重い思い。

研修を受けた仕事だが、どうしても、7㎏の重さに耐えられず、断念したのだが、その研修の時の荷物を
返すのに、日程が合わず、本日になってしまった。
担当の人は、忙しく出かける日が多かったようだ。画像
7キロの重さは、とてもきつい。
持って行く時、乗り換えで歩くのだが、途中でベンチに休んでしまった。
渡す時に、気になっていた例の、地下三階の叫び声なのだが、単刀直入に変な声がするそうですが、、等、言えるはずがなく、地下三階には、住居部分があるのかと聞いたが、無いとのことで、やはり、彼女の心の中の声が聞こえていたようだ。
しかし、少し、地下三階が怖く思えるのは、なぜか。。。。
荷物を返すことが出来て、ほっとしたのだが、都内を歩く気持ちもなく、夕方近かったので、いつもの大きな餃子を
食べて帰宅した。
夕食は、同居人の分だけ、作った。
この頃は、何もかもあまりやる気がなくて、機械的に動いている。
仕事場の休憩室について、一緒に過ごそうと思って入って行ったら、他の人がいて、テーブルは一杯になっていた。
その人が、立ち上がり、どくよ と言ってくれたのだが、それを制止して、大丈夫上で食べてきますと、返事をした。
実際は、やったーーーと思っていて、一人でゆっくり過ごせると嬉しかったのだが。。。
食事を終えてから、一階に戻ってみたら、もう休憩時間が終わったようで、無人であった。画像
少ししたら、いつもの職員が入ってきたが、とても凄い咳をしていた。
喉が痛くて、タンがからんで、、、と言っていたが、今は変な喉風邪が流行っているようだ。
話をきいていたら、ハンディのある女の子を、駅まで車に乗せたそうだ。
その時に、凄い咳をしていたけれど、大丈夫だったかしらとの事。。
どちらが先に風邪をひいたのか分からないので、移したのかどうかは分からない。
ただ、扁桃腺が腫れていたら、きちんとばい菌を調べて、その菌にあった薬を飲んだ方が良いらしい。
慢性化すると、腎炎を起こしたりするらしい。
いそがしですかの彼女も喉が痛いと言っていて、病院に行くと話をしていた。
果たして、治っているかどうなのか、、二年位前から、喉風邪を何度もひいていて、首のリンパ腺も腫れている。
繰り返す場合、総合病院で診察を受けたほうが良いと話をしたことがあるが、近所のお医者さんで済ましているらしい。
私は、自分が、繰り返したら、菌を調べてもらうと思う。
人様の事なので、様子をみるしか出来ない。
明日は、仕事なので、念のためにニンニクを食べて、用心する。
本当は、一人で食事をしたいのだが、無理だろうと思う。
その時に、喉風邪のおすそ分けは、勘弁してほしいが。。。。

連休か。。。

総合診療科で、目の事を話ししたが、気になるようなら神経内科を、受診してと言われた。画像
日を改めて、受診しておこうと思う。
治ってしまったら、何となく、次の週にしようと思うのだが、甘いか。。
姉が、健康に自信が無くなったと言っていたが、私もその考えになりそうだ。
何かあったら、姉を頼るかもしれないが、姉のほうが深刻かもしれない。
こういう状態の時は、仕事をして忘れるようにしたいが、仕事場でも、色々とありうまくいかない。
狭い休憩室の、6個の椅子に5人座る状態なので、ゆっくり休憩が出来ない。
それで、余っている他の休憩室に行くからと、いそがしですかの彼女に言ったら、彼女も食事が終わってから、私のいるところに来るようになった。
ラインで、お菓子が食べられない嫌だと書いてきたが、私の場合はゆっくり休憩したいだけ。
別の休憩室には、誰も来ないので、一人で、雑木林を見ていられる。
それが、来週から出来なくなりそうだ。
私が、他の場所で食事をすると、新しく来たおじいさんと、ハンディのある男の子が気を使い、
他の休憩室を探して移動していることが分かった。
一番初めに休憩室に移動した時、ノックの音がして、ハンディのある男の子が、ここに居たのですかと言ったのだが、気になる様なので、元に戻って、一緒に食事をすることにした。
本当は、面倒な事だと思っている。
休憩することは、午後の仕事に力をつける為に必要な行動。
食事の後で、気を使いながら話をしたりするのは、面倒。。。。
ハンディのある男の子は、死にたいと言った子なので、気にしないといけないようだ。
私の下で、働いている子ではないので、関わりに気を遣う。
いそがしですかの彼女と、一緒に働いているハンディのある女の子が、また、喉が痛いというのだが、、、。
いそがしですかの彼女は、喉の奥に白いものが付いていて痛いと言う。
それは、扁桃炎のようなものなのだと思うが、どうして、何度も二人で繰り返しているのかと。。
病院を変えて、判断をしてもらった方が良いと思う。
慢性化してしまうと、全身にあまり良くないらしいが、これまた、余計なお世話になりそうだ。画像

カレンダーを見ていたら、十連休らしい。
祝日に挟まれた日は、休みになるらしい。
これは、、、大変な事になったと思っている。
私に、今頃になって気を使っている同居人と、10日間も、朝も昼も夜も一緒にいないといけない。
私は、もう、元には戻れない。
信用とか、信頼とか、思いやりとか、もう期待していない。
環境を変える場合、仕事をするしか方法がない。
それも、うまくいかないか。。。
カレンダーとにらめっこのこの頃だ。

逃げてどうする

日頃から、高齢になってきているから健康に気を付けようと、心に言い聞かせているのだが、
生身の体、どうしても何かが起きてしまう事がある。
その時に、自分が無意識にとった行動に、驚いている。画像
日曜日の朝、10時頃、まだ日曜日だから、今日も家の中で、じっとしているのだろうなと思いながら、
朝食の支度をしていた。
すべて整えて、お盆に乗せて、同居人の部屋に持って行った。
この頃は、一階と、二階に分かれて生活している。
だからと言って、喧嘩をしたわけではない。
ずっと以前から同居人は、日々の出来事とか、感動した事とか、例えば、桜がきれいだ等の話をしないのだが、私は、そういう話をしていた。
しかし、殆ど聞いていなくて、私が楽しんだ事等に、興味をもたない人間なので、別に上下で生活空間を分けていても無理という訳ではない。
同居人の部屋に持って行ってから、リビングに降りて来て、ほっとして、後は、午後遅くまた食事を持って行けば良いと思い、座ってテレビの電源を入れた。
画面に大きな文字が映っていたのだが、その文字が、また、半分位判読できなかった。
目の前に何かがギラギラとあって、見えなかった。
多分、閃輝暗点だと思ったのだが、その時は、大変慌ててしまった。
なぜか、、、。
この家の中で、目が見えなくなったら、誰かに何かをしてもらわないといけない。
もっと大変な状況になるかもしれないと思ったら、部屋着から、外出着に見えないまま、着替え始めた。
もっと酷くなる前に、この家から出て、離れないといけない。
着替えてから、台所の隅に行き、携帯から、いつもの病院に電話を掛けた。画像
診察券の、ID番号を言ってと言われたのだが、その番号が見えない。
家の中を見回すと位置とか、大体は分かるのだが、細かい物を見た時にギラギラが見えて分からない。
休日なので、当直の眼科の先生とお話をした。
先生は、一過性の閃輝暗点だと思うが、治らなかったら、診察しますよと言われた。
それで、少し安心したのか、駅までタクシーで行こうと思い、携帯の中の番号を見たら、それがはっきりと見えるようになっていた。
ギラギラ感は、横にずれて行って、はっきりと見えるようになっていた。
それで、また、病院に電話をかけて、眼科の先生と話をした。
私の心配は、脳から来ているのではないかという心配で、先生は、気になるなら、診察日に、神経内科にかかりなさいと言う返事だった。
総合診療科に行く時に、話をしてみようかと思っている。
私は、具合が悪くなったら、この家から逃げ出すらしい。
どこに逃げるのかは、分からない。
凄い素早さで、着替えをして、家を出ようとしていた。
この家から、早く離れないといけないと、本気で行動していた。
逃げてどうするつもりだったのか、分からない。
よく考えると、家からというよりも、同居人から離れないといけないと思っているようだ。
もし、ただの閃輝暗点ではなかったら、家を売り、残り少ない人生の為の生活をしたい。
ずっと昔、兄弟姉妹がいる家族の中で生活して、結婚をして二人の子供の家族をもった思い出があるが、すべて、過去となり、寂しさよりも、今の不安定な心境をなくしたい。
同居人に対して、恨みや、憎しみという感情よりも、もっと何か他の意識があり、それは、完全なる他人だという事。

私は、着替えをしてどこに行こうとしていたのか。。
多分、どこかに行こうとしていたというよりも、目が見えなくなる前に、この場所から出来るだけ遠くに離れようとしていて、とりあえず、病院に行こうとしていたのか。。
これは、環境が異常なのか、私自身が異常なのか、、どちらかなのだが、、私だろうな。







