ子爺さんの過去の、悪行に対しての、嫌悪感は、なかなか消えない。
しかし、黒い歴史を、反芻しても、自分の為にはならない。
一人芝居をしているだけだ。
ただ、この◯◯と思っていると、態度に出してしまい、KIMG0708.JPG
相手が不愉快に感じるようだ。
そうすると、駄々っ子が出てきているようだ。
おれなんか、、おれなんか、、わ~わ~と始る事が分かった。
やれ、面倒なり。。。
今、置かれている立場を把握して、上昇志向の気持ちで、行動したほうが
楽ちんだと思うようになった。
過去は、消えないが、覚えていて仕返しなんかしないほうが良い。
兩の刃で、自分も傷つく。
自分の心が、湧きたつような明るさで包まれているように過ごす。
勿論、そんなに、上手に出来ないかもしれないが、
車椅子を押して歩いて、汗だくになり、苦しくなっても、
心だけは明るく過ごし、行動する。



同様。。

先日の通院時、お手洗いで話をした人が、二時間の仕事をしていて、
そのおかげで何とか、過ごせていると言っていた。KIMG0731_2.JPG
彼女の旦那様は、大きな声で怒鳴るようだが、
それは大変なストレスを受けると思う。
帰宅時、車椅子を押しながら、
同じような人がいるのだなと思った。
私も、二時間位のアルバイトをしたいと
常々思っているが。。。
面接は、何度も受けているが、
ワクチン未接種でダメだった所がある。
先日の面接では、やはり、
遠いかなという返事だった。
多分、そういう事だ。。。
面接が終わって、帰宅したのだが、玄関に重い箱が置かれていた。
遠くに引越しをした友達からだった。
沢山の、きび砂糖だった。
我が家の駄々っ子爺さんが、沢山のお砂糖を消費するので大変有り難い。
旦那様が、胃の全摘をしていて、我が家と同じ抗ガン治療を受けている。
御礼の電話をかけて、こちらの状況を話した。
いつも、血液検査の結果を読みあって、数値を調べたりしている。
あちらは、痛みがあり、感情的になってしまう事があるようだ。
何かイライラとしていて、感情的になり、彼女の足元に書類のバインダーを
こんなものと言って投げたとの事。
それを彼女が蹴り返したとの事。
思わず蹴ってしまったと言っていたが、KIMG0732.JPG
心の中のある部分がそうさせたのだと思う。
私も、彼女も今のところ、何とか頑張っているが、
女性と男性の違いというのか、
昔、同じパートをしていた女性が、肺の腫瘍で、
治療はしないで、痛み止めだけという
生活をしているが、旦那様が、
とても献身的に彼女をみているらしい。
先日、彼女に少し認知の傾向が
出始め、献身的な旦那様が,
うつ病になったと聞いていたが、
介護が難しい、共倒れ状態らしい。
以前の職員や、友達が訪れているが、旦那様の戦いの、助けになっているだろうか。
私も、遠くに越していった友達も、病院で話をした女性の方も、、、考えないようにしよう。
明るく、これで良い頑張ろうと思うようにしよう。

割れ鍋に綴じ蓋か。。

早朝、雨降り、車椅子で決行。。
私は、帽子を被り、駄々っ子爺は、簡易雨合羽、駅まで20分かかった。KIMG0709.JPG
雨が嫌かというと、嫌ではないので、押して歩いたが、押す力が不足する年齢なので、
息が上がり、マスクをしていられなくなった。
その後は、殆ど電車なので、
行きの任務は遂行された。
しかし、体は正直で、足に故障が発生した。
普段、使わない筋肉を使ったからか、ふくらはぎと、
足指がつってしまい、大変痛かった。
そのまま、診察となり、大腸肛門科で、
今受けたばかりの血液検査の結果を聞いて、
化学療法室に向かった。
相変わらず、血液検査の結果が良好、
とても不思議だ。
駄々っ子爺さんは、多分、寛解状態になるものかしれない。
とても、ラッキーで、ご先祖様が見守っていると思う。
今回は、副作用の酷かった薬は、使用しなくて、
簡単な抗がん剤のみで、一時間程で終了した。
終了した時に、そばにいないと、怒りだすので、
、この怒りだすという仕草が、とても不愉快なのだが。。
それでも、うるさいので、その時に間に合うように行動をする。
お手洗いで、手を洗っている時に、
もう一人の同年齢の方が、ハンカチーフで手を拭いていた。KIMG0712.JPG
そして、私がふいているペーパーナプキンを見て、
どこにあるのですかと聞いてきた。
洗面器に両側に設置されている。
その紙が、柔らかくて、
まるでティッシュのようなのだ。
とても、良い紙ですねと話をしていたら、
声を小さくして診察代がお高いからですねと言った。
もう、7~8年通院をしていますとの事。
我が家の方がずっと長いので、その話をしたら、
病名の話題になり、偶然に、
連れ合い同士が同じ病気と判明。
ストーマもつけているし、
循環器もかかっているとの事。
彼女も、ストーマの処理をしたことがあるそう。
食欲が凄くないですかと聞かれたが、
抗がん剤の副作用で少ないと答えた。
彼女の連れ合いは、ものすごい食欲だそうだ。
そして、すぐに怒鳴るのだと話を始めた。
私の処は、大声を上げて泣き出すと話をした。
外出の時は、どうですかと聞いたら、やはり、
どこに行くのか、早く帰って来いと言うとの事。
私の処は、その時の受け答え次第で、大声であ~あ~と泣き叫ぶと話をした。
彼女は、自分の体がおかしくなりそうだと話をしていた。
私は、メンタルでカウンセリングを受ける予定と話をした。
お手洗いから、廊下に出て、端っこに寄りながら話をしたのだが、
廊下のずっと奥の方で、車椅子に乗っている、
男性が、大きな声で怒鳴っていた。
彼女が、少し嫌な顔をして、
呼んでいると言って踵を返して、小走りに戻っていった。
私も、終了する時間数分前だったので、
慌てて戻っていった。
化学療法室では、もう少しで終わる時で、間に合った。
その後、会計をしたり、移動をしたが、
ずっと車椅子を押している私は、ちゃんと食事をしていないので、力が出ない。
今迄は、馬鹿のように、そのまま苦しい状態で帰宅していた。
何か食べようというと、食べたくないと言う。
そして、電車の中で、何かもってないかと聞いてくる。
いつも、おにぎりとか、パンをジップロックに入れて
持っているので、それを渡す。
自分のお腹が満足さえ、すれば良いと言う思考の人なので、
後は、何も言わない。
自分が、お腹が空く場合、一緒にいる相手に
お腹空いていないかと、聞くはずなのだが、
今迄、一緒に行動して、そういう会話をしたことがない。
私は、自衛策を考えた。
つい先頃から、今迄の抗ガン治療は、数時間に及ぶので、
自分が食べたかったものを時間をかけて食べる事にした。
最後に、コーヒーも飲む。
今迄は、少し罪悪感を感じていたのだが、
この間から、まったく感じなくなった。
車椅子を押す場合、必要なものは、
エネルギーなので、自分で調達することにした。
今日は、時間が短くて、食事を堪能できなかった。
コンビニで、総菜を購入して、
ところどころに置かれている椅子に座り、
外の景色を見ながら、少量食べた。
少し離れた所で、やはり、外の景色を見ながら、
お弁当を食べている若い女性がいたが、
そういう人気のない場所が
意外に多くて、何となく椅子がいくつも置かれていて、
とても配慮があるように感じた。
帰宅は夕方となり、座る間もなく、紅茶や、食べる物を頂戴と言う。
私は、何も食べなくても良いと思っているのかも。
まるで、駄々っ子爺の手足のようなものなのだろう。
私は、女であり、でも、男とは、同等の人間だ。
それを、まるで、何をしても良いという思いやりのない事をされる。
辛いかとか、お腹が空いていないかとか、少し休めとか、一切ない。
結婚をしたら、女は、同等ではなくて、男の都合の良い生き物らしいが。。
相手を、人間として、一緒に生きて行く大切なパートナーとして、
お互いに大切に生活しないのか。
おまえは、おれのいう事を聞いていればいいんだと
言われたことがあるが、、、。その言葉を聞いた時、
昔の人みたいにお膳を勢いよくひっくり返すような、
反抗をしてしてやりたい衝動にかられた。
私の、心底のそういう思いを、少しは感じ取っているらしく、
私が買い物に出る度に、おれは~おれは~と
感情失禁の類の行動を、毎回起こす。
もう見慣れたので、そのまま放置している。
まるで、駄々っ子そのもの。。
私は、まるで、駄々っ子の母親みたいで不愉快だ。
結婚という儀式から始まる、生活は、相手次第で、形成されない。
介護らしき事をしていた、母親や、亡き兄は、命令もしたことが無い。
何かをしてあげると、さりげなく、食器を下げてくれたり、一緒に行動していると感じさせてくれる。
あんなに、さも、偉そうにあれしろ、持ってこい、遅いぞ、これじゃねえんだよ
なに聞いてんだよとか、思いやりのない乱暴な言葉。。
人様に物を頼むという神経は、ないようだ。
正しく、お手伝いか、それ以上に馬鹿にした奴隷扱いといって、過言ではない。
本当に酷いと思う。
本人の人格が、関係しているのかもしれない。
おじいさんになっても、おばあさんになっても、一緒に暮らしたいのですという
ドラマのセリフをこれよと思って、感動して、
それが作られないで半世紀が過ぎたのだが、
お互いに馬鹿なのだなと思っている。
同じような年代の方に、お手洗いで話をして、
何だか、年代的にそういう理不尽があったが、
今の、お若い方は、きっとあり得ないと信じないかもしれない。

収集癖。。

ビルトインの車庫には、様々な箱や、物入、
そして、動かなくなった駄々っ子爺の車が入っている。
隣家との境の、細い隙間は、野草のドクダミが咲いている。0812114025.jpg
駄々っ子爺が、元気な頃は、動かなくなった車の整理と、
訳の分からない箱を片付けてと言っていたのに、
それは、もうしないつもりのよう。
体は、細くなったが、顔色も良く、
何だか腫瘍と共存状態なので、もしかしたら、
片づけをしてくれるかと、少し期待している。
外出を二日ほどしないでいたのだが、自転車を出す時に、
片づける事をしようと決心した時、
ふと、ドクダミの隙間を見たら、
見慣れない変な板がとおせんぼをしている。
あの場所にたどり着くには、四台も置いてある、
自転車を越さないといけないのだが、、。
突き当りの、家は、袋小路を入りその家に、
近づくとパッと明かりが付くので何だろうと
思っていたのだが、不審者がいるのかもしれない。
明方、四時頃、お風呂に(2階にある)入っていると、
少し空気を入れように開いているKIMG0710.JPG
ジャロジー越しに、変な音が聞こえてくる。
少し、不気味なのだが、何かを引きずっているような音だが、
もしかしたら、エアコンに何かがぶつかっている音かもしれない。
友達が、早朝の危うさを言っていたが、多分、明方二時頃ではなくて、四時頃、
丁度、真夜中が開け始める頃が、胡散臭いと思う。
虎の刻にお風呂に入るのは、もうやめようと思う。
車庫の片づけは、この様子だと、私がするしかないようだ。
どこからか、持ってきたらしい変な物が沢山置いてある。
私の目から見たら、すべて、捨ての物だが。。
洪水を心配して、土嚢を購入して、土を入れて、放置状態。
何かを収集する癖は、子供時代にもあったらしい。
亡き義母が、幼稚園の帰りに、石や、釘とかを拾ってきて、大変困ったそうだ。
家に持ってきてはいけないと、叱ったら、近所の親戚の家の庭にそれを置いて、
しまいには、腰ほどの高さの小山が出来たとの事。
その収集癖は、治らないのか。。。
段ボールの中をみたら、何十年も置いてある箱なのだが、中身は、訳の分からない小物が
沢山。
その他にも、使わなくなったものを捨てていない。KIMG0712.JPG
捨てると言ったら、まだ使えるから捨てるなと言う。
いつ使うのか?何十年も使うと言い続けて、
もう少ししたらゴミ屋敷のような感じになる。
そろそろ、身辺を整えないといけない。
爺さんに片づけて良いかと、聞きたいのだが、
すぐに感情的になり泣き出すので言えない。
今のこの状況は、大変異常な環境だと思う。
漢が、シクシクとか、ウワーウワーと泣くのだが、
これを誰に相談したら良いのか。
私には、相談する人がいない。
私が、メンタルに罹る事で、何かが変わるかもしれない。
爺さんのかかっている、大腸肛門科の医師や、
泌尿器科の医師に言うのはお門違いか。。
多分、去勢薬が関係していると思う。
色々と、しなくてはいけない事が沢山ある。
アルバイトは、三回受けて、三回駄目だった。
きっと、家の片づけをする時期なのかもしれない。


負い目。。

大荒れの数年前、本当に離婚をしようと思って、次男に一人暮らしを勧めた。
次男は、引きこもりをしたり、アルバイトをしたりの精神状態だった。0812122520.jpg
あまり、順調に育ってきた訳ではない。
長男が、とても重い病気を持ち、ダウン症だったので。
八歳離れて生まれている。
長男は、幾つもの心疾患があり、肺にはアブノーマルラインがあり、
酸素が、あまり体をめぐっていなかった。
いつも、呼吸が苦しそうだった。
私が、そのサポートをしているのを見て育っている。
小さな頃から、お兄ちゃんの様子を見ていて、私に言ってきた。
おかあさん、お兄ちゃんが苦しそうだよとか、
見ていられなかった時が、あったようだ。
長男が、他界した時、次男と私は、抱き合って泣いた。
私が、自室で涙で暮らしていた時、入ってきて、お互いに声を上げて泣いた。
その位、私にとって長男は、大切で、手がかかり、
助けてあげられないもどかしい子供だった。
もっと生きていてほしかった。
大変なのだけれど、見ていて、辛いのだけれど、生きていてほしかった。
親よりも、先に逝かれると、本当に辛い。
二人の子供を授かり、一人は病気、一人は普通の子。
両方、上手に育てられなかった。
どうしても、病気の子供を優先した。
その様子を次男は、見ていた。
私が、立ち直れず、苦しんでいる時、次男が、
おかあさんもう一人子供がいる事を忘れていないかと言った。
僕の事は、ほったらかしだったね、でも、
とても大変だったからしょうがないね、僕は気にしてないよと言った。
子供を授かった場合、育て上げる事は、人生の一番大切な事だと思う。
その場には、父親も、母親もいて、両親が様々な出来事や、
感情を理解してあげて、見守ってあげないといけない。
それが、出来る心の整った両親であれば、
子供は、引きこもりとか、生きる道を迷わない。
私が、道を誤ったのだと思う。
結婚を、しなければ良かったのだと思う。
次男は、駄々っ子爺さんが、病気になり、
大変な病気と分かり、アパートを引き払い戻ってきた。
今、仕事が大変で、帰宅しても色々と考えているようだ。
果たして、一人暮らしを解消させて良かったのかと考える。
高齢になった親を気にかける事が、負担になっていると思う。
引きこもりから、立ち直り、正社員になり、仕事をしているが、
何か心の拠り所とか、見つけているだろうか。
駄々っ子爺さんが、あれこれと、
体調次第で変調をきたし、大荒れになるのをみて、
次男は、家でご飯を食べないと言ってきた。
私が、大変な状態なのを察したみたいだ。
それはそれで、心配になるのだが。。
極力、お休みの時は、家で食べてほしいと、話をしている。
駄々っ子爺さんは、少しの事で、泣き叫ぶ。
感情的になり、もう見ていられない。
外に連れて行ってくれと言われて、すぐに返事をしないだけで、
もう俺の事はどうだっていいんだうううううしくしくとなる。
とても、耐えられない位のストレスなのだが、次男には言えない。
先日、切手不足で戻ってきたハガキを見せてしまい、次男が、
今迄見た事もないような顔つきになり、
私が驚いてしまった。
目が不安そうになり、口を開けたまま固まっていた。
切手不足のハガキを捨てろと言った。
それも出来ないので、爺さんに返した。
少し恥ずかしそうにしていたが、懲りないやつで、
不足分の切手をはり、投かんした。
お◯くださいと書かれているハガキ。
もう知らないです。
どうしたら、次男の負担にならないようになるのか。。
金輪際、爺さんがする事を言わない事にした。
私の処で、隠蔽する。

