思惑。。。

今朝は、肌寒くて、おまけに小雨がぱらついていた。
これから、15分位(順調に行けば、、)自転車に乗る。
前夜に、買い物に行った時、荷物を前かごに乗せようとしたのだが、自転車が倒れてしまった。
そのせいか、何となく、右に偏っているようなハンドルで、とても乗りにくい。
ガードレールの中で、何度も偏り、こすりそうになった。
自転車での、通勤は今年一杯位が、限界かもしれない。
危ないと言う事で。。。
普通に一日が始まり、日常が過ぎていくのだが、永遠と言う訳ではない。
日々、上書き修正のような事が起きる。
空き実家の片づけをしていて、亡き兄は、後を濁さずの精神で、兄の部屋の中は、余分な物が捨てられていた。
しかし、一階の台所とか、母親の部屋は、何もかも捨てるような感じとなっている。
ゴミと化した日常の品々が、どうにもならずにゴミの袋に入っていく。
片付けながら、我が家の場合は??と考えてみたのだが。。。
もう、半端ではなく、ぐったりと気持ちが塞いでしまう。
これを今から片すとしたら、さて、どうするのか、さあ次はどうするかと考えるが、意外に、あまり執着心がないので、ポイポイと捨てられるようだ。
ただ、どうしても、手が出ずに、見上げては考えてしまうものがある。
もう、十年以上前の出来事なのだが、同居人の悪友で、未だに居酒屋で逢瀬を重ねている男がいるのだが、例のシアリスを同居人にあげたと
嘘をついた男なのだが、その男が、ある宗教をしていて、同居人を引きずり込んだのだ。
その頃は、長男もいて、私は子育てと介護で大変な毎日だった。
どうして、同居人はその宗教に入っていったのか分からない。
二人で行こうと言われて、その場所に行った。
都内のはずれにあり、小さな山のような場所の上にその場所はあった。
優しい先生で、お昼をごちそうになり、様々な飾り物を受け取り、その場所を後にした。
神道であり、一日と十五日に、お榊を取り換える。
毎日、ロウソクを建てて、小さな本の中の口上を唱える。
かけまくも、、、で始まる。
私が家に居たので、その挨拶は毎日した。
長男が具合が悪くても、お世話をしていた。
その合間に、同居人は浮気をしていて、そのお世話を今思い返しても、五回位しかしていない。
矛盾をしていると思いながら、触らぬ何とかに祟りなしというのだが、もう、持ってきてしまったからしょうがないと思い、お世話をしていた。
その頃は、夫婦という観念があり、相手がする事だから、従おうと思っていた。
今は、まったくその意識がないのだが、もっと前にそう考えるべきだったと思う。
その宗教をなぜ、この家に呼んだのか、、未だに分からない。
私が、お世話を止めたきっかけは、家に女性を入れて、その神棚のある私の部屋を使ったからだ。
それ以来、見向きもしていない。
もう少ししたら、同居人の部屋に移そうと思っている。
悪友は、同居人がまったく祝詞を上げたりしていないことを知ったらどう思うのだろう。
お伺い日という日に出かけた事が、数度あるが、先生のお話を聞いている間、さも感服したような仕草をしていて、うんうんと頷いたり、感動した素振りをしたりしていた。
それでいて、ロウソクを建てて挨拶をしたのは、五回位。
背筋がぞっとするような、得体のしれない感情の持ち主だと今は分かる。
今は亡き、優しい先生の場所にお返しをするべきなのだと思う。
会費も払わず、お掃除にも行かず、年祭にもいかず、先生のご仏前への挨拶も行っていない。
部屋の片づけの度に、どうするのだろうと考える。
私が何かの行動をするのが今迄の通例なのだが、今回は私の役目ではないと思う。

雨の日模様。。

仕事先で、もめ事が多くて、気が滅入る。
自分には関係がない、と思えばそうなのだが、一人の作業であれば、それで良いのだが。。。あの場所には、仕事をしに行っていると思うのだが。。
様々な思惑があり、それを気にするのはあまり良いとは言えない。
やめる訳にもいかないし、、しばらくは様子見で過ごす事にした。
年末ごろに、何かの変化があるかもしれないが。。
人が、集まり何かの作業をする日常は、それなりの関係性が生じて、面倒くさい。ホント。。。
もう、三年目の仕事場なので、見えすぎてきたらしい。
仕事中の合間に、ハンディのある二人のおどけた写真を撮った。
洗剤のボトルを手にして、ダンスをしている所、、、二人共、とても可愛い顔をしていて、心が和む。
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先日の、横浜への小旅行は、とても楽しかった。
もう一度、八月の中頃に行くことになった。
今度は、元町を中心に歩くことになった。
時間がもう少し早ければ、例えば、五時過ぎに行動しているのなら、もっと色々と観る事が出来る。
その状態は、到底叶わない。
やはり、相手が家を出てから、電車に乗るしかできない。
もっと自由に、あとどの位この世に居られるのか分からないのだから、自分の思うように行動したい。
同居人も、あとどの位この世に居られるのか考えているらしい。
いられる間は、好きな事をして日常を送りたいのだと思う。
その邪魔をしないようにする。
家庭とか、妻とか、忘れても良い。
四十六年間も、様々な出来事を経験しながら、家庭を考えていたのは、私だけの様だ。
その考えを無くすことにした。
とても、軽くなり、明るく過ごすことが出来る。
仕事場の出来事も、大した事ではないと思う事が出来る。
幸せを感じるという気持ちは、一瞬であり、すぐに消えてしまう。
感じる気持ちは、とても大切だ。
それは、大金を手にしたからではなくても、例えば、トイレでの用事が簡単に済んだ時とか、朝、目覚めた時複雑な感情ではなかった時とか、
自転車で通勤中に、細いガードレールで、走行している時、対向自転車の人が、道を譲ってくれた時とか、スーパーで、扉を手で押さえて私に通れるようにしてもらった時とか。。。
こういう感覚は、年齢の為かもしれない。

長姉の鬱が酷くなったらしい。
何もしたくないと言っているか、多分、七月に納骨は無理かもしれない。
予定はたてても、その通りにはなかなか、、、うまくいかないものだ。
この気候は、体調にあまり良いとは思えない。
同居人が先週あたりから、空咳をしていたが、いよいよ本格的に、咳が酷くなっていた。
口を聞かない状態なのだが、ついに、クスリクレと言ってきた。
私の、風邪薬を渡した。
勿論、何も言わずに渡した。
もう、何かいう事がとても面倒で、でも、ご飯とか、お弁当はちゃんとしている。
別々の部屋で過ごしているが、とても心地よい。
テレビのチャンネルを数秒ごとに変えるという、イライラとした動作を見なくて良いので、心が落ち着く。
喉風邪らしいが、病院に行かなくても大丈夫なのか、分からない。
熱はない模様。。。
家の中にいる時は、窓を少し開けているし、マスクをして、部屋にご飯を運んでいる。
何しろ、こちらも高齢者なので、風邪をうつされたら、あんぽんたんである。
予防をするしかない。
(ふと、喉の〇病があるとの情報が頭をかすめたが、まさかね。。。)
油断大敵なのだが、こればかりは、気が付いたら熱が出ていたとか、喉が痛いとか伝染する。
仕事場に行く途中の,雑木林が大好きなのだが、雨の時は中の状態が変わる。
葉っぱが茂っているので、雨の落ち方が緩やかなのだが、あちこちに、白いカビが沢山繁殖している。
扁平な白いものの塊がある。
匂いも、いつもの葉っぱの匂いではなく、少し、鼻につくような匂いがする。
やがて、雨が止めば、そのカビも消えて、いつもの雑木林になるのだが、雨模様の時は、様々な変化が、生き物にも、どっしりと構えている
雑木林にもあるようだ。




びっくりの意味。。

南の国の人は、かーーッとなり、怒るが、割と早く元に戻る。
いつまでも、ねちねちと考え込まない。
但し、怒り方が凄い。。。。
体を震わせて怒る。
いそがしですかの彼女が、早退した。523.jpg


相棒のハンディのある女の子ともめた。。
どちらも、相手を思いやらず、自分の考え方で相対している。
彼女が早退した後、一人で黙々と働いているハンディのある女の子。。
近くに来たので、声掛けをしてみた。
反応は、元気がなく、顔色が青白かった。
覇気がなかつた。
いつもの場合、表情があり、目つきが明るかった。
この子と、どのように一緒に働くのが良いのか、、私には判断が出来ない。
ハンディのある子が、彼女の指示に従わず、物に当たっていたから、彼女が、体や、手が震える位怒ったのだが、
物に当たっている所をみたら、言い含める事を繰り返すしかない。
それは、大変ストレスを感じる作業であり、関わらないほうが無難であるのだが。。。
ハンディのある女の子の、対処しきれない状況が、顔つきに現れていて、帰宅してからもふと気になる。
働く場所については、理解のない人があまりいないような仕事場であれば良い。
私自身の亡くなった子供を思い出すと、重なり、可哀想に感じる。
私と同じ仕事をしている年齢の高い人も、少しストレスを感じる人だ。
〇〇の事、〇〇(私の事)さんが言っていたと、言っといてあげたよ とか、〇〇の事で、大変迷惑をしていると言ったんでしょというのだが、
私は、自分の事をモップと思ってほしいと言う位、関わりが嫌で、自分自身の発言は、言葉を選び、なるべく関わらないようにしながら、話をしている。
迷惑とか、自分勝手な発言は、もう何十年もしたことがない。
同じ仕事をしている人は、75歳で、耳が少し遠いのも、凄く驚くのだが、驚くというより、75歳位で耳まで遠くなるのかと、がっかりするのだ。
考え方も、人の迷惑とか、思いやりがなくて、言ってしまえば良いという感じだ。
その言葉を伝えると、相手がどのように判断するのか、考えて言葉を選び、話をするはずなのだが。。。
老化とは、こういう風に忍び寄るのだ。

気が付いたら、歯が抜けていたという事を経験しているのは、私よりも二歳若い友達だ。
一緒に横浜に行った時、前歯の下の歯がないのに気が付いた。
どうしてないの?と聞いたら、自然に抜けたと言うので、びっくり。。。みいちゃん3.jpg
奥歯もないと言うので、更に更にびっくり。。
歯根はあるらしいので更にびっくり。。
治療をしないと、歯根が悪さをすると思うのだが、、、素人考えか。。。
そういう私自身だって、若い訳ではないし、自転車通勤をしているが、乗っている時に、振り返る動作をしなくなった。
同居人が、空を見上げただけで、自転車ごとひっくり返るという、離れ業をしたからだ。
車の往来の激しい道路では、一直線を見つめ、交差する道に来たら、右左を見て、ただひたすら、ゆるゆると走り続けて、仕事場にたどり着く。
そんなに用心していても、横断歩道にたっているだけで、車が突っ込んでくる世の中だ。
辿り着いた時は、本当に安心する。
一つ難関を超えたと思うのだ。
次は、仕事場での対処で、部屋数30から40室の床を掃除機で掃除、タオルモップで拭き掃除、ベッド内を掃除機で掃除、掛布団を整えるという作業をする。
休憩時間は、昼の一時間のみ。。
きついけれど、誰かが、早くしなさいとか、追い打ちをかけるような言葉をいう訳ではないので、自分の流れで動ける。
その作業も、そろそろ辞め時かなと思う。
体を壊してまで、働きたくないから。。。作業的には、本当にキツイ。


歯があるなし。。

仕事先の施設で、其々の方の歯の状態を垣間見るが、総入れ歯の人が多いように思う。
総入れ歯になる時期は、いつ頃だったのか、伺ってみたいと思うのだがしていない。画像
私の年齢では、まだ、歯がある人が多いのかもしれないが、姉のような80代に突入したらその頃に、抜け始めるのだろうか。
歯のかぶせものが取れて、ついに出かけた歯医者さん。。。。
神経を抜くことになり、その治療が始まった。
麻酔を二度に分けて注射をした。
一度注射をして、少し時間をおいて二回目をした。
痛みはそんなになくて、拍子抜けした。
歯も、老齢化して、痛みも老齢化しているのだと思う。
私の脳裏には、入れ歯入れ歯、嫌だ嫌だと、、、そればかり考えていて。。。
先生が、手前の歯と一緒に何とかしましょうと言っていたが、舌先で削ったところを触ると、あの歯の形状がないので、二つをくっつけてするらしい。
五万円かけると、セラミックとなるらしい。
本当は、セラミックが良いのだが、保険内で済ますかもしれない。
前歯のかけている部分についても、話をしたが、原因については話せなかったが、同居人が出て行こうとした私の両肩をもち、リビングに押し倒した時に、顔面を床に打ち付け、前歯が欠けた。
前歯が、ぐんと頭蓋骨にのめり込むような衝撃を受けた。
前歯部分が歪んだように感じ、糸切り歯が飛び出したように感じた。
唇の感覚がなくなり、気が遠くなった。
耳の辺のかみ合わせが口を開けるたびにガクンと小さく動く。
出て行こうとした理由は、とにかく暴れて、床を叩き、喚くので、逃げようとしただけなのだが、それを阻止したかったようだ。
あの時の、恐怖は癒えない。
いつか、突然、嫌になり、義務感も、慈悲感も消えたら、この関係は終わる。
それよりも、今は、歯が大切である。
どうにか、前歯の修繕もしてもらいたい。
以前、塗り込んだ部分が、剥がれて欠けたようになっているが、その奥に根っこのついている歯が隠れている。
少し欠けているようだ。塗り込んだ部分をさらに、塗り込み隠すらしい。
願わくば、、、、色を少し明るくしてもらいたい。
クレジットカードが使えれば、ショッピング枠で払えるのだが、自費のみの支払いの場合らしい。
38年も、前のかぶせものが未だにあるとは、もう少し気を使うべきだったか。。。
あの当時、五か月目の頃、歯が痛くて名古屋の歯科医院を訪ねた。
先生に、妊娠をしていると告げたら、凄く早かった。
一気に数本の歯の治療をして、あっと言う間に、かぶせものが出来て、装着された。画像
とても腕の良い先生だったのだと思う。
あの地方に、8年間住まわせてもらった。
医療関係や、障碍児関係は、とても良心的で優しく、暖かな人柄の人が多かった。
長男の歯の治療は一度だけ、軽い虫歯の治療をしていただいた。
その歯医者さんは、障碍があっても受け入れてくれた。
長男は一人で診察室に入るのだが、数十分後、先生が汗だくになり、長男と出てきた。
先生が、どうしても口を開けてくれないので、今日は終わりにしましょうと言った。
帰り道、今度はちゃんと口を開けるのよと、話をしたら、次の時には、口を開けて診療が終えた。
あの地方を思うと、両手をあわせて感謝をしたい位、心が飛ぶ。
あの当時の、私の歯のかぶせものは、これで消えていく。
奥歯のかぶせものも、実は、歯茎にのめりこんでいる感じがする。
丹念に、歯磨きをしても届かないので、ここもとるのだと思う。
また、神経をぬくのかなと不安はあるが、ぐらついている訳でもないし。。。
キーボードを叩いていて、ふと手が止まったのだが、何かを考えていて、その訳が分かった。
こうして、過去の何かを脱ぎ捨てて、何も振り返らないで、生きて行くのが私なのだと思う。
次は、何を捨てるのだろう。





余計なお世話。。

昨日の朝の歯磨きで、30年以上前の歯のかぶせものが取れた。
歯ブラシが重いなと思ったら、銀色のかぶせものが付いていた画像
二男の妊娠時に、虫歯が悪化して、五か月頃に治療をした。
それ以来なので、38年前か。。。。
手前の歯は、昨年外れて、型をとったまま放置した。
細長く、白い歯が見えているが、何となく行きたくなくてそのまま。。。
歯の治療をする時に、私の唇に指をのせてかなりの圧力をかけるので、
唇が痛くて、冷や汗が出てしまった。
それを痛いですと言えない雰囲気があり、次はどうしようかなと思案した。
それで、月日が経過してしまった。
しかし、今はそれどころではなく、二つも歯が壊れてしまっているから、型をとったままの歯医者に行くしかない。
パート先には、お休みの連絡をした。
金曜日は、とても仕事量が多くて、歯が痛いと出来ない。
一週間に一度の頻度で金曜日の仕事をする。
それ以外の二日間は、自分だけが、持ち分の場所なので、掃除の仕方に予定が建てられる。
金曜日は、もう一人の人と、共有部分だ。
一週間後に行くと、色々とある。
今週、彼女は、お休みをしたらしい。
すると、今日は行かないといけないのだが、思うように体が動かないと思う。
こういう場合もあると思うしかない。
彼女とは、電話で話をする時もあるが、あまり、良い感じが持てない。
施設で、掃除や、シーツ交換の時の問題が、発生しているが、詳しく書けないが、その渦中に二人はいる。
上司に相談は、私自身は考えていない。
掃除の一環として、少し増える部分を彼女は、嫌がっている。
私は、流れでしてしまえるので、仕事の一部だと考えている。画像
上司に話をしたらしいが、私の名前を出して、話をしたようだ。
言っといたからね と言うのだが、私は、言ってほしいと言った事はなく、様子見にしようといっていたのに。。。
こういう事か、様々なもめ事となる。
そういう事が起こるかもしれないと思い、パートを始めても、彼女とは、一年以上、顔を合わせる事をしなかった。
掃除を仕事として、通っているので、どのような仕事がきても、それが掃除の一環であれば、するしかない。
ベッドメイクとは??私の考え方と彼女の考え方が違うので、話がちぐはぐになる。
少しでも、負担をなくしたいと思っているのだと思うが、私の長年の掃除人生(ちとオオバーーかも)では、
掃除を楽に感じた事はない。
楽をしようとしたら、掃除が出来ない。
ベッドの枕の周囲の汚れだけとれば良いと、言われても、やはり、布団も横になりやすいように、手を伸ばせばすぐに首の辺まで手繰り寄せる事ができるように、三つ折りにしておくのだが、それは、違う分野の人がする仕事だからと言う。
足元の部分にも、汚れがあり、布団は動かす事が多いはず。
すると、直すしかないのだと思うのだが。。
意見の交換は、しない事にしている。
どちらかが、見下ろすような発言となると、後が面倒である。
年齢が私よりも、少し高い。
私が、彼女の年齢になったら、やはり、きついなと思うのだろう。
十年前の私は、元気だったが、今の私は、かなり老化が進んでいる。
その更に上を行くのが、彼女なのだろう。
何かを言いたくないし、人は人だと思う。
昨日、いそがしですかの彼女が、内緒よ、言わないよ、わかてるか?と変な言葉を言ってきたのだが、
トイレの中に入り、ひそひそと言ってきた言葉は、こちらまで、気持ちが暗くなった。
私よりも年齢の高い彼女の噂話だった。
あるお店の常連の彼女は、そのオーナーと懇意にしていて、高年齢の彼女の生活についての暴露であった。
75歳で、来年仕事を辞めると言っている゛、辞められないはずだと言うのだ。
その理由は、公的年金の資格がないので、支払われていないそうだ。
アパート代とか、生活費がかかっているから、辞められないのだそうだ。
どうするのか、、、もう少し働いていた方が良いのではと思うのだが、どうにもならなくなったら、生活保護を受けたら良いと思う。
今迄、あまり病気もしないで、よく生活出来たと思う。
世の中には、お金が沢山あっても、病気になり、思うように生活が出来ない人もいる。
それを思うと、元気に働けたらもう少し働いたら良いと思う。
旦那様は、86歳で、少し生活が心配らしい。
ガスの火の処理とか、危ない時があるらしい。
旦那様の年金については、知らないが、仕事を20か所位かわっていると話をしていた。

私の場合は、分からない。
もし、クレジットカードの支払いが終わったら、家にいるようになるかもしれない。
支払いがなかったら、つましくしていれば暮らしていける。
先日のお給料日に、確かめたら、いつもの金額よりもかなり多く入っていた。
多分、罪の意識からだと思う。
私は、お金を見て、にやっとしたのだが、すぐに、お仏壇にお供えをした。
少し、少し、感謝の気持ちが湧いたから。。
現金な気持ちだが、お金さえあれば何も文句は言いません。
パート先の年齢の高い彼女は、辛いだろうなと思う。
アパート暮らしだと、話をしていたが、生活保護を受けたら良い。
今のパート代よりもずっと多くなるし、健康保険代も払わなくてよくなる。
医療費はただになる。
旦那が、認知症になっても、きっとやっていける。
男次第で、運命が激変する女の立場って、悲惨だなと思う。
自分の人生だって、ままならないのに、人様の事は余計なお世話ね。。。。。


作戦失敗したの?。

空き実家に、出かけている回数は、4回位か。。。
その内の土曜日だと思うが、高齢者の免許更新をしたくて、実家のそばの教習所に行った。
その時に、ここで更新すると便利だから、ここでしたいが。。。と話をしていた。
しかし、その日はお休みだった。画像
私に、今度電話かけて、シニアの更新をしてくれるか聞いておいてくれと、何度も言った。
うるさいなと思ったのだが、ネットで見ておくから、と言ったら、まだ9月まで日にちがあるけど、予約をしたいとの返事だった。
予約は、自分の都合の良い日にしたら良いと答えた。
その日から、数日後、お弁当を作らせて、それを手にして会社を休み、その教習所とは違う、かなり遠いスクールで、免許の更新をしていたのだ。。。
分かった原因は、部屋に落ちていた紙切れから。。。
そのモータースクールの領収書でした。