生活権と感謝

先月、確定申告に出かけた。
ものすごい混みようで、立って並んでいると、人によっては、柵のようなものに、手をついて寄りかかっている。
多分、足とか、腰の具合の悪い方だと思う。画像
立ち姿で並んでいる事が、限界だと思う頃に、椅子に座って順番を待つ時間になった。
パソコンによる入力は、少し慣れれば大丈夫だと思うが、慣れていない方には、大変な労作だと思う。
今年の還付金は、大丈夫だが、前年度の還付金は、差し押さえられた。
その時のやり取りは、一生忘れないが。。。
ネットのニュースで、一人暮らしの60代の女性が、160万円の税金滞納をして、親戚等から、100万円を借りて、
納付したが、残りについて、分納を認めてくれず、8.万6千円のお給料を全額差し押さえられたという記事が載っていた。
生活費にしては、かなり大変な金額だと思う。
暮らしていけないのではないかと思う。
厚生年金は、月に7千円受給だそうだが、生活費には、足りない位、少ない。
差し押さえする場合、10マン円以下の金額はしてはいけないそうだが、それをしたので、お役所側の分は悪いかもしれない。
その女性が、生活権の侵害で訴えていた。
何度も、自殺をしようと世をはかなむ位、切羽詰まったらしい。
税金を納付するのは、国民の義務だが、生活出来ないという状態になった場合はどうなのだろう。
生活保護を受けないで、必死に働いている人の場合はどうなのだろう。
私のように、心が殺されて、生活そのものが壊れてしまい、何か、麻痺したような感覚になる事もある。
同居人の会社に、市役所納税課から封書が送られていて、給料の差し押さえを考えているという内容で、画像
税金の滞納の為と書かれていて、同居人は、その事が原因で、信頼を失った。
とても恥ずかしい思いをしたと話をしていた。
それは、滞納をしていたのでしょうがなぃ。
その事で、人から軽蔑されても、しょうがない。
要は、きちんと払えば良いのであるが、その時の様々な理由により、滞納した。
私が悪いだけではなく、お給料を2年間も入れてくれなかったり、万一の為の生命保険の貸付金や、配当金を
こっそり使い込んだ張本人も関係している。
私自身は、この税金問題が原因で、立ち直れた。
本来の、真面目な生活を、送るようになつた。
すべての行動は、すべて自分自身に却ってくる。
訴訟を起こしている女性は、生活出来ない状態のようだが、どのように解決したら良いのかと考えてしまう。
私だったら、、、、一人だったら、、、ホームレスになるかもしれない。
無料で炊き出しをしてくれている地域に行き、路上で暮らすかもしれない。
そのうちに、体を壊して、路上で亡くなるかもしれない。
どこかのNPOに救われて、生活保護を受けたりするかもしれない。
生活が壊れる原因は、病気であったり、伴侶の死が原因であったり色々だと思う。
でも、生活費を差し押さえられたら、、しかも、、高齢で。。
私が、経験した今回の出来事で、少し気になった事があるのだが、以前、滞納した分を一気に払った事があり、
市役所側は、あるじゃないの~お金が~と思ったのだと思う。
一気に払えるのではなく、借りて払ったのだが、そうは思わないのだと思う。
それで、矢の催促をするのだと思う。
黄色い紙面に、予告なく差し押さえをするとか、会社に言うとか、書かれている。
友達にこの内容を話したのだが、温厚な友達が、何か不穏な顔つきになり〇〇〇人の税金で暮らしているくせに、えらそうに。。。と語気荒くしゃべった。
きっと、何かあったのだと思うが、私は、同調する気も失せていて、ここに家があるから、しょうがなく暮らしているが、思い出とするには、酷なこの土地を離れたい。
60代の女性が、勝訴する事を願っている。
駄目なら、生活保護を受けたら良いと思う。(しょうがないと思う。)
私は、他の方法で、きちんと何とか払って、早く忘れたい。
この国に暮らしている殆どの人が、必死に納税しているのだから、甘えてはいけない。


長々とダラダラと書いてしまったが、原因は誰あろう、自分達であり、市役所側は、仕事であり、理由は色々あっても、それは、あまり関係がないのだと思う。
結論は、滞納はしないほうが良いと言う事。
生きる場合、人を頼らずに、生きて行く事を心に決めて、頑張るしかない。
妻としてとか、理不尽な目にあってもパートナーを一番にとか、自分自身を蔑ろにするような心境にならなくなった。。
、そのおかげで大変心が落ち着いた。
滞納事件は、私が自分自身を取り戻す為に、必要な事件であって、実の所、大変、感謝している。
しかし、なぜだか、とても悲しい気持ちになる。






めんどうなり。。。

重いバッグの処理に、迷っている。
宅急便で送るか、それとも、火曜日に持って行くか。。
電話での話だと、10日に支払いになるので、一日分を口座に入れてくれるようだ。
それで、書類を書いてほしいとのこと。
その書類は、私の手元にあり、やはり、持って行くのが良いのか。。。画像
仕事をする年齢は、何歳までか。。。
もう、この年では、働くとか、面接とか、御免なのだが。。。
やれやれ、、という思いが強い。
面倒だし、意欲もない。
但し、今は、お金の為にどうしても働かないといけない。
施設の仕事も、嫌なのだが、あの場所しか働く場所がない。
同僚のもう一人のパートの人は、旦那が86歳だそうだ。
その人も75歳。
話をしている時に、私は尊敬を込めて私よりも年上と言ったら、
語気荒く、何言ってるの大して変わらないじゃないと言われてしまった。
確かにそうだが、70歳過ぎての三歳のさは、きついものがあるはず。
仕事を意欲的にしていたのは、いつごろか。。
やはり、若い時で、一番意欲的にしていたのが、キーパンチオペレーターだ。画像
もくもくと、する仕事で、頭の中に、プログラムを作成したカードを想像して、
そのカードをカラムに巻き付けて、打つのだが1と2レバーを、カードに読み込ませた小さな穴で、
1では、英字、2では、カナ、と分けたり、まえゼロといって、ゼロを自動で打刻できるようにパンチをしておく。
この前ゼロというやり方をプログラム出来ない人は、手打ちで打つので、ストロークに差が出来る。
一秒間に16ストロークだったと思うが、ゼロでも1ストロークと数えるので、早さに差が出来る。
頭の中に、カラムに巻き付けた設定したカードが、入っていないと出来ない。
あの当時は、IBMの機械だったが、近年は、ウインドウズでオペレーターというらしい。
だんだん、簡単に、仕事がしやすく便利になるようだ。
あの仕事は、職人さんのようだなと思う。
今は、あの当時よりも数百円安い時給で、働いている。
しょうがないかもしれない。
72歳で働くようになるとは、、、思ってもみなかった。
高齢になったら、生命保険が満期になるし、貯金もあるし、ゆっくり夫と、旅行をしたり、楽しく過ごし、終わりに向かおうと、思っていたのに、、、。
貯金は、10回以上の転職と、二年間お給料なしという為に消えた。
保険は、配当金も、貸付金も、子供の入学お祝い金も、全部使われた。(こっそりと内緒でやっていた)
すべて、ナシなし崩しである。
お花見も、一緒にはいかない。
楽しさを共有する相手ではない。相手もそう思っている。
時々、言った言葉を思い出すのだが、やぶへびというのか。。。
観覧車から海を見るとすごいよねというのだが、私はまだ、一度も乗ったことが無い。画像
花火大会は、遠くから見ると良いよ。そばで見ると首が痛くなるよというのだが、私は一度も行ったことがない。
ワシントン〇テルのポイントカードを持っているが、私は一度も利用したことがない。
こういて書いていると、現実を見なくてはいけないと思う。
もう、自分の人生を一人で歩むように、しっかりしないといけないと思う。
仕事は、やけっぱちで何でも、泥棒や、〇〇以外(買ってくれる人がいないわ)は何でもやるし、やっているし。。。

相手の方も、人生を間違ったと後悔しているはず。。
申し訳ないです。
せめて、生きている間は、働いている間は、食事や、お弁当は作りますので。。。
それで、我慢してくださりませ。。
私は気にしないようにして暮らしていきます。。。