有り難いお話だけれど。。。

期日前投票に、一緒に行った人が、仕事の紹介をしてくれた。
早速、ホームページを見たのだが、とても若いスタッフが、行動をしていた。
ある小施設の夜勤の仕事で、週に一日で良いとの事。
一人で、十人の利用者の夕食、片づけ、夜半の見回り、一人の方のおむつ替え、
朝食の支度これだけを一人でするらしい。
私に出来るだろうか??。
年齢をちゃんと伝えてほしいと、話をしたが、限りなく無理だと思う。
賃金はとても良いが、夜中の見回りとか、暗闇が怖いので出来ない。
多分、年齢で出来ないので、これ以上の進展はないと思う。
今のところ、チラシ配りで、これは、
人様との接点もなくて、黙々と出来るので
以前のチラシ配りの会社に、聞こうと思っている。
それと共に、食事の材料のランクを落として、
一日いくらと言う感じで予算をたてて、静かに暮らすしかない。
電気、ガス、水道の節約は、難しい。
お手洗いは、一日に四回は、マジックリンを使って掃除をしないといけない。
その度に、水道を流している。
ガスは、次男が仕事に行く時に、シャワーを長い時間使用する。
これは、止めなさいとは言えない。
電気は、夫が冬場は、リビングの床暖をつけっぱなし、夏はエアコンをつけないといけない。
結局、私の人生は貧困で始まり、どこまでも貧困なのか。
貧困がいけないのか、、いけないに決まっている。
もっといけない事は、病気になる事だが、これも彼が病気中。。
病院の通院の費用も、節約ができにくい。
しかし、高額医療助成制度のおかげで、治療費が払えない訳ではない。
今迄は、働いていたので、毎月の限度額が高かったが、今年は、収入がかなり減っているので、
限度額が低く設定されるらしい。
何とか、セーフという進展だ。
駄目かと思う時もあるが、何とかなると思う時もある。
これはいけませんと、思うが、何か平気な自分がいる。
平気というよりも、もう、どうにでもなれという心境だ。
ガス、電気、水道を止められている家もあるかもしれないが、
節約できないと言って使っている我が家。。
甘いなと思う。


延期。。

化学療法を受ける日が、なんと、台風の余波が通過するとの事。。
タクシーの予約もしてあるし、殆ど、外を歩く事がないのだが。。。
本人は、電話をして断るとの事。。
つまり、化学療法を、延期の電話を掛けた模様。
問題の日は、別に風もなく、いたって普通の日だったが。。
化学療法を、凄く嫌がっている。

今日は、朝から機嫌が悪くて、難癖をつけてくる。
何かとても、女々しい態度なのだが。。
自室で、パソコンをしていたら、電話がかかってきた。
切手を買ってきてほしいとの事。
返事の仕方が悪かったのか、よく分からないのだが、泣き出した。
どうでもいいんだろ 俺の事はしくしくしくしくしくしくううう。
心の中では、はいそうですと答えているのだが、本人を前にしては言えない。
はいはい買いに行ってきますと、返事をして切った。
出かける度に、遅くなるのか早く帰ってこいというのに、
自分の用事を頼む時は、早く行けと勝手なり。。。

コロナ過の影響や、年齢も関係しているのか、彼が首になり、私も首になり、
合計18万円位の減収になった。
空恐ろしい結果だ。
この不足分を埋めるどころか、抗がん剤の副作用で、
口内炎パッチを沢山購入したり、
動けなくて、タクシーを使っての通院となり、
正真正銘の高齢者貧困に突入した。
生活を見直して、立て直さないとどうにもならない。
私的には、もう、何もかもどうでも良くて、ちょっと不貞腐れた心境だ。
それに、体調が変におかしい。
頭の芯が頭痛。。
お腹が痛い時がある。
胃痛、、これは何か考え事をしながら、
腹八分を通り越して気が付いたら沢山食べていた時の事。
一番嫌なのは、この生活。
誰もが、そういう心境になるらしいが、私の場合、色々な境遇にあっても、
今の様な心境にはならなかったのに。
頼みの年金の改定通知書が、送られてきた。
内容は、前年度と一緒だったので、何とも言えない落ち込みが起きた。
収入がないのに、こんなに減らされたら暮らしていけない。
そういう話をだだっこさんに言うと、泣き出すので言えないので、一人で悶々としてしまった。
どうにもこのような仕組みになる事が納得できないので、
お役所に電話をかけた。
すると、送られてきた年金の改定書は、やはり、前年度と同じであり、
これから改定された書面が送付されますとの事。
二日後に、非課税となりましたの、通知が来た。
既に、特別徴収で払われたものは、きっといつか返金されるようだ。
ほっとした。。
こういうストレスや、介護のストレスで、75歳の私は人生に◯◯だ。
言霊を思うとマイナスの言葉は、使わないように頑張ろうと思う。
夕方、切手と晩御飯の材料を買いに行こうと、階下に降りたら、
玄関が開いた。
びっくりしてみたら、何とだだっこさんが入ってきた。
あれ、、歩けるの?と聞いたら返事をしない。
正に、秘密主義の性格が出ている。
こっそり歩く練習をして、歩ける事を言わないという主義。
家庭で、本音で話をしたことがないので、
やはり、ここは家庭ではなくて、シェアハウスなみか。。
しかし、これでは、介護認定の必要は無くなるのか?否か?。
友達に、話をしたら、でもステージ四だから、
認定は受けておいた方が安心なのだそうだ。
やはり、ステージ四というのは、大変な事らしいが、
どうして、痛みがないのかと言われた。
確かに、とてもラッキーな症状だと思う。
歩くリハビリを受けたら、後は全く普通の生活に戻れる。
納得だが、素知らぬ顔をして、あれこれと出来る動作も、
私に言いつけるのは有りか?。
記録に書いておこうと、考えるのだが、それも何か空しいかなと思う。
ここに書く気持ちは、多分、自分自身の何かを昇華する為のようだ。
多分、それによって逃げているのかもしれない。

不眠らしい。

明日はというか、今日は不在投票に誘われていて、朝から出かける予定。
その話をしたら、また、彼が、涙目になり、あ~あ~どうせ真夜中に帰ってくるんだと言うのだが。。
本当に、ひっぱたいてやりたい位女々しい。
やせても、枯れても、漢だろが。。。
昨夜、ラインが入り、どうしていますか 
の後に、不在投票に付き合ってとの事。
それを彼に言ったら、例によって例の如く、
女々しい態度になった。
しかし、もう知らないし。。。体は、大変良い状態で、
腫瘍の進行は遅いようだ。
俺の飯はどーするんだ。というので、いつもの様に用意をして、
お仏壇のお世話をしてから
出かけますと答えた。お昼は、、、、なぁ、、、
お昼も用意をしないといけないのか。。
家の中では歩いているし、冷蔵庫の中にグリンピースを入れたオムレツを入れて置くと言ったら、
そんなのいらないとの事、何が欲しいのか、と聞いたら、
なにもいらないとの事。
面倒なり。。
たかが、不在者投票に行くだけなのに、でも、帰りに、
ファミレスにより、ランチを食べるかもしれない。
家を出たら、出来るだけ帰りたくない。
相手が、かなり状態が良いので、
自分で出来る事の幅はかなりあると思う。
玄関の草を取っていたら、お隣の奥様が、
旦那様歩いてあっちに行ったわよと言うのだが、、、。
いつですかと聞いたら、私が外出をしていた時で、一人で歩いているのだ。。。
あまえんじゃねーーーと 怒鳴りたい。
私も、今は、心療内科にかかり、
何かの対策を考えないと、体が悲鳴をあげている。
心が満杯で、体のあちこちが、
変に痛い。腸もいたくなり、胃腸も痛くなり、頭痛もする。
そのような状態でも、身を粉にして身辺の介護をしているのに。。
本人に、歩いたのかと聞いたら、していないとの事。
また、嘘つきが、と思い、
お隣の奥さんが歩ているのを見ていると話しをしたら、
少し歩いたとの事。
体力は、確実に良くなっている。
高カロリーの飲料エンシアを一日二本は、飲んでいる。
多分、腫瘍と共に共存して、百歳位までいくかも。。
なので、歩こうが、寝てようが、
この信頼関係のない私達には、議論の余地もないのだ。
昨夜の、女々しい態度を考えていたら、眠れなくなった。
ヘンに神経が興奮している。
毎日ではないのだが、時々、九時ごろ、寝てしまう事もあるが、やはり、不眠症気味かもしれない。

今朝、目が覚めた途端に、ぐっとゆーーーつになった。
歩く練習がしたいと言っているのだから、家の中を歩いてみたら良い。
ついでに、台所に出て、冷蔵庫の中にある、サラダや、卵を使って何かを作ったら良いと思う。
たまには良いと思う。


言霊らしき。。

二男の小学生時代の、母友達が、占いや、オーラソーマとか、
NLPという何か心理的な治療のようなものを
勉強して、(何十万円という高額なお金がかかる)お免状のようなものを
戴いている人なのだが、とても、危険な人に感じる。
人よりも抜きんでて、様々な知識を持っているので、KIMG0583_2.JPG
上から目線という感じの物言いをする。
本人は、そういうつもりはないらしいが、
例えば、私が不整脈になった時、殆ど毎日電話をかけてくる人なので、
今から、病院に行くと話をしたら、
その後、私が電車に乗ってしまっていて
電話に出られなかったら、
我が家のそばに住んでいる友達に電話をかけて、◯◯さん(私の事)が、
◯んでいるかもしれないから、
見て来てと、自分はこないで、その友達に
行かせて、家のドアをどんどん叩いたり、
庭の方に回ってみてと、指示をだした。
つい最近は、早朝の私の散歩の
経路を聞いて、雑木林に入ると、
レイプされると言うのだが、
この七十五歳の婆様だが、自転車に乗り、走っているし、
その時は、結構周囲を見ながら走っているので、
どうして、レイプされるという事になるのか???。
早朝でも、今の時期は明るいし、ワンちゃんの散歩の人達が、沢山歩いている。
彼女と話をした後、とても嫌な気持ちになる。
悪い方に話を持って行くからだと思う。
例え、気分が優れなくても、そばの人が元気そうねと言うと、
何となく元気になるが。。
具合が悪くない時でも、顔色が悪いねと言われると、
そうか、、と気になるもの。。
極めつけは、その友達に、◯◯(私の事)が、具合が悪いと思う、
だから、私がこうして眠らないといけなくなる。。と言ったようだ。
一日中、布団から出られなくなるそうだ。
私は、関係ないと思うが。。。
自分は◯◯の子と言っているが、それも別に私には関係がないと思う。
もう、電話がかかってきても、出ないようにしようと思ったのだが、
出ないと何度でもかかってくる。
それで、ラインでなにか?と聞くようにした。
元気かと言うので、とても元気だと答えるようにしている。
彼女と、話をしているといつも言霊の影響を感じる。
人を悪い方に導く言葉を発している。
色々な勉強は、そういう部分についても、関係があるはずだが。。
占い等は、悪くなるような内容は言わないと思うが。。
我が家は、今は、だだっこの介護があるので、
当分はラインでの返事に徹する事にした。



障害物競走か?。。

ネットで、アルバイトを探していて、WEB応募をした。
皿洗いと、掃除の仕事で、年齢も入れて、申し込んだら、
すぐに面接の曜日確認が来た。
申し込みをして数日もかからず、面接になり、出かけたのが金曜日。e0ca665bc26532d6e8ae15377b60ff54.jpg
その後、AUの通信障害が続いていて、未だに、電話が不通の状態。
こうして、このアルバイトも、縁がなかったという事みたいだ。
以前の首になった仕事場の、
会社では、次の仕事をお世話して戴けることになり、
良かったなと思っていたら、
急に高熱が出たのは、
営業の人と話をする前日の事。。
とても慌てた。
コロナかと思った。
それで、抗原検査を無料で受けられたので受けた。
結果は、陰性だったが、受けたその日が、営業の人と話をする日だった。
もう、当然の様に、その話は消えた。
どうしてだか、仕事をすると考えると、何かの障害が出て、見送りとなる。
マイナスのイメージは、考えないようにしているので、縁がなかった場合は、
当然の結果と思うようにしている。
アルバイトをしたい理由は、家の中でじっとしている事がもったいないから。。
彼も、元気になり、一応、小康状態で腫瘍と共存して、生きて行くようだ。
ただ、副作用で、二十キロも体重が落ちて、その上、両足が萎えてしまい、
歩けない。
家の中では壁等につかまりながら歩いている。
介護認定が確定したら、とにかく、デイサービスには通って
リハビリをしたら良いと思う。
何事も、前向きに、もう先がないから、今を大切に、
出来る事をして、暮らしたらと思う。
その状態は、私にも言える事で、アルバイトを探す事はやめない。
なくても、一応探して過ごす。
この暑さを乗り切れたら、また、チラシ配りをしても良いと思っている。
人生は、平坦だとつまらないと言う言葉が書いてあったが、
あまりゴロゴロと障害物ばかりの人生の道も、
ある程度の年齢になったらいい加減にしろと言いたい。
七十五歳で、アルバイトと、介護とか、どうにでもなれと、
却って静観して、日々を過ごす。

一応。。。。

昨夜、ブラウスにアイロンをかけて、
スラックスにも、軽く糊をを吹き付けて、アイロンをかけた。
夜のご飯は、もやしや、野菜を炒めて、
ホルモン焼き、キーウィフルーツを添えた。
ミルクティ、トマトスープ、お茶、
言われる前に全部揃えて、二階に上がった。KIMG0693_2.JPG
ハンガーにかけた洋服を見て、
明日の行動をどのように、
説明して外出が出来るか考えた。
少し嫌な気持ちのまま、頑張ろうと思った。
七十五歳で、洗い場の仕事をしようと思う。
多分、ダメだと思うが。。
何でも良いので、したいと思う事を
行動することにしたのだ。
もし、ダメなら、また、他の仕事を探す。。。
運よく、面接までいけたなら、勇んで外出をする。
と思っているのだが、案の定、
面接に行くと話をしたら、
おれは、、おれは、、こんな生活ばかりで、
あ~あ~と始まり、しくしくしくしくと泣きじゃくっている。
本当は、おまいは漢ではないのかっっっと怒鳴りつけたいのだが、
逆恨みをするので、そういう事は言わない。
何度も書くが、この五十年間の間、
自分のしたい事だけしていて、
家庭を考えた事がない人なのだ。
だから、こういう考え方になり、
自己中の心で一杯になるのだろう。
今迄、私はどれだけ辛い心境で生きてきたのか。。
何十年も帰宅が午前二時過ぎ、車で帰宅。
ロクに話もしないし、いくら子供の事を言っても、
おれはようわからん おまえにまかせる と言うのだが。。
そういう生き物だから、自分を顧みて反省が出来ないのだ。
でも、私は、気にしないようにして、
いくら泣かれても、外に出ていく。
悪い事をしに行くわけではないから、堂々と出かける。
玄関のドアを閉める時に、中で怒鳴っている声がするのだが、
ちくしょーーちくしょーーと大声で怒鳴っていた。
今度、録音をしようと思っている。