その日に帰宅したら、受けてきたよというはずではないのかな。
それ以前に、今度教習を受けにいくわ。。。土曜日だったらやってるよなとと独り言のように言っていたが、その時にはもう、受けていて、更新しているのに。。。
領収書の更新日から、一週間経過している時、おれ受かるかなーー大丈夫かなーーと言っていたが、、おい!!。
受けてきた日に、いつもの時間に帰宅しているのもおかしいのだが、何もいわないのもおかしいと思うが。
会社に行ったの?と聞いたら行ったよと答えて、教習所には間に合ったの?何時からだったの?と、考える余地なしに質問したら、三時に会社を出たと言ったのだが、二時間以上かかるのに三時?といったら、
12時頃出たと言い、それじゃお弁当はどうしたの?といったら、すぐに食べたと言い、、。
その後の慌てぶりは、見苦しかった。
きっと、素知らぬ顔をして、真面目に会社に行っている振りをしていたのに、ばれた事が恥かしかったのだと思う。
教習所にいくと言って、その開いた時間を何かに使いたかったのだと思う。画像
そのような小細工はしなくても良くて、自由に今日は出かけるよとか、デートするよとか、休みを取って出かけて来るよとか、言ってほしい。
お弁当を食べないで、こっそり捨てているかもしれないとか、考えてしまうと面倒だ。
本当は、お弁当を作るのを止めたいのだが。。
お弁当は、刺激しないように今日は材料がなかったとか、理由をつけて作らないようにしていく。

私の前では、絶対に浮気なんかしていないと、床を叩いて泣き喚いたことがあるので、裏で分からないようにしていたのに、ばれてしまい、小細工をした意味が無くなってしまい、うろたえているらしい。
家で、音をたてないようにして歩いていて、鉢合わせした時に、なぜ音を立てないで歩くの、気持ち悪いよと言ったら、おどおどとして、男らしくない一面を見せていたが、、、、。
もし、その領収書を見ていなかったら、知らない事になるから、今から予約した教習所にいってくるねと言って玄関を出たら、行ってらっしゃい気を付けてねと言って送り出していたと思う。
ばれてしまい、残念でした。
私は、同居人の裏の面を証拠付きでみたので、何かの行動を起こす時、後ろめたく思わないで済むので有り難い。

今迄の、様々な行動から考えると、何となく分かってきた事がある。
もし、他の女を好きになったら、離婚をするはず。
この考え方は、女性の考え方に近いかもしれない。
男性は(同居人は)、もし、その女性と結婚をと考えた時、現状の今妻と一緒の生活形態が相手が違って始まるだけで、
それでは、何の刺激にもならず、繰り返しが始まるだけで、もしかしたら、反吐が出る程避けたい事なのではないか。
今の家庭を温存しておいて、性的な欲求を満足させる相手と、家庭とはまったくかけ離れた場所や、空気や、ときめき感で満たされたいのだと思う。
伴侶を騙して、信じさせて行動して、帰る家を確保しておいて、そこで体力温存をさせて、更に、高みへ。。
ご苦労様です。

病気の体である事の自覚が足りない。
余計なお世話かな。。




初夏のココア

介護の仕事をしている古い友達と、横浜に出かけた。
二男の小学校時代の友達で、県民の日等に、子供たちと遊びに行く事があったのたが、卒業以来、時々、カラオケに行ったりしたが、この数年の間、連絡し合う事がなかった。画像
パート先と少し関わりがあり、相談のような感じから、連絡を取り合うようになって、先日、遊びに行こうかとなり、
横浜に出かけた。
彼女は、十数年前に一緒に横浜に遊びに行き、ニューグランドで、ココアを飲んだ事が、印象にあるようで、
また、飲みに行こうと話あった。

小さな旅行と言えるかもしれない。
電車の切符や、軽い食事ができるクーポンを駅で購入した。
この小旅行らしい事を考えたのは、一か月前で、その頃にパンフレットを見ていて、軽い食事の頁に、ふかひれのスープがあり、それにくぎ付けになった。
理由は、初めて食べるからだそう。。。私は、一度食べた事がある。
何しろ、貧乏人なので、ふかひれのどこが美味しいのか分からない。
ふかひれがメインの旅行みたいだ。
電車も、時刻表もみないで、来たら乗れば良いという感じ。
横浜について、中華街の大きな門をくぐり、ふかひれ、ふかひれと言い続けて歩いていたのだが、途中で、様々な小物のお店があり、店頭の布で作られた小物を見ていて、気が付いたら、お店の中にいた。
小さな、唐辛子のキーホルダーや、裏布もついている小物入れとか、緑色の何かの石のリンパマッサージとか。
御香の線香の前で、かなり長い間、香りの事で迷った。
それも、ようやく購入して、彼女が私に一つプレゼントをしてくれた。画像


そのお店を出たら、手相のお店があり、ここは、後で寄ろうと、先を急いだ。ようやく、ふかひれのお店を見つけた。
小さなつくりであるが、昔を思い出した。
中に入ると、やはり、若かった当時、ふらっと入って、食事をした頃と同じような雰囲気のお店だった。
クーポンを見せて、注文をしたのだが、ちょっとがっかりであった。
ふかひれが、とても小さくて、杏仁豆腐も、小さな容器に少しだけ、クコが二個入っていた。
本当は、餃子とか、チャーハンとか、一緒に注文したかったが、彼女がこれだけで良いというので、あっという間に食べ終わってしまった。
スープを残そうかと考えていたら、お店の年配の女性が、スープを全部飲んでねと、声をかけてきた。画像
私達の顔色を見ていて、がっかりした様子を感じていた。。。。
私達に背を向けながら、話を聞いている感じだった。
ふかひれの味は、私はあまり好きではない。
匂いが気になる。
そのお店で、餃子が食べたかった。昔のように気軽に。。。
その後、例の手相のお店に行った。
1000円で鑑定してくれるそうだが、果たして。。。
私の手相は、若い時は、三つの線が繋がっている珍しい手相で、立志伝中の人によくある手相だそうで、(今を思うと違っていたと言う事。そういう事に一切縁なし。)二十代の頃とはかなり違っていて、小指と薬指下の線が残っている。画像
この線は、何かの商売をすると良いというのだが、例えば?と聞いたら、立ち飲み屋が良いのだそう。
あり得ないですね。。。飲めないし、酔っ払いは嫌いだし、人と話すのが面倒だし。。
人との関わりが出来ないからと言ったら、しようと決心したら、出来るのだそう。。。
まあ、どうても良くて、この年齢だし、意欲もないしと話をして1000円を払ってお店を出た。
こういう事について、少し興味を持つのは、まだ、何か仕事をしたいとか欲望があるのだと思う。
宝くじが当たったら、一切の仕事をしないが、当たらないからしょうがない。
お金の事も言われたが、お金を貯める事が上手のはずだが、それを使う相手がそばにいるそうだ。
私自身の話はしていないので、へへへーーーと同居人の行動を思い出して当たりか。。。と納得。
お遊びで楽しかった。。。

大きな門を出て、ホテルに直行。
念願のココアを注文した。
この時も、サンドイッチを注文したいと思ったが、ケーキのセットにした。
やはり、ココアが美味しい。
冬の寒い時に飲んだココアは、とても暖かかった。画像

初夏のココアは、あまり暖かくなかった。
もしかしたら、気候に合わせて、温度調節をしているのかもしれない。
その後、桟橋に出て、シーバスに乗った。たった15分位の船旅であったが、新鮮な気持ちで一杯になった。
普段と違う行動は、何かの起爆剤になるみたいだ。
駅で渡されたパンフレットには、ふかひれの他にも、とても美味しそうなお店が沢山掲載されていたので、今度は、このお店にしようと話をしながら、帰宅した。

どちらが先。。

同じ清掃作業をしている,仲間がいる部屋での休憩をしなくなって、あまり日が経過していないのだが、
違う階の和室での休憩は、とても気持ちが落ち着く。画像
元々、一人でいるのが好きなので、それが叶っているから。。。
三日ほど前に、朝からラインが頻繁に入り、いそがしですかの彼女からで、新しく入った老齢の男性がお休みを
ているので、下の部屋にきたらという誘いだった。
一人多いと、窮屈な部屋となるので、一人いないから大丈夫ということらしい。
あまり、頻繁にラインがくるので、彼女たちのいる所で食事をした。
やはり、あまり休憩が出来ない。
ハンディのある男の子は、すぐそばのソファに大きな体を横たえている。
もう一人の女の子は、風邪をひいていて、タンの絡んだ咳をしている。
また、移るのかなと心配になって、やはり、これからは、上で食べようと思っていたら、忙しですかの彼女が
時間になったので立ち上がった。そして、私の横に来た。
何をするのかなと思っていたら、いきなり、私めがけて、咳をゴホンゴホン、、、と五回位したのだが、
意味不明で、咳をして、くるっと出て行った。
何だ今のは。。とにかく意味不明。。
部屋の外に出てからも、ゴホンゴホン、、と何度も咳をしている声がした。
ハンディのある女の子の、咳は重症で、喉の奥から痰が絡んだ咳で、内臓が大丈夫なのかと心配になる。
いそがしですかの彼女は、また、ハンディのある子が、風邪をひいていておかしいよと言うのだが、私の考えでは、最初は、あんたでしょと言いたいのだが、一番初めに、喉が痛いと言い始めて、繰り返していて、喉の奥に白いのがあるが何だろうと言うのだが、
病院に行きなさいと言って、薬を飲んでいたが、治らず、とうとう、首のリンパ腺が腫れて、咳も止まらず、
マスクをしながら、掃除をしていたが、その事があってから、今度は、ハンディのある女の子が、首のリンパ腺が腫れて、数日お休みをしたではないか。。
その時から、二人で交互に喉風邪をひいていて、この頃ないなと思っていたら、また、二人でゴホゴホやっている。

以前、お弁当を広げている私の前に来て、すんごい咳をして、私の髪の毛がふあっと、たなびいたが、、、。画像
その後は、すぐに喉が痛くなり、熱はなくて、声が出なくなった。
施設に休みの電話を入れる時に、大変困った。
何を言っているのか分からない位、ひーひーというしわがれ声だった。
耳鼻科にすぐに言ったので、治りが早かったが、熱がでなかったので、良かったらしい。
風邪をひく事は、あまりなくて、二年か三年に一度位なのだが、あの休憩室にいたら、多分、何度か引くかもしれない。
あの休憩室というよりも、今の時期は、そういう風邪が流行っているのも確かだが。。。
ても、用心する。。。
高齢者なので、若い人のように抵抗力がないから。。
ネットで、調べてみたら、扁桃腺の炎症を何度も繰り返していると、リンパ腺が腫れたりするらしい。
扁桃炎は、喉に白いものがつくらしい。
一年に何度も喉風邪をひく場合、慢性の扁桃炎になるらしい。
二人共、きちんと治しておかないと、、、、でも、若いから、大丈夫だ。
問題は、私ともう一人のパートのお婆さんが気を付けないと。。。




変わっていく心。。

甥っ子と、ラインをして、甥っ子のオカア(次姉)と、オトウの話をして、ずっと昔の頃の話をして、
落ち込む自分を感じたのだが、意味がない事だと思う。
この頃刹那的な感情があるのだが、その年頃なのかもしれない。画像
施設での、行動もただ掃除をしているだけで良いのなら、楽なのだが。。
この頃、新しい入居者が多くて、其々の癖のようなものが把握できていない。
簡単な事なので、例えば、窓を開けると嫌がるので、ドアを閉めて掃除をしていると、ドアを開けた途端に凝視。。
動いている間、振り向き、乗り出し、じっと見る。
認知はなく、普通に話をしているようなので、何かの不満を感じていて、何かを言いたいのかもしれない。。
働く意識が、外の世界とは違う。
人間相手で、しかも、或る程度意思疎通が難しい環境で、無関心が良いらしい。。
そういう処で働くのは、面倒なり。。。。
面倒に感じ始めると、辞めたいなと思う。
でも、次がないから、辞められない。
同居人にその話をして、相談をしたいが今迄も、そういう深い内容の話は出来ていない。
真剣に、話し合う事もしたことがない。
私自身の深い部分での考え方は、口には出していないが、辛辣かもしれない。
妻に、掃除の仕事をさせる夫は、ロクでもない人間だと言う事。
夫自身が、モップを持ち、衆人環視の中で、動けるのなら合格だが、殆どの男は、それが出来ないはずだ。
自分が出来ない事をやらせる事を女房不幸というのだ。
以前の、高校での掃除等、よく平気でさせたものだと思うが、そういう人間だから平気だったのだろう。

なぜだが、同居人は、音もたてずに家の中を歩く。
階段は、特に音がしない。
ベッドから降りて、部屋から出る時も、まったく音がしない。画像
鉢合わせをする時があり、びっくりする。
その時に、何で、音をたてないのと聞く時があるが、今回は、聞いた後、気持ち悪いよと言ってしまった。
すると、おどおどとして、それがまた、何となく不安にさせる。。。
もう、修復は難しく、いかに波風を立てずに共存していくかという段階だ。
私が、苦手なのは、もしかしたら、人間様なのか。。。
仕事場でも、家でも、逃げ出したい位面倒だ。
心の中の苦しさから、逃れる為には、更に更に進むしかないようだ。
必要なはずの感情が、消えていく。。。
大切にしていた何かだったような気がするが、感情が湧かない。

そうなのかな・・・

今のパート歴は、三年目に入る。。
週三日で、同じ作業を同じ時間経過で通している。
少しも、変化がなくて、ただ、きちんと掃除や、ベッドメイクをするだけだ。
飽きたという感覚が、だんだん出て来て、休みになるとほっとするのだが。。。
いそがしですかの彼女の家に行った時、通り道に大きな、老人ホームがあった。
様々な報道があったりする、大きな施設なのだが、そこで、身の回りの世話をするというのか、
サポートをするという、パートの仕事の募集をしていた。
時給は、最低賃金よりも少ない。
掃除もするらしいが、お風呂に入る人の着替えの服を揃えたりする仕事らしい。
同じような仕事につく気持ちは、あまりないのだが、興味を覚え、電話をかけて募集要項の詳しい内容を
聞いてみた。
年齢は大丈夫で、面接を受けますと言われたが、念のために、同じ仕事の人が何人いるのか聞いてみた。
6人いるそうで、年齢は高年齢の人が多いそう。
この段階で、問い合わせという時点でお終いだ。
その他に、入居者の程度について聞いたら、掃除の人は関係ないですとの返事だった。画像
まあ、資格がない人が掃除をするので、関係ないのは分かるけれど、サポートするのに、どの位、手助けを
したら良いのかの、参考として聞いたのだが、個性のある人とか、自分で揃えたい人とか、でも、揃える物がおかしい人とか。。


地方銀の足〇銀行のローンが終了した。
借りた金額はとても恥ずかしくて書けない。
とても少額であった。
しかし、一日返済が遅れた事が三回あった。
一回は、返済日の間違い、二回と三回は、振込をしたので、一日後になった。
あと数万円と言う時に、副支店長が家に来て、留守だったので、ポストに名刺を入れて行った。画像
内容は、確か、、、大切なお知らせがあります。電話をください。だったと思う。
かけてみたら、返済日の一日前に入金をしてほしいという、内容だった。
返済日当日が契約日だと思うので、当日入金します。と答えたのだが、不服の様で、一日早く入金をお願いしたいと、繰り返された。
それでも、契約日の意味がなくなるので、契約日に払いますと言って、電話を切った。
大変少額の借り入れなのだが、そんな小口の借金でも、家に訪ねて来て、名刺をポストにいれるのだろうか。
衝撃的な出来事であった。
無事解約したので、後は、早く忘れたい。

世の中、お金がないと暮らせない。
貧しい生活をしていると、こういう信じられないような、屈辱だらけ。。。




寝そべり様

二番目の姉の長男が、家に来た。
実家の整理をしてくれている甥っ子だ。
実家の台所の整理をしている最中で、中身の入ったビン類が大変のようだ。画像
私の所に持ってきてくれても良いのだが、自分のアパートに持って行ったようだ。
ただただ、有り難くて、御礼を言った。
私の所で、食事をするのは、恒例となっていて、そんな事でお返しには程遠いのだが、せめてご飯でも食べて行ってと言う感じだ。
夕食で、ビールを少し飲んだ後で、かき揚げとか、天ぷらの揚げたてを食べてもらった。
楽しく、話をしながらこれからどうしようかと話をしたのだが、二人で話をしていると、同居人がとても嫌らしく、
甥っ子に早く帰ったらどうかという。
甥っ子のアパートに行く経路を、自分の知っている経路で行けと言う。
その経路は、私の留守中に家の中に何かあった時のパスモに残されている経路と同じだ。
往復その経路を使って何かをしていた模様。(家に連れて来て送っていったのかな?)
その経路の途中にいる人の電話番号が偽名で書かれていたので、分かったことなのだが。。
その時に家に誰かが来た形跡があった日なのだが。。
まあ、そんな事はどうでも良いが。。。
甥っ子は、何度も言われて、その経路ではなく、他の経路で帰ると言っていたが、同居人はペラペラと、いかにその帰り方が良いかをトウトウと述べていた。

甥っ子を見ていると、亡くなった姉を思い出す。
姉妹の中で、一番好きだった人なのだが、私自身は、嫌われていた。画像
うまくいかないものだ。。。。
その姉の思い出話とか、母親の事とか、実家に関わる話をして楽しかった。
日曜日に、甥っ子からラインが入った。
その文面が可笑しくて、一日中笑いが起こって何度か吹き出してしまった。

甥っ子のライン☟
この前も、昨夜も、食って寝そべって家事炊事の指示を出すのって、まあどうなんですかね.ちょいと笑いました。

私の返事☟
あれのことか?(特定できる固有名詞を言いたくなかった。。。ので。)

甥っ子☟
そうです。寝そべり様です。(やはり、名前は出したくなかったようだ)

その後、延々とラインの交換をしたが、とにかく、可笑しくて、笑ってしまった。
私が、詳しく言わなくても、分かるらしい。
知らん顔していたのに、しっかり見ているので、可笑しいのだ。。
お箸をペンと陶器に置いて、ゴロンとすぐに横になるのだ。
そして、偉そうにおいお茶を早くもってこいよとか、片づけろというのだ。
誰かが家に遊びに来ると、必ず、偉そうに私に横柄な態度をとるのは、決まっている。
まだ、大きなゴミや、タンス類もあるので、どうしようかと相談をしている事もあるのだが、誰かを話のタネにするのも面白いなと思った。
私は、ますます冷めて行き、相手が、小さな存在としてしか、思えなくなった。
とても、幸せな感覚である。
寝そべり様は、時々、リビングで食事をする時、定位置に寝そべる。
時々とは、人が来た時で、それ以外は、二階にいて降りてこない。
それがお互いにとって、良好な関係なのだという事みたい。。



訪問した。。。

この数日間、とても落ち込むような、ズシンと何か心の中に詰まったような、かなりのストレスがあった。
その原因は、例の彼女の誕生日パーティの事を考えていたからだが。。
もう一人のパートさんには、声掛けをしていなかったようだが、前日の仕事場で、電話をかけたら、用事があるとのことで、こないようだった。画像
バーティと言うのは、どうしたもんか。。。知らないので、何をしたら良いのかと考えていると、とても面倒くさくて、
行きたくないが、心の声だ。
駅まで迎えに来てもらい、辿り着いたが、とても感じの良い玄関で、内部も幸せそうな家庭が、にじみ出ていた。
ごちそうになると思い、駅前でクッキーの詰め合わせを買い、お祝いのプレゼントと一緒にもっていったのだが、こんな感じで良いのだろうか。。。
先客があり、小さなお子さんが何人もと、外の雑木林には、テントをはっていて、そこに数人の人がくつろいでいた。
私の、訪問時間は、限られていて2時間だけと、話をしてあるので、午後少し遅く、帰宅した。
ご主人は、バーベキューを、焼き終えてからテーブルに着いたが、体調に気を使っているような体形で、太ってはいなかった。
ビールで尿酸値が上がるので、あまり飲まないと話をしていた。
尿酸値と言ったら、痛風だろうかと思ったが、聞かなかった。
そんな話にも、付いていけず、ただいやな感じにならないように、明るい感じでその場にいた。
気になったのは、庭の続きの雑木林で、大きな樹が何本も植わっていて、日差しを遮り、緑の木漏れ日に溢れていたこと。
風が通る時、とてもきれいな葉っぱが、ゆらゆらと揺れるので、見あきない。
ご主人の話だと、ケヤキも植わっていて、それを切って売ったら、数十万だったそうな。。。画像
そういう雑木林の話だと、思わず聞き入ってしまう。
ずっと先の駅のそばまで、雑木林だったというのだが、多分、その時の持ち主であったのだろう。
人様の家庭を垣間見るという感じの土曜日だったが、そつなく、出来たと自覚している。
缶酎ハイを飲みながら、バーベキューを戴いたので、帰りの電車内でも、眠りそうになり、その上、帰宅してから、お酒の匂いが気になり、気を使った。
彼女の同郷の人達が何人か来ていたが、やはり、顔立ちが違っていた。
お友達の方は、ある商業施設で働いていた人たちと同じ顔立ちで、商業施設を思い出してしまった。
彼女は、とても幸せな結婚生活を送っている数少ない部類の人だと思う。
家の近所の二階建てのアパートに、やはり、その国の人が住んでいるが、以前、大きな叫び声と共に、その住人の女性が、ドアから転がり、更に逃げようとしていたが、下着姿の日本のやくざのような感じの男が後を追って出て来て、その女性を蹴っていた。とても悲惨な状態で、同性として見ていられなかった。
その男を、止めようとも考えたが、傍観した。
こんな目に会う為に、日本に来ているのかと、あまり良い気持ちがしなかった。
その住人に比べると、忙しですかの彼女は、大成功の人生だと思う。
私達、日本の女性よりも良い暮らしをしていて、うん、、凄いな。。。と思った。
それに、、あの雑木林が、何とも言えず素晴らしかった。
約束通り、誕生日パーティに参加し、安堵の気持ち、、、終わってほっとした。