水曜日の疲れが。。。

水曜日から、もう何日も経過しいるのに、、、、。
木曜日、金曜日、ちゃんと仕事をしたが、、、。
土曜日の朝、具合が悪くて目が醒めた。
変に腰の辺の筋肉が痛いし、肩が痛いし。。。画像
実は、アルバイトの研修に行ったのだか。。。
職種は、2K位のランクで、相変わらず頭脳的な仕事ではなくて。。
研修は、大したことはなく終わったのだが、帰宅するにあたって、これから使う道具類を大きなバッグにいれたのを
持ち帰らなくてはいけない。
とても大きな入れ物で、帰りはラッシュ時になったのと、時間が遅くなり、同居人が帰る時間帯すれすれとなった。
そして、ドヤドヤと人が沢山の電車の中で、立ち続けるのだが、、、。
今朝、九時過ぎに、断りの電話をかけた。
どうにもこうにも、命の危険を感じたのだが。。。
一時間半位、大きな荷物、(帰宅してから、測ったら7キロあった)を持っての移動は体に悪い。
一緒に研修をしてくれた人は、良い人のようだったが、何回もトイレに行く人で、私自身は、お昼にトイレに行き、身なりを整えた後は、帰宅する駅で利用しただけなのだが、彼女は、一時間も持たないようで、入ると、五分位゛出てこない。
椅子があれば、そこの座って待てるが、無いと経ち続けて荷物もありで、大変疲れた。
また、ミステリーのような事があり、会社のあるビルのある場所に、二人で行くのだが、そこは、部屋と言っても、用具室や、機械室しかない場所なのだが、彼女が、今日は聞こえないが、いつも、あの奥の部屋で、男の人が叫んでいると言うのだが。。。
内容は、出してくれ、こんなとこ嫌だとか、、後は叫び声だというので、びっくり。。画像
突き当りの部屋の凝視したが、機械室ようだった。
私は、怖いのが嫌で、雑木林も昼間は良いのだが、夕暮れや、暗くなると、白い何かがいると信じ切っているおばあさんなので、本社に報告書を提出する度に、あの場所に行かないといけないのに、叫び声を聞いたら怖くてどうになかなりそうになる。
今朝は、重い荷物を持てないので、断りの電話をしたのだが、一日だけでも良いからとのこと。
しかし、その一日でも、きついので、即答しても色々と善処すると言われるばかりなので、考えてみますと言って、
電話を切った。
良く考えても、無理そうだ。
契約書も無記入なので、そのまま宅急便で送る事にした。
あの研修と比べたら、超高齢者様のあの施設での掃除の方が、まだ良いかもしれない。
木曜日は、疲れ切っていたが、マイペースで、仕事が出来た
金曜日もマイペースで、いつもの通りに仕事を片付けた。
あの研修に比べたら、少しはましかなと思った。
研修が終わり、帰宅してから、荷物の重さを測り、それをどこに隠そうかと家じゅうを走り回った。画像
結局、置く橋を見つけられず、ベランダに、ごみの袋に無理やり詰めて、置いた。
アルバイトの研修に行った事を悟られるのが嫌で、ひっくり返りそうな体調のまま、いつもの通りに食事の用意をしたのだが、苦しかった。。。。。
もう、無理は出来ないと、心底悟った。
もう、同居人が女連れでいようが、メールをしていようが、キッズ用の隙バサミをもってどこかに行こうが、どうでも良くて、まず、自分自身の体調を、一番に考えて整える事にした。
やはり、72歳なのだと自覚したのだが、遅いか。。。。。


しかし、ブログを書いていて思ったのだが、72歳で働いているおばあさんはいるのか、いないのか。。
施設の仕事は、辞めたいが、次に行くところがない。
自分は、変な暮らしをしているなと思う。
アメリカ人の平均寿命は、78歳だそうだが、、、、。
近いじゃないの。。。同居人なんか、もっと近いし。。
オカルトも、怖いし、、例の彼女が聞いているという叫び声は、彼女だけに聞こえるのかもしれないし。。。
あまり、出場所を広げないようにしよう。
小さく小さく、、まとまってアルバイトなんか、考えてはいけない。
今回のアルバイトは、怖いし、身の程を知ったので考えないようにしよう。

抱擁

或る野球選手の方が、引退の報道。
テレビの画面を見ていて、少し寂しい様な、凄く偉かったと尊敬の念を感じていたのだが、沢山の同僚達と、英語で言うハグをしていた。
私は、抱擁というのがあまり好きではない。画像
きっと挨拶の意味なのだと思うが、おじぎを好む。
仕事場のいそがしですかの彼女が、少し会わない日が続くと、会った時に、遠くから私の名前を呼び、両手を広げて走り寄ってくる。
キスもしかねない位の勢いで。。。
私は、逃げる。
やめて~やめて~と、叫びながらカートの周りを逃げる。
本当に嫌なのだが。。。
もう少し前の、テレビでは、往年のスターで、ある武士の末裔という素晴らしいご先祖様を持つ俳優さんを、やはり、往年の女性歌手で、東大卒だったと思うが、シャンソンのような、とても味のある歌を歌う歌手の方が、(百万本のばらの、、、。)畑の被害について、見て判断をしてもらう為に、番組の中で共演していた。
武士の末裔さんが、少しの坂を歩きながら、彼女に声をかけて、彼女と対峙した時に、少し坂の為に俳優さんの胸の辺に彼女の顔が。。。
俳優さんは、彼女のほっぺを両手で包み込み、そして、彼女の額に軽くキスをした。
彼女は、俳優さんの胸に顔を押し付けて、何かの余韻を感じるように動かなかった。画像
そのシーンは、作り物ではないと思う。
男女の関係を思わせるものでもない。
ただの人間と人間の、尊敬し合う心がさせた行動だと思った。
俳優さんは、もうかなりの年齢のようだ。
その番組の前にも、ちらっとテレビで拝見した時に、上手に年を取った方だなと思っていた。
包容力のある余裕のある人柄や、深みの会話や、冗談や、、、素晴らしい。
歌手の人が、顔を寄せてじっと動かなかった時に、年齢の高い俳優さんを気遣い、大切に過ごしてほしいと願っている感じが、伝わってきた。
流れていくような、人間の一生に輝くような出会いを一瞬でも、経験する幸福な人もいる。。。

粉々に壊れている私の心が、良い物だけを見て、修復したいと思っている。
残念ながら、私の周囲にはそういうものがない。
そう沢山あるはずもないが。。。
時々、ちらっと垣間見られたら、幸福なんだなと思えば良い。

散歩

用事があり、小伝馬町に出かけた。
用事が終わり、帰宅しようと思ったのだが、お天気も良かったので、銀座方面に歩く事にした。
距離は、そんなに遠くなかったと思う。
日本橋に出た。
見慣れた通りを歩いていたら、明治屋が見えてきた。画像
独身時代に、明治屋の上の階に、クッキングスクールがあったのだが、そこに通った事を思い出した。
お米のとぎ方から、教えてくれる丁寧なスクールだった。
あの頃の、お料理のレシピのバインダーが、まだ、家にあると思う。
そのそばに、ボーイフレンドの、父親の会社があるのだが、まだ、あった。。。。
お付き合いは、家柄が関係していると、しみじみ感じた出会いだった。
電話をかけたら、おぼっちゃまは出かけています。。。というばあやの返事を聞いた時、これは無理だなと思った。
その後、そのボーイフレンドも、会社を作り、経営をしているようだ。
明治屋の前の通りを、ずっと歩いていくと、銀座に出る。
独身後半のリッチだった頃に、出入りしていた和食やさんの前を通った。。画像
行き過ぎて、戻った。
懐かしい。。。。
リッチといっても、食べるのは、ランチ位だった。
とても高いお店で、普通の時間には、入れない。
ランチは、少し安くなっていた。
このお店は、支店がいくつかあり、赤坂のお店に行くことが多かった。
次姉と、訪れた時は、銀座のお店だった。
次姉が、まだ、元気な頃で、楽しいひと時を過ごした。
冬で、私は半コートを着ていた。
姉は、ペンキの付いた、オレンジ色のウインドブレーカーを着ていた。
レジ前で、コートをお預かりいたしますと言われて、渡した。姉のペンキ付きのウインドブレーカーも。。画像
食事をしていたら、天井の空調を調べている人がいる事に気が付いた。
何も、飛んでくる訳でもないし、私達は、楽しく食事をしていたのだが、終わる頃、紺色の着物をきれいに着こなしているウエイトレスの人が、お盆に綺麗なコーヒーカップを二つ乗せて、現れた。
私達は、食後のコーヒーは、予算の都合で諦めていたのだが、私達のテーブルに置いた。
そして、空調を調べていて、お食事中に失礼したと言われ、コーヒーをお楽しみくださいと言われた。
私も、姉も驚いて、遠慮なく、暖かくて良い香りの、コーヒーを戴いた。
苦みも、香りもとても良くて、美味しいねと、姉と言いあっていただいた。
飲み終わった頃、また、きれいな着付けをしている、ウエイトレスの人が来た。
手には、紙の手提げを二つ持っていた。
私達の前に立ち、このお店のお湯のみであると話して、お詫びにお使いくださいというような内容を言われた。
益子焼の茶色の湯飲みで、私の家には、大切に保存されている。
それも、とても嬉しくて、素直に戴いた。
会計の時、コートを後ろからかけてくれた。
姉のペンキ付きのブレーカーも、丁寧に差し出してどうぞと言われて、姉がとても恥ずかしがった。
御礼を言って、階段の前に来て、振り返ったら、レジ前の所に、きれいな着物姿の人が数人並び、私達を見て、
丁寧なお辞儀をしてくださった。
階段の途中で、また、振り返ったら、まだ、こちらをにこにことした笑顔で見ていた。画像
姉も、私も、何度もお辞儀をして、階上に出たが、良い思い出である。
あの時に、飲んだコーヒーをもう一度、飲んでみたくて、食後にお願いした。
あの頃と同じ、とても美味しいコーヒーだった。
姉が生きている頃に、もう一度来たかったと思いながら、コーヒーを味わった。

次姉は、不幸を自分で作り背負っていた。
私のように、障碍のある子どもがいた訳ではない。
二人の男の子は、健常であり、それなりに、楽しく生きがいを持って暮らせたはず。。
お決まりの、実家の流れで、不幸のどん底を選んでいた。
いつも思うのだが、問題は、実家の母親だったのだと思う。
五人の兄弟姉妹の中で、けなされて育ったのは、私と次姉の二人だった。
私は、意地の悪い子だと言われて、父親を見ているようだと言われて、次姉は、嫌らしい子で頭が弱い子と馬鹿にされていた。
実際は、とても優しい、思いやりのある次姉だったのだが。。。
晩年は、がんになり、脳に転移して、性格がおかしくなり、私や、姉や、母親を嫌い、相手をするのが大変だった。
当時の、姉の様子をずっと見ていて、もう手を尽くす事が出来ないと、思わなければいけない事があるのだという事を知ったように思う。