彼は、介護認定を受けて今月の十二日に審査があり、
その後連絡が来るのだが、
その結果デイサービスに出かけるように
もっていくようにする。
私の心は、もう限界であり、壊れる寸前だ。
でも、これも自己責任なのだ。
壊れてしまったら、しょうがないのだ。
心療内科で、何が解決するのか分からないが、
壊れ始めているのだから診察を受ける。
心療内科で、思うような解決が出来なかったら、私は、その後どうしようか。

行動。。

早朝に、雀の声を聞いて、すぐに着替えてそっと分からないように外出をした。
まだ、朝日が斜めから差していた。
とても、空気が爽やかで、以前の様に自転車を乗り回した。KIMG0696_2.JPG
ふと、以前の職場に続く道を走りたくなった。
雑木林も、通り抜けて、職場の前に着いた。
以前と変わらず、とても綺麗な建物だった。
もう一度、雑木林を通りたくて、
元の道を辿った。
うっそうとして、なぜか樹木が
垂れ下がって見えた。
雑木林を抜けて、無人販売所を見たら、
もう野菜が出されていた。
ナスや、キュウリ、小松菜、紫色の玉ねぎ等、沢山購入して、離れた。
ワンちゃんの散歩をしている人が、とても多かった。
やはり、気持ちの良い朝だから。。。
自転車で、走っている時に、このままで良いのかと考えていた。
いつも、怯えたような生活をしていると自覚した。
とても腹が立った。
自分のこういう見えない壁を壊すのは、自分しかいないとも思った。
自分を見失っているから、相手の思うツボなのだ。
彼は、去勢薬の影響もあると思うが、自己中であるという自覚がない。
自分の為に、私が動くのが当たり前だと思っている。
その辺がとても、むかつく。
私が、以前、長男も生活していた時に、パニック障害になった時、KIMG0701.JPG
私の様子をみるでもなく、
平気で午前様を繰り返していた。
あの時、これでは夫婦ではないと、思った。
それから、年月が経ち、
今度は自分が病気になったら、
手足の如く私を使う。
具合が悪くても、そんなのかんけーねーの感じだ。
私の家の中で、起きていた理不尽な出来事を、友達は知っているが、他の人は知らない。
翌日、朝早く、総合診療科に行った。
どうしていくのかと聞かれたので、薬が無くなったと誤魔化した。
以前、医師がそろそろメンタルにかかってみたらどうかと、言っていたので、
医師に、状態を話して、かかりたいと告げた。
医師から、お手紙を戴き、心療内科に出向いた。
初診という場合でも、予約が必要との事。
予約をして、病院を出た。
どのような診察になるのか、分からないのだが、私のこの迷いのような心境を
話して、考え方を変える方法を見つけたい。
私は、貧乏の子だくさんの家に生まれて、様々な苦難を経験しているが、
◯死の人はいなかった。
彼の母方の家系は、義母、義母兄、義姉長男、が◯死している。
私は、障碍児を授かり、それが原因で義母が◯死したと考えていたのだが、
色々と後から、義父の行動等も関係していたと聞いた。
それでも、人様の命に係わる事があったと自覚している。
その事が、トラウマの様になり、◯殺するからと、怒鳴る彼に怯えた。
様々な出来事の他に、その事も原因の一つであり、現在に至る。
でも、そうなの??と疑問に感じるこの頃。。
それは、私自身が高齢になり、自己責任だと感じるから。。
もう、何があっても、怯える事はないし、私自身の出来事であっても、
誰のせいでもないと言える。

考えてしまう事。。

介護的な事をしていると、頼りにされているという自覚が出てくる。
すると、私自身の性格からくるものなのか、
自分が動けなくなったらどうしようと考えてしまう。
長男の時も、母親の時も、兄の時も、そういう考えがいつも浮かび、
緊張感や、不安感で、感じる事があつた。
長男も、母親も、兄も、私に何かの要求をすることが、あまりなかった。
長男は、私がしてあげているままに、身を委ねていた。
兄は、透析のご飯を不味いとも言わず、食べてくれた。
とても、手のかからない手助けだったと思っている。
昨日は、体調が悪く、とても暑い日中だったが、外出した。
来月初旬の抗ガン治療の外出に備えて、外に出た。
何日も、じっとしていて、急に車椅子を押す作業は、老齢なので、
かなり疲労してしまう。
それで、何かしら理由をつけて、外出するようにしている。
外を歩くと気持ちに、余裕が出てくる。
相変わらず、外出するというと、どこにいくのか、早く帰ってこいの上、
ライン、電話の嵐。。。
それを見越しての外出は、ストレスとなる。
まぶしいなと思っていたら、閃輝暗点となった。
七色のギザギザが、目の内部に感じられて、帰宅。。
すると、もう紅茶をいれてとか、用事を言う。
彼は、家の中では、歩いてお手洗いも、洗顔も出来る。
具合が悪いと言ったら、そうかと言って、紅茶を入れてと言うのだが。。
それを無視して、閃輝暗点が起きているから、寝ると返事をした。
寝ていると、電話がかかってくる。
様子はどうだ、一回降りて来いとの事。
具合がおかしい時は、声を聞くのも嫌だ。
はい と返事をした後、うつらうつらと寝てしまった。
途中で、次男のご飯を思い出した。
次男は、ご飯は作らなくて良いと言っていたが、
いつも、お茶だけは部屋に置いておく。
それが出来ないので、ラインを送ったら、
冷たいお茶を買っていこうか?と返事が来た。
とてもありがたいので、買ってきてと答えた。
寝ていると次男が置いていく気配がした。
閃輝暗点の発作の後、軽い頭痛が起きるが、
自分の具合が悪くなると、介護的な事はとても辛い。
早朝に、目覚めて、窓を開けたら、雀がさえずっていた。
気持ちの良い声だ。
ふと、涙が出そうになった。
泣いた。。。。
こんな生活、とても嫌だ。
体調が悪くなると、こういうマイナス思考に入っていく。
大腸肛門科の医師に、介護認定の書類の作成をお願いしてあったので、
先日、その話をしたら、書いたか覚えていないとの事。。
確かに、患者の数を思うと、忙しいのだと思う。
でも、早く書いてほしい。
そして、出来るだけ早く、デイサービスに行ってほしい。
冷たいと思われても、今の私は、それどころではない。
明日が危ないとしか、思えない。

-暴言は。。。

朝、お弁当配膳の仕事をしている友達から、メールが来た。
いつものように、一休みするので、お店にとの誘い。。DSC_0081_2.JPG
彼に、行っても良いかと聞いたら、
早く帰っ来てねと言われて、
許可をもらった。
結局、二時間以上、
モーニングを食べた後、
ソフトクリームを
食べたりして過ごした。
彼女は、二回結婚をして、
離婚している。
元伴侶は、二人共とても良い立ち位置の、高学歴で高収入の男性。
でも、なぜかうまくいかなかった。
一人は、マザコン、もう一人は、女性関係。。
従って、彼女は、とても育ちが良い感じがしている。
笑う時も、食事の時も、とても優雅である。
私とは、雲泥の差と思っているが。。。
その彼女が、壊れたのだが。。。
原因は、私のCメール。。
院外処方箋をどうしたらこうしたらという、
下らない夫と私のやり取りなのだが。。
彼が、なかなか戻ってこない私に、罵倒するメールなのだが、
最後の方で、おかあさん、ごめんなさい、処方箋ありました。
というメールを見て、私が、返した文章が酷かったらしい。
あなたが、こんな言葉を使うとは思わなかったといわれた。
私は、その時、階段を上がったり、降りたり、十人以上並んでいる受付で、
立ちという動作を二回もしていて、とても疲れていた。
なので、罵倒する気持ちは浮かばず、ただ、なんという男だと思った。
そして、ば◯◯◯ん、◯◯とかえしたのだが、、。
それに対して、彼は、また、ごめんなさいと打ってきた。
私は車椅子を押して押しての動作の他に、
並んで並んで、をしていたので、くたくただった。
それで、うるせ とだけ返した。
私の方が、暴言に近いらしい。
友達は、相手の容姿をいうような言葉に反応して、のけ反って笑った。
彼女の意外な面を見て、何だか、友達として少し、近づいた感じがした。
彼女は、脳ドックを受けていて、結果を読んで少し落ち込んでいたようだ。
脳天の少し後頭部に、硬い何かがあるとの事。。
その部分を私に見せようとして、携帯を操作していた。
私もその間、酷いのよと言って、高飛車な態度をとる、
彼のCメールを見せたのだが。。
後頭部をどうしたら良いのかと言う、不安感で暗い顔をしていた彼女が、
大笑いしたので、少し気が晴れたかなと思った。
痛みもなく、硬いだけで、頭蓋の外だし、様子見だね、
でも、不安だよねと話をした。
他の、同年代の友達は、一様に、健康について不安を感じている。
五年後を、考えられないと言っているが、
この十年もあっという間に過ぎていて、
六十代が、駆け抜けて行ったと思っているから、五年なんて、どうだろう???。
私は、五年後よりも、明日がどうなのかと思うだが。。
とにかく、去年の三月手術以降、殆ど休日がないし。。
もう、大変なストレスで、一度は壊れかかった。
誰も助けてはくれない。
相手は、頼り切っていて、その上、それ以上に上から目線。
本当は、怒ってやりたいが、それも出来ないので、
喧嘩とか、明日が分からない状態の人なので出来ない。
メールで、感情的なやり取りもしたくない。
せめて、少し位の言葉を書くのは、見逃してほしい。


再び車椅子。。

地下鉄の、ホームを押していたら、お手伝いしましょうかと、
職員の方が、声をかけてくれた。
とても嬉しかったが、大丈夫ですとお断りをした。
例の、改札を出たら使えないと言われた電車の、ホーム通行時は、
板を持っている職員とすれ違っても、
そういう声掛けはなかったが、当方は、その方が有り難い心境。
自力で出来る状態の時は、頑張ろうと思う。
昨日は、三つの診療科にかかった
最大の目的科は、大腸肛門科で、ベット検査の結果を聞く為。。
良くもなく、悪くもなくという感じだった。
画像を見たが、黒くなっている箇所が、腫瘍のある所らしい。
肝臓には、黒い部分が何か所もあった。
大腸だと思うのだが、小さな黒い箇所が沢山あった。
多分、医師の話の感じからすると、播種がまた、起きているのだと思う。
簡単に、良くはならないと感じた。
前夜に、体をふいてあげていたら、体のあちこちに
黒い墨を薄く刷毛で塗ったような状態の部分が見られた。
以前の時は、そういう部分は見受けられなかった。
元気そうだし、血液の結果は、良い状態だけれど、体からの異変は感じられる。
全体的に、体中が焼けた状態ではなく、薄く黒くなっている。
エンシアを、また、処方していただいた。
これは、大変重いので、院外処方にして出された。
3つのカルテを持ち、会計に行ったのだか、
例の院外処方の用紙が見当たらず、
彼のいる所に戻り、探してもらった。
ないとの事。。
また、診療科に戻り、並んで、話をしたのだが、
医師の今の診察が終わるまで、
問い合わせる事が出来ないらしい。
そこで、数10分待つことになった。
すると、ラインと、着信、Cメールが入り、まあ暴言の嵐。。。
私が、うまく問い合わせられないのだろうという意味合い。
こんなに遅くなるはずはないとの事。。
丁寧に、今の患者さんが、終わらないと聞けないのだと、
Cメールや、ラインに返した。
待合室で、電話を取る事は出来ないのに、何度も掛けてきた。
すると急に、ごめんなさい ありました とCメールが入った。
あれだけ、罵倒しておきながら、ありましたとは、、、
良かったねという返す言葉がどうしても出なかった。
それから、また、並んで、院外処方の用紙があったので、
医師に問い合わせをしないでくださいと
言わないといけない。
急がないと、再度の処方が出されてましう。
要らぬ気遣いをしてしまった。
係の女性が、謝ってきたが、こちらの落ち度なので、恐縮してしまった。
彼の所に戻り、用紙を受け取り、再度、会計に行き済ませた。
勿論、ラインでの返信は、早く取りに来いという、上から目線。
少し腹立たしいので、うるせ とだけ返して置いたので、
受け取る時は、嫌な態度だったが、そんな事は、どうでも良いので、
無視した。
朝、8時過ぎに家を出て、帰宅は5時過ぎ、、
その間、おにぎり一つで、済ませた。
相手を気遣う気持ちは、ないようだ。
見栄を張っているのか、口荒く怒鳴る。
そういえば、亡き義父が、彼にそういう言い方をしていた。
それが、大変な失礼な言い方だと、思わないようだ。
親子ではなくて、あくまでも、赤の他人なのだから、
ある程度お互いが尊敬し合うような
関係が、あると望ましい。
共同生活50年間で、そういう感覚は育たなかった。
彼の見栄を理解して、許そうとは思わない。
他人同士が、共同生活をしていて、
相手も人間であり、同等という考え方が、なければ、
ただの奴隷や、家政婦を得たという、感覚しかないと思う。
そう思っているのなら、その通りに、家政婦に徹して、
感情を交わす事はしないかもしれない。
車椅子の動かし方にも、文句を言い続けるのだが、
どの立場でその言葉が出るのかと思う。
要は、その人なりの人間性が出ているのだ。
私は、それが嫌なだけだ。

腫瘍は、簡単には消えないようだ。
また、量を減らして、抗ガン治療が再開されることになった。
あれ程、イヤダやらないと言っていたのに、医師の誘導的な誘いに
はい と返事をしていた。
また、あの苦しみが始まるのか、それとも、
量を減らすので軽い副作用で済むのか。。
医師が、薬の処方で、口内に塗る薬はどうしますかと、
聞いていたが、すると、またあの状態が
再び訪れるのかと、考えてしまったが、、。
化学療法を中止した結果は、極端に腫瘍は、
増えていないが、腹膜播種は起きている。
手術の時に取り除いたのだが、また、出てきたようだ。
彼のイライラとした様子は、そういう事が分かっているのか、否か???。
何れにしろ、病気との戦いは、心の持ち方も左右するようだ。
イライラと、他人に当たっていたら、気持ちが治まるのだろうか。
嫌な気分を振りまいているだけだと思うし、
された相手が、母親の様に無償の愛を
振りまくとは、思えない。