この頃の私は、少し変化があり、考え方が変わった為か、前向きになった。
友達と、横浜に行く約束をした。
来月になるが、独身時代に訪れた所に行く予定。
ニューグランドホテルのココアは、銀色のポットに二杯分位、入っていて、一緒に行く友達もそれを覚えていて、もう一度飲みたいと話し合った。
自分の機嫌は自分でとる、人にとってもらわないと、名言を言った人は、タレントのミ〇〇ンさん。
この言葉は、大変参考になった。

軽んじる。

一か月程前から、いそがしですかの彼女が、嬉しそうに言うのだが、、、。
今度、誕生パーティをするから来てね というのだが。。。
生返事をしていたら、私の誕生日にプレゼントをしてくれたのだが。。。画像
誕生日のプレゼントは、ここの職場に来てから、二回目。。
実の所、結婚前は、戴いたことがあるが、結婚をしてから誕生日のお祝いをしてもらったことがない。
お祝いをしてくれなくても、プレゼント位は、と思うのだが、パートナーからされたことがない。
逆に、相手の誕生日にシステム手帳とか、キーホルダーのようなものを渡したりしたが、有難うでもなく、受け取るだけ。
そもそも、誕生日にというより、あの当時は、普段から帰宅が夜中の二時近くなので、お祝いの食事等の用意はしなかった。
こういう行事的なものは、なるべくした方が良いと思う。
心の中が見える行事だ。
長男と次男には、必ずしていたが、その輪の中にパートナーは一度も加わったことがない。
誕生日プレゼントも、一度もしていない。
まったく、家庭を忘れていて、ただ、帰宅して、ご飯を食べて、きれいな洋服に着替えて、自分だけのんびりするだけの為に、結婚をしたようだ。
今回は、いつも次男が何かをプレゼントしてくれるのだが、それもなしで、職場で彼女から渡されたものだけだ。
多分、私は、他界するまで、私の誕生日を忘れていてほしいと思うだろう。
何かされたら、気持ちが悪くて、複雑な心境になり、拒否反応が起きる。
だが、そんな事は起きないし。。。有り難い。。。。

いそがしですかの彼女の、お宅にお邪魔することになる。
もう一人のパートさんを誘ってほしいと頼んだのだが、嫌なようで、お休みするから聞けないと言う。
電話でも、ラインでも、出来るはずだが、彼女なりの言い訳らしい。
お宅にお邪魔するのだが、沢山の土地を持っている地主らしいので、きっと大きなお宅なのだろう。画像
私自身は、誕生日パーティとか、プレゼントの経験があまりないので、面倒だ。
ふと思い出したのだが、リサイクルブティックの店長をしていた時、オーナーの女たらしさんが、自分の奥さんと私に、ある劇場の予約や、食事をするレストランの予約をしてあげるから、楽しみなさいと言ってくれたことがあったが、その時も断ってしまった。
今思い出すと、楽しんでくれば良かったなと思う。
二男は、結婚をしないと言っているが、もし、するような事があったら、彼に必ずしないといけない事の中に、
記念日にお花とか、プレゼントをしなさいと言い含める。
結婚をしたら、他人同士が暮らすのだから、いつも何かの気付きをして、お互いに一緒に歩んでいるのだと認識をしていれば、少し位の失敗や、過ちは赦していけると思う。
どうしてそういう風に、暮らしていけなかったのかと考えるのだが、結局、行きつくところは、私の育った家庭が原因かなと思う。
同居人の、両親が突然上京し、私の実家に来るという知らせがあり、家に突然に近い状態で来たのだが、
母親も父親も、驚く風でもなく、結納の品々を受け取っていた。
私は、家が貧しい事が、分かってしまうので恥かしかった。
そもそも、結婚はないと同居人に話をしていたのだが、急に、押しかけて来たと言う感じだった。
それは、私の両親にとっては、片付くという意味があるようで、受け入れていた。
私は、結婚はもう少し年齢が行ってから考えようとしていて、もしかしたら、結婚は出来ないと考えていた。
それから、同居人のアパートで、同居人の両親から、結納金を渡された。
あの親に渡すと取られるから、あなたに渡すと言われた。
私の、子供の頃の様々な苦労を、同居人に話をしていたのだが、それをそっくり自分の両親に話をしていた模様。
私は、貧しい生まれで、親も結納金も取られる位、酷い親がついているという訳だ。
実家で暮らしていた頃は、プライバシーもなく、母親は、私の持ち物等、以前から見ていたようだ。
日記は、何十冊もあって、それを妹と二人で読んでいて、おもしろかったと後に言われて、体中の力が抜けるような悲しさを経験している。
お金について、もっと家にお金を入れなさいといつも言われていた。画像
結婚をしてからは、定期的に、母親が私のアパートに来て、貸してと言われてあの当時で、結構な金額を渡していた。
そのお金は、一度も返ってきていない。
それでも、離れられたことが、嬉しかった。
私の、貧しい環境を見ている同居人が、私を軽んじるのは、当然の成り行きだ。
その上、長男がダウン症で、重度の心疾患があった。
私を伴侶として、自分の友達に紹介をする事もなく、勿論、障碍のある子を授かった事も隠し通して、他界するまで、本当にその時まで、帰宅は、午前様だった。
夜中に帰宅。。。
一度、耳から血が出たと言って、八時ごろ帰宅してきたことがあり、こんなに早く変える事が出来るのかと知ってしまったが。。。
今の年齢に達するまで、様々な思いが、繰り返し、反芻された。
夫婦という空間の中にいると思っていた。
何かを聞いても、問いかけても、返事をしない夫婦関係とは、夫婦間ではよくあるのだろうか。
この疑問を思う時、心底、湧き上がる様な、否定の感情が、心を占める。
それは、あってはいけない事だ。
夫婦でないのなら、それがあるかもしれないが、人生を歩む相手に対して、失礼な態度だと思う。
それをされたら、している相手に、何も感情をむけなくなってしまう。
その事に気が付くまで、苦しい心情で過ごしていたが、今は、凄く軽くなり、原因が分かり、ようやく、自分自身の道を、歩んでいる。
軽んじて、相手を思いやりをもって見る事が出来ない人間は、伴侶ではない。
妻でも、夫でも、そういう環境の育ちの場合、それを納得した上で、人生を共にすると決めた場合、相手の人の
賢い人柄や、思いやり心や、大きな包容力が必要だ。
気付かないと、一緒のスタートラインにいると勘違いして、苦しい目に会ってしまう。

奇遇ですね。。。

集合施設で、曜日を違えて働いているパートさんがいて、一度食事をしたのだが、とても感じが悪くて、もう二度と食事はしないと思っていた。
その人から電話がかかってきた。画像
また、会いたいというのだが、なぜか理由か言わなかった。
簡単に食事をしない?という感じだったので意味はないのかと思い、待ち合わせをすることにした。
仕事場では、やはり、色々とあるので、掃除に関しての何かを言うのかなとも考えた。
それは、面倒なので嫌だなと思っていたのだが、そうではなく、一度会った時には、言わなかった彼女の生活について、話をしてきた。
驚いたのは、旦那の事で、している事が、我が家の同居人と一緒であった。
年齢は86歳で、年齢は違うのだが、酉年で、誕生日も二日違いというのと、転職を10回以上、頭がハゲている事。
禿げ方が、ずっと後退している部分が、まったく一緒で、二人で画像を見せ合って凄く可笑しくて、笑ってしまった。
一度目に会った時の印象と違っていて、多分、彼女なりの考え方で、少し構えていたのかもしれない。画像

いそがしですかの彼女が、何か私の事を言ったのかもしれない。

それで、一緒の境遇と分かったのかもしれない。
別れ際に彼女が、この年になっても仕事をしているし、掃除だし、きっと可哀想にと思われているねと言ったのだが、私自身が、働きながら感じている事と一緒であった。
やはり、年齢が高いと、その年で働かなくてはいけないのは、、、と密かに馬鹿にされている感じがする。一番良いのは、働かないで生活する事だが、それもかなわない。
これが、私と彼女の老後なのだろう。
彼女が、アパート暮らしで貧乏なのよと言ったので、私もたいして、変わらないと返した。
もう少し働くと言っていたが、私もその方向だが、実の所あの施設ではないところで働きたい。
しかし、何もかも叶わず、きているので、あの場所で働くしかないのだろう。
また、仕事をしていると嫌な事を忘れるという心境も一緒で、私も嫌な事があっても、仕事に没頭していると
忘れてしまう。
高齢で、働く時は、経済的な事の他に、健康の為があるが、さて、私の場合はどちらなのか。。
両方をかねていると思うのだが、経済的な部分の方が勝っている。




空き実家

先週の土曜日に、甥っ子からラインがあり、鍵をもって実家に行くことになった。画像
お天気が良くて、助かった。
もう、何とかこの実家との縁を終わりにしたいような、面倒くさい近所との事。
やはり、駐車場は無理の様だ。
袋小路入口の家の人が、この私道に車を入れるのは止めてほしいとのこと。
その家の前は、私道なのだが、道路の三分の一位、色々な植木を植えていて、そちらの方がおかしいと思うのだが、
周囲の人達は、うるさいので何も言わないようだ。
高齢化が進んでいるのだが、うるさい人もかなりの高齢者で、私利私欲の権化みたい。
だんだん、嫌な性格が突出するのだろう。
これは、人様の事だけではなく、自分自身もそうなると思う。
施設の新しい男性の入居者は、とにかく怒りっぽくて、大きな声で怒鳴りまわす。
その声を毎日聞く人たちは、たまらないと思う。
それで、入居したのかなと思ったのだが、こういう風に人間は嫌な面を直接出してくる。
誰でもその道を行くようだ。
やれやれだ。。
実家の小さな庭の、ドクダミは相倒れで根っこも無くなっていた。
家の中に、入ったのだが、意外にきれいで、静かに私達をむかえてくれた。
しかし、あちこちに、ドクダミの乾燥したのが、つるされていて、それが落ちて虫が湧いていて、フローリングに、
小さな穴が複数、あった。
ドクダミの乾燥品は、かなり沢山あり、同居人が窓からポンポンと捨てていた。画像
犯人は、姉である。
兄のベッドの上に、大きな白い紙が置いてあり、その紙には、マジックでなにやら、書かれていた。
読んでみたら、吹き出してしまった。
書いた人は姉で、妹に宛てて書かれていた。
この家に入るな、この家の物を持ち出すな、母親の葬式代800万円を〇月〇日までに、振り込めという内容であった。
姉の行動は、時々、ふっと笑いたくなるような気持ちにさせる。
甥っ子は、それの画像を撮っていたが、意味がないと思う。
兄が倒れていた場所を通る時、ふと、あの当時が思い出されて、。
そして、もう、何もかも、過去となり、戻れないと改めて実感した。
何もかも、時空の流れに沿って、どこかに漂っていってしまう。。。。
実家にある、様々な日用品、使っていたであろう歯ブラシ、櫛、爪切り、みみかき、、、。
なぜ、ここにあるのに、誰も使う人がいない。。。
実体がないのに、ここにベッドがあり、何もかもそのままで残っている。
台所の茶箪笥の中に、私が母の日に、プレゼントをしていたお湯のみや、ご飯茶碗があると思い、見たらとてもびっくりした。
無くなっていた。
ただ、唯一、姉が二階で使っていたらしく、兄にプレゼントをしていた湯飲みが置いてあった。
必ず、二人分のプレゼントをしていたので、それも、何年も続けていて、茶箪笥の中には、趣味の良い(自分ではそう思っていたの)お茶碗が並んでいたのだが。。。
少し有名な陶器屋で、少し高い陶器を選んでプレゼントをしていたのだが、それも、姉が持って行ったようで、一つしか残っていなかった。
甥っ子が、おじちゃんが使っていたのかと聞いてきたので、そうだと答えたら、使いたいから頂戴というので、
渡した。
その他にも、亡くなる寸前まで、着用していたダウンの半コートを見つけて、着たいから頂戴というので、渡した。
兄が生きていたら、きっと喜んだと思う。
片づけは、兄が生前少しづつ片づけていたので、そんなに苦労はしなかったが、体力的に限界で、大変疲れた。
家は、解体が出来ない。
道路幅が、3.6mしかないので、改築は出来るが、新築は出来ない。
様々な法を潜り抜けて、不動産やは、ものにすると思う。
ご近所との事もあるので、不動産やに売るのが良いようだ。
鍵は、甥っ子に渡した。
きっと、もっと片づけてくれるようだが、兄の喜んでいる様子が感じられる。
後で、ラインが来て、鍵のスペアーを二本作ったので渡したいと書いてあった。
この後は、選別されているゴミを、トラックのレンタカーを借りて、ごみ集積所に持って行く予定だ。
まだ、片づけに時間がかかりそうだが、姉は、何を考えてどくだみを大量に保存をしたのか。。。
フローリングの小さな穴を埋める作業も考えないといけなくなった。

言葉

この十連休の間、二回空き家の実家に行った。
二度とも、自転車で、同居人も一緒だった。画像
車は、故障しているからだが。。。
車を直す行動は、私が動けば良いのだと思う。
今迄、様々な突発事故様の出来事があったが、いつも私が行動することで、前進する場合が多かった。
今回の車については、以前の交通事故の時のように、車の修理に対して、あらゆる手段を行使して、
元に戻すという事をしない事にした。
車の様子は、急に動かなくなったのだが、ガス欠を長く放置すると、エンジンにガソリンが回っていなくて、スターターが動かないのではないかと思うのだが、それを提案するという行動はとらない。
それに、私は免許もなく、車についても素人なので、言えない。
同居人は、放置していて、いままでの様に、私が行動すると思っている。
今回は、私が動くという前向きな行動はしない。
その原因は、運転が少しおかしいと思える事が、何度かあったからだ。
危ないよと言っても、はっとする訳でもなく、ああ と言うだけという反応はとても怪しい。。。
大きな交差点で、直進車があるのに、急に右折して、スレスレで曲がった。私は大きな声で危ないよ直進車~と怒鳴ったら、見えなかったというのだが、、恐ろしや。。
もう、運転はしないほうが良いと思う。
十日間の間、殆ど外出はなし。。。
もう、観光地とか、外食とかの対象外である。
実家に二回行っただけだ。
いい加減、顔を突き合わせて、顔を見れば、飯は何だ?というだけなのだが、これはたまらない。。
三食したくないので、遅くまで寝ている事にした。
朝食と昼食が一緒という感じだ。
狭い家の二階と一階に分かれて、殆ど会話はないのだが、顔を合わせた時に、めしは?と聞いてきたので、
そうめんにするか。。と独り言を言って、どうする?と聞こうとしたら、急に怒りだして、なんだその言い方は!!!
おれを何だと思っているのか、普通、そういう時は、そうめんにしましょうかと優しく言うもんだ!!!だそうで、、
四十六年間山あり谷ありの人生を共にした、相手に、言葉尻をとらえて優しくしろって、、あんた新婚じゃあるまいし。。。と思っている私なのだが。。
少し、気持ちの悪い他人を見ているようで、ぞっとした。画像

まったく、相まみえる事は出来ない。
ばばさまと、じじさまが、優しい言葉をかけあう必要があるのか、そんなにひどい言葉だったのかとあきれるのだが、私は薄情なばばさまなのだろうか。
否、否、ふざけないでほしい。
それで、そういうことばをかけあいたいのなら、そういう優しい言葉の出る人と暮らしなさいと言ったら、更に怒りだして、お前は冷たい女だ。俺は傷だらけだと喚いたので、だから、そういう人と暮らしなさい私は無理ですよと言ってそばを離れた。
焼きそばをオムレツのようにくるんだ、お昼ご飯を運んだら、ごめんなと言ってきた。
その時に私が、私も言い方が悪くてごめんねと言えば、まとまったのに。。。。
私は、こういってしまった。。
いつも酷い目に遭わせて、もうこんな生活辛すぎる  この言葉で同居人は豹変し、わあわあ喚きだした。
俺が悪いのかええええと大きな声で、、俺の方が酷い目にあっているというのだが、これではお話にならない。
本当は、これが本心なのだろう。
私のおつむは、馬鹿なのだろう。
いいえ、私が悪いのよと、しおらしく、演技すれば丸く収まったのだが。。。
どうしても言えない。
やはり、お互い、結婚する相手を間違えたのだと思う。
よくテレビのドキュメンタリーで言いたいことを言い合っている老夫婦がいるが、阿吽の呼吸の感じだ。
完全にどうでも良くて、怒っていても何ともなくて、ただ、生活費を戴ければ、ご飯は作ります。
生活面では、干渉し合わず、暮らす。。
ただ、どうにも、生身の体なので、具合が悪くなった時が問題だ。
今の所、相手が怒っていようが、それよりも、体調を整える事ばかり気になっている。
この十日間で、腕の筋肉が無くなり、足が萎えたように細くなった。
いやいや、、、老化は止められないと思っているが、努力をしていたのも事実。
施設の掃除の仕事に行き始めれば、また、筋肉がつくと思うのだが、老化がそれを阻むかもしれない。
もう、筋肉はつかないかもしれない。
今の私の悩みは、自分自身の体調の管理についてであり、怒っていてもそれどころではない。
もし、体調不安が続くようなら、家族として、バラバラになる方向になる。



空き家歴

十連休は、語る程の事もなく、辛く辛く過ぎていく。。
閉じこもる日々の中で、唯一、甥っ子が訪れた、変化の日が二日あり。
甥っ子は、亡くなった次姉の長男で、高校卒業後、家を離れて殆ど姉の家には帰らなかった。画像
理由は、父親との確執があった。
父親は、今も健在で、それがなおさら甥っ子を苦しめている。
父親と、二番目の甥っ子は同居している。
二番目は、おっとり型で、独立は無理なようだ。
一番目の甥っ子は、52歳となっていたが、その間、病気もせずに暮らしていたそう。
亡き姉も、きっと陰ながら見守っていたと推察。。。
良かったねと話をしたが、その甥っ子が、実家の整理を手伝ってくれるという。
この十連休で、二度草取りに行き、今度は、家の中の整理を手伝ってくれると言う。
まず、初めにバルサンをたいて、害虫を始末してから、電化製品を引き取ってもらって、大型ごみの券を購入して、始末しようと話あった。
私に出来る事は、食事の用意だけれど良いかと言ったら、それでよいとの返事だった。
それで、二日の間、お昼と夕食を食べて関わってくれた。
実は、本当にどうしたら良いのかと思案中で、大変助かった。
甥っ子は、自分の実家の整理の為の予行演習だと言っていたが、それだけではないと思う。
大変有り難く、亡き姉に申し訳なく、心の中で手を合わせた。
実家の草取りの後始末をしていたら、隣のおばあちゃんが出て来て、色々と話をしてくれた。
一軒先の家も売りに出ていて、売れないそうだ。
少し難関があり、道路の広さが3.6mしかないので、建築する事が難しいそう。画像
今建っている家の改築は、可能のようだ。
そうすると、一気に解体してしまうと、再建築が不可能となるようだ。
袋小路なので、うるさい人もいて、実家周辺も嫌な所だと思った。
大変面倒な事である。
今度、バルサンをたいた後、家電製品と、大型ごみの処理をしようと話をした。
私よりも、ずっと建設的に話をしてくれる甥っ子で、姉の子供だなと思った。
姉は、がんが、脳に転移していなければ、優しい人で、兄弟姉妹の中で一番親しみやすい人だった。
来週、バルサンをたきに来て我が家に立ち寄るので、また、ご飯を作る予定だ。
普通に、姉にしていたように、気兼ねなく、食事をしてもらう。
こき使う事を姉がどう思っているかと、話をしたら、返事が、お母さんもこういう時、手伝うと思うよとの返事だった。
小さな実家の処理が、このように大変だとは。。。。。
長姉は、鬱がひどくて、外に出られない様子。
長姉の次男は、精神的な病があり、それも関係していて、姉の気持ちは大変落ち込んでいる。
実家をもらうからと言っていた、あの当時の強さが無くなっていた。
しかし、今頃、、あの当時あの家は、倍の値段で、リスクを含めても、今の値段よりは良かったのだが。。。
今年中に、処理できたら良いのだが。。。


早い。。

パソコンの横の壁に、一年間のカレンダーが貼ってある。
ふと、目をやったら、もう来月は五月に突入だ。
私が、72歳となる誕生月だ。
テレビや、雑誌等で、同年齢の方達を見てしまうが、やはり、やはりである。画像
私も、その中の一人だと自覚する。
我が家の鏡は、二種類あって、一階の洗面所の鏡は、正直鏡と呼んでいる。
二階の洗面所の鏡は、うぬぼれ鏡と呼んでいる。
二階で、お化粧をしたり、歯を磨くことが多いが、皺も目立たないからだが。。。
洋服の色目を合わせる時も、二階の鏡を見てしまう。
そして、一階の洗面所で、見てがっくりする。