しゅーーっと。。。。

部屋の持ち主が、いつの間にか変わり、全体の雰囲気が、以前とは違ってしまう。画像
そういう雰囲気の中で、いつもの通りに掃除をする事は、少し難しい。
例えば、空気が汚れていると思われる場合、引き戸を少しだけ開けて、数分間放置するのだが、その間に冷たい空気がリビングに流れていく。
すると、新しい入居者が大きな声で、怒鳴るのだが、その怒鳴り方は相手を完全に下に見て、言ってはいけないような言葉を投げてくる。
暴言に近い。
それは、入居したばかりで、世間での掃除する人間の立場を想像していて,この場所では、あまり関係ない事が分からない。
一か月もすると、態度と言葉が変わる。
本当は、そんな事はどうでも良くて、それよりも、密閉してしまう部屋が問題だ。
空気の循環は、損なわれ、布団や、シーツに付着している、浮遊する有機物が、降り注ぐ。
マスクをしていても、咳が出てしまう時がある。
感染等が起きた時の場合、直接肌に付いていた物を、整えたりするのは、ある程度、危険ではないかと思う。
特に、この季節は、締め切った部屋での掃除は、危険だと思う。
掃除の立場だと、入居者の健康状態についての、データ等の開示はない。
ただ、ある日、部屋の名札が無くなっていて、他界したと知る。
部屋の掃除をする条件が、ある程度あるのだが、それが、この頃あまり適用されていない。画像
一番嫌なのは、締め切った部屋の中での掃除だ。
空気が汚れている場合は、何度も経験しているが、どうしても空気としては認められない。
窓を開けて、数分の換気で消えていくが。。。。
窓を開けるだけで、その疑問は程なく気にならなくなる。
この頃、自分は、大変危険な仕事をしているのではないかと思う。
嫌になったのかと、聞かれたらそうだと答える。
引き金は、上記の他に、掃除機の未来が、関係している。
掃除機は、毎日、30~40室の掃除に使われていて、程なく、あちこちが故障をするのだが、
その度に、乱暴に使ったのではないかとか、落としたのではないかと言われるのだが、そんな事をしなくても、
何度も、スイッチを入れたり切ったりしていたら、疲労を起こす。
それで、壊れると、始末書を書かされる。
新しく来た掃除機の、スイッチは、本体についていて、一々屈みこんで、スイッチを切る。
それを一日に50回位繰り返す。
屈みこみ、スイッチを押してつけて、また、屈みこみ切るのだ。
その繰り返しをしていたら、また、プラスチック疲労が起きて、割れたりする。
その時に、いつも直してくれていた、営繕さんが辞めてしまう。
次に来た人は、とても頼りなくて、大丈夫かなと思う。
いそがしですかの彼女が、あの人は問題があると言った。
どうしてと聞いたら、言葉につまっていたが、修理を頼んだらきっと余計な事を言う人だと言った。
プラスチックが割れたりしたら、自分達で、根をつめて真剣に直すしかないようだ。
掃除機には、購入した日付と、使用者の名前が貼られている。
理由は、誰が壊したか分かるようにしているとの事。
今度、スイッチが入らなくなったり、吸い込み口の付近が割れたりしたら、どうしようか。。。。
何しろ、今度は、掃除機の修理をしてくれる人がいないのだ。
ほこりは嫌だなとか、掃除機が壊れたらどうしようとか、働く意欲が萎んでいく風船のようにしゅーーっと小さくなる。





言葉の哀しさ

地方に嫁いでいる姉が、塞ぎ込む状態らしい。
私は、まだ、色々とあるが、胸の真ん中にとても、明るい穏やかな草原がまだあるので、姉の話を聞いてしまう。
もし、自分の心中が、暗い雲に覆われていたなら、姉の話を聞いてあげられない。
聞いてあげても、どうしろとか、こうしろとか、意見は出てこない。画像
穏やかな心境でいても、やはり、聞いてあげるだけかもしれない。
解決しない意味は、過去に言ってしまった言葉だから。。。
どうして、人間は、ふと、悲しい言葉を吐いてしまうのかと思う。
自分自身に言う場合はどうってことはないが、相手がある場合、それは、言った人自身の良心が反応する。
姉には、四人の子供がいたが、長男が自殺をしている。
父親との折り合いが悪く、登校拒否も起こしていて、途中退学もしていて、家を出て、生活をしていた。
旅館で働いていて、時々、姉にお金を送ってほしいという感じだったようだ。
自殺をする前に、やはり、お金の電話がかかってきたが、姉は、父親に言いなさいと出来ない言葉を返したようだ。
そして、もう戻ってこないで、と言ってしまったようだ。
言われた長男の心は、病んでいたかもしれない。
健常ならば、自分を信じて頑張ると、方向修正をしたと思う。
悲惨な結末を姉は経験している。
言ってしまった姉の心を救えない。
80歳の高齢になり、まだ、あの時の言葉を忘れられない。
こういう時の流れを、経験する人は多いのだろうか、少ないのだろうか。
多分、人には話す事はしないで、胸に封印しているかもしれない。
私も、長男が倒れた時、倒れる寸前に、お母さんも、もう年だからね。。と言ってしまい、言わなければ良かったとずっと、後悔の日々を送った。
未だに、写真の彼にごめんね。。。と声をかけている。
同居人が、朝出かける時に、玄関で靴を履きながら、おまえみたいに気の強い女はいないよ。もっと優しい女が
いるよ。お前は駄目だよと、吐き捨てるように言いながら、ため息をついて、玄関のドアをバタンと閉める。画像
家の中には、誰かと比べられて、けなされた私が残る。
私は、その言葉に対して、何も言わない。
朝、玄関を出たら、何か起こるか分からないのが今の世の中なので、黙って聞いている。
本当は、お宅のような、足りない頭の男と結婚したから、強くなるしか生活できないからと言いたいが、自分が一番だと思っている、同居人を怒らせる必要はないし、朝、怒ったまま、自動車に撥ねられでもしたら、きっと、
数か月位、気に病むと思う。
この場合の、肝心な事は、私が、その言葉を言われてもどうでも良いと思っている事だ。
相手の尺度で、勝手なけなす心を私に投げても、私の尺度とは、長さが違っている。
自分の尺度にあう人を選べばよいと思うだけだ。


姉の長男は、もしかしたら、手助けが必要な人だったのかもしれない。
姉の次男は、少し障害があり、生活上、姉を苦しめているようだ。
でも、長男の時のように、言葉を投げる事は出来ないようだ。
それだけが、救いだと思う。
戻れない過去で、自分が放った言葉を修正できない。
その苦しみを携えて生きて行くしかない。
二男にその言葉を言わなくて良かったと、思うしかない。

人それぞれの考え方があるが、私は、誰にどのような言葉を言われても、(言葉にもよるが、、。)言った方が足りないやつとか、考え方が違うのだと思って生きてきた。
それに、自分が小さなものだと思っていた。
プライドというものは、あるが、置いてある場所が普通とは違うようだ。
この考え方は、異常なのかもしれないが、子供時代の悲惨な生活がさせていると思う。
先日、三丁目の夕日という漫画を、コンビニで購入した。
戦後の粉ミルクの話等が載っていた。
その中に、給食費を学級委員が集めていて、貧乏なつぎはぎだらけの洋服の、女の子に払ってというシーンが描かれていたが、机に座って困っている女の子が、その私であると思った。
しかし、私は、泣かなかった。
学級会で、どうして払わないのですかと、聞かれて、聞こえないように黙っていたが、そういうタイプの女の子の、シーンも描かれていて、何を聞かれても返事もしないという女の子は、私なのだが。。
教室で、笑うとか、話をするという行動を、あまりした記憶がない。
クラスにいたと思う、、そういう境遇の子が。。

強運か。それとも、、、。

穏やかな、心境とは裏腹に、色々な事が起きて、、まあ、生活しているのだからしょうがない。
少し、遅く10時頃帰宅した。
普段は、殆ど、そういう時間にはならないのだが、同居人が飲み屋に行く日は、遅くても大丈夫だと思って。。
しかし、メールが入っていた。
玄関の電気は消えていて、階段の電気がついているので、戻っている。画像
玄関の外の植木鉢の上に、何か、壊れ切った透明傘が置いてあった。
あまり気にせずに、家に入った。
急いで、お茶と、トーストと、紅茶をもって二階に上がった。
飲んで来た日は、まったく食べないのではなく、少し用意をしないといけない。
そんな用意なんか、何も気にならなく、機械的に用意する。
暗くしていたが、何で遅いんだ。主婦が夜遊びなんかして。。と言うのだが、ムカッとした気持ちは、押さえて、
友達と話をしていたと、返答した。
友達と話をしていたかどうかは、内緒だ。
私に、何をいっても、もう反応はあまりないと思った方が良い。
どのように思われても、不良主婦と言われても、嘘つきと言われても、私の心には、響かない。
その夜は、そのままで就寝。。。
翌朝、玄関でバリバリと、変な音をさせて何かをしている。
玄関の中で、あの植木鉢にかかっていた、壊れ切った傘をまとめようとしていた。
朝なので、私がするからと言って、取り上げたが、その態度が良かったのか、心が軟化したようで、
経緯を話始めた。
ここで、唇の両脇がふるふると震えそうになった内容を聞いた。
昨夜、玄関の前で、鍵をあけようとして、鍵を出したが、鍵穴に刺さらずに、空振りをして、モンドリウッテ三段の階段を落ちたようだ。
その時に、傘の上に落ちて、傘の柄や、骨が壊れたそうだ。
何と強運な、凶運な。。。
ケガなしは、頭だけではないようだ。(毛沢東主席にそっくりです。頭部が。)
以前は、自転車に乗っていて、上を見上げただけで、凄い勢いでハンドルが取られて転んだが、たいしたケガではなかった。
家の前でも、自転車から降りて、止めようとして、ハンドルをとられて、自転車と同時に左右に分かれるように倒れると言う芸当をしている。
自転車の後ろのランプが割れていたが、同居人にはケガはなしだった。
栗拾いに出かけた時、膝程のコンクリートの柵に飛び乗り、ジャンプしてあちら側に降りたのだが、その場所は、瓦礫が山の様に積み上げられていて、突出した塊もあり、危ない所なのだが、ジャンプに失敗して、着地時に、膝ががくんと折れて瓦礫に顔を突っ込んだのだが、鼻血少し、ほっぺに傷、向う脛が一皮むけて血が少し
という、軽傷で済んでいる。
強運の何かが、また、一つ増えたという事。ほんと、、、凶運だと思う。