テストステロンとか、、。

余りにも、相手の感情の乱れが酷すぎるので、
いくら、若い時からだとしても、
あんなに号泣する事はなかった。
去勢薬を服用し、注射もしているので、
多分、その影響もあるような気がする。
そうでも思わないと、ストレスで私の方が、壊れそうだ。DSC_0127_2.JPG
薬成分を読んでいたら、
テストステロンとか、
アンドロゲンが関係していて、
やはり、男性ホルモンをおさえる薬を服用していた。
切手不足で、戻ってきたハガキは、本人に渡した。
次男は、破り捨てろと言ったが、
こういうハガキを私たちが見ている事を知ってほしかった。
非難する言葉は、言わなかった。
今、ハガキは、六十三円となっているみたいだ。
古い年賀はがきを出したので、事なきを得た。。
渡したら、とてもばつが悪そうな顔をした。
冗談で出したと言った。
ホントと書いてあるから、冗談だと思ったよとだけ返した。
そして、こういう不確かな、あまり危ない行動よりも、
介護関係で、理解してもらって、デイサービスに通えたら、
前に進めるねと話をした。
地道に考えてそうしようねと話をした。
とても素直に、うなずいていた。
昔の事を持ち出して、言えば、キリがない。
今を考えるしかない。
私にとって、今は、命がけの今だ。KIMG0686.JPG
体が付いていかない。
明日、また、車椅子で通院なのだが、
途中で挫折するかと言う位、疲れるのだが。。
それでも、私しかいないから、行動するしかない。
自分自身の保身を、考えたら、こんな事は出来ない。
もしかして、身内の介護で、頑張っている人達は、
私と同じ心境かもしれない。
三百六十五日間、三食を用意して、
様々な手助けをしてきても、
一度も、私の休日はない。
気分転換や、休まないで行動出来る場合、
ロボットかと思うが、
ロボットだって、メンテナンスをしたり、電池の補充をしているが。。
買い物に出るのも、早く帰ってきて、どこに行くの、
挙句の果てに、着信の嵐、ラインの 嵐。。。
それとも、手あつく介護をしていて、
もっとしてあげようと頑張っている心優しい人も、いるのかもしれない。
同時期位に、パート仲間だった女性が、肺◯になった。
彼女は、治療を拒否して、痛み止めだけで過ごして一年経過している。
その介護している人は、夫さんだが、
最近得た様子だと、夫さんが鬱になり、
介護どころではない様子。
それでも、自宅で看ている様子。
密かに恐れている状態に移行したよう。。
とても、複雑な気持ちになった。
掃除をしていた、施設では、三交代で勤務していて、
様々な職員が関わるが、
難を言うとすると、四交代位で、
六時間位の緊張が良いと思って見ていたが、
私の場合、三交代どころか、そんなものはなくて、
ストーマの交換や、排泄を夜中でもしていた頃を
思い出すと、絶望感で一杯だった。
きれいごとを言う暇もなく、辛いが正直な心境だった。
その時に比べると、今は、少し位感情的な爆発があっても、
時間がすぎれば、元通りの感情になるらしいので、
ずっと楽ちんだ。
もし、明日雨が降ったら、、タクシーにするのかと聞かれて、
ビニールのコートを着て、頑張ると答えた。
年金だけなので、軍資金がないと話をしているので、
あんな手紙を考えたあんぼん◯◯だと思う。
彼にしたら、それしか思いつかない、精神構造だったらしい。
何か文句を言っても、何も解決しない。
自分自身で、自分を解決するしかない。
その手段は、今のところ、慎重に行動してみるとしか、言えない。
自分自身で、自分を解決させるという言葉は、
色々な意味があるかもしれない。
単純に、頑張るしかないと、思っていれば、
余計な事は考えないと思う。

介護認定の為の聞き取り。。。

一応、本人を前にしての、聞き取りなので、ソファベッドの周囲を整えた。
しかし、どこから持ってきたのか、沢山のカバンと、洋服。。
二階の本人の部屋に、移動させたが、しまう時間がないので、ベッドの上に、
ポンポンと投げ入れた。
段ボールに、伝票類や、書類まで置いてあって、それも部屋に入れた。
二階の彼の部屋は、汚部屋となってしまった。
ドアを開けると、不愉快な匂いではなく、洗濯した洋服の匂いがしていて、良かったのに。。
こたつ布団もいれたので、ゴチャゴチャとなった。
本人は知らないので、怒るかもしれない。
介護認定の為の聞き取りは、歩けるかとか、洋服は自分で着られるかとか、
ストーマの交換は自分でしているかとか、、歩いてみてとか、色々とあった。
実際の処、抗ガン治療が中止になり、体調は良くなっている。
その話もしたので、要介護とか、つかないかもしれない。
歩けるように、通所のリハビリに通いたいと話をした。
これから、病院からの診断書を含めて、審査があるようだ。
とても軽い部類になると思う。

聞き取りの方が見えたか気になり、ドアを開けて外をみた。
ついでに、ポストを見たら、へんなハガキが入っていた。
差出人は、夫だが、料金不足で戻されている。
それを、本人に渡すべきか、否か???。
本来は、渡すべきだと思うが、◯◯人に◯か◯をくださいと書かれている内容。
病気の為、お金がないので、、。とかいろいろと書かれていた。
最後に、ホント と書かれていた。
それとも、冗談で書いたのか。。
このような物は、出してはいけないと思うで、黙って処分をしたいと思っている。
勝手に、してはいけないのかもしれない。
何人かの人に、手紙を出したようだが、この場合は、料金不足で戻されて良かった。
可哀想な人だなと思う。
自分自身を、もっと大切にしたほうが良い。
ただでもらおうなんて、、自尊心を大切に暮らしてほしい。
ないけれど、ないなりに、行動を制限して、暮らすしかない。
もっとない人もいるのだと思う。
そういう人よりは、少し余裕があるのだから、有り難いと思い、ひっそりと暮らすしかない。

毎日、家にいて、外出をするのも嫌がられて、じっとしている生活をしていて、
いきなり、遠い病院に車椅子を押していくのは、体力が落ちているのに、あまり得策ではない。
明後日、また、病院なので、介護聞き取りの方が、帰った後、買い物に出た。
とても嫌がったのだが、もう、それどころではなく、うまく通院が出来るように、
体を慣らしておきたい。
本当のところ、車椅子を押しての病院行は、体力が不足しているので、
ある部分、どうにてもなれと思って行動している。
病院に行って、早く帰宅して、一人になり、自分自身を取り戻す時が、一番ほっとする。

治療薬と、本来自前の。。

今迄、家の中では、当たり前の様に感情を出していて、
その感情は、あちこち外で見られるものではなかった。
真っ赤な顔をして、大きな口を開けて、
両手は握りこぶし、あ~あ~と、まるで幼児。。
禿げ頭の爺様が、するのだけれど、三十六歳の頃からしているのだけれど。。
これは、異常な状態というのか。。
何か、自分に不利な事が起きると、脅かすようにその態度をとる。3864814993_799791d285 (1).jpg
しかし、次男がいるとしない。
いつだったか、それをしていて、
ふと真顔になり、
次男はいるのか?と聞いてきた。
いますと答えたら、その態度を止めた事がある。


時計の件、次男が帰宅したので、その経緯を話したら、えっっと言って、我を忘れた顔をした。
口を開けてえっと言った。
そのまま固まってしまった。
そして、分かったそれ以上言わないで、聞きたくないと言った。
友達にも、話をした。
皆、一瞬無言になり、、言葉を選ぶ様子をする。
いつから?と聞かれて、三十代からと答えたら、
何で一緒にいるの?と言ってくる。
私は、未練がある訳ではない。
生活上、様々な障害があり、今に至る。
私の中では、時計の件で、明らかに精神的におかしいと判断した。
それでは、どうするのかとなるのだが、もう、後戻りも、出来ない状況なので、
以前のように、いさめたり、修正するように話をしたり
という動作は、しない事にした。
言っても、自分の理解範囲を超えたものには、腹が立つらしい。
帰りの電車の中で、とても嬉しそうに、先生に時計をあげたと言っていた。
問題は、自分がしていたそのままの時計を外して、渡したこと。
しかも、しゃくりあげながら、、、。
まるで、◯◯の様な態度。。
大人の漢の、尊厳や、威厳は、いずこに。。
泌尿器科での、服薬に去勢薬があり、
男性ホルモンが出ないようにしているらしい。
そういう薬の副作用的なものも、ありありかもしれない。
副作用と、自前の本来の姿が、相乗作用か?。
ここまではっきりしたら、感情を動かす事はしないことにした。
家政婦として、言われたらしてあげる。
怒らないし、何でも自由にさせて置く。
少し、落ち込んだが、もう考えない事にする。
しかし、次男のあの顔は、初めて見た。
不安そうな、驚いた顔、口を開けて固まった顔。
あの場所にいた私も、そうだったかもしれない。



恥かしい思い。。。

車椅子全行程決行。。無事終了。。
坂道は、降りてくれて、車椅子につかまるように歩いた。
二度目だったので、慎重さは相変わらずで、難なく病院に到着。。
予約時間よりは、遅い診察だったが、病気発覚当初の診療科である泌尿器科だ。DSC_0015_2.JPG
病気が確定した時、医師が、私のほうに体をむけて、発した言葉は、
もう、反省しているのだから、許してあげなさい。。という言葉だった。
初めての患者で、多分、履歴を読んだのだと思う。
私は、無実ですよ~~。許すも許さないも、、攻撃をするどころか、寄り添っているのに。。
と思って何も言い返さなかったのだが。。
彼にとっては、良き理解者の医師と確定しているようだ。
扉を開けて入った姿が、車椅子だったので、すぐに歩けないの?と聞かれた。
すると、彼は涙ぐみ、そうなんですと言った。
ここまでは良かった、まあ、感情的になる事もあると思う。
前立腺が、縮小していて、今の所、状態は大変良いそう。
ペット検査も、不思議だが、異常なしだそう。
泌尿器科よりも、大腸肛門科の方に重きを置く事になりそうとの事。
あまり来なくても良いと言ったら、途端に、
うおうおうおと泣き出し、先生に会いたいから、
そんな事言わないでくださいと、泣きじゃくりながら言った。
医師は、まあまあと少し驚いて、なだめていた。
その内に、彼は突然、自分のしていた時計を取り、先生にあげますと言った。
医師は、いやいや良いですよと断り続けたが、
何度も言うので手に取ってくれた。
そして、高いんでしょと言ったのだが、メーカー品ではない模様。
その間、私は、止めなさい失礼ですよ。
そんなもの渡してはいけないと言い続けていたのだが、
無視された。
もし、感謝を表したいのなら、もっと考えて、
それは失礼ですよと言い続けた。
渡してしまったよ。。。
医師には、失礼を詫びて、後で、処分をしてくださいと言った。
渡した時計は、ベルトの穴は、痩せこけた腕同様に
しっかりと折がついていて、明らかに使っていたという状態。
早々に、扉を閉めて廊下に出た。
酷く、不安のようなガクッとした疲労。
車椅子を押す力も、抜けてしまったよう。。
あれはいけないよと、いくら言っても、
本人は、受け取ってもらえたととても上機嫌。
そして、あ 言い忘れた 
ベルトを交換して使ってくださいと言わなかったな、と言う。
俺の気に入っていた時計なのだと言った。
私は、少し、ぞっとしたのだが。。
彼は、爺さんの顔をしているが、心は、違うようだ。
帰宅後、夕食時、疲れたので出来合いのオカズを買った。
あるオカズに、お醤油をかけるつもりだったらしいが、
私が、台所で用事をしている時に、声掛けをしてくるのだが、
聞こえない時がある。
リビングのお仏壇に、お茶を置いている時に、ふと、彼を見たら、
片手に箸、片手に、オカズのお皿を持ったまま固まっている。
顔をみたら、私をにらみつけていた。
怒ってるぞと、表現して見せているようだった。
いつも、子供じみた、態度なので、もう関わらないで、
する事はしているので、声掛けはしなかった。
家庭として、見ていない。
自分が暮らしやすいように、動いてほしいだけの様。
この時計の件に関しては、私は関係ないと思っている。
こういう、少し考えさせられる出来事は、
今に始まった事ではないので、
老化が原因ではない。
三十代の頃に、小学校三年の次男の馬蹄型のお財布を盗り、
次男が指摘したら、違うと言い切った人だ。
従って、気にしないようにする。
でも、これは、あり得ない出来事なので、記録として残しておく。
感想としては、自分が気に入ったものを、人様にあげるという動作は、
小さな子供によくあると思う。
大人間の場合、特に、尊敬する方に差し上げる時、
人が喜ぶように、包装に気を使ったり
心を込めて、感謝を述べて渡すと思う。
あまりにも、堂々としているので、
こういう風に考える方がもしかしたら、変なのか?????。






私の◯念。。。

どうも同じ内容の様な文面が、あるような気がして数回分読み返してみた。
なんと、、読み進むうち、何とも言えない不安のような、嫌な文面に思えた。KIMG0676.JPG
自分で書いたのにも関わらず、少し負のイメージ。
感情のままに、書きなぐったような、、、これはまずいと思った。
どうせ、書くのなら、明るく処理できた感情を書いた方が、世の為と言うのか、
暗いオーラをまき散らし、迷惑千万だと思う。
数人の友達が、今の私の状況を
色々と分析してくれる。
異口同音に、言われる言葉は、よく耐えられるねと言うのだが、、。
その言葉を聞くと、自室で狂ったように(多分、バランスを欠いた状態)ウロウロとして、身の置き所のなく、
低い声でおおおと泣いた時の事を、思い出す。
パニック障害の発作の時と、同じで洗面所で泣きながらシャンプーをする。
それでも、治らない時は、シャワーを浴びる。
そういう行動に出られる時は、まだ、良い方で、パソコンの前でおおおと、肩を落として泣き崩れる。
おおおと泣くと、不思議に涙が溢れてくるのだが。。
誰も見ていないので、ひとりで泣く。
ひとしきり泣いた後、何も解決していない事実を
目の当たりにして、腹が立ってくる。
何が、原因なのかと、考えてこの場の解決を試みる。
過去が原因か?過去なんか、手に取る事も出来ないのに、
どのような感情が動かされているのかと思う。
誰かが、私に不愉快な事をして、私が悲しく思ったという感情だ。KIMG0682_2.JPG
手に取る事も出来ない事柄に、
囚われて、悲しみや悔しさに包まれているのか。。
少し違う。。
複雑なり。。。
そういう事をした人を、まるで、大切な人の様に、夜中も起きて、せっせとお世話をするという
あれっ??これは、おかしくないかという感情が、湧くのだ。
そういう感情は、
顔つきを般若にしてしまう。
ここをどういう風に、
切り抜けるか、、。
どっぷりと浸かって、毎日腹を立てて、
般若になってが、良いとは思っていない。
しかし、出かけるの?早く帰ってきてね、、
その後ラインばんばん、着信ばんばんの状態になる。
あいつは、いや彼は、何十年間もの間毎日午前様だったのに。。
この矛盾した、自己中を容認していれば良いのか。。。
友達が、謝ってきたら、許してあげなさいと言う。
返事が出来なかった。
謝るなんて、そんな事を真剣にしてくる人ではないと思う。
そのような言葉を口から発しても、私には伝わらない。
どこかに通り過ぎていく。
仲良く、家庭生活を送って、今の状態になった場合とまったく違うので、、、。
大切な自分の心を、駄々洩れ状態の消費をしている現在。。
心が荒んでいく。
心が、丸くならずに、萎んでいく。
それが分かっているのに、何と馬鹿な私自身。
私を壊すのは、彼ではなく、自分自身のような気がする。
これは、馬鹿らしい事で、分かったのなら、早く軌道修正しなさい!!。

雨の。。

お砂糖の消費量が、半端ではない。
紅茶に、大さじ一杯しかも、山盛り。。
高カロリーの飲み物は、凄く甘いらしいが、それにも入れる。
すぐに無くなるので、買い物に行きたいのだが、行くのを嫌がる。
どうしても、料理に必要なので、夕刻、雨が降っている時間帯に出てみた。
小雨となり、小さな樹木も、大きな樹も洗われてとても良い香りがしている。
近場のスーパーまで、十分位の道がとても気持ちが良い。
時折吹く湿った風が、様々な香りを運んできて、心地よい。
そのまま、ずっと向こうまで、歩いていきたい。
大股で、さっさと歩く。
曇天の雨雲の奥で、飛行機なのか、雷なのか、、、。
低く雲に覆われている空を見上げるのも楽しい。
これって、自由なのか。。。
どうして、こうして楽しく過ごすことが、遮られるのか。。
冷淡な私なのか。。
諦めてはいるけれど、一人で自然を感じていると、もう少しこういう時間がほしいと思う。