〇〇き家族という映画をパソコンで観た。
〇〇きという行動は、あんな風に出来ないと思う。
今のスーパーでは、カメラがあちこちにあり、監視しているから。。
それよりも、複雑な家族関係なのだが、何か誠実で、居心地が良い関係に感じた。
先に他界されたお婆ちゃん役の、ユニークな方が特に、暖かな感じで、一家をまとめているようだった。
しかし、他人の集まりのような複雑な関係だったとは。。
老人が出演する映画や、ドラマを観ているとどうしても、悲しいなと思ってしまう。
何が悲しいのか、世間が、若ければ良いという風潮だからか。。
ずっと以前に、私が若いころ、父が一緒に歩いていた時、ポツンと一言、〇〇子は若くていいなと言った。
父は、時々私たちの転勤先に、遊びに来ていた。
体調が悪くて、朝食は、和食が良いと言うので、新鮮なアジを買ってくると、少しすると、パンが食べたいと言う。
父は、アルコール依存があり、日本酒が大好きで、醸造元から、年賀状が来ていた。
あの頃の父の年齢は、今の私とあまり変わらないと思う。画像
若い頃は、結核で苦しみ、晩年はお酒の為に胃潰瘍になっていた。
兄弟姉妹の中で、お酒が好きだったのは、次姉と、妹だ。
私と、長姉は、お酒が苦手だ。
父は、91歳で他界した。
胃潰瘍の、入退院を繰り返していて、途中から施設になった。
父と母は、いつも喧嘩をしていて、父には愛人がいて、とまあ、、家庭的に最低の家族だったが。。
どこで、折り合いをつけて、生活していたのか、よく分からない。
私の生活も、同じような感じだ。
いつの間にか、72歳となる事がとても可笑しい。
父が、若くて良いなと言った言葉に、同調は出来ない。
今よりも、若いころに戻りたいかと言われたら、否と答える。
今のままで良いと思う。
人間の成長通りに進んでいると感じている。
老いた事を他人に判断されたくない。
他人とは、特に、すぐそばにいる他人の事だが。。





重い思い。

研修を受けた仕事だが、どうしても、7㎏の重さに耐えられず、断念したのだが、その研修の時の荷物を
返すのに、日程が合わず、本日になってしまった。
担当の人は、忙しく出かける日が多かったようだ。画像
7キロの重さは、とてもきつい。
持って行く時、乗り換えで歩くのだが、途中でベンチに休んでしまった。
渡す時に、気になっていた例の、地下三階の叫び声なのだが、単刀直入に変な声がするそうですが、、等、言えるはずがなく、地下三階には、住居部分があるのかと聞いたが、無いとのことで、やはり、彼女の心の中の声が聞こえていたようだ。
しかし、少し、地下三階が怖く思えるのは、なぜか。。。。
荷物を返すことが出来て、ほっとしたのだが、都内を歩く気持ちもなく、夕方近かったので、いつもの大きな餃子を
食べて帰宅した。
夕食は、同居人の分だけ、作った。
この頃は、何もかもあまりやる気がなくて、機械的に動いている。
仕事場の休憩室について、一緒に過ごそうと思って入って行ったら、他の人がいて、テーブルは一杯になっていた。
その人が、立ち上がり、どくよ と言ってくれたのだが、それを制止して、大丈夫上で食べてきますと、返事をした。
実際は、やったーーーと思っていて、一人でゆっくり過ごせると嬉しかったのだが。。。
食事を終えてから、一階に戻ってみたら、もう休憩時間が終わったようで、無人であった。画像
少ししたら、いつもの職員が入ってきたが、とても凄い咳をしていた。
喉が痛くて、タンがからんで、、、と言っていたが、今は変な喉風邪が流行っているようだ。
話をきいていたら、ハンディのある女の子を、駅まで車に乗せたそうだ。
その時に、凄い咳をしていたけれど、大丈夫だったかしらとの事。。
どちらが先に風邪をひいたのか分からないので、移したのかどうかは分からない。
ただ、扁桃腺が腫れていたら、きちんとばい菌を調べて、その菌にあった薬を飲んだ方が良いらしい。
慢性化すると、腎炎を起こしたりするらしい。
いそがしですかの彼女も喉が痛いと言っていて、病院に行くと話をしていた。
果たして、治っているかどうなのか、、二年位前から、喉風邪を何度もひいていて、首のリンパ腺も腫れている。
繰り返す場合、総合病院で診察を受けたほうが良いと話をしたことがあるが、近所のお医者さんで済ましているらしい。
私は、自分が、繰り返したら、菌を調べてもらうと思う。
人様の事なので、様子をみるしか出来ない。
明日は、仕事なので、念のためにニンニクを食べて、用心する。
本当は、一人で食事をしたいのだが、無理だろうと思う。
その時に、喉風邪のおすそ分けは、勘弁してほしいが。。。。

連休か。。。

総合診療科で、目の事を話ししたが、気になるようなら神経内科を、受診してと言われた。画像
日を改めて、受診しておこうと思う。
治ってしまったら、何となく、次の週にしようと思うのだが、甘いか。。
姉が、健康に自信が無くなったと言っていたが、私もその考えになりそうだ。
何かあったら、姉を頼るかもしれないが、姉のほうが深刻かもしれない。
こういう状態の時は、仕事をして忘れるようにしたいが、仕事場でも、色々とありうまくいかない。
狭い休憩室の、6個の椅子に5人座る状態なので、ゆっくり休憩が出来ない。
それで、余っている他の休憩室に行くからと、いそがしですかの彼女に言ったら、彼女も食事が終わってから、私のいるところに来るようになった。
ラインで、お菓子が食べられない嫌だと書いてきたが、私の場合はゆっくり休憩したいだけ。
別の休憩室には、誰も来ないので、一人で、雑木林を見ていられる。
それが、来週から出来なくなりそうだ。
私が、他の場所で食事をすると、新しく来たおじいさんと、ハンディのある男の子が気を使い、
他の休憩室を探して移動していることが分かった。
一番初めに休憩室に移動した時、ノックの音がして、ハンディのある男の子が、ここに居たのですかと言ったのだが、気になる様なので、元に戻って、一緒に食事をすることにした。
本当は、面倒な事だと思っている。
休憩することは、午後の仕事に力をつける為に必要な行動。
食事の後で、気を使いながら話をしたりするのは、面倒。。。。
ハンディのある男の子は、死にたいと言った子なので、気にしないといけないようだ。
私の下で、働いている子ではないので、関わりに気を遣う。
いそがしですかの彼女と、一緒に働いているハンディのある女の子が、また、喉が痛いというのだが、、、。
いそがしですかの彼女は、喉の奥に白いものが付いていて痛いと言う。
それは、扁桃炎のようなものなのだと思うが、どうして、何度も二人で繰り返しているのかと。。
病院を変えて、判断をしてもらった方が良いと思う。
慢性化してしまうと、全身にあまり良くないらしいが、これまた、余計なお世話になりそうだ。画像

カレンダーを見ていたら、十連休らしい。
祝日に挟まれた日は、休みになるらしい。
これは、、、大変な事になったと思っている。
私に、今頃になって気を使っている同居人と、10日間も、朝も昼も夜も一緒にいないといけない。
私は、もう、元には戻れない。
信用とか、信頼とか、思いやりとか、もう期待していない。
環境を変える場合、仕事をするしか方法がない。
それも、うまくいかないか。。。
カレンダーとにらめっこのこの頃だ。

逃げてどうする

日頃から、高齢になってきているから健康に気を付けようと、心に言い聞かせているのだが、
生身の体、どうしても何かが起きてしまう事がある。
その時に、自分が無意識にとった行動に、驚いている。画像
日曜日の朝、10時頃、まだ日曜日だから、今日も家の中で、じっとしているのだろうなと思いながら、
朝食の支度をしていた。
すべて整えて、お盆に乗せて、同居人の部屋に持って行った。
この頃は、一階と、二階に分かれて生活している。
だからと言って、喧嘩をしたわけではない。
ずっと以前から同居人は、日々の出来事とか、感動した事とか、例えば、桜がきれいだ等の話をしないのだが、私は、そういう話をしていた。
しかし、殆ど聞いていなくて、私が楽しんだ事等に、興味をもたない人間なので、別に上下で生活空間を分けていても無理という訳ではない。
同居人の部屋に持って行ってから、リビングに降りて来て、ほっとして、後は、午後遅くまた食事を持って行けば良いと思い、座ってテレビの電源を入れた。
画面に大きな文字が映っていたのだが、その文字が、また、半分位判読できなかった。
目の前に何かがギラギラとあって、見えなかった。
多分、閃輝暗点だと思ったのだが、その時は、大変慌ててしまった。
なぜか、、、。
この家の中で、目が見えなくなったら、誰かに何かをしてもらわないといけない。
もっと大変な状況になるかもしれないと思ったら、部屋着から、外出着に見えないまま、着替え始めた。
もっと酷くなる前に、この家から出て、離れないといけない。
着替えてから、台所の隅に行き、携帯から、いつもの病院に電話を掛けた。画像
診察券の、ID番号を言ってと言われたのだが、その番号が見えない。
家の中を見回すと位置とか、大体は分かるのだが、細かい物を見た時にギラギラが見えて分からない。
休日なので、当直の眼科の先生とお話をした。
先生は、一過性の閃輝暗点だと思うが、治らなかったら、診察しますよと言われた。
それで、少し安心したのか、駅までタクシーで行こうと思い、携帯の中の番号を見たら、それがはっきりと見えるようになっていた。
ギラギラ感は、横にずれて行って、はっきりと見えるようになっていた。
それで、また、病院に電話をかけて、眼科の先生と話をした。
私の心配は、脳から来ているのではないかという心配で、先生は、気になるなら、診察日に、神経内科にかかりなさいと言う返事だった。
総合診療科に行く時に、話をしてみようかと思っている。
私は、具合が悪くなったら、この家から逃げ出すらしい。
どこに逃げるのかは、分からない。
凄い素早さで、着替えをして、家を出ようとしていた。
この家から、早く離れないといけないと、本気で行動していた。
逃げてどうするつもりだったのか、分からない。
よく考えると、家からというよりも、同居人から離れないといけないと思っているようだ。
もし、ただの閃輝暗点ではなかったら、家を売り、残り少ない人生の為の生活をしたい。
ずっと昔、兄弟姉妹がいる家族の中で生活して、結婚をして二人の子供の家族をもった思い出があるが、すべて、過去となり、寂しさよりも、今の不安定な心境をなくしたい。
同居人に対して、恨みや、憎しみという感情よりも、もっと何か他の意識があり、それは、完全なる他人だという事。

私は、着替えをしてどこに行こうとしていたのか。。
多分、どこかに行こうとしていたというよりも、目が見えなくなる前に、この場所から出来るだけ遠くに離れようとしていて、とりあえず、病院に行こうとしていたのか。。
これは、環境が異常なのか、私自身が異常なのか、、どちらかなのだが、、私だろうな。







生活権と感謝

先月、確定申告に出かけた。
ものすごい混みようで、立って並んでいると、人によっては、柵のようなものに、手をついて寄りかかっている。
多分、足とか、腰の具合の悪い方だと思う。画像
立ち姿で並んでいる事が、限界だと思う頃に、椅子に座って順番を待つ時間になった。
パソコンによる入力は、少し慣れれば大丈夫だと思うが、慣れていない方には、大変な労作だと思う。
今年の還付金は、大丈夫だが、前年度の還付金は、差し押さえられた。
その時のやり取りは、一生忘れないが。。。
ネットのニュースで、一人暮らしの60代の女性が、160万円の税金滞納をして、親戚等から、100万円を借りて、
納付したが、残りについて、分納を認めてくれず、8.万6千円のお給料を全額差し押さえられたという記事が載っていた。
生活費にしては、かなり大変な金額だと思う。
暮らしていけないのではないかと思う。
厚生年金は、月に7千円受給だそうだが、生活費には、足りない位、少ない。
差し押さえする場合、10マン円以下の金額はしてはいけないそうだが、それをしたので、お役所側の分は悪いかもしれない。
その女性が、生活権の侵害で訴えていた。
何度も、自殺をしようと世をはかなむ位、切羽詰まったらしい。
税金を納付するのは、国民の義務だが、生活出来ないという状態になった場合はどうなのだろう。
生活保護を受けないで、必死に働いている人の場合はどうなのだろう。
私のように、心が殺されて、生活そのものが壊れてしまい、何か、麻痺したような感覚になる事もある。
同居人の会社に、市役所納税課から封書が送られていて、給料の差し押さえを考えているという内容で、画像
税金の滞納の為と書かれていて、同居人は、その事が原因で、信頼を失った。
とても恥ずかしい思いをしたと話をしていた。
それは、滞納をしていたのでしょうがなぃ。
その事で、人から軽蔑されても、しょうがない。
要は、きちんと払えば良いのであるが、その時の様々な理由により、滞納した。
私が悪いだけではなく、お給料を2年間も入れてくれなかったり、万一の為の生命保険の貸付金や、配当金を
こっそり使い込んだ張本人も関係している。
私自身は、この税金問題が原因で、立ち直れた。
本来の、真面目な生活を、送るようになつた。
すべての行動は、すべて自分自身に却ってくる。
訴訟を起こしている女性は、生活出来ない状態のようだが、どのように解決したら良いのかと考えてしまう。
私だったら、、、、一人だったら、、、ホームレスになるかもしれない。
無料で炊き出しをしてくれている地域に行き、路上で暮らすかもしれない。
そのうちに、体を壊して、路上で亡くなるかもしれない。
どこかのNPOに救われて、生活保護を受けたりするかもしれない。
生活が壊れる原因は、病気であったり、伴侶の死が原因であったり色々だと思う。
でも、生活費を差し押さえられたら、、しかも、、高齢で。。
私が、経験した今回の出来事で、少し気になった事があるのだが、以前、滞納した分を一気に払った事があり、
市役所側は、あるじゃないの~お金が~と思ったのだと思う。
一気に払えるのではなく、借りて払ったのだが、そうは思わないのだと思う。
それで、矢の催促をするのだと思う。
黄色い紙面に、予告なく差し押さえをするとか、会社に言うとか、書かれている。
友達にこの内容を話したのだが、温厚な友達が、何か不穏な顔つきになり〇〇〇人の税金で暮らしているくせに、えらそうに。。。と語気荒くしゃべった。
きっと、何かあったのだと思うが、私は、同調する気も失せていて、ここに家があるから、しょうがなく暮らしているが、思い出とするには、酷なこの土地を離れたい。
60代の女性が、勝訴する事を願っている。
駄目なら、生活保護を受けたら良いと思う。(しょうがないと思う。)
私は、他の方法で、きちんと何とか払って、早く忘れたい。
この国に暮らしている殆どの人が、必死に納税しているのだから、甘えてはいけない。


長々とダラダラと書いてしまったが、原因は誰あろう、自分達であり、市役所側は、仕事であり、理由は色々あっても、それは、あまり関係がないのだと思う。
結論は、滞納はしないほうが良いと言う事。
生きる場合、人を頼らずに、生きて行く事を心に決めて、頑張るしかない。
妻としてとか、理不尽な目にあってもパートナーを一番にとか、自分自身を蔑ろにするような心境にならなくなった。。
、そのおかげで大変心が落ち着いた。
滞納事件は、私が自分自身を取り戻す為に、必要な事件であって、実の所、大変、感謝している。
しかし、なぜだか、とても悲しい気持ちになる。






めんどうなり。。。

重いバッグの処理に、迷っている。
宅急便で送るか、それとも、火曜日に持って行くか。。
電話での話だと、10日に支払いになるので、一日分を口座に入れてくれるようだ。
それで、書類を書いてほしいとのこと。
その書類は、私の手元にあり、やはり、持って行くのが良いのか。。。画像
仕事をする年齢は、何歳までか。。。
もう、この年では、働くとか、面接とか、御免なのだが。。。
やれやれ、、という思いが強い。
面倒だし、意欲もない。
但し、今は、お金の為にどうしても働かないといけない。
施設の仕事も、嫌なのだが、あの場所しか働く場所がない。
同僚のもう一人のパートの人は、旦那が86歳だそうだ。
その人も75歳。
話をしている時に、私は尊敬を込めて私よりも年上と言ったら、
語気荒く、何言ってるの大して変わらないじゃないと言われてしまった。
確かにそうだが、70歳過ぎての三歳のさは、きついものがあるはず。
仕事を意欲的にしていたのは、いつごろか。。
やはり、若い時で、一番意欲的にしていたのが、キーパンチオペレーターだ。画像
もくもくと、する仕事で、頭の中に、プログラムを作成したカードを想像して、
そのカードをカラムに巻き付けて、打つのだが1と2レバーを、カードに読み込ませた小さな穴で、
1では、英字、2では、カナ、と分けたり、まえゼロといって、ゼロを自動で打刻できるようにパンチをしておく。
この前ゼロというやり方をプログラム出来ない人は、手打ちで打つので、ストロークに差が出来る。
一秒間に16ストロークだったと思うが、ゼロでも1ストロークと数えるので、早さに差が出来る。
頭の中に、カラムに巻き付けた設定したカードが、入っていないと出来ない。
あの当時は、IBMの機械だったが、近年は、ウインドウズでオペレーターというらしい。
だんだん、簡単に、仕事がしやすく便利になるようだ。
あの仕事は、職人さんのようだなと思う。
今は、あの当時よりも数百円安い時給で、働いている。
しょうがないかもしれない。
72歳で働くようになるとは、、、思ってもみなかった。
高齢になったら、生命保険が満期になるし、貯金もあるし、ゆっくり夫と、旅行をしたり、楽しく過ごし、終わりに向かおうと、思っていたのに、、、。
貯金は、10回以上の転職と、二年間お給料なしという為に消えた。
保険は、配当金も、貸付金も、子供の入学お祝い金も、全部使われた。(こっそりと内緒でやっていた)
すべて、ナシなし崩しである。
お花見も、一緒にはいかない。
楽しさを共有する相手ではない。相手もそう思っている。
時々、言った言葉を思い出すのだが、やぶへびというのか。。。
観覧車から海を見るとすごいよねというのだが、私はまだ、一度も乗ったことが無い。画像
花火大会は、遠くから見ると良いよ。そばで見ると首が痛くなるよというのだが、私は一度も行ったことがない。
ワシントン〇テルのポイントカードを持っているが、私は一度も利用したことがない。
こういて書いていると、現実を見なくてはいけないと思う。
もう、自分の人生を一人で歩むように、しっかりしないといけないと思う。
仕事は、やけっぱちで何でも、泥棒や、〇〇以外(買ってくれる人がいないわ)は何でもやるし、やっているし。。。

相手の方も、人生を間違ったと後悔しているはず。。
申し訳ないです。
せめて、生きている間は、働いている間は、食事や、お弁当は作りますので。。。
それで、我慢してくださりませ。。
私は気にしないようにして暮らしていきます。。。



水曜日の疲れが。。。

水曜日から、もう何日も経過しいるのに、、、、。
木曜日、金曜日、ちゃんと仕事をしたが、、、。
土曜日の朝、具合が悪くて目が醒めた。
変に腰の辺の筋肉が痛いし、肩が痛いし。。。画像
実は、アルバイトの研修に行ったのだか。。。
職種は、2K位のランクで、相変わらず頭脳的な仕事ではなくて。。
研修は、大したことはなく終わったのだが、帰宅するにあたって、これから使う道具類を大きなバッグにいれたのを
持ち帰らなくてはいけない。
とても大きな入れ物で、帰りはラッシュ時になったのと、時間が遅くなり、同居人が帰る時間帯すれすれとなった。
そして、ドヤドヤと人が沢山の電車の中で、立ち続けるのだが、、、。
今朝、九時過ぎに、断りの電話をかけた。
どうにもこうにも、命の危険を感じたのだが。。。
一時間半位、大きな荷物、(帰宅してから、測ったら7キロあった)を持っての移動は体に悪い。
一緒に研修をしてくれた人は、良い人のようだったが、何回もトイレに行く人で、私自身は、お昼にトイレに行き、身なりを整えた後は、帰宅する駅で利用しただけなのだが、彼女は、一時間も持たないようで、入ると、五分位゛出てこない。
椅子があれば、そこの座って待てるが、無いと経ち続けて荷物もありで、大変疲れた。
また、ミステリーのような事があり、会社のあるビルのある場所に、二人で行くのだが、そこは、部屋と言っても、用具室や、機械室しかない場所なのだが、彼女が、今日は聞こえないが、いつも、あの奥の部屋で、男の人が叫んでいると言うのだが。。。
内容は、出してくれ、こんなとこ嫌だとか、、後は叫び声だというので、びっくり。。画像
突き当りの部屋の凝視したが、機械室ようだった。
私は、怖いのが嫌で、雑木林も昼間は良いのだが、夕暮れや、暗くなると、白い何かがいると信じ切っているおばあさんなので、本社に報告書を提出する度に、あの場所に行かないといけないのに、叫び声を聞いたら怖くてどうになかなりそうになる。
今朝は、重い荷物を持てないので、断りの電話をしたのだが、一日だけでも良いからとのこと。
しかし、その一日でも、きついので、即答しても色々と善処すると言われるばかりなので、考えてみますと言って、
電話を切った。
良く考えても、無理そうだ。
契約書も無記入なので、そのまま宅急便で送る事にした。
あの研修と比べたら、超高齢者様のあの施設での掃除の方が、まだ良いかもしれない。
木曜日は、疲れ切っていたが、マイペースで、仕事が出来た
金曜日もマイペースで、いつもの通りに仕事を片付けた。
あの研修に比べたら、少しはましかなと思った。
研修が終わり、帰宅してから、荷物の重さを測り、それをどこに隠そうかと家じゅうを走り回った。画像
結局、置く橋を見つけられず、ベランダに、ごみの袋に無理やり詰めて、置いた。
アルバイトの研修に行った事を悟られるのが嫌で、ひっくり返りそうな体調のまま、いつもの通りに食事の用意をしたのだが、苦しかった。。。。。
もう、無理は出来ないと、心底悟った。
もう、同居人が女連れでいようが、メールをしていようが、キッズ用の隙バサミをもってどこかに行こうが、どうでも良くて、まず、自分自身の体調を、一番に考えて整える事にした。
やはり、72歳なのだと自覚したのだが、遅いか。。。。。