不思議に思うのだが、私に関わるとそういう出来事が起きているように感じるのだが。。
もう、出かける事はあまりないのだが、日曜日に雨であったが、私が歩きたいので、一緒に、農家の野菜を買いに出かけた。
その時は、何も起こらなかったが、きっと遅れて傷つけられたのだと思う。

そういえば、駅の階段から転げ落ちた事もあり、けがなし。
商店街で、自転車で転倒し、泥だらけになり、失禁もして、帰宅、こたつの中に首まで入っていて、
何が何だか分からない、、、気が付いたら家にいたと言っていた。
顔にも泥が付いていたので、着替えたらと言って、こたつから出したが、ズボンがおしっこだらけだった。
それも、覚えていないと言っていたが、体が翻弄されることが多すぎると思う。


三月ですが。。。

来月は、三月なのだが、同居人の仕事はどうなったのか。。。
何も言わずに、過ごしているが、もう三月だと言えなくて、様子を見ている。画像
従って、今の施設の仕事にも、通うようになるようだ。
そうであれば、それなりに有り難い事なのだが、
仕事としては、きつくて、本当はそのまま辞める事になったらしょうがないと思い、ほっとするはず。
年齢としたら、もう、無理がきかない状態だと思う。
先日も、ベッドの脇に、壁に沿って使い捨ての物が隠されていて、それを取るのに体をひねって、主に下半身をひねって取ったのだが、その後、股関節外側が、痛くなり、階段を降りる時に、落ちそうになった。
歩く時も、股関節を庇って歩くので、ソロソロと歩くしかなかった。
一晩、寝返りをしても痛くて、朝から整形外科に行った。
レントゲンを撮ったら、股関節の付近の骨から、カルシュウムが少し剥がれていたらしく、小さな白い部分が移っていた。
帰宅時、自転車に乗るのは大丈夫だったので、助かったが、途中で歩く時、いつものように大股で歩くことが出来ず、ゆっくり歩いているお年寄りは、きっとこういう風に足が思うように動かないのだなと納得した。
処方された、ロキソニン湿布を貼る時に、ビリッと痛い骨の部分にエレキバンを貼って湿布を貼った。
すると、一晩経過後、朝起きたら痛みが無くなっていた。
湿布が効いたのか、エレキバンが効いたのか、早めの治療が効いたのかよく分からないが、画像
触っても痛くない。
しかし、たった一日、痛い方の足を庇って歩いたのだが、もう一方の足、特に膝が痛くなった。
こうして、あちこち、体の故障が始まるのだろう。
長姉が、失踪する予定と言っているが、元気で失踪できるとは限らないと、今度の電話でいうつもりだ。
本当に、いくら気を付けていても、年と共に、体のあらゆる部分が壊れていく。
維持したくても、出来なくなる。
平均寿命が、男は80歳らしいが、同居人はもう74歳になろうとしているが、あれま、、もう少しで寿命年齢となる。
女の人は、87歳らしいが、それも、大して変わらないか。。
それなのに、働いている私。。。。
無謀な事をしているとしか、思えない。
同居人が、ロマンチックな生活をまだ、している事が凄いなと思うのだが。。。
もしかしたら、私よりも若いかもしれない。
そういう出来事を、気にするよりも、自分の体でしょ。。
気に病むと、体がついていかない。
そんな事よりも、ほれこの皺くちゃになってきた手足が問題だ。
パンと柔らかく張りのある大腿部のはずが、病院でレントゲンを撮る時に、下着姿になり、横たわり、じっと大腿部を見たら、タランと肉が垂れていた。
力を入れても、持ち上がらなかった。
このような状態を、誰に見せる事が出来るか。
密かに、自分だけが見て、人様には、見せられないと納得する。
危うい年齢となったという、自覚をしないといけない。

クライネ。。

姉と、実家の事で話し合う事がある。画像
結局、解体をしてからという、結論になる。
実家の玄関前は、道路に接していて、建て替える場合、支障はないのだが、裏手は、もっと広い道路に接していて、そちらからの出入りが出来るようだ。
狭い土地なのだが、玄関前の私道とは違う、公道が裏手にあるので、それをいかせるようにしようと話をしている。
まだ、今年いっぱいは、動きが無いかもしれない。
先立つお金がないから、情けない話だ。
その情けない状態は、姉も一緒で、二人で暗い話ばかりしている。
姉は、猫ちゃんを7匹も飼っているが、猫の家出ではなく、姉自身が家出をしたいと言う。
猫ちゃんが、いなくなったら家を出ると言う。
猫ちゃん達は、まだまだ元気そうだ。
姉は、80歳になるが、さて、、家出をする頃には、何歳になるか????。
どこに行くのかと聞いたら、言わないと答えた。
7年経てば、失踪したことになるので、そうするのだと言う。
姉の人生を辿れば、順風満帆と言える時期があったと思う。
子宝に恵まれ、お金持ちの家に嫁いだので、お金に困らない生活をしていたと思う。
私が、結婚をして、北千住の公団に住んでいた頃、母親は、何回もお金を貸してと訪ねてきた。
その当時で、5万円を何度も借りに来た。
当時の私は、仕事柄お金に困らず、貸しても良いという状態だったので、気軽に渡していた。画像
そのお金は、一度も返ってこなかったが。。。
その後、母親が話した内容が、姉が貧しい家から嫁いだと言われないように、お金を送っていたとの事だった。
子供のお祝いも、姉の家には、事あるごとに、色々と送っていた。
四人も子供がいたので、その度に、学習机とか、五段の雛飾りとか、姉が実家に来る度に、大きな金額を渡していたと、母親から聞いたことがある。
私達、兄弟姉妹は、五人だったが、その中で、女は四人で、母親が、相手の実家を気にして色々としたのは、長姉と、末妹の二人。
次姉と、私は、問題外だったようだ。
私の場合、次男は、31年位前に小学校入学だったが、一万円がお祝いだった。お返しに、お赤飯と、お菓子の詰め合わせを返したが、ランドセルも買えない金額。
初めてのお節句には、団地サイズのこいのぼりだった。
これは使ったことがない。恥かしくて外にも出せなかった。
年の近い妹の子供には、五段の雛飾りだった。
次姉の所も、同じような貧相なお祝いだった。
そして、結局、その問題外の次姉と、私が実家のお世話をしたのだが。。。。。
次姉は、途中で病気で他界したので、その後をするように妹が関わってきた。
母も、兄も、妹を信頼していた。
その信頼に、妹が答えていたかどうかは分からないが、今は答えざる得ない状況で、答えていると思う。
長姉と、私は、戦が終わり、同情心で繋がっているが、私は、あの当時の事よりも、今の姉の状況に大変な困難を感じる。
私も、人の事を論じる状態ではないのだが、姉の困難さには、脱帽する。
二人で失踪でもしようかと言いたくなるが、とても暗い話で、塩でも撒こうか。。。


自分で分かっているのだが、、、このような昔の事ばかり気にして、、あんぽんたんな私。
だから、行く先が開けない。
ものの考え方に無駄がある。
思い出しても、先には進めない。
でも、不思議なのだ。。
書くことで、気持ちが治まるのだが。。。
怒りは、感じない。
これは、前に進むどころではない。
立ち止まり、反芻している牛のようだ。