朝、いつも次男が出ていく時、新聞を取りながら送り出す。
先日、新鮮な卵を例の彼女が、持ってきてくれた。
偶然なのだが、扉を開けた時に出会った。
彼女に、お礼の電話をしたら、意外であるとの事。。
何がと聞いたら、とても柔らかな顔をしていて、別人でしたとの事。。
次男に、いってらっしゃいと言って声掛けをした直後だった。
普段、私は、夫の態度次第で、きっと般若のような顔をしているらしい。
彼女は、カラオケスナックのママさんをしているので、人間の顔や、態度をよく見ている。
私の事情も知っていて、よく我慢したねと言われた。
私は、自分の長男の看護も、母親の介護も、兄の助けもしたが、
辛いと思った頃もあったが、顔に出す程ではなかった。
どうしても、どうしても、過去が顔を出してしまう。
もうすでに醒めているので、どうでも良いのに。。
損得を考えているのかもしれない。
それなら、彼の年金で生活しているのだから、有り難いと思っていれば良い。
それが良い。
自分の生きている道が、とてつもなく、貧相で、最悪な事を実感している。
ふと、これが私らしい生き方なのかと、納得する。

良い傾向なのか、否か。

夕刻になると、勢いよく雨が降る。
買い物も、夕刻を避けるようになった。
相変わらず、出かけるのか、、早く帰ってこい、、等。。。
帰路は、自然に前かがみのような態勢になる。
家が見えてくると、不安感が出て、不整脈が起きる。
玄関を開けて、靴を脱ぎ、リビングの扉を開けると、、、。
いつもこんな感じでの行動になる。
簡単に書いているが、簡単ではない。
恐怖のような、不安感。。。
今朝は、起きて階下に降りたら、凄く機嫌が悪くて、
歯医者に行きたいから、車椅子を借りてと言ってきたので、
いますぐ?と返事をしたら、それがいけないらしく、大きな口を開けて、
あ~~~と叫ぶ。
俺の事は、ほっといてくれと叫ぶ。
何が何だか分からないが、とにかくご乱心なのだ。
私は、ご飯の用意をして、此処に置くねと声掛けをして、その場を離れる。
しばらくすると、二階に上がってきて、自分部屋に入り、洋服の整理をしていた。
起きていて大丈夫なの?と声掛けをしたら、はい大丈夫ですと答えた。
今年の九月が来たら、発病から二年目となる。
介護的な事がはじまったのは、昨年三月の手術以来。。
三百六十五日、ほぼこんな感じの生活。
病気も大変だろうけれど、相手が疲れないと思っている。
まず、自分を看てくれとの事。。
エイシアを飲み、普通食を食べているので、体調は大変良いようだ。
良くなると以前のような、態度をとってくる。こりないやつ。。。
何も、感情が湧かない。
楽しい事も、感じないし、生き生きとした生活も感じない。
パニック障害が再発した。
苦しくても、誰にも言えない。
とにかく、体を動かせるようなら、動いて行動するしかない。
シャンプーをした、シャワーを浴びた。
これは、今迄、そうすることで発作を終わらせてくれたことがあるから。。
年齢が七十五歳で、前かがみになり、苦しむ姿は、誰にも見せられない。
発作が起きている時は、目がぼやっとなり、力が無くなる。
以前は、それを隠して行動して見せていたが、今はそれが出来ない。
呼びつけられて、前かがみのまま、リビングに行った。
何だその態度はとの事。。
パニックと言ったら、ああおれが悪いのか死ねばいいのかと言う。
こういう会話になる事が、一番こたえるのに。。
冷静に、大丈夫かとか、薬を飲んだかとか、相手を思いやる心がないようだ。
まず、自分を形勢不利から脱却させるため、自分から俺が悪いのかと言う。
こちらが、相手に、誠実に答えていたら、同じ土俵を踏み、波長が合ってしまい、苦しくなることが分かった。
何を言われても、相手に相槌をうち、そうそんなにつらいの、そう私が悪いのと言っておくと、楽な事が分かった。
会話は、会話ではなくて、相手の波長を交わすために、相手が更に怒る事を予測して、同調した言葉を返すことにした。
三百六十五日、毎日介護をさせているのに、それが当然だと思っていて、こちらが少しでも、躊躇した態度をとると、
仰向けに寝ながら、握りこぶしをして大きな口を開けて、あ~~~と、病人らしからぬ肺活量で叫ぶ。
誰も信じてくれない。唯一、次男が見ていて、あいつ認知じゃないの?というのだが、三十代の頃からの癖なので。
何を言われても、気にしない事にした。
表面だけ、労わる様な言葉かけも、することにした。
自分を守る為に、演技者になる。
副作用で、弱っていた時の顔つきと、まったく変わっている。
エイシアと、普通食をとっているので、カロリー過多の可能性がある。
以前の、ギラギラとした、生◯◯い顔つき。
本当に、寛解するのではないかと思う。
リハビリで、歩き出すのに、そんなにかからないと思う。
強い言葉で書くが、これは記録であり、そういう事をしているという一日を書いている。


踏ん張った右足。。

全行程車椅子事件と思っている。
事件ですよだと思っている。
乗換駅のコンコースは、すんごい人並みで、
車椅子を押して行動する事が怖かった。
また、来週車椅子全行程をしないといけない。
考えると、動悸がしてくるが、これは、きっと嫌なのだと思う。
でも、しないといけない。
初めて押して行動した後、足の親指に血豆が出来て、痛くて歩けなかった。
それも、癒えたので、また、車椅子全行程をしようと思っている。
これは、ちょっとしたかけのようなもの。。
私の年齢では、無理な行動だと思う。
でも、やるしかない。
もう、諦めの境地、心境なので、、、。
こんな人生で、情けない。。
少し、ヤケッバチで想像している。

福祉事務所に出向いて、医師に連絡をしてもらう事になった。
申し込みもしてきた。
夫の体調は、抗ガン治療を止めたので、とても調子が良い。
このままで、介護認定は、歩けないだけなので、難しいかもしれない。
良くなると、私が楽になるので、もっと回復してほしい。
ストーマの処理をしなくて良い事が、とても嬉しい。
私が処理をする時の仕方を、彼は学んだようで、
とても早く処理が出来るようになった。
家の中では、割と元気に歩いている。
包括センターの方に、どういう風になってほしいかと
言うような、質問をされた。
デイサービスで、歩くリハビリをしてほしいと思っていると、話をした。
後は、通院が大変なので近場の病院に転院をしてほしいと思っているが。。。
これは、難しいかもしれない。
今の病院の医師を、信頼しているので、難しい。
やはり、車椅子全行程通院をしないといけない。
私は、車椅子を押して、やりきることが出来るか、自信がない。
不安である。
七十五歳の、老婆の足指に血豆が出来るなんて、なんて悲壮な出来事。。
自分の身にこんなへんてこりんな疲労が降りかかるとは、あり得ない事。
七十五歳なら、もう、よいよいに近い位、歩けば転ぶし、階段から落ちるし。。
それが、車椅子を押して、押して、ただひたすら押して、勘弁してほしい。。。

縮図。。。

今朝も、あ~あ~と言っていた。
ゴミを捨てに、外に出たら、何となく視線を感じた。KIMG0674_2.JPG
隣の奥様が、私をみて目をそらせた。
多分、聞こえているのだと思う。
今度、録音をしておこうと思った。
普段は、普通に会話をしているので、
あの状態が理解できない。
明方で、少し窓を開けている家も
あると思う。
本当に、迷惑な話だと思う。
この状態をどこに相談したら良いのか。。
介護認定の書類を市役所に取りに行く。
その時に話をしても、
意味がない様な気がする。
かかりつけの病院で、泌尿器科の医師が、
脳のCTを撮りましょうと
言っていたが、是非、お願いしたい。
今朝は、小さな庭の木を切ると、息巻いている。
やるぞだそうだ。
どの位、立っていられるのか、見ておきたい。
手の力は、果たして、、どうだろう。
何でもすれば良い。
私は、何も心配しない。
今迄していたように、自分のしたい事だけをして、生きて行けば良い。
木を切る時、どの部分を切ったら良いのか、
分からないので指示してほしいとの事。
何もかも、考える部分について、人任せで、今迄の人生そのもの。。。
木のどこを切ったら良いのか位、何回でも言ってあげる。
そういう感覚で、この人生を乗り切ってきたらしいが、一つ一つの行動や、
言動が、縮図のように、似通っている。

追い打ちですよ。。

一人で、病院に行った。
彼の担当医師から、介護認定書類についての返事をもらう為と、
総合診療科の通院を含む。
数か月に一度、診察を受けて、それ以外は、薬のみ。
今回は、診察を希望した。
血液検査をしていただき、貧血が少し L になっていた。
食事をあまりしていない事が、出ていた。
二か月前の薬の時は、メンタルにかかる時期だと思うと言われた。
彼が、受けたペット検査の結果次第で、メンタルを受診しようと
考えている。
介護包括センターの方に、どのような経過を希望しているかと聞かれた。
出来たら、デイサービスに通ってほしいと話をした。
その後について、病状の進展があった場合は、相談をしている緩和ケアを
考えていると話をした。
まだ、介護認定の相談段階なので、先の事は分からない。
彼は、未だに、明け方、あ~あ~あ~を繰り返している。0523かずら.jpg
次男が、出勤する時にも、あ~あ~と大きな声で繰り返すので、
とても嫌な顔をしている。
おかあさん、大変だねと言われた。
ああいう声を出していて、
不意に声掛けをしてみると、
けろっとして返事をする。
以前、パートをしていた施設内に、女の方で、
一日中、大きな声であっあっと発声する人がいた。
それ以外の時は、普通に話をしていた。
これは、認知なのか、さて、どうなのか。。
今、外にも聞こえる位の声を出しているが、もう無視している。
朝の、七時台は、お仏壇のお世話とか、
次男の食事、夫の食事の準備をしている。
その時間帯に、電話がかかってくる。
とても、とれないので、無視していると、八時台に二回かかってきた。
同じ人からで、何事かと思って手が空いた頃
かけなおすのだが、あまり良い話をしない。
以前、私が◯んでいると言って、近所の人にドアをどんどんとさせた人だ。
一昨日、電話を取ったら、大丈夫かと、問われた。
大丈夫も何も、車椅子で、繁華街初体験で、くたくたと話をしたら、
あんたが死にそうだから、私は、それを阻止しようとして、
毎日眠くてしょうがないと言われた。
えっえっ??なにそれ。。。
まるで、教祖様。。。
毎日眠いのは、私が具合が悪いからだそう。。
もう、ムカッとなったが、自分が怒ると地震が起きると
公言している人なので、相手の言葉に反応しない事にした。
今朝の電話も、その類と思われるので、
安心していてね、私も、夫も元気に頑張っていますよと、返事を送っておいた。
もし、そういう能力のある人なら、
相手が不安に思うような、言葉は言わないと思う。
電話にでないと、何かあったのかと何度もかけてくる。
ラインが通じるようになって良かった。
返事を、ラインで送って、電話はかけない。
私の家の場合、何もかも確かに、
大変な状況なのだが、放置はしていない。
何かの行動を必ず起こすようにしている。
改善が出来るようなら、それに向かって努力をしている。
繁華街車椅子通院は、辞めない。
また、通院をするつもりだ。
一度目は、よく分からず戸惑いがあったが、
二度目はその時の経験を生かして出かけようと思っている。
乗換駅での、駅員さんの言葉をいつも思い出す。
改札内に、使用する為の車椅子です。
それ以外は、お断りします。
改札を過ぎたら、動けない場合どうしたら良いのか、、、。
あんなに遠くで降りたあんぽんたんが悪いのは確かだが、
こんなに遠くは、ダメですよ。
もっとそばでの使用をしてくださいねとか、
言われたらこのような心にはならない。
様々な思いが、めぐるが、最終的に辿り着く感情は、
頼らないという感情。
彼が、近場の病院に転院してくれることが、一番の解決策なのだが、
これが、これからの課題であり、そうなってほしい。
私が、心配で眠ってしまうという彼女は、
張り詰めた綱のような所を歩いている
私に、追い打ちをかける様な言葉をいうのだが、
それは、あまり得策ではないと考えてほしい。
人間は、病は気からという言葉を、実践して生きているみたいだし。。。
ある部分、弱いものだと思うが、奇跡的な事もあるようだし。。



一言で言うと年甲斐もなく。。                                                                   

前夜、お互いに緊張気味で、身なりの点検をした。
あちらは、ストーマの替えも、しっかりと収納。
着替えも用意したのだが、置いてないのでよく見たら、KIMG0642_2.JPG
もう着こんでいて、ベッドに横になっていた。
私の考えでは、出来ない事はないと思っていて、
それには、慎重な行動が必要だと思っていて。。。
駅までの道のりは、十五分位で、難なく到着した。
その後は、イライラとした言葉の連発。。
自分がうまく動けないので、イライラするのだろうが、普通の乗車感覚では、乗り込むことが出来ない。
電車が到着したら、先に乗った方の後を乗り込むのだが、
車椅子の足置きをたてて、両足をホームにつけていてほしかった。
それをしないで、いきなり体を動かそうとしたので、
靴が抜げてしまい、足置きは立てかけられなかった。
それで、電車は行ってしまった。
その事以外は慎重に出来たと思う。
乗換駅のエレベーターに向かっていると、
他にないのかとか、知りもしないはずなのに、
他の提案をしてくるが、こちらは、すべて下調べをしての行動なのだが。。
それよりも、長かった。。。。
PT検査の二時間以外、すべて車椅子を押していたのだが、
帰宅途中、家が近くなったら、
心臓がバクバクとしてきて、とても疲れてしまった。
しかし、帰宅してから、車椅子を三段の階段をあげて、
家の中にいれないといけない。
それをして、家に入ったら、もう用事を言いつける。
湯たんぽを作ってとの事。
立っているのがやっとなのに、やはり、使用人だと思っているようだ。
湯たんぽを、湧かし後、お茶を飲みたかったが、
その用意をするのもきつかった。
ベッドに倒れ込んで、動けなかった。
友達から、様子を聞く電話があったが、途中で眠くなり、切らせてもらった。
彼女からの電話のおかげで、心の緊張が緩み、眠くなったようだ。
もう、75歳だから、無理はしないほうが良いと思った。
介護をしている人は、この位の年齢で、こんな事をしているのだろうか。
もう、二度と出来ない可能性。。。
近くの病院に変わらないかと、提案したら、
情けない顔になり、涙を浮かべていた。
検査結果が、どうなのかによるが、意外に転移は少なく、DSC_0531.JPG
腫瘍と共存して、10年位人生を送ると思う。
それは、高齢なので、緩やかな転移かもしれない。
それなら、シスターの進めて戴いた
病院でも良いと思う。
私は、この状態から逃げたい。
思いやりのない人間の面倒をみるのは、
私の人生に必要なのか。。。
義弟は、歩けなくなったと報告したら、
兄はもう直死ぬので、
父と母に報告をしておくと言っていた。
亡き義父と、亡き義母は、
義弟の報告をどのような思いで聞くのだろう。
三人とも、確実に、
長男であるあの男を嫌っていた。
義弟が、本性を現した。
義弟は、兄は大丈夫ですかの言葉もないし、
私に対しても、お願いしますの言葉もない。
ただ、妻である◯◯子さんが看てあげてくださいと言った。
妻ですが、他人ですよと返した。
あなたの兄は、家系的に長男である事は消えませんとも書いた。
この言葉の意味を、義弟は、深く知らないと思う。
ふと、思ったのだが、私がつぶれるまでこういう状態が続くのか。。。。
友達が、大切な夫、大事にして感謝しなくては、、。
と思っているかと言うだが。。
そう思わないといけないらしい。
そう思う前に、生きる気力のない私は、時空のかなたに消えていくと思う。
今迄、様々な検査や、経過を調べて戴いたが、珍しい位、良好で、痛みがないのがとても不思議らしい。
ペット検査の結果も、大したことはなく、気にする事もないと思う。
泌尿器の医師が、頭部の検査をしましょうと言っていたが、
もうその部分を調べる位しかないようだ。
経過的には、殆ど、悪い結果がないからだと思う。