しかし、ブログを書いていて思ったのだが、72歳で働いているおばあさんはいるのか、いないのか。。
施設の仕事は、辞めたいが、次に行くところがない。
自分は、変な暮らしをしているなと思う。
アメリカ人の平均寿命は、78歳だそうだが、、、、。
近いじゃないの。。。同居人なんか、もっと近いし。。
オカルトも、怖いし、、例の彼女が聞いているという叫び声は、彼女だけに聞こえるのかもしれないし。。。
あまり、出場所を広げないようにしよう。
小さく小さく、、まとまってアルバイトなんか、考えてはいけない。
今回のアルバイトは、怖いし、身の程を知ったので考えないようにしよう。

抱擁

或る野球選手の方が、引退の報道。
テレビの画面を見ていて、少し寂しい様な、凄く偉かったと尊敬の念を感じていたのだが、沢山の同僚達と、英語で言うハグをしていた。
私は、抱擁というのがあまり好きではない。画像
きっと挨拶の意味なのだと思うが、おじぎを好む。
仕事場のいそがしですかの彼女が、少し会わない日が続くと、会った時に、遠くから私の名前を呼び、両手を広げて走り寄ってくる。
キスもしかねない位の勢いで。。。
私は、逃げる。
やめて~やめて~と、叫びながらカートの周りを逃げる。
本当に嫌なのだが。。。
もう少し前の、テレビでは、往年のスターで、ある武士の末裔という素晴らしいご先祖様を持つ俳優さんを、やはり、往年の女性歌手で、東大卒だったと思うが、シャンソンのような、とても味のある歌を歌う歌手の方が、(百万本のばらの、、、。)畑の被害について、見て判断をしてもらう為に、番組の中で共演していた。
武士の末裔さんが、少しの坂を歩きながら、彼女に声をかけて、彼女と対峙した時に、少し坂の為に俳優さんの胸の辺に彼女の顔が。。。
俳優さんは、彼女のほっぺを両手で包み込み、そして、彼女の額に軽くキスをした。
彼女は、俳優さんの胸に顔を押し付けて、何かの余韻を感じるように動かなかった。画像
そのシーンは、作り物ではないと思う。
男女の関係を思わせるものでもない。
ただの人間と人間の、尊敬し合う心がさせた行動だと思った。
俳優さんは、もうかなりの年齢のようだ。
その番組の前にも、ちらっとテレビで拝見した時に、上手に年を取った方だなと思っていた。
包容力のある余裕のある人柄や、深みの会話や、冗談や、、、素晴らしい。
歌手の人が、顔を寄せてじっと動かなかった時に、年齢の高い俳優さんを気遣い、大切に過ごしてほしいと願っている感じが、伝わってきた。
流れていくような、人間の一生に輝くような出会いを一瞬でも、経験する幸福な人もいる。。。

粉々に壊れている私の心が、良い物だけを見て、修復したいと思っている。
残念ながら、私の周囲にはそういうものがない。
そう沢山あるはずもないが。。。
時々、ちらっと垣間見られたら、幸福なんだなと思えば良い。

散歩

用事があり、小伝馬町に出かけた。
用事が終わり、帰宅しようと思ったのだが、お天気も良かったので、銀座方面に歩く事にした。
距離は、そんなに遠くなかったと思う。
日本橋に出た。
見慣れた通りを歩いていたら、明治屋が見えてきた。画像
独身時代に、明治屋の上の階に、クッキングスクールがあったのだが、そこに通った事を思い出した。
お米のとぎ方から、教えてくれる丁寧なスクールだった。
あの頃の、お料理のレシピのバインダーが、まだ、家にあると思う。
そのそばに、ボーイフレンドの、父親の会社があるのだが、まだ、あった。。。。
お付き合いは、家柄が関係していると、しみじみ感じた出会いだった。
電話をかけたら、おぼっちゃまは出かけています。。。というばあやの返事を聞いた時、これは無理だなと思った。
その後、そのボーイフレンドも、会社を作り、経営をしているようだ。
明治屋の前の通りを、ずっと歩いていくと、銀座に出る。
独身後半のリッチだった頃に、出入りしていた和食やさんの前を通った。。画像
行き過ぎて、戻った。
懐かしい。。。。
リッチといっても、食べるのは、ランチ位だった。
とても高いお店で、普通の時間には、入れない。
ランチは、少し安くなっていた。
このお店は、支店がいくつかあり、赤坂のお店に行くことが多かった。
次姉と、訪れた時は、銀座のお店だった。
次姉が、まだ、元気な頃で、楽しいひと時を過ごした。
冬で、私は半コートを着ていた。
姉は、ペンキの付いた、オレンジ色のウインドブレーカーを着ていた。
レジ前で、コートをお預かりいたしますと言われて、渡した。姉のペンキ付きのウインドブレーカーも。。画像
食事をしていたら、天井の空調を調べている人がいる事に気が付いた。
何も、飛んでくる訳でもないし、私達は、楽しく食事をしていたのだが、終わる頃、紺色の着物をきれいに着こなしているウエイトレスの人が、お盆に綺麗なコーヒーカップを二つ乗せて、現れた。
私達は、食後のコーヒーは、予算の都合で諦めていたのだが、私達のテーブルに置いた。
そして、空調を調べていて、お食事中に失礼したと言われ、コーヒーをお楽しみくださいと言われた。
私も、姉も驚いて、遠慮なく、暖かくて良い香りの、コーヒーを戴いた。
苦みも、香りもとても良くて、美味しいねと、姉と言いあっていただいた。
飲み終わった頃、また、きれいな着付けをしている、ウエイトレスの人が来た。
手には、紙の手提げを二つ持っていた。
私達の前に立ち、このお店のお湯のみであると話して、お詫びにお使いくださいというような内容を言われた。
益子焼の茶色の湯飲みで、私の家には、大切に保存されている。
それも、とても嬉しくて、素直に戴いた。
会計の時、コートを後ろからかけてくれた。
姉のペンキ付きのブレーカーも、丁寧に差し出してどうぞと言われて、姉がとても恥ずかしがった。
御礼を言って、階段の前に来て、振り返ったら、レジ前の所に、きれいな着物姿の人が数人並び、私達を見て、
丁寧なお辞儀をしてくださった。
階段の途中で、また、振り返ったら、まだ、こちらをにこにことした笑顔で見ていた。画像
姉も、私も、何度もお辞儀をして、階上に出たが、良い思い出である。
あの時に、飲んだコーヒーをもう一度、飲んでみたくて、食後にお願いした。
あの頃と同じ、とても美味しいコーヒーだった。
姉が生きている頃に、もう一度来たかったと思いながら、コーヒーを味わった。

次姉は、不幸を自分で作り背負っていた。
私のように、障碍のある子どもがいた訳ではない。
二人の男の子は、健常であり、それなりに、楽しく生きがいを持って暮らせたはず。。
お決まりの、実家の流れで、不幸のどん底を選んでいた。
いつも思うのだが、問題は、実家の母親だったのだと思う。
五人の兄弟姉妹の中で、けなされて育ったのは、私と次姉の二人だった。
私は、意地の悪い子だと言われて、父親を見ているようだと言われて、次姉は、嫌らしい子で頭が弱い子と馬鹿にされていた。
実際は、とても優しい、思いやりのある次姉だったのだが。。。
晩年は、がんになり、脳に転移して、性格がおかしくなり、私や、姉や、母親を嫌い、相手をするのが大変だった。
当時の、姉の様子をずっと見ていて、もう手を尽くす事が出来ないと、思わなければいけない事があるのだという事を知ったように思う。


しゅーーっと。。。。

部屋の持ち主が、いつの間にか変わり、全体の雰囲気が、以前とは違ってしまう。画像
そういう雰囲気の中で、いつもの通りに掃除をする事は、少し難しい。
例えば、空気が汚れていると思われる場合、引き戸を少しだけ開けて、数分間放置するのだが、その間に冷たい空気がリビングに流れていく。
すると、新しい入居者が大きな声で、怒鳴るのだが、その怒鳴り方は相手を完全に下に見て、言ってはいけないような言葉を投げてくる。
暴言に近い。
それは、入居したばかりで、世間での掃除する人間の立場を想像していて,この場所では、あまり関係ない事が分からない。
一か月もすると、態度と言葉が変わる。
本当は、そんな事はどうでも良くて、それよりも、密閉してしまう部屋が問題だ。
空気の循環は、損なわれ、布団や、シーツに付着している、浮遊する有機物が、降り注ぐ。
マスクをしていても、咳が出てしまう時がある。
感染等が起きた時の場合、直接肌に付いていた物を、整えたりするのは、ある程度、危険ではないかと思う。
特に、この季節は、締め切った部屋での掃除は、危険だと思う。
掃除の立場だと、入居者の健康状態についての、データ等の開示はない。
ただ、ある日、部屋の名札が無くなっていて、他界したと知る。
部屋の掃除をする条件が、ある程度あるのだが、それが、この頃あまり適用されていない。画像
一番嫌なのは、締め切った部屋の中での掃除だ。
空気が汚れている場合は、何度も経験しているが、どうしても空気としては認められない。
窓を開けて、数分の換気で消えていくが。。。。
窓を開けるだけで、その疑問は程なく気にならなくなる。
この頃、自分は、大変危険な仕事をしているのではないかと思う。
嫌になったのかと、聞かれたらそうだと答える。
引き金は、上記の他に、掃除機の未来が、関係している。
掃除機は、毎日、30~40室の掃除に使われていて、程なく、あちこちが故障をするのだが、
その度に、乱暴に使ったのではないかとか、落としたのではないかと言われるのだが、そんな事をしなくても、
何度も、スイッチを入れたり切ったりしていたら、疲労を起こす。
それで、壊れると、始末書を書かされる。
新しく来た掃除機の、スイッチは、本体についていて、一々屈みこんで、スイッチを切る。
それを一日に50回位繰り返す。
屈みこみ、スイッチを押してつけて、また、屈みこみ切るのだ。
その繰り返しをしていたら、また、プラスチック疲労が起きて、割れたりする。
その時に、いつも直してくれていた、営繕さんが辞めてしまう。
次に来た人は、とても頼りなくて、大丈夫かなと思う。
いそがしですかの彼女が、あの人は問題があると言った。
どうしてと聞いたら、言葉につまっていたが、修理を頼んだらきっと余計な事を言う人だと言った。
プラスチックが割れたりしたら、自分達で、根をつめて真剣に直すしかないようだ。
掃除機には、購入した日付と、使用者の名前が貼られている。
理由は、誰が壊したか分かるようにしているとの事。
今度、スイッチが入らなくなったり、吸い込み口の付近が割れたりしたら、どうしようか。。。。
何しろ、今度は、掃除機の修理をしてくれる人がいないのだ。
ほこりは嫌だなとか、掃除機が壊れたらどうしようとか、働く意欲が萎んでいく風船のようにしゅーーっと小さくなる。





言葉の哀しさ

地方に嫁いでいる姉が、塞ぎ込む状態らしい。
私は、まだ、色々とあるが、胸の真ん中にとても、明るい穏やかな草原がまだあるので、姉の話を聞いてしまう。
もし、自分の心中が、暗い雲に覆われていたなら、姉の話を聞いてあげられない。
聞いてあげても、どうしろとか、こうしろとか、意見は出てこない。画像
穏やかな心境でいても、やはり、聞いてあげるだけかもしれない。
解決しない意味は、過去に言ってしまった言葉だから。。。
どうして、人間は、ふと、悲しい言葉を吐いてしまうのかと思う。
自分自身に言う場合はどうってことはないが、相手がある場合、それは、言った人自身の良心が反応する。
姉には、四人の子供がいたが、長男が自殺をしている。
父親との折り合いが悪く、登校拒否も起こしていて、途中退学もしていて、家を出て、生活をしていた。
旅館で働いていて、時々、姉にお金を送ってほしいという感じだったようだ。
自殺をする前に、やはり、お金の電話がかかってきたが、姉は、父親に言いなさいと出来ない言葉を返したようだ。
そして、もう戻ってこないで、と言ってしまったようだ。
言われた長男の心は、病んでいたかもしれない。
健常ならば、自分を信じて頑張ると、方向修正をしたと思う。
悲惨な結末を姉は経験している。
言ってしまった姉の心を救えない。
80歳の高齢になり、まだ、あの時の言葉を忘れられない。
こういう時の流れを、経験する人は多いのだろうか、少ないのだろうか。
多分、人には話す事はしないで、胸に封印しているかもしれない。
私も、長男が倒れた時、倒れる寸前に、お母さんも、もう年だからね。。と言ってしまい、言わなければ良かったとずっと、後悔の日々を送った。
未だに、写真の彼にごめんね。。。と声をかけている。
同居人が、朝出かける時に、玄関で靴を履きながら、おまえみたいに気の強い女はいないよ。もっと優しい女が
いるよ。お前は駄目だよと、吐き捨てるように言いながら、ため息をついて、玄関のドアをバタンと閉める。画像
家の中には、誰かと比べられて、けなされた私が残る。
私は、その言葉に対して、何も言わない。
朝、玄関を出たら、何か起こるか分からないのが今の世の中なので、黙って聞いている。
本当は、お宅のような、足りない頭の男と結婚したから、強くなるしか生活できないからと言いたいが、自分が一番だと思っている、同居人を怒らせる必要はないし、朝、怒ったまま、自動車に撥ねられでもしたら、きっと、
数か月位、気に病むと思う。
この場合の、肝心な事は、私が、その言葉を言われてもどうでも良いと思っている事だ。
相手の尺度で、勝手なけなす心を私に投げても、私の尺度とは、長さが違っている。
自分の尺度にあう人を選べばよいと思うだけだ。


姉の長男は、もしかしたら、手助けが必要な人だったのかもしれない。
姉の次男は、少し障害があり、生活上、姉を苦しめているようだ。
でも、長男の時のように、言葉を投げる事は出来ないようだ。
それだけが、救いだと思う。
戻れない過去で、自分が放った言葉を修正できない。
その苦しみを携えて生きて行くしかない。
二男にその言葉を言わなくて良かったと、思うしかない。

人それぞれの考え方があるが、私は、誰にどのような言葉を言われても、(言葉にもよるが、、。)言った方が足りないやつとか、考え方が違うのだと思って生きてきた。
それに、自分が小さなものだと思っていた。
プライドというものは、あるが、置いてある場所が普通とは違うようだ。
この考え方は、異常なのかもしれないが、子供時代の悲惨な生活がさせていると思う。
先日、三丁目の夕日という漫画を、コンビニで購入した。
戦後の粉ミルクの話等が載っていた。
その中に、給食費を学級委員が集めていて、貧乏なつぎはぎだらけの洋服の、女の子に払ってというシーンが描かれていたが、机に座って困っている女の子が、その私であると思った。
しかし、私は、泣かなかった。
学級会で、どうして払わないのですかと、聞かれて、聞こえないように黙っていたが、そういうタイプの女の子の、シーンも描かれていて、何を聞かれても返事もしないという女の子は、私なのだが。。
教室で、笑うとか、話をするという行動を、あまりした記憶がない。
クラスにいたと思う、、そういう境遇の子が。。

強運か。それとも、、、。

穏やかな、心境とは裏腹に、色々な事が起きて、、まあ、生活しているのだからしょうがない。
少し、遅く10時頃帰宅した。
普段は、殆ど、そういう時間にはならないのだが、同居人が飲み屋に行く日は、遅くても大丈夫だと思って。。
しかし、メールが入っていた。
玄関の電気は消えていて、階段の電気がついているので、戻っている。画像
玄関の外の植木鉢の上に、何か、壊れ切った透明傘が置いてあった。
あまり気にせずに、家に入った。
急いで、お茶と、トーストと、紅茶をもって二階に上がった。
飲んで来た日は、まったく食べないのではなく、少し用意をしないといけない。
そんな用意なんか、何も気にならなく、機械的に用意する。
暗くしていたが、何で遅いんだ。主婦が夜遊びなんかして。。と言うのだが、ムカッとした気持ちは、押さえて、
友達と話をしていたと、返答した。
友達と話をしていたかどうかは、内緒だ。
私に、何をいっても、もう反応はあまりないと思った方が良い。
どのように思われても、不良主婦と言われても、嘘つきと言われても、私の心には、響かない。
その夜は、そのままで就寝。。。
翌朝、玄関でバリバリと、変な音をさせて何かをしている。
玄関の中で、あの植木鉢にかかっていた、壊れ切った傘をまとめようとしていた。
朝なので、私がするからと言って、取り上げたが、その態度が良かったのか、心が軟化したようで、
経緯を話始めた。
ここで、唇の両脇がふるふると震えそうになった内容を聞いた。
昨夜、玄関の前で、鍵をあけようとして、鍵を出したが、鍵穴に刺さらずに、空振りをして、モンドリウッテ三段の階段を落ちたようだ。
その時に、傘の上に落ちて、傘の柄や、骨が壊れたそうだ。
何と強運な、凶運な。。。
ケガなしは、頭だけではないようだ。(毛沢東主席にそっくりです。頭部が。)
以前は、自転車に乗っていて、上を見上げただけで、凄い勢いでハンドルが取られて転んだが、たいしたケガではなかった。
家の前でも、自転車から降りて、止めようとして、ハンドルをとられて、自転車と同時に左右に分かれるように倒れると言う芸当をしている。
自転車の後ろのランプが割れていたが、同居人にはケガはなしだった。
栗拾いに出かけた時、膝程のコンクリートの柵に飛び乗り、ジャンプしてあちら側に降りたのだが、その場所は、瓦礫が山の様に積み上げられていて、突出した塊もあり、危ない所なのだが、ジャンプに失敗して、着地時に、膝ががくんと折れて瓦礫に顔を突っ込んだのだが、鼻血少し、ほっぺに傷、向う脛が一皮むけて血が少し
という、軽傷で済んでいる。
強運の何かが、また、一つ増えたという事。ほんと、、、凶運だと思う。

不思議に思うのだが、私に関わるとそういう出来事が起きているように感じるのだが。。
もう、出かける事はあまりないのだが、日曜日に雨であったが、私が歩きたいので、一緒に、農家の野菜を買いに出かけた。
その時は、何も起こらなかったが、きっと遅れて傷つけられたのだと思う。

そういえば、駅の階段から転げ落ちた事もあり、けがなし。
商店街で、自転車で転倒し、泥だらけになり、失禁もして、帰宅、こたつの中に首まで入っていて、
何が何だか分からない、、、気が付いたら家にいたと言っていた。
顔にも泥が付いていたので、着替えたらと言って、こたつから出したが、ズボンがおしっこだらけだった。
それも、覚えていないと言っていたが、体が翻弄されることが多すぎると思う。


三月ですが。。。

来月は、三月なのだが、同居人の仕事はどうなったのか。。。
何も言わずに、過ごしているが、もう三月だと言えなくて、様子を見ている。画像
従って、今の施設の仕事にも、通うようになるようだ。
そうであれば、それなりに有り難い事なのだが、
仕事としては、きつくて、本当はそのまま辞める事になったらしょうがないと思い、ほっとするはず。
年齢としたら、もう、無理がきかない状態だと思う。
先日も、ベッドの脇に、壁に沿って使い捨ての物が隠されていて、それを取るのに体をひねって、主に下半身をひねって取ったのだが、その後、股関節外側が、痛くなり、階段を降りる時に、落ちそうになった。
歩く時も、股関節を庇って歩くので、ソロソロと歩くしかなかった。
一晩、寝返りをしても痛くて、朝から整形外科に行った。
レントゲンを撮ったら、股関節の付近の骨から、カルシュウムが少し剥がれていたらしく、小さな白い部分が移っていた。
帰宅時、自転車に乗るのは大丈夫だったので、助かったが、途中で歩く時、いつものように大股で歩くことが出来ず、ゆっくり歩いているお年寄りは、きっとこういう風に足が思うように動かないのだなと納得した。
処方された、ロキソニン湿布を貼る時に、ビリッと痛い骨の部分にエレキバンを貼って湿布を貼った。
すると、一晩経過後、朝起きたら痛みが無くなっていた。
湿布が効いたのか、エレキバンが効いたのか、早めの治療が効いたのかよく分からないが、画像
触っても痛くない。
しかし、たった一日、痛い方の足を庇って歩いたのだが、もう一方の足、特に膝が痛くなった。
こうして、あちこち、体の故障が始まるのだろう。
長姉が、失踪する予定と言っているが、元気で失踪できるとは限らないと、今度の電話でいうつもりだ。
本当に、いくら気を付けていても、年と共に、体のあらゆる部分が壊れていく。
維持したくても、出来なくなる。
平均寿命が、男は80歳らしいが、同居人はもう74歳になろうとしているが、あれま、、もう少しで寿命年齢となる。
女の人は、87歳らしいが、それも、大して変わらないか。。
それなのに、働いている私。。。。
無謀な事をしているとしか、思えない。
同居人が、ロマンチックな生活をまだ、している事が凄いなと思うのだが。。。
もしかしたら、私よりも若いかもしれない。
そういう出来事を、気にするよりも、自分の体でしょ。。
気に病むと、体がついていかない。
そんな事よりも、ほれこの皺くちゃになってきた手足が問題だ。
パンと柔らかく張りのある大腿部のはずが、病院でレントゲンを撮る時に、下着姿になり、横たわり、じっと大腿部を見たら、タランと肉が垂れていた。
力を入れても、持ち上がらなかった。
このような状態を、誰に見せる事が出来るか。
密かに、自分だけが見て、人様には、見せられないと納得する。
危うい年齢となったという、自覚をしないといけない。