変わる。

国民の義務である、税金納付に先がみえて、何とかなりそうだ。
何しろ、封書が届いたら、何が書いてあるのかと、震えてしまう。
大体内容は、予告なく差し押さえをするとか、会社に給料の差し押さえの通知をするという内容。画像
社会的に、葬られるかもしれない、信用問題であるが。。
以前、二年間もお給料がなかった事があったが、その頃から納付が滞りがちだったと思う。
私の分は、兄が払ってくれたのだが、離婚をするなら、相手の分そのままにしておくと言って、放置状態。
その結果、ある銀行から借りて、一気に払った。
すると、あるのに払わないのだろうと、推測されたらしく、予告なく、、、の文面が何度も送られてきた。
私の分は、何とかなっていたのだが、彼の分は、少し滞ると予告なく、、、が来た。
恥かしい結果なのだが、還付金を差し押さえとなった。
その時に、私が電話で、代理として担当者と会話をしたのだが、思い出したくない位酷い会話をした。
サラ金の取り立てのようだった。
私の心は、そういう生活の節度のようなものが、欠如していて、ただ、壊れていたのだと思う。
その状態は、何もかも、普通から離れてしまい、常識がなくなり、滞納をしても分からない位麻痺していた。
普通の生活ではなかったと思う。
自分自身で、壊れていると自覚があった。
浮気は、心の殺人というが、その通りで、吹っ切れるまで、何もかも無意味に思えた。
家庭を持っていたら、やはり、楽しく暮らしたいと思う。
その部分が、なくなってしまったら、自分でどうしたいのかが、分からなくなっていた。画像
ただ、悲しくて、悔しくて、酷いが、心の中を占めていた。
もう駄目だと、気が付いたら、次の段階は、離れたいとなるのだが、それが叶わないと、益々、現実を見なくなる。
次の段階は、生きる為に、そういう問題に、関心を持たないようになる事だ。
今、その段階で、無関心である。
すると、生活に対して、色々と気にかかる事が出てくる。
税金の納付については、当たり前の事柄なのに、どうして、こんな状態にしてしまったのかと気が付くのだが。。
休みの日に、朝から、A四に、税金の納付予定の一覧を打ち、色分けをして、払っている分と、今度払う分と、これから払う分を分かるようにした。
そして、それを持って役所の納税課に行った。
これからの支払い予定の相談ですと、言って、例のサラ金業者のような担当者を待った。
すると、例の担当者は、出てこなかった。
代わりの封書にも書かれていなかった人が、私を呼んだ。
私は、ただの納税者として、役所を訪れて、支払い予定の相談をしに行った訳ではない。
あのサラ金紛いの取り立て口上を言った人の、顔を見たかったのだが。。。
今迄、何十年も払ってこなかった訳ではないのに、あの言い方は、あなたの顔を見たいと、私に思わせたのだ。
ただ、ご尊顔を拝見したかっただけで、ナイフを隠し持ってなんていう行動はしないが。。。
(滞納者には、そうするしかなかったと言う事なのだろうが。。)
別の人に、銀行のローンの契約書を見せて、納税の為に借入をしたと言い、毎月支払いをしていると、話をした。
いくら払っていますかと言われたので、金額をいった。
一気に支払いがされたからと言って、お金があるのに、払わなかった訳ではないと言いたかった。
予定表を提示したら、役所側の一覧を見せてくれたが、予定表よりも、かなり、少なく、必死にお金が出来ると、
払い込みをしていた分の結果が出ていた。
これで、次の年金支給日にも、納付をして、終わりとなる。
これからは、その別の人が、担当者となるようだ。
多分、その担当者にサラ金まがいの口上を、言わせるような事は起きない。
納税は、国民の義務であるが、人生には、それを滞らせる程の衝撃的な出来事が起きる。
そして、誰も助けてはくれない。
その事がよく分かった。
自分が、一人の人間である事が忘れられている。
結婚をしたら、相手の言う通りにして、何をされても我慢をする妻として、母として、生きていく。
それはそれで、大変な貴重な体験であると思うが、伴侶として、相手を苦しめる行動を平然とするのは、ルール違反だ。
それに、翻弄されて、何も判断が出来なくなって、自分で苦しい道を選んでいる。
その事に気が付くまで、下らない生活をしている。
胸の辺が、見えないのだが、凄く平坦な明るい草原のような感じが、ずっとしている。
呼吸が楽になったような感じだ。
気が付くのは、少し遅すぎたと思うが、油断をしないで、暮らしていく。

草原

胸の辺に心があるのか。。。
心は、魂なのか。。。
仕事先のハンディのある男の子が、様々な言葉を投げてくる。画像
先日は、死にたいだったが、今度は、明日、僕の魂は無くなります。というのだが。。。
私は、魂がどこにあるのか、分からないので、彼に魂はどこにあるの?と聞く。
すると彼も分からないと答える。
分からなかったら、どこからどこに行くのかも分からないよ、、と私は独り言のように言う。
胸にあるの?と聞いてみたら、分からないと答えた。
それじゃ、そのままにして、今のお仕事を終わらせようと言って離れた。
彼は、家庭で辛い事があるらしい。
棺桶にはいりますから、、、という言葉も言ってきたが、否定的な返答はしないで、手とか足とか、動かして、
仕事を頑張って、終わらせようと答えるしかない。
言葉をかけてきた時は、きっと、暖かい気持ちになりたいとか、寂しい心の時だと思う。
このような偉そうな言葉を書いているが、私も大体同じような心境の時がある。
彼と違う所は、私は彼よりも何十年も生きている事だ。
だから、回避する方法をいつか見つけるのだ。
そのいつかが、やってきた。。。。。。。
心が胸にあると想像すると、胸の中に、とても気持ちの良い穏やかな気候の草原があるみたいだ。
小さな胸なのに、とても広い気持ちの良い穏やかな空間を感じる。
同居人に対して、様々な希望や、関心や、苛立ちや、悔しさが消えた。
何をしていても、良いと思う。
私は、自由であり、彼も自由である。
私が、旅行をして、何日も家を空ける事があるかもしれないが、その間に家に誰かが入ってきて、私のベッドを使っても良い。
帰宅したら、きれいに掃除をするので、構わない。
家の物をもっていっても良い。
無くなったら、補充をするから。。
私の目の前に居ても、構わない。
私にとって、大切な人はもういないから。。。
嫌だな、見ないようにしようとか、なるべく触らないようにしようとか、、、。画像
こうなったら、もうお終いだと思うが、この家に居ても構わない。
出て行けとか、争う事は、時間の無駄であり、そういう会話はする必要を感じない。
生活上の、関心が無くなったと言う事だ。
彼にしたら、とても暮らしやすくなったと思う。
私は、もう歩き出したので、元の心には戻らない。
縁という川に、二つの船が動いている。
其々が、楽しそうに、櫓をこいでいる。



早かった。。。

喉風邪が、一昨日位から平気になった。
とても珍しい事である。
普段は、引きずり一か月位かかるのだが。。。
耳鼻科の治療である、Bスポット治療というのが、功を奏した。
鼻の中に長い器具の先端に薬の綿つきを入れて、ゴチョゴチョとすると、果てしない激痛が襲う。
そして、喉奥の見えない上あごの付近を更に、ゴチョゴチョと綿棒を動かすと熱い様な痛みが襲う。画像
それを我慢すると、治る。。。。
そして、治ったようだ。
ネブライザーをしている時に、診察台が良く見えるのだが、一人の中年の男性が座っていたのだが、
その人が、Bスポットはしません と言っていたが、少しうつろな顔をしていた。
多分、あの痛みが耐えられないと、判断したのだと思う。
喉の痛みは治ったが、花粉の季節となり、くしゃみが止まらない。
多分、また、5月初めに、耳鼻科にいかないといけないと思う。

病院に、通院する作業はあまりしたくないのだが、同居人の循環器と、糖尿病外来に付き合っている。
その事で、考える事があり、多分、付き添わなくなるようだ。
一緒に行かなくても良いと思うようになった。
検査項目の中で、高額である検査をしないようになった。理由は手術をしないからだが。私が支払わなくても良くなったし。
以前は、会社を休んでいたり、病院が終わっても夜の8時頃帰宅したりしたので、何かをしていると疑ったのだが、
それも、もうあまり気にならなくなった。
そういう事を気にしても、相手は何ともなくて、したいことはするのだから。。画像
暮れに、会社が御用納めをしているのに、出勤して、診察曜日ではないのに、病院にいき、その後、どこかに消えたのだが、そういう事を問い詰めるのも、むなしさを感じる。(これは、帰宅時間や、送られてくる通話履歴でわかった)
やりたければすれば良いと思う。
数値を調べたり、食事の加減を提案したり、用意したりという事も、もうしない事にした。
血液検査や、検尿のデータの載っている紙面も、分厚く閉じてあるが、それも捨てた。
その結果、分かったことは、相手を自由にしたら、自分も自由になったという事だ。
お金が、使えるようになったら、とても行きたい場所がある。
石川県能登に行ってみたい。
新幹線で二時間位らしいが、一人暮らしをしている友達と行こうかと話をしている。
家の中に、また、誰かを入れるかもしれないが、それも構わない。
帰宅したら、シーツ交換や、掃除をすれば気にならない。
この感覚は、完全に愛情という類のものが消滅したという事だ。
今も、家の中で、殆ど口もきかず、私は、リビングにいて、好きな番組をゆったりと観ている。
一緒だと、チャンネルをコマーシャルの度に変えたり、突然変えたりするので、気持ちが落ち着かない。
一人だと、ゆっくりコマーシャルの時には、お茶を変えたりして、臨機応変に対応している。
うるさく、家政婦のように命令されなくて、凄く気持ちが良い。
この状態は、もう少し続くと思う。
いつも、気に入らない事があると、口を聞かなくなり、だだっこのように声掛けをしても、無視をする。
無視をずっとしてほしいが。。。どうだろう。。。
病院についていかない事を、うまくいえると良いが。。。
もう言い争いは、馬鹿らしくてしたくない。
暮れの血圧の事から、もっと自分を大切にしないといけないと感じた。
夫婦といっても、何もかも一緒ではないし、考え方も、違うし。。。
ただ、年齢を重ねた時に、労わりあえる夫婦か良いと思う。
そういう相手ではなかったら、しょうがない。

今日迄???