◯完全家族。。

いよいよ、ペット検査。
車椅子での通院。。
予行演習で、スーパー内の百円ショップに出かけた。
お天気が良かったので、難なく到着。
エレベーターが、奥まった場所にあったので、少し戸惑った。
場所が、分かれば、行きも帰りも難なく通行できて、
食品売り場にも行けたし、百円ショップ内を
グルグルと、車椅子で移動してとても満足した模様。
その後、ドトールで、紅茶、私はソフトクリームで小休止したが、KIMG0644_2.JPG
三時間、外を歩き回った。
車椅子を、押していてタイヤが少し、へこんでいたので、
いつもの駐輪場で
空気入れを借りた。
所がいくら入れても、膨らまなくてどうしたのかと話をしていたら、
駐輪場のおじさんが、
手を貸してくれた。
結局、つめというものが無くなっていたらしい。
それを事務所の中から、持ってきてつけてくれた。
お代を払おうとしたら、市のものだからいらないとの事。
後で、差し入れを、、、と言ったら、
癖になるから止めてと、冗談のように言った。
私は、人様の暖かな気持ちを、心一杯に受け取ったと思った。
後で、お茶を差し入れようと思っている。

ペット検査を受けに行く事は、大変重要な結果を知る為なのだが、
その前に、車椅子での、通院が大変なストレスとなっている。
エレベーターの場所を、ネットで調べてあるが、人込みの中、果たして、、、。
先ほど、急ぐことが出来ないから、ゆっくり家を出ると話をした。
そして、自分で出来る事は、出来るだけしてほしいと話した。
将来、どの程度の状態になるのか、不明だが、私も高齢者なので、
介護が出来ないかもしれない。
今でも、体調が優れず、毎日が苦痛だ。
本当に、介護が必要な時に、何も出来ないかもしれない。
私の、ストレスは、今迄経験したことが無い位、苦痛だ。
長男の介護は、可哀想に思い、出来るだけしてあげる事が当たり前だった。
兄や、母親の場合は、素直に、助けてあげようと自然に手を貸していた。
しかし、今は、様々な事が思い出されて、とても苦痛だ。
私は、ただの人間で、天使ではない。
百パーセントの力を、出す気持ちになれない。
今から、私を頼る事は良い事ではない。
私は、どうしてしまったのか。。。
自分が、どこかに行ってしまった。
今の私は、私ではないかもしれない。
とにかく、何もかも苦痛なのだ。
だからと言って、意地悪い事とかは、していない。
しなければいけない事は、ちゃんとしている。
彼が、おんぶにだっこ状態で悪いなと 言ったが、
本心とは思っていない。
聞いていても、聞き流すだけだ。
これは、家族としての会話だったのか。。
今迄、要求しかしてこない人だった。
お給料を誤魔化して、よこしていたが、それでも、自分が飲むお茶だけ買って、
お金を要求する人。(百円頂戴といつも言った)
私の通帳には、お金が貯金されていたが、それを見たのか、分からないが、
理由をゴチャゴチャといって、二年間もお給料をくれなかった。
このように、思って過ごしていると、色々な事が、かえって
長く起こっているような状態になるのだと思う。
本当は、何も考えずに、介護をしていれば、
長い苦痛を感じないのかもしれない。

歩けるようになりそう。。

もし、病院通院日に雨が降るようなら、車椅子はどうだろう。。
雨に、濡れる場所は、家から駅までの道路になる。
ペット検査は、遅くても10時までについていれば良いので、
出来る限り、電車を使う。
雨に濡れる時は、家から駅までと、地下鉄を出てから病院まで。。
大きな雨合羽も考えたが、雨に濡れていない時、大荷物になりそうなので、
薄い簡易のレインコートを使うことにした。
そういう話し合いは、出来たので良かった。KIMG0654_2.JPG
化学療法を中止してから、体調はかなり良い。
食欲も出て、味覚は戻っていないらしいが、
よく食べている。
その結果、起きて行動している
時間が多くなっている。
お手洗いにも、通っている。
パウチの処理も、自分でしている。
私の、絶望的な心境は、回避されている。
病気である事は間違いないが、今の状況では、
自分でした方が良いと思う。
病気が進行するのか、
しないのかよく分からないが。。
もっと酷くなることもあるかもしれない。
その時に、私が疲れ切っていたとしたら、どうなるのか。。
身を挺してという行動をとれる年齢ではない。
細々と、体を労わりながら、暮らしている。

様子に、余裕が出てきたら、夫の身辺が気になってきた。
病院に行く時、身綺麗にしておきたいと思った。
頭は、真ん中は剥げているが、周囲にまるで、落ち武者のような髪の毛がある。
口の周りも、汚いようなひげがあり、気になってしまった。
車椅子に乗り、眼科に行ったりした後、家の中で、髪の毛を切った。
(目は、白内障がひどいそうで、手術を勧められた)
髪の毛は、それは酷い虎狩りにしてしまった。
耳の脇は、薄い所を更に切ったので、地肌が見えていた。
問題は、真後ろの部分で、完全に虎狩りに近い。
帽子を被るよねと、声をかけたら、うんと返事があったので、
そのままにした。
ひげも、切ったが、嫌がったのでほぼ半分だけしか切れなかった。
画像を撮ったら、半分の部分がはっきりと分かったのだが、それも
そのままにした。
室内を歩けるようになっていたので、自分で残りを切って整えたようだ。

私は、自分自身を信じられないのだが。。。
私は、こんな事をしていて大丈夫なのだろうか。。。
不眠症に近くて、メンタルが不安定で、自分の事も管理できていないのに。。
結婚をして、50年、半世紀にわたる生活は、何をしてきたのか。。
何をしてきたら良かったのか。。
何度も、離婚を考えていながら、そのまま。。
相手に魅力を感じていたわけではない。
考え方や、行動がまったく正反対なので、とても。。。
それでも、こんなに長く、ここにいる。
それで、理解できたことが一つある
私の性格は、あまりお利巧さんではないという事。
その結果なのだから、しょうがないと思える事。
結婚をするという事は、こんなにも自分を消さないといけないのか。
性格にもよると思うが、無駄だったという思いが強い。

真夜中の叫び声。。

タクシーで、彼が駅入り口から、遠い場所で降りた事で、KIMG0661_2.JPG
今迄の苦労が水の泡となっていた。
改札口から、中に入っての利用のみと言われた。
それは、いけない事ではなくて、あんなに駅から遠くに降りて、
駅員さんに、車いすを持って迎えに来てという方がいけない。
当然の事を、言われたのだ。
しかし、今も、あの当時の事を思い出すと、涙がこぼれる。
どうしてかと、いつも考えていたのだが、駅員さんを頼る事がいけないのだと分かった。
駅を利用する場合、殆どは、自分自身の力で乗り降りしている。
それが普通の利用法だと思う。
それでは、車椅子や、目の障碍の方は、どうするのか、、。
その時は、当然、駅員さんは張り切って介助をしてくれると思う。
我が家の場合、微妙であり、本人の甘えもあったと思う。
それが、とても情けなくて、こんな男がいるのだと
思う心がどうしても消せない。
私が、関わっている限り、やはり、駅員さんに、
お願いするような事はしたくない。
介助が必要な方は、もっと沢山いらっしゃり、KIMG0647_2.JPG
お願いする場合があると思う。
私の場合は、私が、ある程度車椅子を押して、乗り降りすれば良いのだ。
肝心の、あの男は、今、家の中をスタスタと歩いている。
ソファベッドの周囲のラグは、
しみだらけだ。
横になりながら、手を伸ばして
ジュースや、スープとろうとするので落としている。
ラッコが食事をしているような感じだ。
今は、起きているようなので、何も言わないが、ソファベッドは、
パットをひいても、下に落としている。
グレーのソファは、変なしみだらけになっているが、もうあきらめた。
夜半、三時過ぎになると、あ~あ~あ~と大きな声で、三時間位叫んでいる。
二階で聞いていると、お手洗いに入る音が聞こえてくる。
息切れがするのは、ずっと寝ているからで、ある程度、
出来る範囲で良いから、ゆっくり歩いたらと話をした。
血液検査の結果は、腎臓等、私よりも数値が良い。
胸の痛みは、もうないようで、しかし、治ったとは言わない。
ベッドに座り、針金のおもちゃを作っている。
車椅子は、15分程離れた薬局で無償で貸してくださった。
とてもありがたい事だと思う。
それを押して帰宅したのだが、少しくたびれた。
母親の介護の時は、何も感じずに押してあげていたが、
今は、私も高年齢になった。苦しいなと感じる。
汗だくになって、帰宅して、車椅子を玄関に入れてあると話をした。
くたびれたので、休むと言ったら、お願いがあると言う。
何かと聞いたら、ストーマのパウチを交換してほしいとの事。
汗だくになり、もう少し無理をしたら、不整脈になりそうなのに。。。
さすがに、自分で頑張ってと言ってしまった。
多分だが、彼の腫瘍は、あまり大きくないと思われる。
高齢だというのも関係していると思う。
もしかしたら、生活に負担のかからない位の
快復があるかもしれない。
一番、大変なのは、ストーマだと思う。
もう少し、頑張れるはずだから、成人男子として、
理性的に行動してほしい。
どうして、明け方に、あ~あ~あ~と叫ぶのか。。。
とても大きな声で、いい加減にしたらと怒鳴りたくなる。
幼児化しているような感じがするが、あ~あ~は、三十代の頃からあった。
浮気が発覚した時は、膝をつき、握りこぶしを作り床をドンドンと叩いて、
泣きながら、俺はしていないと、何度も繰り返していたが、三十代だった。
男らしくないと思う。
亡き兄は、人工透析を19年間していたが、
見ていられない位、可哀想だった。
兄は、弱音をはいたり、泣いたり、叫んだりはしなかった。
声が出せない位、きつかったのだと思う。

もう叫び声が聞こえる。
野太い声で抑揚をつけて、幼児がダダを
こねているような叫び声だ。
リビングの窓側にソファベッドで、
寝ているが、真上が私の部屋で、
ベランダの先に、隣の家の窓がある。
夫が叫び出すと、窓を開ける音がする。
声が聞こえているのだなと分かる。
話しかけると、けろっとして答えるのだが、
正直な所、気持ちが悪い。
心情が理解できない。
お◯◯を送ってほしいと、見ず知らずの人に手紙を書いている。
具体的にいうと、◯名人に。。
そんな手紙を送ったら、とても危ない人と思われて、警察に通報されると
話をしたのに、聞かない。
次男と、二人で、どうしたら良いのかと困り果てている。

けじめ。。。

抗がん剤の治療は、中止になり、先月行われた治療から、一か月経過。。
その後、口内炎は、ほぼ完治したが、味覚が戻っていないらしい。
食欲は戻り、あれこれと注文をしてくるのだが、どうにも食べられないようだ。
高カロリーの飲み物を、医師の処方で飲み始めているので、カロリー的には、満たされているらしい。
もっと、軽快に治るかなと思っていた。
もし、歩けるようになったら、してほしい事が二つあり、
本人が解決するしかないと思うのだが。。
一つは、宗教。。
飲み仲間の悪友が、信仰していて、誘われて入信。。
しかし、家にお祀りしてそのままで、私が朝夕のお祀りをする事になっていた。KIMG0638_2.JPG
長い間、ロウソクや、御塩、御神酒、お榊の、お世話をしたのだが、
長男が他界した時、何も手に着かなくなり、
メンタル崩壊状態で、放置となっていた。
祝詞も、そらで言える位覚えていた。
触らぬ神に祟りなしという言葉があるが、
長男が心配で、何度もお参りをしてと頼むのだが、無視をされた。
或るとき、どうしてもしてほしいと頼んだら、ロウソクの火を消し損ねて、神棚の板をこがしていた。
二回続いたので、それ以上強要は止めた。
その悪友は、例の変な薬(病気に関係があるサプリ)
を共有した人で、離婚をしているらしい。
やはり、悪友なのだ。
触ってしまった場合、病気の長男に何かがあったらと、それだけは避けたくて、
私が、する羽目になっていた。
その宗教の偉いお方も、他界されて、どうするのかと、気になっている。
暖かな教祖様で、こんな状態に放置していることが、申し訳なく焦る。
何とか、今迄の御礼をして退会をお願いしてほしい。
あと一つは、車の廃車。
動ける頃、廃車するので、内部を片付けてほしいと頼んだのだが、体調もあったのか、ずっとそのままだった。
先日、動ける最後の日位に、行動したらしく、ビルトインの車庫に何かが置いてあった。
よく見たら、海辺で使うパラソルとテーブルだった。
玄関の中にも、デッキチェアが置いてあった。
どちらも、私は、使ったことが無いのだが、ウインドサーフィンの会社に居た時に、サーファーの女性と、
色々色々だったので、その時に、使ったらしい。
家の中で、じっと帰りを待っていた、健気な?妻は、そんな思い出はないよ。。。
車の中に、キャラメルの包み紙で、器用に鶴を折って飾ってあった。
夫は、鶴の折り方を知らないのだが。。
そんな車の中を触りたくないので、抗がん剤の副作用が治まったら、
何とか、整理をしてほしい。
ラインで、整理をしてほしいので、体調を整えて、
行動してほしいと送ったら、
返事が、生理は出来ないかもしれないと、書いてきた。
気持ちの悪い返事であった。生理という言葉を携帯の、慣用語で使っているのかと、、とにかく気持ち悪い。
何となく、気持ちが悪いのだが。。気にし過ぎかもしれない。
リビングから、離れようとすると、行かないでと言う。
二階の自室に行こうとすると、時々降りて来てと言う。
二階に上がっても、私も一人で過ごしている。
もう十年以上も前から、一人で過ごしている。
今更、何を話せばよいのかも分からない。
あなたと同等の人間であり、同じ人生を歩み、
苦しい時も悲しい時も、嬉しい時も、共有しあって、
あっという間の年月を大切に、過ごす夫婦と言う、
運命共同体ではなかったと思うが。。
おかえりなさい ただいま という会話もなくて、
家庭であるべき姿を、何とか追い求めて、
すがりつくように、お願いしていた私が、バカでしたね。。
だから、困っている。
私がどうして、過去に拘り、今を精一杯過ごす事をしないのか。。。
或るとき、急に醒めて、絆を切った。
あっという間に心が離れて行った。
家庭はないのだと悟った。
人道的な事は、人間であったら、環境次第で関わるのは当たり前なのだが。。。
多分、今がその時で、弱っている彼を、自分が出来る限り助けていくと思う。
心の絆は、切れて多分考えられない位、修復は出来ないと思っている。
これで良いのかと、自問自答している。
もし、不測の事態が起きたら、私は後悔するのだろうか。。
どうしても、考えが浮かばない。
どうするのと、思うのだが、心の中が真っ白になっている。
考えようとしても、考えが浮かばない。
ただ、彼も、私も、悪くはないと思う。
誰も悪くはない。
こういう形態の生活を、認めるしかない。