クライネ。。

姉と、実家の事で話し合う事がある。画像
結局、解体をしてからという、結論になる。
実家の玄関前は、道路に接していて、建て替える場合、支障はないのだが、裏手は、もっと広い道路に接していて、そちらからの出入りが出来るようだ。
狭い土地なのだが、玄関前の私道とは違う、公道が裏手にあるので、それをいかせるようにしようと話をしている。
まだ、今年いっぱいは、動きが無いかもしれない。
先立つお金がないから、情けない話だ。
その情けない状態は、姉も一緒で、二人で暗い話ばかりしている。
姉は、猫ちゃんを7匹も飼っているが、猫の家出ではなく、姉自身が家出をしたいと言う。
猫ちゃんが、いなくなったら家を出ると言う。
猫ちゃん達は、まだまだ元気そうだ。
姉は、80歳になるが、さて、、家出をする頃には、何歳になるか????。
どこに行くのかと聞いたら、言わないと答えた。
7年経てば、失踪したことになるので、そうするのだと言う。
姉の人生を辿れば、順風満帆と言える時期があったと思う。
子宝に恵まれ、お金持ちの家に嫁いだので、お金に困らない生活をしていたと思う。
私が、結婚をして、北千住の公団に住んでいた頃、母親は、何回もお金を貸してと訪ねてきた。
その当時で、5万円を何度も借りに来た。
当時の私は、仕事柄お金に困らず、貸しても良いという状態だったので、気軽に渡していた。画像
そのお金は、一度も返ってこなかったが。。。
その後、母親が話した内容が、姉が貧しい家から嫁いだと言われないように、お金を送っていたとの事だった。
子供のお祝いも、姉の家には、事あるごとに、色々と送っていた。
四人も子供がいたので、その度に、学習机とか、五段の雛飾りとか、姉が実家に来る度に、大きな金額を渡していたと、母親から聞いたことがある。
私達、兄弟姉妹は、五人だったが、その中で、女は四人で、母親が、相手の実家を気にして色々としたのは、長姉と、末妹の二人。
次姉と、私は、問題外だったようだ。
私の場合、次男は、31年位前に小学校入学だったが、一万円がお祝いだった。お返しに、お赤飯と、お菓子の詰め合わせを返したが、ランドセルも買えない金額。
初めてのお節句には、団地サイズのこいのぼりだった。
これは使ったことがない。恥かしくて外にも出せなかった。
年の近い妹の子供には、五段の雛飾りだった。
次姉の所も、同じような貧相なお祝いだった。
そして、結局、その問題外の次姉と、私が実家のお世話をしたのだが。。。。。
次姉は、途中で病気で他界したので、その後をするように妹が関わってきた。
母も、兄も、妹を信頼していた。
その信頼に、妹が答えていたかどうかは分からないが、今は答えざる得ない状況で、答えていると思う。
長姉と、私は、戦が終わり、同情心で繋がっているが、私は、あの当時の事よりも、今の姉の状況に大変な困難を感じる。
私も、人の事を論じる状態ではないのだが、姉の困難さには、脱帽する。
二人で失踪でもしようかと言いたくなるが、とても暗い話で、塩でも撒こうか。。。


自分で分かっているのだが、、、このような昔の事ばかり気にして、、あんぽんたんな私。
だから、行く先が開けない。
ものの考え方に無駄がある。
思い出しても、先には進めない。
でも、不思議なのだ。。
書くことで、気持ちが治まるのだが。。。
怒りは、感じない。
これは、前に進むどころではない。
立ち止まり、反芻している牛のようだ。





変わる。

国民の義務である、税金納付に先がみえて、何とかなりそうだ。
何しろ、封書が届いたら、何が書いてあるのかと、震えてしまう。
大体内容は、予告なく差し押さえをするとか、会社に給料の差し押さえの通知をするという内容。画像
社会的に、葬られるかもしれない、信用問題であるが。。
以前、二年間もお給料がなかった事があったが、その頃から納付が滞りがちだったと思う。
私の分は、兄が払ってくれたのだが、離婚をするなら、相手の分そのままにしておくと言って、放置状態。
その結果、ある銀行から借りて、一気に払った。
すると、あるのに払わないのだろうと、推測されたらしく、予告なく、、、の文面が何度も送られてきた。
私の分は、何とかなっていたのだが、彼の分は、少し滞ると予告なく、、、が来た。
恥かしい結果なのだが、還付金を差し押さえとなった。
その時に、私が電話で、代理として担当者と会話をしたのだが、思い出したくない位酷い会話をした。
サラ金の取り立てのようだった。
私の心は、そういう生活の節度のようなものが、欠如していて、ただ、壊れていたのだと思う。
その状態は、何もかも、普通から離れてしまい、常識がなくなり、滞納をしても分からない位麻痺していた。
普通の生活ではなかったと思う。
自分自身で、壊れていると自覚があった。
浮気は、心の殺人というが、その通りで、吹っ切れるまで、何もかも無意味に思えた。
家庭を持っていたら、やはり、楽しく暮らしたいと思う。
その部分が、なくなってしまったら、自分でどうしたいのかが、分からなくなっていた。画像
ただ、悲しくて、悔しくて、酷いが、心の中を占めていた。
もう駄目だと、気が付いたら、次の段階は、離れたいとなるのだが、それが叶わないと、益々、現実を見なくなる。
次の段階は、生きる為に、そういう問題に、関心を持たないようになる事だ。
今、その段階で、無関心である。
すると、生活に対して、色々と気にかかる事が出てくる。
税金の納付については、当たり前の事柄なのに、どうして、こんな状態にしてしまったのかと気が付くのだが。。
休みの日に、朝から、A四に、税金の納付予定の一覧を打ち、色分けをして、払っている分と、今度払う分と、これから払う分を分かるようにした。
そして、それを持って役所の納税課に行った。
これからの支払い予定の相談ですと、言って、例のサラ金業者のような担当者を待った。
すると、例の担当者は、出てこなかった。
代わりの封書にも書かれていなかった人が、私を呼んだ。
私は、ただの納税者として、役所を訪れて、支払い予定の相談をしに行った訳ではない。
あのサラ金紛いの取り立て口上を言った人の、顔を見たかったのだが。。。
今迄、何十年も払ってこなかった訳ではないのに、あの言い方は、あなたの顔を見たいと、私に思わせたのだ。
ただ、ご尊顔を拝見したかっただけで、ナイフを隠し持ってなんていう行動はしないが。。。
(滞納者には、そうするしかなかったと言う事なのだろうが。。)
別の人に、銀行のローンの契約書を見せて、納税の為に借入をしたと言い、毎月支払いをしていると、話をした。
いくら払っていますかと言われたので、金額をいった。
一気に支払いがされたからと言って、お金があるのに、払わなかった訳ではないと言いたかった。
予定表を提示したら、役所側の一覧を見せてくれたが、予定表よりも、かなり、少なく、必死にお金が出来ると、
払い込みをしていた分の結果が出ていた。
これで、次の年金支給日にも、納付をして、終わりとなる。
これからは、その別の人が、担当者となるようだ。
多分、その担当者にサラ金まがいの口上を、言わせるような事は起きない。
納税は、国民の義務であるが、人生には、それを滞らせる程の衝撃的な出来事が起きる。
そして、誰も助けてはくれない。
その事がよく分かった。
自分が、一人の人間である事が忘れられている。
結婚をしたら、相手の言う通りにして、何をされても我慢をする妻として、母として、生きていく。
それはそれで、大変な貴重な体験であると思うが、伴侶として、相手を苦しめる行動を平然とするのは、ルール違反だ。
それに、翻弄されて、何も判断が出来なくなって、自分で苦しい道を選んでいる。
その事に気が付くまで、下らない生活をしている。
胸の辺が、見えないのだが、凄く平坦な明るい草原のような感じが、ずっとしている。
呼吸が楽になったような感じだ。
気が付くのは、少し遅すぎたと思うが、油断をしないで、暮らしていく。

草原

胸の辺に心があるのか。。。
心は、魂なのか。。。
仕事先のハンディのある男の子が、様々な言葉を投げてくる。画像
先日は、死にたいだったが、今度は、明日、僕の魂は無くなります。というのだが。。。
私は、魂がどこにあるのか、分からないので、彼に魂はどこにあるの?と聞く。
すると彼も分からないと答える。
分からなかったら、どこからどこに行くのかも分からないよ、、と私は独り言のように言う。
胸にあるの?と聞いてみたら、分からないと答えた。
それじゃ、そのままにして、今のお仕事を終わらせようと言って離れた。
彼は、家庭で辛い事があるらしい。
棺桶にはいりますから、、、という言葉も言ってきたが、否定的な返答はしないで、手とか足とか、動かして、
仕事を頑張って、終わらせようと答えるしかない。
言葉をかけてきた時は、きっと、暖かい気持ちになりたいとか、寂しい心の時だと思う。
このような偉そうな言葉を書いているが、私も大体同じような心境の時がある。
彼と違う所は、私は彼よりも何十年も生きている事だ。
だから、回避する方法をいつか見つけるのだ。
そのいつかが、やってきた。。。。。。。
心が胸にあると想像すると、胸の中に、とても気持ちの良い穏やかな気候の草原があるみたいだ。
小さな胸なのに、とても広い気持ちの良い穏やかな空間を感じる。
同居人に対して、様々な希望や、関心や、苛立ちや、悔しさが消えた。
何をしていても、良いと思う。
私は、自由であり、彼も自由である。
私が、旅行をして、何日も家を空ける事があるかもしれないが、その間に家に誰かが入ってきて、私のベッドを使っても良い。
帰宅したら、きれいに掃除をするので、構わない。
家の物をもっていっても良い。
無くなったら、補充をするから。。
私の目の前に居ても、構わない。
私にとって、大切な人はもういないから。。。
嫌だな、見ないようにしようとか、なるべく触らないようにしようとか、、、。画像
こうなったら、もうお終いだと思うが、この家に居ても構わない。
出て行けとか、争う事は、時間の無駄であり、そういう会話はする必要を感じない。
生活上の、関心が無くなったと言う事だ。
彼にしたら、とても暮らしやすくなったと思う。
私は、もう歩き出したので、元の心には戻らない。
縁という川に、二つの船が動いている。
其々が、楽しそうに、櫓をこいでいる。



早かった。。。

喉風邪が、一昨日位から平気になった。
とても珍しい事である。
普段は、引きずり一か月位かかるのだが。。。
耳鼻科の治療である、Bスポット治療というのが、功を奏した。
鼻の中に長い器具の先端に薬の綿つきを入れて、ゴチョゴチョとすると、果てしない激痛が襲う。
そして、喉奥の見えない上あごの付近を更に、ゴチョゴチョと綿棒を動かすと熱い様な痛みが襲う。画像
それを我慢すると、治る。。。。
そして、治ったようだ。
ネブライザーをしている時に、診察台が良く見えるのだが、一人の中年の男性が座っていたのだが、
その人が、Bスポットはしません と言っていたが、少しうつろな顔をしていた。
多分、あの痛みが耐えられないと、判断したのだと思う。
喉の痛みは治ったが、花粉の季節となり、くしゃみが止まらない。
多分、また、5月初めに、耳鼻科にいかないといけないと思う。

病院に、通院する作業はあまりしたくないのだが、同居人の循環器と、糖尿病外来に付き合っている。
その事で、考える事があり、多分、付き添わなくなるようだ。
一緒に行かなくても良いと思うようになった。
検査項目の中で、高額である検査をしないようになった。理由は手術をしないからだが。私が支払わなくても良くなったし。
以前は、会社を休んでいたり、病院が終わっても夜の8時頃帰宅したりしたので、何かをしていると疑ったのだが、
それも、もうあまり気にならなくなった。
そういう事を気にしても、相手は何ともなくて、したいことはするのだから。。画像
暮れに、会社が御用納めをしているのに、出勤して、診察曜日ではないのに、病院にいき、その後、どこかに消えたのだが、そういう事を問い詰めるのも、むなしさを感じる。(これは、帰宅時間や、送られてくる通話履歴でわかった)
やりたければすれば良いと思う。
数値を調べたり、食事の加減を提案したり、用意したりという事も、もうしない事にした。
血液検査や、検尿のデータの載っている紙面も、分厚く閉じてあるが、それも捨てた。
その結果、分かったことは、相手を自由にしたら、自分も自由になったという事だ。
お金が、使えるようになったら、とても行きたい場所がある。
石川県能登に行ってみたい。
新幹線で二時間位らしいが、一人暮らしをしている友達と行こうかと話をしている。
家の中に、また、誰かを入れるかもしれないが、それも構わない。
帰宅したら、シーツ交換や、掃除をすれば気にならない。
この感覚は、完全に愛情という類のものが消滅したという事だ。
今も、家の中で、殆ど口もきかず、私は、リビングにいて、好きな番組をゆったりと観ている。
一緒だと、チャンネルをコマーシャルの度に変えたり、突然変えたりするので、気持ちが落ち着かない。
一人だと、ゆっくりコマーシャルの時には、お茶を変えたりして、臨機応変に対応している。
うるさく、家政婦のように命令されなくて、凄く気持ちが良い。
この状態は、もう少し続くと思う。
いつも、気に入らない事があると、口を聞かなくなり、だだっこのように声掛けをしても、無視をする。
無視をずっとしてほしいが。。。どうだろう。。。
病院についていかない事を、うまくいえると良いが。。。
もう言い争いは、馬鹿らしくてしたくない。
暮れの血圧の事から、もっと自分を大切にしないといけないと感じた。
夫婦といっても、何もかも一緒ではないし、考え方も、違うし。。。
ただ、年齢を重ねた時に、労わりあえる夫婦か良いと思う。
そういう相手ではなかったら、しょうがない。

今日迄???

耳鼻科に行った。
熱はなくて、ただただ、喉が痛い。
鼻の奥が痛い様な、重たい様な。。。
発熱の有無を聞かれて、インフルではないようだ。画像
節々が痛くなるらしい。
高熱が出るらしい。
喉の奥は、鼻に通じる部分と、上あごの部分の事らしい。
細長い棒に綿がついていて、痛い薬が塗られていて、、、じっと我慢をした。
これで治療終了と安心していたら、先生が、上あごも塗りたいと言われた。
勿論、早く治りたいので、お願いした。
以前の経験から、凄く痛いと覚悟をしていたので、椅子からのけ反る事はしなかったし、ネブライザーをしている所で驚いて、鼻の吸入をはずしたおじいさんはいなかった。
抗生物質と、シロップと、吸入する容器を戴いた。
帰宅してから、携帯を見たら、いそがしですかの彼女から、何度も電話がかかっていた。
ラインは何か分からない言葉が入っているのだが、とても心配をしている様子だった。
電話を掛けたいが、声が出ないので、ラインで大丈夫だと返信した。
早く良くなって出て来てという内容の返事が来た。
喉イタを起こす前に、総合診療科に行っているのだが、その時も、喉の違和感があって、もしかしたら、
だいぶ前から、の症状だったのかもしれない。
あちこちと、出歩いていたら、きっとどこかで、菌をもらったのかもしれない。
ばい菌培養室も怪しいが。。。。
もう一人のパートさんからも、電話がかかってきて、その人とは、話をした。
二月の中旬に、ハンディのある男の子が実習で一か月過ごす。
その子に、私達二人が関わるので、その事もあり、話をしたのだが、途中からかすれ声になり、大変だった。
面倒を見るにあたって、二人の掃除の仕方が一致していた方が良いのだろうかと話あった。
大きな声で言えないが、二人とも年齢が70歳を過ぎているので、面倒を見切れる自信がないのだ。画像
若いいそがしですかの彼女だったら、大丈夫だと思う。
私達は、老いぼれていて、注意力も散漫だし、振り返ったら忘れるか忘れないか、、のような老化をしている。
もう一人のバートさんは、狭い個室に二人で入って作業をすることを懸念していた。
その他にも、パイプに当たると壊れそうになる掃除機を、使えるのかとか、本当に、真面目に考えると
難しい。
掃除機が壊れてしまったら、直してくれるおじさんがいなくなるし、と話をしたら、おじさんは、今日迄で辞める
ので、もういない と言われた。
それでは、ますます、壊さないようにしないと、面倒な事になる。
喉イタもつらいが、お薬を戴いたので、少し安心しているのだが、それよりも、おじさんが、、、おじさんが、
月曜日に出て行っても、いないという事が衝撃的である。
掃除機の扱いを、慎重にしないといけない。
いそがしですかの彼女は、吸い込み口の小さなローラーがすり減って、使えなくなっている。
二人で、様々なお店を調べているのだが、ローラーの代わりになるものがない。
中古の商品が、ネットで出ていたのだが、高価なので驚いた。
やはり、何かの代用品を作ってくれる人がいないと困る。
おじさんは、それをしてくれたので、いなくなると大変困る。
掃除機を使う時に、緊張すると思う。
もう一人のパートさんと、様々な問題点について、話し合った。
早寝をする生活らしいのに、話し込んでしまい、また、眠れなくなったと言われるかもしれないが。。。
私的には、一度話あわないといけないと思っていたので、丁度良かった。



喉風邪

仕事場の、休憩室は、ばい菌培養室である。
交互にいそがしですかの彼女と、ハンディのある子が、喉風邪をひいている。
先日は、いそがしですかの彼女が、私の前で、何度も咳をした。
風が、、風邪が、、、で、あっという間に培養室で、培養されてしまった菌を吸い込んだ。
昨日あたりから、鼻水が出て、喉が渇いたように痛くて、今日は彼女達と同じ咳こみをしている。
不思議に思うのだが、この一年の間、交互にタンのからんだ咳をして、喉にタンがつかえている様子なのだ。
私は、休憩の時間をずらしていたのだが、最後の10分程が、一緒になる。
その時に、テーブルをはさんで、咳の風が吹いてくるのだ。
不覚にも、同じ症状となった。画像
彼女達は、若いので、元気に行動しているが、ゴロゴロゴホゴホと、変な咳をしている。
二人が前後して、首のリンパ腺が腫れた事があるが、正直な心としては、おかしいんじゃないの?だが。。。
それが済んだら、咳の掛け合いとなっている。
何が原因なのかと、不思議に思う。
これ以上続くようなら、辞めようかなと思う。
体あっての生活なので、たまらない。
個室の掃除をする時は、窓を開けてしてくださいと言われているのだが、開けるべきなのだが、この寒さで、
どうしても隙間程度しか開けられない。
部屋の中の、異臭を取り除きたいので、一つの部屋をそうじている間にもう一つの部屋の窓を少し開ける。
リビングでじっとしているお年寄りは、きっと寒さを感じると思う。
現に、怒鳴られたのだが。。。
どうしたら良いのかと思案中だ。
そういう面倒くさい事が、この頃気になる。
いつも、掃除機を直してくれていた営繕さんが、三月で辞めてしまう。
唯一、話をするおじさんだったので、つまらないな~と思う気持ちが、辞めたいなという思いに拍車をかける。
辞めたいなと思いながら、もう少しいるのかもしれない。
ばい菌培養室での、休憩も嫌だし、と思うのだが、お金を稼ぐ為に行っている事を忘れている。画像
我慢しないといけないのか。。。
おじさんが、私のシフト表をコピーしてくれて、私にほいとよこすのだが、その時に、掃除機の話をしたり、
仕事上の他愛のない話をすると、気持ちが和らぐのだが、それがなくなるのが寂しい。
あまり、気にしないようにしているのだが、事務所の人や、上司とは、何か隔たりがあり、煙たい。
あまり、口をききたくない。
そういう環境の中、唯一おじさんと話をするのが、清涼剤のようで良かった。
おじさんは、私よりも数年若いが、油断は出来ない。
辞めてしまったら、多分、二度と会えないと思う。
おじさんの健康を祈ってしまうし、私も健康に気を付けて行動しないといけない。





楽な気持ち

二十代後半の頃、散歩をしている時に見つけた、アルバイト募集の紙をみて 応募した。
その場所は、小さな借家のような家が並ぶ一角にあった。画像
平屋で、六畳と四畳半の家だった。
木製のドアを開けると、中から絵の具の様な匂いがしてきた。
二つの部屋は、雑然としていて、机は下から蛍光灯があたり、机上は、曇りガラスがはられている机がいくつもあった。
あの頃、テレビでは、マジンガーゼットとか、サザエさんとか、どろろん閻魔君とか、、今思い出すのはこの位。。
そのアニメの下請けの会社だった。
簡単な面接があり、明日から来てくださいと言われて、その場所に通った。
仕事は、セルの下に下書きの紙を置いて、それに墨汁をつけたペンで書く事。
セルに印刷された絵の中の、印刷がすれている部分に絵に沿って線を入れる。
何枚もパラパラと動かすと、口が動いて話をしているようにみせる、口だけを書き続ける仕事。
少し、難しかったのは、均一に線を引くことで、筆圧を一定にして動かす。
その仕事が面白くて、時間が経過するのが分からなかった位、没頭した。
その会社は、今でも健在のようだ。画像
有名なアニメの最後のテロップに、その会社の名前が出ている。
放映される時に、名前が載るのだが、私の前の人までが載り、ざ~んねんと思ったのを時々思い出す。
白い手袋をして息をとめるようにして線を引いたあの頃とは変わり、パソコンの時代なのだろう。
その線を引く動作をする機会が、今、あるので思い出したのだが。。。
ひょんな事から、始まった血圧測定。
当初は、結構高い数値が出ていたが、12月から現在まで、殆ど、朝も夜も正常値か、少し超える位だ。
時々、精神的に追い詰められる状態があるのだが、その時は、高い数値が出る。
それが分かったので、平常心を心掛けるようにしている。
仕事が終わり、買い物をして、寒い中帰宅し、着替えをしてから、計測してもそんな感じなのが驚きだ。
ノートに、朝、夜の区別をして印をつけて、それをグラフのように、線を引くのだが、その体制になると、ふと息を止めるような仕草になる。
フリーハンドというらしいが、その頃は知らなかった。
点から、点にまっすぐ線を引くのだが、それがとても楽しい。
綺麗に引けると、何となく笑ってしまう。
子供の頃は、いつも絵を描いていたので、心が安心するのかもしれない。
もう一つは、血圧が一定であるのでそう思うのだ。
もし、乱高下していたら、そのような心境には、ならないと思う。
どうしても、降圧剤を飲みたくなくて、様々な情報を仕入れ、友達にも聞いて、ノートに丹念に記録をとり、
それから考えようと半分、何とか飲みたくないという逃げ腰から始まっている。
ある会社のサプリメントを購入。
サーディンとあるので、魚のエキスらしい。
体に良いのか悪いのか、データはないらしい。
魚だったら良いのかもと思い、飲み始めて、二箱目になる。
多分、その効果が出ているのだと思う。
血圧測定をすると思っただけで、緊張してしまう以前とは、全然考えられない心境である。
但し、そのサプリを止めると元に戻るらしいが、降圧剤もそうらしいので、サプリを選んだ。