耳鼻科に行った。
熱はなくて、ただただ、喉が痛い。
鼻の奥が痛い様な、重たい様な。。。
発熱の有無を聞かれて、インフルではないようだ。画像
節々が痛くなるらしい。
高熱が出るらしい。
喉の奥は、鼻に通じる部分と、上あごの部分の事らしい。
細長い棒に綿がついていて、痛い薬が塗られていて、、、じっと我慢をした。
これで治療終了と安心していたら、先生が、上あごも塗りたいと言われた。
勿論、早く治りたいので、お願いした。
以前の経験から、凄く痛いと覚悟をしていたので、椅子からのけ反る事はしなかったし、ネブライザーをしている所で驚いて、鼻の吸入をはずしたおじいさんはいなかった。
抗生物質と、シロップと、吸入する容器を戴いた。
帰宅してから、携帯を見たら、いそがしですかの彼女から、何度も電話がかかっていた。
ラインは何か分からない言葉が入っているのだが、とても心配をしている様子だった。
電話を掛けたいが、声が出ないので、ラインで大丈夫だと返信した。
早く良くなって出て来てという内容の返事が来た。
喉イタを起こす前に、総合診療科に行っているのだが、その時も、喉の違和感があって、もしかしたら、
だいぶ前から、の症状だったのかもしれない。
あちこちと、出歩いていたら、きっとどこかで、菌をもらったのかもしれない。
ばい菌培養室も怪しいが。。。。
もう一人のパートさんからも、電話がかかってきて、その人とは、話をした。
二月の中旬に、ハンディのある男の子が実習で一か月過ごす。
その子に、私達二人が関わるので、その事もあり、話をしたのだが、途中からかすれ声になり、大変だった。
面倒を見るにあたって、二人の掃除の仕方が一致していた方が良いのだろうかと話あった。
大きな声で言えないが、二人とも年齢が70歳を過ぎているので、面倒を見切れる自信がないのだ。画像
若いいそがしですかの彼女だったら、大丈夫だと思う。
私達は、老いぼれていて、注意力も散漫だし、振り返ったら忘れるか忘れないか、、のような老化をしている。
もう一人のバートさんは、狭い個室に二人で入って作業をすることを懸念していた。
その他にも、パイプに当たると壊れそうになる掃除機を、使えるのかとか、本当に、真面目に考えると
難しい。
掃除機が壊れてしまったら、直してくれるおじさんがいなくなるし、と話をしたら、おじさんは、今日迄で辞める
ので、もういない と言われた。
それでは、ますます、壊さないようにしないと、面倒な事になる。
喉イタもつらいが、お薬を戴いたので、少し安心しているのだが、それよりも、おじさんが、、、おじさんが、
月曜日に出て行っても、いないという事が衝撃的である。
掃除機の扱いを、慎重にしないといけない。
いそがしですかの彼女は、吸い込み口の小さなローラーがすり減って、使えなくなっている。
二人で、様々なお店を調べているのだが、ローラーの代わりになるものがない。
中古の商品が、ネットで出ていたのだが、高価なので驚いた。
やはり、何かの代用品を作ってくれる人がいないと困る。
おじさんは、それをしてくれたので、いなくなると大変困る。
掃除機を使う時に、緊張すると思う。
もう一人のパートさんと、様々な問題点について、話し合った。
早寝をする生活らしいのに、話し込んでしまい、また、眠れなくなったと言われるかもしれないが。。。
私的には、一度話あわないといけないと思っていたので、丁度良かった。



喉風邪

仕事場の、休憩室は、ばい菌培養室である。
交互にいそがしですかの彼女と、ハンディのある子が、喉風邪をひいている。
先日は、いそがしですかの彼女が、私の前で、何度も咳をした。
風が、、風邪が、、、で、あっという間に培養室で、培養されてしまった菌を吸い込んだ。
昨日あたりから、鼻水が出て、喉が渇いたように痛くて、今日は彼女達と同じ咳こみをしている。
不思議に思うのだが、この一年の間、交互にタンのからんだ咳をして、喉にタンがつかえている様子なのだ。
私は、休憩の時間をずらしていたのだが、最後の10分程が、一緒になる。
その時に、テーブルをはさんで、咳の風が吹いてくるのだ。
不覚にも、同じ症状となった。画像
彼女達は、若いので、元気に行動しているが、ゴロゴロゴホゴホと、変な咳をしている。
二人が前後して、首のリンパ腺が腫れた事があるが、正直な心としては、おかしいんじゃないの?だが。。。
それが済んだら、咳の掛け合いとなっている。
何が原因なのかと、不思議に思う。
これ以上続くようなら、辞めようかなと思う。
体あっての生活なので、たまらない。
個室の掃除をする時は、窓を開けてしてくださいと言われているのだが、開けるべきなのだが、この寒さで、
どうしても隙間程度しか開けられない。
部屋の中の、異臭を取り除きたいので、一つの部屋をそうじている間にもう一つの部屋の窓を少し開ける。
リビングでじっとしているお年寄りは、きっと寒さを感じると思う。
現に、怒鳴られたのだが。。。
どうしたら良いのかと思案中だ。
そういう面倒くさい事が、この頃気になる。
いつも、掃除機を直してくれていた営繕さんが、三月で辞めてしまう。
唯一、話をするおじさんだったので、つまらないな~と思う気持ちが、辞めたいなという思いに拍車をかける。
辞めたいなと思いながら、もう少しいるのかもしれない。
ばい菌培養室での、休憩も嫌だし、と思うのだが、お金を稼ぐ為に行っている事を忘れている。画像
我慢しないといけないのか。。。
おじさんが、私のシフト表をコピーしてくれて、私にほいとよこすのだが、その時に、掃除機の話をしたり、
仕事上の他愛のない話をすると、気持ちが和らぐのだが、それがなくなるのが寂しい。
あまり、気にしないようにしているのだが、事務所の人や、上司とは、何か隔たりがあり、煙たい。
あまり、口をききたくない。
そういう環境の中、唯一おじさんと話をするのが、清涼剤のようで良かった。
おじさんは、私よりも数年若いが、油断は出来ない。
辞めてしまったら、多分、二度と会えないと思う。
おじさんの健康を祈ってしまうし、私も健康に気を付けて行動しないといけない。





楽な気持ち

二十代後半の頃、散歩をしている時に見つけた、アルバイト募集の紙をみて 応募した。
その場所は、小さな借家のような家が並ぶ一角にあった。画像
平屋で、六畳と四畳半の家だった。
木製のドアを開けると、中から絵の具の様な匂いがしてきた。
二つの部屋は、雑然としていて、机は下から蛍光灯があたり、机上は、曇りガラスがはられている机がいくつもあった。
あの頃、テレビでは、マジンガーゼットとか、サザエさんとか、どろろん閻魔君とか、、今思い出すのはこの位。。
そのアニメの下請けの会社だった。
簡単な面接があり、明日から来てくださいと言われて、その場所に通った。
仕事は、セルの下に下書きの紙を置いて、それに墨汁をつけたペンで書く事。
セルに印刷された絵の中の、印刷がすれている部分に絵に沿って線を入れる。
何枚もパラパラと動かすと、口が動いて話をしているようにみせる、口だけを書き続ける仕事。
少し、難しかったのは、均一に線を引くことで、筆圧を一定にして動かす。
その仕事が面白くて、時間が経過するのが分からなかった位、没頭した。
その会社は、今でも健在のようだ。画像
有名なアニメの最後のテロップに、その会社の名前が出ている。
放映される時に、名前が載るのだが、私の前の人までが載り、ざ~んねんと思ったのを時々思い出す。
白い手袋をして息をとめるようにして線を引いたあの頃とは変わり、パソコンの時代なのだろう。
その線を引く動作をする機会が、今、あるので思い出したのだが。。。
ひょんな事から、始まった血圧測定。
当初は、結構高い数値が出ていたが、12月から現在まで、殆ど、朝も夜も正常値か、少し超える位だ。
時々、精神的に追い詰められる状態があるのだが、その時は、高い数値が出る。
それが分かったので、平常心を心掛けるようにしている。
仕事が終わり、買い物をして、寒い中帰宅し、着替えをしてから、計測してもそんな感じなのが驚きだ。
ノートに、朝、夜の区別をして印をつけて、それをグラフのように、線を引くのだが、その体制になると、ふと息を止めるような仕草になる。
フリーハンドというらしいが、その頃は知らなかった。
点から、点にまっすぐ線を引くのだが、それがとても楽しい。
綺麗に引けると、何となく笑ってしまう。
子供の頃は、いつも絵を描いていたので、心が安心するのかもしれない。
もう一つは、血圧が一定であるのでそう思うのだ。
もし、乱高下していたら、そのような心境には、ならないと思う。
どうしても、降圧剤を飲みたくなくて、様々な情報を仕入れ、友達にも聞いて、ノートに丹念に記録をとり、
それから考えようと半分、何とか飲みたくないという逃げ腰から始まっている。
ある会社のサプリメントを購入。
サーディンとあるので、魚のエキスらしい。
体に良いのか悪いのか、データはないらしい。
魚だったら良いのかもと思い、飲み始めて、二箱目になる。
多分、その効果が出ているのだと思う。
血圧測定をすると思っただけで、緊張してしまう以前とは、全然考えられない心境である。
但し、そのサプリを止めると元に戻るらしいが、降圧剤もそうらしいので、サプリを選んだ。