むか◯く二人。。

次男が、頭痛で早退してきた。
寝不足が原因だと思う。
病院により、薬を処方されて、すぐに自室に入った。
一昨夜、夜半、夫は、ああああーあああああーと、病人らしからぬ声で
叫び続けていて、四時頃から次男が出勤する時間までうるさかった。
当然、私の部屋まで聞こえてきていて、野太い声でああああーーと。。。
起きてからも、とても変な感じだった。
電話を持っている訳でもないのに、ハイ ハイと何度も返事をしていて、
わかりました と言って、ハイ ハイを私が声掛けをするまでしていた。
声掛けをされると、何度目かにこちらを見る。
一度の声掛けで、反応をすることがあまりない。
我が家は、隣通しが隣接していて、窓側で寝ている彼の声は、
筒抜けだと思う。
真の抜けたような、だらしのない声をだしているのだが。。。6db045694359859dfc115c3855a48995-500x332.jpg
痛みがある訳ではない。
胸の痛みは、もう消えている様子だ。
叫び声や、泣き声は、こういう病気の場合、普通なのかと思う。
それとも、本人の人格が関係しているのかとも思う。
多分、後者だと思う。
彼は、私を苦しめる為にどこからか、
遣わされた使者なのか???可笑しい事だ。
ふと、そう考えてしまうが。。。
今日は、私の誕生日で、75歳になり、後期高齢者となった。
いつも、自分の誕生日には、ささやかな行動をとっている。
自転車で、雑木林を走り抜けたり、
31アイスクリームを贅沢に食べたりしている。
75歳になったからと、彼に言ったら、無視をして、紅茶いれてと答えてきた。
いつも、そのまま二度と言わないのだが、今回は、繰り返して三回位
誕生日だと話をした。
それに対しての返事は、いつも作っている木型の
変な飾り物を指さし、一個好きなの取れよと言った。
私が、そんなものをほしいと思って、
繰り返し言ったと思ったのが、とても可笑しい。
そうか、おめでとうとか、何か言葉かけがあったほうが、
ダイヤモンドよりも価値がある言葉ではないか。。(言われたら、ウエッとなりそう)
結婚をして、半世紀、ただの一度も誕生日を祝ってもらったことが無い。
夫にしてあげても、手に取り机にほいと置くだけで、表情も変わらない。
私が、言わなくも別にどうでも良かった事を、
話したのは、外出をしたかったからで、
外出をすると言ったら、心配だから早く帰ってきてと毎回言う。
そらきた。。。こうやって私が、
外出をしようとすると制約をつけるのだ。
外出している間、携帯も見なかった。
家に帰宅してみたら、電話が五回も入っていた。
むかつくのだが。。。。
義弟のCメールを読み返したら、上から目線で、やはりむかついた。
当方も生活があるので、もう関わらないとの事。
それに対して、そうでしょうねと、肯定の言葉を書いて、
こちらは、その域を大きく出ている状態だという
内容を書いて送った。
兄弟は似ている。
二人共、言葉を知らない。
兄は、私を、小間使いだと思っている。
義弟は、兄に言えない文句を、私に言っている。
兄とは思えないと言う言葉も書かれていたが、
とっくにそう思っていたでしょう。
但し、病気になっている人に向かって、言う言葉ではない。
私は、夫と結婚しただけで、母親ではないし。。
夫も、義弟も、私の心中を察したことが無いだろう。
私は、世間では、緑の紙切れ一枚で、
どうにでもなれるという他人なのだけれど。


拘ってしまう事。。

義弟の言葉というのか、Cメールの内容が静かにむかつく。
私に心の余裕がない為だと思う。
其々の家庭があり、皆大変なのだが本当の所だと思う。
いい加減にしろという内容だった。
もうこれ以上関わらないという内容。
私の、返事は、大変助かりました、感謝しますと送った。
義父が交通事故で他界した時、義弟嫁は、電話をしてきて、
お姉さんが看てください、私は嫌ですとのこと。
私たちは、嫁の立場なので、兄弟二人に任せましょうと答えた。
義弟嫁が、お葬式の時、お姉さん、通帳やハンコを知りませんか?
無くなったのですと言ってきた。
私は、義実家の中を知らない。義弟嫁は、同居をしていた。
当然、知りませんと言った。
一時間後位に、お姉さん、ごめんなさい、
うちの人が天井裏に隠していました。
との事。
あ そうですか。。としか言えなかった。
事が事だけに、お葬式の時に、
あれこれとそういう事を考える余裕はなかった。
前に亡くなった義母は、封筒に私の可愛い息子と書いて、
数枚の写真を引き出しに入れていた。
義母の時は、大変な衝撃で、私は体調を壊した。
長男を出産して、ダウン症だと分かり、
私は、自分を責めて、私自身の染色体を調べた。
そして、その結果が出る日に、他界した。
私の可愛い息子と書かれていた封筒の中に、
夫の写真は一枚も入っていなかった。
義父の後始末は、義弟がすべて整えた。
すべての中に、遺産関係もある。
夫は、相続放棄のハンコを押している。
夫は、二人しかいない兄弟、しかも、障害児がいるのに、どうして
義弟に、抗議をしなかったのか。。
少しして、田舎の小さな土地をあげると言われた。
その場所は、仲の悪い本家についていて、3864814993_799791d285 (1).jpg
通路のようにしている場所だった。
私たちに管理は出来ない。
義弟は、少し広い農地を
相続した。
当時、限定されていて、
三年位の振り込み年金の
通帳を送ってきた。
それを貯めて、
今の家を購入した。
これで、相続したことになるらしいが、
ハンコを押した用紙には、様々な銀行や、証券名が書かれていたが、
肝心の金額部分が白紙だった。
それにハンコを押した夫。。。。
私は、それでいいのかなと思ったが、
私の家の事ではないとあまり考えなかった。
義父は、交通事故なので、裁判も行われ、
自動車の保険もあり、その他いろいろな部分で、
私達には、知らさせなかったものがある。
夫は、義弟のいうなりとなって、何も言わなかった。
私は、長男の体が不安定だったので、それにかかりきりだった。
今更の事なのだが、相続と言う二人の兄弟で
考えなくてはいけなかった問題を
義弟一人が行ったとの印象だ。
夫は、相続された金額を知らない。
五月雨式によこされたお金は、一千万にも届かない。
例の土地は、すぐに不動産屋さんに売った。
持っていては面倒な場所だったから。。
詮索するような事は、したくないが義弟が受けた義父からの
恩恵は、多分、多かったと思う。
私に出来る事は、せめて、どうにもならない病気になってしまったのだから、
あの当時を思い出して、考えてほしかったなと言う事。。。。
兄の事は、もう関係ないというのだが、関係がないのは妻である私だ。
私は、他人だ。
血を分けた、たった二人の兄弟なのに、
病気になった兄を助けてあげようとは思わないのかな。
電話で、夫が動けなくなったと報告した時、
そちらはいかがですかと聞いたら、
ちゃんと生活してますよと、答えた。
こういう兄弟関係は、きっと計り知れないものがあるのだろう。
兄弟は、他人の始まりと言う通り、私の方でも、
妹と姉が、そういう関係になっている。
やはり、相続関係の問題だ。
何となく感じるのだが、夫は、義弟や、義母、義父に嫌われていたようだ。
義母が、他界する前に、私に、夫には、凄く苦労させられて、、◯◯子さん、
あの子をお願いしますと言われたのだが、、、。
これは、よくある控えめな言葉思っていたのだが、、。
夫の名誉も少し考えて、誰とでも暮らせるような性格ではない位、個性的なのだと思うようにしている。
あまり、腹が立たないのは、あちらもこちらも、高齢となり、自分の事で手いっぱいと言った感じだから。。
私自身、捨て身の行動はもうとれない。
共倒れも避けたい。


ペット診断を受ける時、その日、車いすでの行動。。。
私はやる気満々なのだが。。
本当は、少し不安である。
色々と、想定してみる。
車椅子を電車の中に入れる時、夫には、
起立してもらい、触りながらなら、電車に乗れるので
乗ってねと頼んだ。
そうすれば、難なく、
車いすを電車内に入れる事が出来る。
エレベーターを使い、行動しようと思う。
慎重に、行動する。
無料の車椅子を貸して戴けるので、大変助かる。
そういえば、亡き母の散歩は、車いすだった。
施設の外の、空気を吸わせようと思い、
二時間位、歩き回った。
畑もあるが、舗装道路もあるので、楽だった。
いつも、小さな鶏小屋を目標に歩いた。
外の空気は、綺麗だし、
青空も見えて、私は楽しかった。
でも、今回はどうだろう。
人様の中を車椅子で行動するのだから、母の時の様にはいかないと思う。
行けない想像はしたくないので、考えないようにする。




ありんこは嘆いた。

昨夜は、夫のパウチが爆発した。
かあさんかあさんと、呪文のように唱えて呼ぶ。
本人も、大変だが、呼ばれて動く私も大変だ。
早朝は、泣き叫ぶ声が聞こえる。
悲鳴のような声も聞こえる。
すぐに降りていって、悲鳴をどうとらえるのか分からないので、
少し間を置いてから、降りていく。
同情するような言葉かけはしない。
音がしているので、みたら歩いていた。KIMG0632_2.JPG
歩く意思を、もっと持った方が良いのに。。
お茶を飲むのも、何かを食べる時も、
ラッコのように仰向けになったままでしている。
息切れや、歩けない、胸が痛いについては、
詳しい検査をした。
異常は無との事。
誰でも、風邪等で三日も寝込むと、
起きる時に苦しいものだと思う。
外出をして、電車に乗る時、
駅の階段が苦しい時がある。
普段の生活態度で、
かなりの改善があるのかもしれない。
なるべく、午前中の数時間、午後の数時間、ベッドに座り、
行動したらと声掛けをした。
手作業の何かを作る時も、ラッコ状態でしているので、
起きて作業するようにいうのだが、無視だ。
今も、ラッコ状態で、お菓子を食べているので、その恰好で食べないで、
体を完全に起こして、食べたらと言ったのだが、
うんと返事をしたのに、そのまま。。。

義理弟から、メールがあり、
お金をもう送らないと言っていたのだが、送ったとの事。
そのお礼がないと怒ってのメールだった。
こちらは、銀行に行っていないので分からなかったので、
その返事をしておいた。
御礼もその時に書いておいた。
もう、兄は関係ないという内容だったが、やはりかと思った。
兄が、もうじき◯ぬと亡き義父と亡き義母に報告すると書いてあった。
あなたのお兄さんは、抗ガン治療中止になったので、◯にませんと書いた。
兄弟の関係でも、他人の始まりらしいが、、、それは私の家でも同じなので。。
どのような兄でも、家系的には、長男なのだと思っていてほしい。
義弟も、私と同い年なので、あまり喧嘩もしたくないし、
酷い言葉を言いたくない。
難しい年代となったなと思う。
人と人の付き合いが、面倒くさいと思うようになった。
要は、義弟との付き合いは、感情の行き来ではなくて、
お金勘定の行き来のみ必要なのだと思う。
日本語は、面白いと思う。
感情の行き来ではなくて、お金勘定の行き来という表現が出来る。
これは、本当の事で、お金の事で助けてほしいと思っている。
若い時に、高齢になったら、何かの保障がないと暮らせないと、
両親の生活をみていて思った。
結婚後、生命保険に入ってそれも、貯蓄型の生命保険。。
後に、夫が配当金も、貸付金も、こっそり使い込んだ。
ありんこが、せっせと土を運び出し、運び出ししている所をあっという間に
壊されてしまうが、ありんこは、ウロウロとして、意味のない動きをしている。
お金を使い込まれた時、あのありんこの状態を、経験したのだと思う。
責任を取ってと言っても、使い込む位だから、そんな感情はないと思う。
されたほうは、そのままだ。。
私の行動は、保険会社の営業所を夫の会社のそばに、
移されていたので、解約をした。
壊されたありんこの巣は、ウロウロとしたありんこが、
また、作り直すと思う。私は、作り直さなかった。
もし、作り直して、継続をしていたら、
また、貯まった頃使われるのが分かるから。。
高齢になったら、健康の維持させるための努力が必要だと思うが、
やはり、万一為の貯蓄をしておく方が、安心だと思う。
我が家は、それが出来なかった。

昨日、友達とお茶をしたが、その時に、誕生日のプレゼントを贈られた。
大げさでなくて、小さな小粋なワセリンと、チョコレート。。。
とても嬉しかった。。😃😃😃
凄く嬉しくて、自分の周囲がぱっと明るくなった気がした。
ワセリンを塗ってみたら、柚子の香りがした。。とても新鮮。。
チョコレートは、夫に一つ渡し、残りは全部食べた。
さて、やがて来る彼女の誕生日には、何を??色々と考える事が
違う時間の経過を感じさせて、落ち着く。




一つあった。。。

今朝、起床したら目がパンパンになっていた。
自分の顔を、とても正視できなかった。
私は、今迄の人生が、殆ど、底辺だったが、
今回の、通院については、底辺は関係がない。
これからどうしようかと、話をする人がいない。
次男は、次男の生活があり、巻き込みたくない。
私自身が、何かの解決策を考えるしかない。
あれこれと、考えたが、地道に出来る事が一つあった。
以前から、介護や、車いすの情報を仕入れていたのだが、
その中に、無料で車いすを貸して下さる所があるのを知った。
介護の認定は、まだ、症状が固定化していないので、難しいが、
貸出はしてくれるとの事だった。
五月末のペット診断には、家から車いすで出発
駅でエレベーターに乗り、改札通過
ホームまで、エレベーターで降りて、電車に乗り
乗換駅で、車いすのまま、特急に乗り、
乗換駅で、車いすのまま、タクシーに乗り、病院に行く事にする。
これしかないので、自分で判断して、行動する。
いつまで続くのか??何を恐れているのか??自分の保身か??。
保身でしょう。。
なぜか??同じ人間だから。。。
私は、彼の道具ではない。
具合が悪くなったら、お互いに労わりあうはずだが、それがないので、御話にならない。
気にするのも嫌だ。
すること。。私に出来ること。。これを何も感情を入れずに遂行するだけだ。
冷たいだろうか?。
そう思われても構わない。