十年ひと昔。

やってはいけない事なのだが、ペットボトルの湯たんぽを使用している。
二リットルの少し固めのボトルに、ぬるいお湯を少しいれて、ゆすって混ぜて、また、もう少し熱いお湯をいれて、
プラスチックを騙して、最後に熱いお湯を入れると、ボトルが変形しない。画像
駄目な物は、少し熱めのお湯を入れた途端、ヘナヘナとへっこむ。
その湯たんぽは、皆が所有していて、次男も帰ってくると作ってというし、同居人は、二つ作ってと言う。
掛布団は、羽毛なので、軽い。
ペットボトルは、それぞれ、好きな場所に置いている。
布団の中は、とても良い状態だが、先日、膝が冷たいので、ボトルを引き寄せたのだが、そのまま寝てしまい、
朝、起きたら低温火傷をしていて、水ぶくれになり、そのままそっとしていたら、固まったので、放置していた。
しかし、ひざまずいた時に、皮がむけてしまい、大馬鹿な私である。
ヒリヒリと痛い数日を過ごし、病院に行った。
手指の湿疹の薬もほしかったので、少し、遠い病院に行った。
その場所は、以前、もう十年少し前の勤め先のそばだ。
とても、懐かしかった。。。。
小説のような、事件がいくつも起きた、とても面白い職場だった。画像

会社を閉鎖すると言って、私達を首にしたのに、塗装の会社を続けていた。
少し違っていたのは、裏手を通って病院に行くのだが、その裏手に、どうも、焼き物の電気窯のようなものが、
あった。裏手の家も買い取ったらしく、凄く大きな建物が出来ていた。
見上げて、何をする場所なのかと思案していたら、建物の横に監視カメラが付いていた。
また、何か色々としているなと思い、思わずニヤッとしてしまった。
在籍している時に、陶器を作ろうよと言われたのだが、忙しくて出来ないので、断った。
多分、あの大きな建物の中で、作っているのかもしれない。
色々な仕事をしてきたが、印象に残る一番の会社だった。
そこでの経験は、とても貴重で、私にとって、面白い場所だった。
尊敬とか、修行のようなではなく、ただ、単に人間の弱さや、優しさや、利己主義を垣間見た。
酷く、意地悪をされたとか、そういう事もなかった。
社長のご乱心が、何度かあった。
朝、行くとドアに閉鎖します と書かれていて、鍵がかかっている。
皆、ドアの外にウロウロしていて、二時間位してから、ドアが開いたり、帰宅したこともある。画像
事務の者に、その人ができる部分の仕事を達成させて、首にするという事をしていた。
私の前の人は、男性で、あの会社で使用している、パンフレットを作り上げた時点で、首になっている。
私の場合、三千件の顧客のデータと、公共用の書類一式を表から作らせて、それが出来上がった時点で、首になった。
そのデータは、USBに保存しながら作ったのだが、ふと、あれのコピーを作って持って帰ってきたら??犯罪ですよね。。。と考えたりしたが、理性が顔を出して、当たり前だが、出来なかった。
お正月や、イベントのはがき印刷に使っていると思う。
世の中色々な人がいるが、今の事務の人は、どういう人か分からないが、良い人ばかりではないから、気を付けたほうが良いと思う。
社長は、〇宮に〇性腫瘍があって、手術経験者だ。
中年すぎだが、若い部類だと思うので、今はどうしているのかと思うのだが、あの電気窯や、大きく張り出した倉庫のような建物をみると、多分、お元気で存命中だと思う。
会社の横を通り、思ったことは、何かしているなと感じたり、何だか、良かったなという気持ちがした。
私が、人生で通った道の一片だから。。。。

症状

長姉とは、色々あって少し距離を置こうと思っていたのだが、実家の猫の額程の小さな家の、売却の事で、連絡を取り合った。
その時に、色々な話をしたが、私が行きたがっている、ある地方の集合施設の話をしたら、その場所に自分も行きたいと言い出した。
長姉は、男性用のスーツも作れるほど、洋裁が上手で、まだ、手先は器用のようだ。画像
何かの役に立つ人だと思う。
但し、年齢は今年で、80歳になる。
その割には、背筋はピンとしていて、顔の造作も皺等が少ない。
ただ、うつ病であり、理解に苦しむ行動をとることがある。
行きたいな~とつぶやくのだが、子供は四人授かり、長男は20歳前後で自殺、長女は離婚をして家にいる。
そして、次女は、結婚をして別に暮らしている。
問題は、次男の事で、ある病気にかかっていて、身体的には大丈夫なのだが、精神的な病がある。
あの子を置いて、出ていけない、一生出ていけないとため息をつく。
長女が同居しているのだから、大丈夫かと思っていたのだが、とても、無理とのこと。
症状は、会話がちぐはぐになり、理解がないと、膝をつき、床をダンダンと叩いて喚くのだそう。
その声を聞いていると、怖くなるとのこと。
私が、そんなの家でもあるけど。。と言ったら、誰がやるのと聞いてきたので、同居人が、話がこじれたり、画像
追い詰められると、あおーーあおーーとさけびながら、床を両手でダンダン叩くと、言ったら、姉が絶句をして、
しばらく電話が、静かになった。
そして、おかしいんじゃないのと真剣に言われた。
精神鑑定をしてもらったら、病名がつくと思うよ と言われたが、それを判定してもらっても何も出来ない。
実の所、そんな事はどうでも良い。
ずっと以前から、そういう風に生きているのを見ている。
そういう状態になった時どうするのと言われて、泣き叫んでいる時は、私がもう言わないよと繰り返して、いると
黙ると言ったら、うちもそうよ まるで、駄々っ子みたいなのと言っていた。
まあ、こんな事象は、どうでも良くて、別に治らなくても関係ない。
やりたければ、やれば良い。
ちなみに、同居人に同居人自身の症状を認識してもらいたくて、姉の子供の様子に話を持って行った。
姉が、こういう話をして困っていたと、話をしたのだが、すると、少し間があり、ぽつんと、言った言葉が、
おれと一緒だ。。。との事なのだが、自覚があるのか、あっても正当化してしまうのか。。
俺様は、その時の環境次第で、膝をつき床をどんどんと叩くヒステリーを起こすようだ。
治らないと思う。
現在は、その状態にならないよう、私自身が自分の存在を隠している。
お休みが続いて、リビングに一緒にいる時でも、私から話かける事は皆無だ。
本当に言いたい時は、上記のような、結果を知りたい時だけだ。
会話という状態は、普段から難しい。
食事の時も、体はテレビに向いていて、こちらを見る時は、お茶がほしい等の要求の時だけだ。
食事を一緒にしていても、このような感じの家庭はあると思う。
ただ、この家はかなりその状態が、酷いと思う。
食事をしながら、和気あいあいとその日にあった事を話し合うという状態になったことは、皆無である。
まったく話をしないのだが、それはそれで慣れてくると、うっとおしくなくて良い。
そういう症状のものと、結婚しただけなのだと思う。



年齢的

お正月休み明けで、久しぶりに施設に出勤した。
自転車で、雑木林の中を走るのは、まだ、大変お気に入りなのだが、
用具室の掃除機や、カートを見ると、仕事はしたくないが、正直な心だ。画像
フラフラと、掃除の用意をしていたら、いそがしですかの彼女が、私を見つけて、ハグをしようとそばに来たのだが、私はハグとか、キスとか、体を接触させる行為が、大嫌いなので、大変困る。
私が、逃げると余計に追いかけて来て、お尻を叩いたりする。
何となく、からかわれているというのが、真相だと思う。
どうして、ハグしたいのかと聞いたら、お母さんみたいだからという返事であった。
お母さんはね、ハグが嫌いなのっっと言うと、寂しいよという返事が返ってきた。
私が、好んで抱いたのは、二人の子供だけ。。。
愛おしくて、小さな肩を包み込むように抱っこをした。
長男は他界してしまったが、次男は、もう37歳になる。
その次男と、話をする機会があるのだが、もう次元が違う状態だ。
自分の可愛い子供ではない事は確かだ。画像
私の話の内容が、次男の気持ちにあわないという事なのだが、私が話をしている間中、あくびをする。
どうしてあくびをするのかと、聞いたら、今の話は、人の悪口でしょというのだが、
悪口という訳ではないのだが、非難がましい言葉であったことは確かだ。
ある人が、辺野古移設反対という言葉を発信していたので、自分の国の貧困を考えるのが、
有名になり、成功した人の使命だと思う、と言った言葉が、悪口に聞こえたようだ。
自分が生まれた国の事は気にならないのかなと思ったのだが、(ストリートチルドレン、学校に通えない、識字率低い、飢餓、日本の四分の一位の国土に一億人以上の人間、日本のNPOが募金の賛同を求めている。こちらの方が重要だと思うのだが、余計なお世話か。。)
私も、貧困にまみれて成長した部類なのだが、世界でも子供が犠牲になっているようだ。
偉そうに言っていると聞こえたのだと思うが、そういうつもりはなく、ただ普通に考えると、大した内容ではないのに、子供にお説教された気分だ。
そうだねという、同調を期待する事がもうないようで、しばらく考えてしまった。
もう、私の役目は終わったのだと思う。
これが、親離れというのかもしれない。
それが分かった時、何かの重りがとれた感じがした。
これからは、自分自身の事を考えないといけない。
二男が、お説教した通りで、よその人の事なんか考えても意味がない。
それより、子供に、迷惑をかけないように、過ごさないといけない年齢になった。


あけましておめでとうございます

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毎度、新年に抱負を語り、何となく流されて、そんな事を忘れる事態です。
今年も、そうあるような気がしますので、抱負は無しで、あれよあれよと思う間もなく、
気が付いたら、師走であったという、、流れのようです。
でも、二日の夢は、何やら楽しくて、明るく事に当たっていたような夢でした。
朝、起きた途端に夢を忘れましたが、夢の感触を思い出していたら、嫌な朝ではなかったです。
多分、欲の種類が変わったのだと思います。
もう少しの人生の記録は、果たして、、、と思うのですが、よく考えたら大したことないのかもしれないです。
大した事がないのが、一番です。
皆さまも、ゆるゆると落ち着いた一年を過ごされますように。。。




〇天カードを、長い事使用している。
銀行と一緒に使えるようにしようと思い、カードの種類を見ていたら、サッカーのカードの後に、Xjapanのyoshikiさんのカードがあった。
黒のバックに彼の顔が。。。。載っている。
クレジットカードに彼の顔が載っているとは、大変珍しいと思う。
調べたら、一度カードを退会して、再度、入会しないといけないらしい。
その折に、振込にしている公共料金等を、もう一度申し込みをしないといけないらしい。
更に、カード取得の時に審査があり、、、と書かれていた。
私の年齢で、再取得は難しいかもしれないので、諦めた。
他のカードについても、取り換える事とか、しないほうが良いと思えた。
彼は、口元がとても綺麗で、魅力的な絵になる男性だと思う。
ピアノもひけて、きれいな指で、不思議な人だ。
50歳を過ぎているとは、思えない。
お守りのように、持っていたいと思ったのだが、私は、対象外の立場であった。

こだわる事

今年も、あっと言う間に師走になってしまいました。
一年の経過が早すぎると思うのは、私だけでしょうか。
私の愚痴ブログに、気持ち玉を戴く事を大変恐縮しています。
あまりにも、下らない心を吐き出している事は自覚しています。
これからは、年齢らしく、節度を持ち、書いていきます。(無理かな~)
どうぞ良いお年をお迎えください。


離婚をして、専業主婦から働く女性になった友達は、かなり長い間事務の仕事をしていたが、68歳になって
失業した。
離婚をしたので、自分で生活費を作らなくてはいけないので、ずっと働いていて、定年というものがあるが、それが過ぎても、働くことが出来たのに、会社の内紛があり、失業。
現在は、仕事を探している。
就職の話を何度もしているが、どうしても、68歳の壁があり、事務の仕事は皆無のよう。画像
それで、私のしている仕事のような作業を探している。
しかし、なかなか条件に合うのがないようだ。
健康的にも、何かの不安を感じているようで、一人暮らしが、怖いらしい。
健康であっても、気持ち的に不安を感じる類だと思うが。。
スーパーで夫婦の人を見ると、うらやましいとの事。
私は、その意見に心の中で、みんな偽善者よと返しているが、目の前の彼女には言わない。
夫婦という単位を、良いと思う事が、少し考えさせられる。
一人暮らしで、孤独を感じるのは、大変分かるが、その解消の為、結婚を望むのは立場的に不利だと思う。
これから、夫婦になったら、ずっと相手のお世話をして、ご飯作りもして、過ごすのだが、愛というものがあるという事はないと思う。
自分がそうなので、そう思うのだが、瑞々しい若い、、そう次男のような年齢の二人が結婚をしたら、良いな~と思うが、ぼろぞうきんのような、、この表現はいけないのは分かっているが、それしか考えられないので。。高年齢の二人が結婚をしても、何の目的かと考えてしまう。
夫婦という単位にこだわる事が、何か不自然に感じる。
不自然は、私の考え方かもしれないとふと思ったりもしているが。。
男と女の単位でなくてはならないとは、思わない。
男と男、女と女の単位で、生活を共にしても良いと思う。
年齢が行き、一人暮らしが不安になったら、そういう考え方の同性を見つけて暮らしたら良いと思う。
男性と女性のカップルの場合、どうしても、女性に過重がかかる。
一緒に家事をしたり、共同生活としての行動は、バランスがとれないと思う。
その話をしたら、そんな人は見つからないと言ったが、探してみなければ分からない。
家族としての、歴史は、子供が小さな頃が最盛であり、その後は色々なしがらみや、心が砕けたり最終的には、家族がバラバラになる。
腐れ縁とか、酷い言葉が浮かぶ。
同居人が、他の人の例えで、盛んに腐れ縁だと、言っていたが、自分達の事を言いたかったようだった。画像
その事については、私も同意見だ。
これからは、一人暮らしはなるべく避けたほうが良いと思う。
ルームシェアという言葉があるが、そういう住宅があれば、老後に対しての不安は、少しは解消されると思う。
集合施設に入ってしまうと、個性はなくなり、行動範囲も狭くなり、快適とはいえない。
そういう施設に入る前段階の時、楽しく共同生活が出来ると良いと思う。
これからは、そういう生活形態が、自然に出来るようになると良い。
周囲を見回してみると、何だか、高齢者ばかりが目につく。
自分がそうだから、見てしまうのだとも思うが。。。
友達が、不安に思う心は私も同じだ。
もしかしたら、もっと色々な人がそう思っているかもしれない。

ナワバリ。。。。

パート先の、施設で同じ仕事をしているもう一人の女性と、簡単な食事をした。
待ち合わせは、私の家のある駅で、食事をして話をした。
二人とも、年齢的には家にいる人が殆どの年齢で、働いている事がとても珍しいと思う。
顔も知らないのだが、お店の中に、人待ち顔の人がいたので、分かった。
年齢が三歳上で、生活の仕方が違うようで、開口一番で、待ち合わせの時間指定の電話をもう少し早く画像
かけてほしかったと言われた。
8時頃には、もう寝ているそうで、、、大変驚き、謝った。
働いている時の、情報交換がしたかったので、色々と話がきけて情報が沢山手に入った。
いそがしですかの彼女は、私の話を沢山していたようで、二人で、おしゃべりな人ねと、一致した。
私達が、会う事は、秘密にしているのだが、連絡を取り合ったと言ったら、凄く不安そうな顔をしていて、
仲間外れにされる事を気にしたようだった。
基本的には、仲間外れのような事はしないが、言えない話はしないとおもう。
仕事の仕方について、ベッドを作用させて、持ち上げて、パイプの掃除をしているときいて、私はそれはしていないので、面倒だなと、ちょっと思ってしまった。
タオルのモップで、パイプ部分は、拭きとっているのだが、機械を作用させて、持ち上げてまでは、したくない。
それをしないといけないのなら、面倒すぎて、億劫になる。
年齢がある程度経過している人との、関係は難しい。
年齢的に、新しい友達はいらない。
三歳違うだけで、主義主張はかなり、違っている。
考え方も、何かが違う。
多分、もう連絡を取り合う事はないと思う。
その女性は、来年の三月に辞めるかもしれないと言っていた。
ご主人が85歳で、認知の傾向があり、一人にしておけないらしい。
我が家も、同居人が仕事を辞めたら、私はもう働けない。
あり得ない事が、あり得たのだから、家をまた、ホテル替わりにされるのは嫌なので、家を守りたい。
仕事が終わると話をしてから、その後について、何も話をしてこないのだが、そういう時は、どこかに働く場所を
見つけている場合があるかもしれない。
そうである事を願う。
一緒にいる事が大変なストレスであるのだが、いない間に何かがあるのは、もっと嫌だ。画像
今日から、一月六日まで、家に一緒にいる事になる。
今朝、苦しくて目が覚めた。
嫌な気持ちで、一杯になり、震えそうな気持になった。
二男が来ていたので、次男の出勤の時間に合わせて、ご飯を用意したが、動き始めるとそんなに感じない。
とにかく、起きた時、とても嫌な気持ちになる。
血液検査を三回したが、その検査内容に、ホルモンの検査があり、ドーパミンの数値が少ないと、認知症とか、うつ病の疑いがあるらしいが、数値的には、低くもなく、高くもなく異常なしだった。
この嫌な気持ちは、うつではないとしたら、何なのか。。。
明日は、一日出かけるようだ。
飲み屋の大掃除があるので、出かけると言っていた。
あの飲み屋で働いている人の大半は、あの途上国の女性だ。
楽しく、本能のままに、様々な快楽を享受してくれば良い。
飲み屋から、大きな牡蠣や、柚子や、ヒジキをもらってくるが、ヒジキは、生のままを袋にはいったままだ。
以前は、料理されていて、煮つけが、知らない器に入って冷蔵庫にあったが、そのイメージがあり、ヒジキを見ると、腹が立ち、未だに食べられない。
あまり、大きな声で言えないが、殆ど私は、わからないように捨てている。
何かの御礼をしておいてというので、ネットでお歳暮を贈っている。
その前後に、甘いミカンがひと箱送られてくる。
そのミカンは、本当に甘くておいしいので有り難くいただいている。
明日はそのお店に一日いると思うので、家に、いないと思うと凄く嬉しい。
その後の一週間は、覚悟がいる毎日となる。
私の見ていない所で、何をしていても、良いが、家は私の縄張りなので、冗談ではなく何かあったら。。。。





少しずつ。。。

同居人との、外出は主に病院に行く時だけが大半となった。画像
車に乗って出かける事は、一か月に一度あるか、ないか。。
レストランで食事は、もういつの事だったかという位なし。
どこかに何かを見に行くという事も、殆どない。
一年位前に、〇〇鍾乳洞という場所を探しに行こうと、出かけた事があるが、行く途中の道を何か調べながら
運転していた。
途中に駅があり、ああここの駅か、、と独り言を言っていた。
そして、その場所について、様々な人たちが、ぞろぞろと鍾乳洞の入っていくのを見て、場所が分かったら帰ろうと言って、入らずに帰宅した。
その時から、一緒に外出するのが、馬鹿らしくなったというのか、面倒になった。
出かけたければ、自分の足で自分で歩いていけば良いと言う事が分かった。
憶測だが、多分、誰かとのデートに行きたかったのだと思うが、私を巻き込むなと言いたい。
つい最近の休日に、車を動かしたいから出かけようと言われた。
以前のように、どこかに行こうと場所を決められたら行かないが、近場だったので、一緒に出掛けた。
少し、西日がかかり、大変運転しにくい時間帯だったと思う。
車に乗ると、俺様運転という、悪魔が乗り移ったような運転をするのだが、どういう状況かというと、
例えば、前を走行中の車が少しのろいと、早く行けよ何やってんだ!!とわめく。
曲がり角で前を走行中の車を、追い越しそうになる位、急カーブを切って、おせーーんだよとわめく。
天下を取ったような、馬鹿さ加減であり、あり得ない怒り方。
そのような状態を、想像しながら助手席にいたのだが、そんな事よりも、もう乗ってはだめだという感じの出来事があった。
十字路交差点で、右折をしようとしたのだが、助手席の私が見えている前からの直進の車が、みえず、画像
右折決行。
交差点の真ん中位まで、進行してきた直進の車すれすれに右折した。
直進の車は、当然交差点の真ん中にいるので、そこをすれすれに急に右折した車に驚いていた。
私は、もっと驚いて、危ない前見てーーと殆ど叫んでいた。
同居人のそれに対しての返事は、車が見えなかったというのだが、、、、。
川沿いの、ゴルフ場のそばまで、行き帰宅した。
思い出すと、急にアクセルとブレーキの踏み間違いをした時期があった。
赤信号で停止する時、前に車が停止していて、順番のように停止するはずが、いきなりぐんと前進して、すれすれに止まった。
この状態の時は、癖のように、何度も急発進急ブレーキをしていた。
報道等で、コンビニに突っ込んで。。。というニュースがあるが、あの状態だと思う。
何かが、少しずつ変わっていく。
それが顕著に表れれば良いが、何かが変という感じだ。
二男とお墓詣りに行く途中の、都内の道路で三車線で、かなりのスビートが出ている道路だったが、
左折をしたいが、真ん中の車線で動けない状態で、左の車にいらつき、クラクションを鳴らし、接触すれすれの運転をしたら、その車が信号で停止した時に、降りて来て、怒鳴ったのだが、当たり前であり、こちらが悪いので、
窓を開ける前に、謝りなさいと言ったら、すなおに謝っていた。
二男が、何、、信じられないよと言ったのだが、それ以来、次男は、同居人の車には乗っていない。
私も、多分、お墓詣りの時、近場の場所位しか、乗らないようにする。
車は、走る凶器と何かで知ったが、年齢がある程度高齢になったら、運転は自重したほうが良い。
運転する場合は、速度に気を付けて急停車が出来るような運転をするしかないと思った。
あんなに見晴らしの良い交差点で、車が見えなかったという心理が、怖いと思った。
少しずつ変わっていく。
私が、変わったように、周囲も変わっていく。
変わるというよりも、劣っていく方向だ。
大分にいる、古い友達が、言った言葉を思い出すと笑いたくなるのだが。。。
70歳の顔で、心は独身なのよという言葉だが、誰の事を言っているのかと想像すると可笑しくなってしまう。
家にもいるわよ と大笑いした。
私自身も、含めて、身の程を知る時期が来たと思う。(真剣に思う。)
若い人風に言うと、マジで。。。。

印象に残る

耳がとても遠いけれど、しっかりとしている方。
あまり話はしないけれど、いつも、顔を合わせると感謝感謝と、はっきりと言われる。画像
目まぐるしく、部屋が空き、埋まる。
ここが最終と思っていても、割り切れるものではない。
心の中の、奥底に沈んでしまったものは、いつか、昔 経験したものばかりで埋まっている。
苛立ちを、押さえきれない人も、やがて,順応していく。
爆発をした怒りを向けられた時、酷い言葉を投げられた時。。
密かな思いが、目に現れるらしい。
そんな私の様子を、観察していた女性がいた。
私の前に立ち、もう今年も終りねと、声をかけてきた。
そうですねと答えたが、耳が遠い方で、え?と聞き返してきた。
もう一度、大きな声で、今年ももう少しですねと、答えた。
すると、辞めないでね。ずっとあなたにお会いしたいから、辞めないでねと言われた。
川の水のように、サラサラと流れるように部屋から部屋へ、流れていたつもりなのだが、どこかで引っかかっていたらしい。
川の水は、流れて行かないといけない。
苛立ち、本来の性格も含んでの暴言は、しょうがない事だと思う。
私は、気にしていないが、傍で聞いていたその女性が、辞めると思った位ちょっと酷い言葉だったようだ。
その日が過ぎれば、回避する手段を知っているのだが。
気にして暮らすには、短い時間なので。。
私は、実際の年齢をあまり人に話をしていない。
実の所、一部の人達とあまり変わらない年齢だと思う。
数時間の仕事をしたら、自転車に乗り、家に帰る。
この場所で過ごすことが、人によっては苦痛である事が理解できる年齢だ。画像
これからは、顔といっても、マスクをしているのだが、目つきに出ないように、川の流れが、引っかからないように、注意して、仕事をする事にした。
対峙した時、ふと出た言葉だと思うが、あまり気にしないほうが良いとも思うが、なぜだか、何かひっかかり、襟を正すような気持ちになった。









向かい風

この数日、とても寒い通勤をしている。画像
自転車で、20分弱の道なのだが、自動車の往来が激しい区間があり、周囲に風をよける建物等がないので、
真正面から、息が苦しくなるくらいの風が向かってくる。
職場についてから、しばらく、疲れ切った状態になる。
冷たくなっている手先とか、首周囲の寒さが、原因だと思う。
髪の毛もこれ以上どうにもならないという、感じになる。
来年は、どうなるのか分からないが、今のこの現状を何とかしないといけないので、
髪の毛の保護に、毛糸の帽子を買った。
かぶってみて分かったのだが、あの毛糸の帽子というのは、若い人が被るととても良い。
年齢の高い人が被ると、一気に顔の皺、たるみが強調されて、思わず、鏡に映る自分を見ないようにした。
色は、車が危ないので、白いものにした。
あれこれと被ってみるのだが、どれも、品物やデザインは良いのだが、かぶせる素材が悪いので、
帽子が生かされない。
結局、値下げ品で1.000円の安い帽子を購入した。
安い帽子は、安い人が被ると丁度良いみたいと、相変わらずのひねくれた納得感で解決。
若い時は、何年も着られる洋服を、考えて購入。
きれいにクリーニングに出して、次の季節まで大切に保管していたが、今は、来年着るか着ないかと、ふと考えて、妥協して、購入している。
風に飛ばされる事はない帽子で、とても嬉しい。(似合わないけれど。。。)画像
首の周囲は、他の高かったコートのフアフアの毛皮を巻いて、解決。
肩の辺は、500円で買った、紺色の肩掛けに、黄緑色の丸いボンボンの付いた留め金で留めて、完璧。
その出で立ちで、出勤してみたら、体の疲労が少なかった。
今年の冬は、とても寒くなりそうだ。
71歳で、自転車に20分も乗って通勤するなんて、辞めたほうが良いと、自分で分かっている。
出来る所まで、してみようかなとも考えている。
きっかけとしたら、あの向かい風に、負けたら辞め時になると思う。

原発性。。。

昨日は、同居人の通院日であり、私の最終検査の結果を聞く日だった。
同居人には、この一か月程の私の家での、行動は教えていない。画像
血圧計を購入して、朝と、夜寝る前に測っている。
午前中に循環器での診察があり、その後、同居人は会社に行く。
私は、午後遅くの予約なので、病院内でその時間まで過ごした。
検査は、血液検査を三回していた。
CTとMRIを一回ずつ撮った。
血液検査の最終は、とても早く病院に行き、安静状態を三十分経過ご、採血した。
偶然に、血圧が高かった事が発端での検査だった。
高血圧症の人の10人に一人位の人が、疑われた病気があるらしい。
副腎に良性腫瘍が出来て、血圧が上がるらしい。
ノルアドレナリンとか、レニン活性とか、ドーパミンとか、初めて聞くような言葉の羅列のデータの上昇が
病気を決めるらしい。
三度も採血をしたのは、きっと様々なデータの合致を探していたのだと思う。
安静時の採血のデータには、異常がなかったので、その病気ではなかった。
この結果を聞くまで、かなりの落ち込みで、仕事には行くが、心のどこかにひっかかりがあり、
上の空状態だった

軽い降圧剤を近所の病院で出してもらいなさいと言われた。
血圧が高めの状態の時と、まったく普通の数値の時がある。
睡眠前は、120以下85以下で普通であったが、朝の数値が150位95位という高さで、降圧剤の服用になった。
友達に、降圧剤の話をしたら、三人位の人と話をしたのだが、皆、降圧剤を服用していたので、驚いた。
色々な出来事にあい、苦しみ、悲しみ、みじめな思いを沢山経験した後、こんな状態かと落ち込んだ。。。。
今も、人間はこういう風に生きていくのだなと、冷静に考えている。
話をした人達は、自分の身辺で起きた出来事を、其々言うのだが、揃いも揃って、突然病気になり〇なったとか、
年齢に相応しい話ばかりだった。
もうそういう年齢に入っているのに、仕事をしている私に対して、よく仕事に行けるねと言うのだが。。画像
生活の為だから、しょうがないと答えているが、本当にそうで、お金があったら優雅に旅行とかしてみたい。
疑われた病名は、原発性アルドステロン症という病気だ。
二男には、いつも報告をしていたので、結果の話をしたら、柏〇原発が何事もなくて良かったねと、変な冗談を言った。
よく考えたら、同じ原発という字だったので、言ったらしいが、ここに書いた場合、不謹慎と言われるかもしれない。スミマセン。

多分、この出来事や、結末は、同居人には話をしない。
私自身の事なので、自分の中で昇華していく。
心配をする次男には、報告はするが。。。




妄想であれば。。

姉と実家の事で、話をしているが、もうああなりたいとか、こうなりたいとか、考える事が無くなったと、お互いに思っている話をする事が多い。
だからと言って、今がとても満足という状態ではない。
諦めというのか、もう落ちる所まで落ちたと言う事なのか。。。画像
私は疲れてしまった。
何ももう戦う気力がない。
その結果、欲望も無くなった。
何かに必死に当たる努力もしなくなった。
同居人は私が、とてもきついというのだが、私は自分がそんなにきつい人間だと思っていない。
姉が、私の事をそう思っているからなのかもしれない。
しかし、20年程前に、起きた修羅場では、もしかしたら、私のきつさかもしれない部分が露呈したかもしれない。
しかし、しかし、しかし、、、。
これを怒らない人がいるかと思う。
同居人と同じ会社の男性が、同居人の名前を借りて、サラ金数社から、数百万のお金を借りていた。
支払いは、その男性がしていたようだが、時々、変な電話がかかってきて、在宅か?とか、電話に出してくださいという内容の電話。
調べてみたら、サラ金への返済の遅れで、家に電話がかかってきていた。
同居人は、お前にはかかわりがない事だというのだが、実際には、電話がかかってくれば、不安になる。
色々と調べてみたら、ある大きな駅前の商店街の会長をしている人が父親の息子で、ある理由でお金が必要になり、同居人の名前で借りていた。
そういう用立ては、大変危険であり、まして、家庭持ちがしてはいけないと思う。画像
私は、その時、大変怒った。
相手の人の住所を調べたら、あの当時では、大きなマンションに住んでいて、入り口はセキュリティがしっかりしていて、入れないマンションだった。
それで、電話を調べて、その家に電話をかけた。
他の方法で、用立ててほしい、こちらは、障碍のある子どももいて、このような危ない状態は困ると言った。
その男性の妻が電話に出て、それが知られてしまったと分かったら、謝罪のような言葉を言うと思っていたら、
あんたは関係ないでしょという言葉だった。
関係ありますよ。お給料を戴いて、そのお金でやりくりをして、子供二人を育てているのですよと言ったのだが、
相手の妻は、あんたは関係ないの一点張りで、話あいは出来なかった。
それで、怒った。。。
それで、k〇〇商店街の会長をしている、親に解決を頼みますと言ったら、その人の妻は、感情的になり、
何か喚いていたが、他の方法を考えてくれたら、言いませんと返した。
その後は、大変な騒ぎとなり、同居人は、相手の人に電話で何度も何度も謝っていた。
何かおかしな、やり取りであったと思う。
名前を貸して、サラ金からお金を借りる人も人だが、貸す人もおかしい。
借りてやっているのに、ヘコヘコとすみませんすみませんと繰り返し謝る貸し手もおかしい。
電話は、同居人の部屋でしていて、ドア越しに声が聞こえていたが、それだけは言わないでくださいと頼みこんでいた。
その言葉を聞いた時、何をしたら、そのような不利な立場になるのか、何かあったに違いないと思ったのだが、
聞いても応えてはくれなかった。
そんな状態の頃、生命保険の使い込みがあった。
信じられないと人は言う。
もしかしたら、妄想かもと思うのだが、生命保険の係の人からちゃんと聞いているし、電話番号や、係のひとの名前も、まだ残っている。
その位、変なあり得ない出来事が多い。
飲み屋の仲間の紹介で、新車の車を買って、ローンを組んで、それをその仲間が転売して、手数料をくれれば、
売った現金を渡せるという話を持ってきた時もあった。
なぜいけないんだと怒る同居人に、私は何も言えない位絶望した。
横には、何度も心不全を起こして、チアノーゼの状態の目の離せない長男がいる。
ローンを組んだら、生活費の幅が無くなり、支払いをずっとしないといけない。
どうして、そんな事が分からないのかと前に座らせて、しつこく言った。
これが、私の性格がきついと言う意味らしい。
良く言えば、性格が違う。
簡単に言うと、頭の中の構造が違うのかもしれない。
もっと簡単に言うと、家庭というものを持つ必要がなかった人なのかもしれない。
家庭という括りの中の妻という、自分にとって都合の良い人間がいるという部分だけが必要な人であった。
家庭は、必要なかったらしい。
石橋を叩いて渡る傾向の私であったが、もう、どうしたら良いのか分からない位、翻弄された。
今は何かが、コロンと転がる様な動きがあれば、コロコロと転がり、離れていく。
その何かは、いつかきっと、分かる時が来ると思う。
通常、もっと前に何かが起きると思うのだが、私は、そのチャンスを逃し、何度も逃し、今にいる。




境目

携帯のラインに、あの華麗な職場で一緒だった女の人から、メールが来ていた。画像
10月末で、辞めたとのこと。
その後、辞めた理由のラインが数度あった。
少し、事情を聞きたくて、ラインの電話をかけた。
私が、辞めた後、例の途上国の女は、査証がきれたそうで、辞めたと言う。
もう一人の途上国の女も、辞めたそうだ。
その後、二人位入ってきて、国産の人も、何人も入ってきたが、すぐに辞めたそうだ。
統括にお叱りを受ける時に、私も同行した事件の時のパートの責任者は、社員になったとのこと。
エレベーターの中で、私に、教えられていたのに間違えたと言いなさいと、口留めをしたやつだ。
結局その時に、怒られたのは、そのパートの責任者の男となるのは、当たり前で、私は申し訳ありませんと、謝ってけじめをつけた。
正社員になれてきっと、安心していると思う。
それが、私には何の関係もないのだが。。。
情報は、とても面白い。
メールをくれた彼女は、ボーダーの方らしく、教える内容についていけなくて、何度も事件が起きていた。
辞めさせるとの話を聞いていたが、仕事の場所次第で何とかなるような、感じの人。
しかし、社員の人が、直接雇用できないと言ってきたそうだ。
言う方の気持ちを考えると、辛かったと思うが、言われる方も泣いたそうだ。
ボーダーの人とか、ハンディのある人の雇用は、難しいと思う。画像
今の職場では、二人のハンディのある人が雇用されている。
もっとも、私だって普通じゃないと密かに思っているのだが。。
男の子は、20歳だとは知らなかったが、お手洗いに作業の水をとりに行ったら、其の子が男子トイレにいた。
扉を開けた時に、私がいたのだが、急に、私を見て、〇〇さん、僕、死にたくなった。。と言った。
顔つきは、とてもそんな心の嵐を表していない。
いつも、私を脅かして笑う子なので、とても驚いた。
丁度、三階にいたので、飲み物の自販機があるので、何か飲もうよと、と誘った。
いつも、私が飲み物を、購入する時にそばにいる時は、一緒に買ってあげている。
どのような病気なの?とか、聞いてはいけないと思っている。
夕方まで、洗面台も、便器も、せっせと拭いてやってみ。。と声掛けをした。
はい と返事が返ってきた。
その後、私の仕事も終わった夕方に、ばったり会ったが、にこにことしていたので、それ以上は聞かなかった。
心が決める出来事は、誰にも分からない。
その状態の時は、誰が何を言っても、相手の行動を止める事が出来ない。
彼の行動を止める事は出来ないが、きっと、ふと思った事を口にしただけなのかもしれない。
そう思っている。
多分、仕事に慣れて来て、何かを考える余裕が出来たのだと思う。
私は、人様の事に首を突っ込む余裕はない。
自分もおかしいと思っているから。。。
今迄の言動を思うと、あまりにも、過去にこだわりすぎていて、過去に生きているようだ。
つまらないと思う。
家と仕事場の往復と、ご飯の支度だけで、生きているみたいな生活を改めたい。
他の事をして、過ごしてみたいと思っている。
それで、もう一人の掃除の人と会食をする。
その後、出来たら、忙しですかの彼女も誘って会食をするかもしれない。
そして、来年の三月、、、もしかしたら、同居人が仕事終了となっていたら、、。
もう仕事は、この家からの仕事は出来ないと思う。





怒りたいとも思わず。。。

この内容は、書くことに抵抗があった。
とても、グレーな内容で、私自身もグレーである証拠だから。。
でも、これが現実であり、壊れた家庭の内情だから、、、。

支店長代理という名刺の効果..
二男に話をしたら、きっと定期預金をもっと高利率のものに変えませんかという、相談にきたと思ったのでは。。
やはり、そう思うと思う。
仕事場で、少し話をする職員に、銀行員が家にきて、留守のポストにこういう名刺を入れていたらどう思うかと、聞いてみたら、〇〇さん、定期が満期になったんでしょと言ったので、大笑いしてしまった。画像
やはり、そう思うみたいだ。
わざわざ、家まで来て、何を考えているのかと思う。
電話でも、良いし、担当の人でも良かったと思う。
家まで来て、一日早く入金してほしいとな。。。
たった、20マン円の内、もう数万円となっているのにな。。。
同居人が、スワッやっぱりお金があるんだと思う気持ち。。。理解できる。
そして、わざわざゴミ箱から、その名刺を取り出し、これはいつも私の監視のような事をしているので、理解できる。
同居人の部屋に入り、A銀行の返済一覧表を見せた。
ここの時に借りていて、今ここね?。
返済が一度一日遅れたら、矢の催促で、いつも必死で返していたと話をした。
しばらくして、リビングに降りて来て、お茶ほしいと言った。
私は、お茶を入れて渡しながら、私には、もうお金は殆どないと話をした。
何年か前に、二年間もお給料をくれなかった事とか、数社の生命保険の貸付金や、配当金や、子供の高校進学お祝い金等を使い込んだことも忘れて、おれはどうしたら良いんだ、、と言うが、何かの悪魔か何かにとりつかれていて、悪い所業は、すっかり忘れているようだ。
そして、同居人が、お茶をもって二階に上がっていったのだが、ふと、リビングのテーブルの画像
私の座っている場所を見たら、名刺の切れ端が三枚あちこちに見えるように落ちていた。
見てみたら、名刺の抜けていた部分が、銀行名、丁寧な連絡をしてくださいの文面の部分。
こういう、まるで人間性を疑うような嫌な行状は、普通は、隠して、人には言わないと思うが、私は、ここに書く。
記録の一部となり、忘れてはいけない事のように思う。
私の動向を分からないように見ているらしいと、思ったのは、ずっと以前に、クリーニング屋のパートを始めた時、、早番の時は、鍵を開けて入らないといけない。
前日に、自分の部屋で、ハンカチとか、バッグに用意して、朝は慌てないようにしていた。
お財布は、ずっと自分の洋服に入れていたのだが、鍵は、バッグの小さなポケットに入れていた。
それを確かめようと開けたら、鍵がなかった。
他のところに入れたかと思い、全部出して、バッグを振ってみたが、なかった。
その鍵を失くしてしまうと、大変な事になる。
少し飾りがついた特殊な鍵で、多分、これは想像だが、貸金庫の鍵と思ったのだと思う。
私は、あちこち鍵が無くなったと言って探し回った。
あれは、お店の鍵で、ないと大変な事になってしまうと、少し、泣きながら知らないかと声をかけた。
しらないよ と答えた。
それから、階下におりて、二十分位してから、上がって、バッグの中をみたら、飾り付きの鍵が入っていた。
誰も信じないかもしれないが、こういう何とも言えない、信用出来ない家庭の中で、緊張するような相手がいるのだ。
今は、普通にお弁当も用意して、普通に会話をしている。
とても信じられないが、普通にしている。
こういう事をするんだと、認識してから、そういう事はやめてほしいとか、おかしいとか言わない。
言っても、通じてないと分かったからだ。
妄想のような話だが、本人は、生命保険の使い込みをしていないと言い切っている。
しかし、M生命の人に調べてもらったが、本人は、そんなに古い記録はないし、俺ではないというのだが、
記録は、残っていた。
本人の会社のそばの営業所に移し、本人が自分の口座に振り込みをしたとのこと。
それでも、知らないよそんな事と言う。
以前、少し食い下がり、生命保険の人と話をしてと言ったら、大変な騒ぎになった。
泣き叫び、床を叩き、苦しそうに喚き、見ていられない状態。
吐き気がする程、嫌な気持ちになるので、もうその時に、それ以上、問い詰めなかった自分が悪いと思い、放置だ。
なるべく、気にしないようにして暮らしていたが、わざわざ、ごみ箱の中を探り、取り出し、多分、飲み屋に持って行ったと思う。
火曜日の夜は、上機嫌で帰宅して、私に満面の笑みを見せて、嬉しそうにしていたので、変だなと思った。
いつも、飲んで帰宅した時は、私は、自室に逃げている。
絡んでくるからだ。
それがなかったので、何か引っかかっていた。
たった20マン円を借りてもう少しで終わるのに、電話でのやり取りを思い出し、凄く腹が立ち、画像に残そうと思い、殆ど見えているゴミ箱の中から出した。
それをしなかったら、分からなかった。
相変わらず、了見の狭い、こそついた人まがいの奴であった。
以前、隠れ日記のようなものを、エクセルでずっと書いていたのだが、パソコンが壊れたら、すべて消えてしまった。
バックアップをするようになって、usbメモリーに入れたのだが、それが無くなった。
このブログに書いていた物は、消えずに復活した。
家庭の恥かもしれないが、これがこの家の現実であり、私は、何とか出来ないかと苦悩している。
名刺の片辺をばらまいて返した時点で、もう自分は何も知らないと脳内変換をしているはずだ。
普通の家庭では有り得ない出来事であり、信じられないと感じる内容。
何を言っても、ここに住んでいる私の負けである。