当面弱音。。

遠く離れた病院への、通院はどのように行くかが、問題だ。
今日のように、朝の五時半に、タクシーで最寄りの駅に行き、そこから
特急にのるはずだったのに、、、、。
着いたら、停電が発生して、特急が運休となった。何ユリ?.jpg
寒いコンコースに、ヘロヘロの帽子をかぶった、529.jpg
痩せこけた爺さんが震えていた。
しかし、電車は来ない。
私は、走り回る。
特急の払い戻し等、その他色々とあって、
病院に到着した。
勿論、空を飛んだわけではなくて、
色々な手段を使った。
病院の医師とは、
緩和ケアについての話はなかった。
彼が、一人で色々と話をしていた。
おかしかったのは、一人で歩けますと
言ってのけた事。
あれま、現に今、車椅子でしょ。。
あんた、、歩けないでしょ、私に色々とさせているでしょ。。と言いたかったが
分かり切った事が、見えているので、黙っていた。
帰りは、病院から、駅までは、タクシーを使ったが、
私が不覚にも疲れ果て、
寝てしまったので、彼が、あれこれと運転手に言ったようだ。
はっと、目を覚ましたら、真ん前に駅が見えた。
料金を見たら妥当な金額だった。
しかし、その後何と、彼が左に曲がって下さいと言い出して、、、。
何やら、駅に近づくつもりでの指示らしかった。
いいのかな。。。と心配しながら様子を見ていたら、
案の定遠回り上、渋滞で、駅は遠くに見えるようになった。
ようやく、走り出したのだが、変な所で止めろと言った。
駅前に出るには、人込みをかき分けていたら、五分位かかってしまう。
歩けないのに、ばかもんがーーーと思ったのだが、
どうするのか様子を見ていた。
案の定、その場に小さな椅子を出して、座り込んでしまった。
駅に行くのでしょと言ったら、
すぐそばだけど、車いすを借りて来てと言う。
とんでもなく、はるか向こうに駅の表示が見えるが。。。
人をかき分け、改札にたどり着いたが、どこにいるのかと言われて、
場所を教えたら、これからは、
こんなに遠くまで職務上こられませんと言われた。
車椅子は、改札から中に入る場合の者だとも言われた。
少なくとも、タクシー乗り場までとも言われた。
謝って車椅子に乗るように促したが、
ふるふると震えていて、今にも転びそうになった。
しかし、駅員さんは、知らん顔をしていて、ただ、車いすをもっていた。
私が片方を支えたのだが、転びそうだった。
こんなに遠くにどうして、止めたのかと聞いたら、
うるさい間違えたんだと、怒鳴った。
その前に、駅員さんに、お礼を言うべきなのに、と思う気持ちと、
もう、車いすは使えないのだと言う、
絶望感のような、悲しい気持ちで一杯になった。
車いすの人達はこんなに冷たい世界で、
辛いだろうなと察してしまい、特急の中で
涙が止まらなかった。
夫の、馬鹿な行動は、なぜ起きたのか、、片目がぼやけて視力がないようだ。
それでも、ポパイという雑誌を買ってこいと言われて、買いに行ったのだが、
その夜、階下から、泣き声がしていたが、
多分、文字が見えなかったのだと思われる。
医師との会話では、ホスピスの話は出なかった。
私は、多分ずっと、彼の◯んちを見て暮らすのだと思う。
もう、生活については、どうでも良い。
なぜだか、とても悲しい。
彼の病気の事ではなく、何気なく健康に暮らしている時には、
分からなかったことが分かったから。
夫は、自分で車いすを借りて、行動をしたことが無い。
どこにいても、駅員さんが来てくれると思っているが、そうではないのだ。
私は、何度も何度も、お礼を言って、感謝の気持ちを表している。
その位、大変な労力をお願いしているのに、あんなに遠くに止めておりて、
大声で怒鳴った。
負け犬の何とかと、一緒だ。
私が困るのだが。。。
駅員さんは、車椅子を持ってきて手伝ってくれないの???。
もうそういう事が出来ないの?。
はっきりと、もう出来ませんと言われた。
それはそうでしょう。。。あんなにわがままな態度をとるのなら。。
それが、なぜかとても悲しくて、パソコンの前でも涙が止まらないのだ。
お金がないから、何とかしながら、工夫しながら、病院にたどり着くようにしているのに。
頼みの綱の駅員さんから、もう駄目ですよと言われたのがとても辛い。
私は、一人では、あの男を運ぶことが出来ない。
助けて戴いて、とても感謝をしているのに。
駅員さんを案内しながら、遠くに彼が、小さな椅子を出して、
足を組んで座っている姿を見た時、偉そうな態度と思った。
あんなに遠くから、駅員さんが来てくれたのに、お礼も言わない。。。
断られるのは、当たり前なのだ。
私がいくら努力をしても、ダメなのだ。
これからどうやって病院に行けば良いのか。。
タクシーにしたら、往復で五万円を超える。
事の重大さが、分からない男。。。
五月末に、ペット診断がある。
その時も、朝が早い。
どうしたら良いのかと考える事が、凄く嫌だ。
見捨てられたような、悲しさで熱い涙がこぼれる。
大人の男性としての、きちんとした態度がとれない病人が嫌だ。
理性をなくなさないように、今迄培った人間としての、
礼儀正しさを忘れないように。。
もう忘れてしまったらしい。
タクシーの中で、べらべらと何か話をしていたが、活舌も悪く、
少し異様な感じがした。
私には、いつも命令をするものだと思っているらしい。

義弟に、夫が動けなくなったと報告をした。
すると、返事が、あきれたのだが。。。
ああ そっちはそっちでやってくださいよ
大変だろうけれど頑張ってとか、ねぎらいの言葉があると思っていた。
義弟は、切っても切れないものがある事を忘れている。
彼は、あなたの兄であり、あなたの家系の長男だと言う事。。
冷たい仕打ちを沢山してくれたら、暖かくしてほしいから沢山暖かくしてほしい事をお願いする。
私は、あまり怒らないけれど、怒る必要がある時は、静かに怒る。
私の、一生をかけて行動をする。

以上の、二件が、私を弱音満タン状態にしている。
果たして、抜け出せるか、、。
修正出来るだろうか。。


慣れない事。。

彼が、自分で処理出来なくなってから、約一週間経過。。
段々酷くなる。
パウチの排泄や、装着は、何とかなるのだが、問題は◯ッコの排泄で。。。
肝心の所が、それらしい形にならずに、横に寝た形での、行動は無理のようだ。
その結果、ソファベッドは、惨憺たる状態になってしまった。
畳のラグマットは、かなり大きく汚れてしまった。
それをしないように、頑張ろうとして、ソファで排泄をしたようだ。
何ともかんとも。。。
食事も、ラッコのように胸の上に容器を置いて食べているが、
喉を通らないのではないかと
思うのだが。。。。
食事をする時や、排泄する時は、意識がしっかりしているのだから、
上半身を起こして、ソファに座るようにして、すれば良いと思う。

緩和ケアのお世話になる場合、例えば、今度の診察日は、
化学療法がある日なのだが、
もう、抗ガン治療は、しないと言った場合、
その後、どのような治療になるのか次第で、
緩和ケアに、申し込むのだと思う。
一応、二つの緩和ケアに、電話を掛けた。
かけたから、入る事が出来る訳ではない、
どの程度まで、家で介護が
出来るのかという課題の目安がたち、
それでもなお、必要となった場合か。。。
食事は、偏り、肉類は駄目、ご飯も少しだけ、ヨーグルト、27a77459.jpg
バナナや、いちご、リンゴの入ったスムージー、紅茶
コンソメスープ、、こういうもので、数か月過ごしている。
本人が、希望するかしないか、、後悔のない判断をしないといけない。
ただ、今とても、手がかかり、私の疲労度は、限界かもしれない。
何しろ、慣れていない。
自分自身も高齢者。。
どちらにしても、とても悲しい、何か歯切れの悪い
落ちこむ判断をしないといけない。
高齢者でステージ四の病気になると、
こういう事が起きて、判断に迷う。
看てあげたいけれど、全部は無理。
週明けに、介護関係の所に電話相談をする予定。
本人の意思は、どうなのか。。
今度の診察日に、話をすると思う。
私は、とにかくとても疲れている。
絶望のような心境があるが、夫のせいではなくて、夫のかかっている病気のせいだ。

相談の連絡をする予定。。

明日は、パウチ本体の交換をする日。。
病院では、奥さんも交換をしてみますかと聞かれたが、
本人から、教えてもらいますと断った。
しかし、本人からは聞かない。
ネットに、とても詳しく取り換え方が書かれているし、KIMG0617.JPG
YOUTUBEにも、分りやすく画像が出ている。
会話をしながら、意思を通い合わせる生活
をしていないので、
取ってつけたように、親密の様な、
連続した会話は、出来ない。
私なりに、合理的な処理を考えて、黙って交換をするようになると思う。
排出も、合理的に、手袋、色々なナプキン等、
そばに置き、お手洗いもドアを開けて置き、
便座も上げて置き、消毒剤もそばに置き、トイレロールを活用して、処理をしている。
今迄、部屋中と言うのか、家じゅうに異臭が充満して、眠れない事が続いていたが、
それも、処理次第で起きていない。
お手洗いは、以前の様に綺麗になっている。
これが一番嬉しい。
若い時の仕事は、タイプ関係や、
事務系だったが、何でもしてみたい性格なので、色々な仕事をした。
ファミレスのモーニングのコックを数年したこともある。
タイヤメーカーの工員は、タイヤの模様部分に当たるブレードの旋盤をした。
この工場では、少ないが企業年金が振り込まれてくるので、恩義を感じる。
その後は、段々年齢が高くなり、限られた仕事しかなくなった。
仕事は、趣味でしている訳ではない。
彼が、お給料を二年間もくれなかったとか、生活の為に必死での結果だ。
その一つが、掃除婦だ。
高等学校の掃除主任をした時は、新入生が必ずもう大変な状態を起こして、
こんなパウチの交換どころではなくて、四角のトイレ内が
◯◯◯のペンキで塗られている状態で、その掃除をする時、
不思議な感覚があり、どこまできれいに出来るかと考えあぐねるのだが。。
本当は、誰でもしたくないと思う仕事だ。
そして、匂いも石鹸の匂いがする位に出来ると、大変満足を感じる。
流れのように、動ける事が、綺麗にできるこつみたいなものだと思う。
コックの仕事の時も、オーダーの紙が、ずらっと並ぶのだが、それを見つめて
自分なりの手順を考えて、一気に作っていくのだが、
そこに誰かが来て、声をかけられたりすると
ガラガラと手順が壊れてしまう。
スーパーの魚屋で、三枚におろす時も、手順があり、
考えない事と、包丁の先の手ごたえと、息を吐かない事で、
三枚に下ろせたように思う。
素人なので、皆のようにひょいひょいとは、出来なかった。
パウチとの例えに、食品を出したのは、あまり良い事ではない。
例えが、悪かったと思う。
こういう感覚を、礼儀知らずと言うのだと思う。すみません。
パウチの交換が、好きという訳ではない。
私一人がそれをしている場合、替えの人がいないのは、いけないと思う。
有期限なので、頑張れるが、これを十年とか、、私がつぶれてしまう。
以前、シスターが教えてくれた、ホスピスに相談に行ってみようと思う。
彼は、左胸の痛みの為に、寝返りが打てないらしいが、
この辺は、本当かどうか分からない。
老々介護なので、用心する事も必要な手段だと思うから。。
五月中旬の化学療法と診察の通院の時、
彼自身がどういう形が良いのか、判断をすると思う。

拒む訳は。。。

昨日は、大惨事の後、リビングも、お手洗いも、事なきを得たのだが、
真夜中に、更に更に、今度は修羅場というのか。。。
寝ていたら、ゴトっと大きな音がした。
スワッ異変と、思い階下に降りたら、
かあさんかあさん 助けてと言葉にならい言葉が、聞こえてきた。
リビングを見たら、ソファベッドに居ないので、お手洗いを見たら、
ドアを開けた状態で、前のめりに倒れていた。
顔を上げる事も出来ない様子。。
頭を天面台にぶつけて、赤く擦り剝けている。
手の甲は、切れて出血。
パンツも、スエットも、下したままで、何で前のめりなのか。。
座ろうと思ったら、膝に力が入らず、倒れた模様。
痩せてはいても、体が大きい方なので、持ち上がらず、次男に声をかけた。
次男が、わきの下にてを入れて起こそうとしたら、左胸が痛いとの事。
体を動かして、呼吸をしようとすると、痛いらしい。
左胸の痛みの原因を調べたほうが良いと思うが、病院にはいかないと言う。
診察予定の日まで、我慢すると言う。
但し、起きられないので、お手洗い関係は、ベッドで済ますことになった。
パウチの処理を見られたくないらしく、布団をかけた状態で、
もそもそとしている。
見ていられないので、私がやるから、と言って布団を持ち上げたら、
案の定、入れようとしていた袋から、う◯◯が漏れていた。
とりあえず、袋に移した分をお手洗いで処理して、体に密着している
袋をきれいに拭いて消毒をして、装着しなおした。
しかし、ベッドには、流れたう◯◯が。。。。
濡れているナプキンや、消毒剤で、消毒して、着替えをするように言うのだが、
嫌だとの事。。。
目も視力が落ちて、新聞や、テレビが見えなくなっていた。
口中の口内炎は、二つに減ったが、これが何か問題の様だ。
いつまでも、皮膚が元に戻らない。
唇の乾燥からくる、ひび割れや、腫れは、ワセリンを渡した。
現在、連休の真っ只中なので、病院には救急で行くしかないと思うが、
頑なに、行かないと言う。
色々な出来事が、起きているので、ある程度の覚悟があるようで、
診察予定日に、始末を考えると言った。
何の始末なのか、多分、入院とか、これからの事かもしれない。
手術の後に、抗がん剤の治療をしなかった方が、良かったのかもしれない。
診察予定日に、また、抗がん剤点滴があるが、よく話し合うようにと言った。
若い方の場合、両の刃の抗がん剤を点滴しても、
体力が落ちても、点滴が治まると元に戻そうと言う若さがあるが、
夫のように高齢の場合、元に戻すことが
とても困難に思うのだが。。。それなら、現在の様に、
ガリガリになり、動けなくなるという状態が
そのまま続くと考えたほうが良いかもしれない。
つまり、その状態は治りにくいのだと思う。
今の、夫は、ほぼ寝たきり状態に近くなった。
お小水も、寝たまま、簡易的に袋にするしかない。
私は、体を拭いてあげたりの他に、おしっこの始末、
パ◯◯◯の始末もしないといけない。
その他に、食事や、気を使うことが多い。
買い物に出るのも、早く戻ってきてと矢の催促だ。
私がそれをやり遂げられる、スーパーマンなら良いが、
まったく、違うので、困っている。

彼、曰く。。

今朝は、昨夜とは違う心境で目覚めた。
薬を飲みなさいと言われて、とても嫌だったようだったが、
その結果、体調がかなり悪くなり、動けなくなっていた。
それが、薬を服用したら、起き上がれるようになり、
彼は、少し自信を取り戻した模様。。
朝の、スムージーとか、紅茶とか用意をして持って行ったら、
リビングの床に
茶色の液体が置いてあった。
思わず持ったら、そこに置けと言う。KIMG0614_2.JPG
深く詮索すると、うるさがるので、
気になったけれど、自分で処理したいのだなと
朧気ながら感じた。
何となく、元気そうに見えたので、
安心して、私も、コーヒーを入れて、
自室に戻った。
少ししてから、階下から、
かあさんかあさんと連呼する声が聞こえた。
大変だ――来てくれーーと叫んでいる。
声は、とても元気そうだった。。。
降りて行ったら、まあ大変な大惨事。。
本人曰く、大惨事だと。。。
みたら本当に大惨事でした。。
どこもかしこも◯◯◯が散乱。。
処理をしようと頑張ったらしく、新聞紙や、チリ紙が散乱。。。
匂いも散乱。。
本人は、階段に座り、べしょべしょ状態。
一言で言うと、見ていられない。。
あまりにも酷いので、笑ってしまった。
幸いにも、掃除の仕事をしていたので、そういう状態を何度も経験していた。
処理は、合理的にすることが出来る。
しかし、本人を洗うことが出来ない。
着替えも、何度もパ◯◯の爆発で、品薄状態。
立ち上がらせて、靴下を脱がせたりしたが、凄く痩せていた。
髪の毛も切りたいのだが、そうすると何だか、何かの準備のようにKIMG0607.JPG
思えて、躊躇してしまう。
髪の毛は、落ち武者の様相で、別人のようだ。
長男の時と、同じような状態なので、凄く気になる。
体を拭いて、頭も綺麗にした時、長男は倒れて。。。。
あの時のように、なってほしくないのが正直な心だ。
処理後、飲み残しのコーヒーを飲んだが、
暖かな時のあの美味しいコーヒーではないのは、
勿論だが、、味がしなかった。
しょうがないね。。。
私よりも、本人の方がきっと辛いはずだ。。