十年ひと昔。

やってはいけない事なのだが、ペットボトルの湯たんぽを使用している。
二リットルの少し固めのボトルに、ぬるいお湯を少しいれて、ゆすって混ぜて、また、もう少し熱いお湯をいれて、
プラスチックを騙して、最後に熱いお湯を入れると、ボトルが変形しない。画像
駄目な物は、少し熱めのお湯を入れた途端、ヘナヘナとへっこむ。
その湯たんぽは、皆が所有していて、次男も帰ってくると作ってというし、同居人は、二つ作ってと言う。
掛布団は、羽毛なので、軽い。
ペットボトルは、それぞれ、好きな場所に置いている。
布団の中は、とても良い状態だが、先日、膝が冷たいので、ボトルを引き寄せたのだが、そのまま寝てしまい、
朝、起きたら低温火傷をしていて、水ぶくれになり、そのままそっとしていたら、固まったので、放置していた。
しかし、ひざまずいた時に、皮がむけてしまい、大馬鹿な私である。
ヒリヒリと痛い数日を過ごし、病院に行った。
手指の湿疹の薬もほしかったので、少し、遠い病院に行った。
その場所は、以前、もう十年少し前の勤め先のそばだ。
とても、懐かしかった。。。。
小説のような、事件がいくつも起きた、とても面白い職場だった。画像

会社を閉鎖すると言って、私達を首にしたのに、塗装の会社を続けていた。
少し違っていたのは、裏手を通って病院に行くのだが、その裏手に、どうも、焼き物の電気窯のようなものが、
あった。裏手の家も買い取ったらしく、凄く大きな建物が出来ていた。
見上げて、何をする場所なのかと思案していたら、建物の横に監視カメラが付いていた。
また、何か色々としているなと思い、思わずニヤッとしてしまった。
在籍している時に、陶器を作ろうよと言われたのだが、忙しくて出来ないので、断った。
多分、あの大きな建物の中で、作っているのかもしれない。
色々な仕事をしてきたが、印象に残る一番の会社だった。
そこでの経験は、とても貴重で、私にとって、面白い場所だった。
尊敬とか、修行のようなではなく、ただ、単に人間の弱さや、優しさや、利己主義を垣間見た。
酷く、意地悪をされたとか、そういう事もなかった。
社長のご乱心が、何度かあった。
朝、行くとドアに閉鎖します と書かれていて、鍵がかかっている。
皆、ドアの外にウロウロしていて、二時間位してから、ドアが開いたり、帰宅したこともある。画像
事務の者に、その人ができる部分の仕事を達成させて、首にするという事をしていた。
私の前の人は、男性で、あの会社で使用している、パンフレットを作り上げた時点で、首になっている。
私の場合、三千件の顧客のデータと、公共用の書類一式を表から作らせて、それが出来上がった時点で、首になった。
そのデータは、USBに保存しながら作ったのだが、ふと、あれのコピーを作って持って帰ってきたら??犯罪ですよね。。。と考えたりしたが、理性が顔を出して、当たり前だが、出来なかった。
お正月や、イベントのはがき印刷に使っていると思う。
世の中色々な人がいるが、今の事務の人は、どういう人か分からないが、良い人ばかりではないから、気を付けたほうが良いと思う。
社長は、〇宮に〇性腫瘍があって、手術経験者だ。
中年すぎだが、若い部類だと思うので、今はどうしているのかと思うのだが、あの電気窯や、大きく張り出した倉庫のような建物をみると、多分、お元気で存命中だと思う。
会社の横を通り、思ったことは、何かしているなと感じたり、何だか、良かったなという気持ちがした。
私が、人生で通った道の一片だから。。。。

症状

長姉とは、色々あって少し距離を置こうと思っていたのだが、実家の猫の額程の小さな家の、売却の事で、連絡を取り合った。
その時に、色々な話をしたが、私が行きたがっている、ある地方の集合施設の話をしたら、その場所に自分も行きたいと言い出した。
長姉は、男性用のスーツも作れるほど、洋裁が上手で、まだ、手先は器用のようだ。画像
何かの役に立つ人だと思う。
但し、年齢は今年で、80歳になる。
その割には、背筋はピンとしていて、顔の造作も皺等が少ない。
ただ、うつ病であり、理解に苦しむ行動をとることがある。
行きたいな~とつぶやくのだが、子供は四人授かり、長男は20歳前後で自殺、長女は離婚をして家にいる。
そして、次女は、結婚をして別に暮らしている。
問題は、次男の事で、ある病気にかかっていて、身体的には大丈夫なのだが、精神的な病がある。
あの子を置いて、出ていけない、一生出ていけないとため息をつく。
長女が同居しているのだから、大丈夫かと思っていたのだが、とても、無理とのこと。
症状は、会話がちぐはぐになり、理解がないと、膝をつき、床をダンダンと叩いて喚くのだそう。
その声を聞いていると、怖くなるとのこと。
私が、そんなの家でもあるけど。。と言ったら、誰がやるのと聞いてきたので、同居人が、話がこじれたり、画像
追い詰められると、あおーーあおーーとさけびながら、床を両手でダンダン叩くと、言ったら、姉が絶句をして、
しばらく電話が、静かになった。
そして、おかしいんじゃないのと真剣に言われた。
精神鑑定をしてもらったら、病名がつくと思うよ と言われたが、それを判定してもらっても何も出来ない。
実の所、そんな事はどうでも良い。
ずっと以前から、そういう風に生きているのを見ている。
そういう状態になった時どうするのと言われて、泣き叫んでいる時は、私がもう言わないよと繰り返して、いると
黙ると言ったら、うちもそうよ まるで、駄々っ子みたいなのと言っていた。
まあ、こんな事象は、どうでも良くて、別に治らなくても関係ない。
やりたければ、やれば良い。
ちなみに、同居人に同居人自身の症状を認識してもらいたくて、姉の子供の様子に話を持って行った。
姉が、こういう話をして困っていたと、話をしたのだが、すると、少し間があり、ぽつんと、言った言葉が、
おれと一緒だ。。。との事なのだが、自覚があるのか、あっても正当化してしまうのか。。
俺様は、その時の環境次第で、膝をつき床をどんどんと叩くヒステリーを起こすようだ。
治らないと思う。
現在は、その状態にならないよう、私自身が自分の存在を隠している。
お休みが続いて、リビングに一緒にいる時でも、私から話かける事は皆無だ。
本当に言いたい時は、上記のような、結果を知りたい時だけだ。
会話という状態は、普段から難しい。
食事の時も、体はテレビに向いていて、こちらを見る時は、お茶がほしい等の要求の時だけだ。
食事を一緒にしていても、このような感じの家庭はあると思う。
ただ、この家はかなりその状態が、酷いと思う。
食事をしながら、和気あいあいとその日にあった事を話し合うという状態になったことは、皆無である。
まったく話をしないのだが、それはそれで慣れてくると、うっとおしくなくて良い。
そういう症状のものと、結婚しただけなのだと思う。



年齢的

お正月休み明けで、久しぶりに施設に出勤した。
自転車で、雑木林の中を走るのは、まだ、大変お気に入りなのだが、
用具室の掃除機や、カートを見ると、仕事はしたくないが、正直な心だ。画像
フラフラと、掃除の用意をしていたら、いそがしですかの彼女が、私を見つけて、ハグをしようとそばに来たのだが、私はハグとか、キスとか、体を接触させる行為が、大嫌いなので、大変困る。
私が、逃げると余計に追いかけて来て、お尻を叩いたりする。
何となく、からかわれているというのが、真相だと思う。
どうして、ハグしたいのかと聞いたら、お母さんみたいだからという返事であった。
お母さんはね、ハグが嫌いなのっっと言うと、寂しいよという返事が返ってきた。
私が、好んで抱いたのは、二人の子供だけ。。。
愛おしくて、小さな肩を包み込むように抱っこをした。
長男は他界してしまったが、次男は、もう37歳になる。
その次男と、話をする機会があるのだが、もう次元が違う状態だ。
自分の可愛い子供ではない事は確かだ。画像
私の話の内容が、次男の気持ちにあわないという事なのだが、私が話をしている間中、あくびをする。
どうしてあくびをするのかと、聞いたら、今の話は、人の悪口でしょというのだが、
悪口という訳ではないのだが、非難がましい言葉であったことは確かだ。
ある人が、辺野古移設反対という言葉を発信していたので、自分の国の貧困を考えるのが、
有名になり、成功した人の使命だと思う、と言った言葉が、悪口に聞こえたようだ。
自分が生まれた国の事は気にならないのかなと思ったのだが、(ストリートチルドレン、学校に通えない、識字率低い、飢餓、日本の四分の一位の国土に一億人以上の人間、日本のNPOが募金の賛同を求めている。こちらの方が重要だと思うのだが、余計なお世話か。。)
私も、貧困にまみれて成長した部類なのだが、世界でも子供が犠牲になっているようだ。
偉そうに言っていると聞こえたのだと思うが、そういうつもりはなく、ただ普通に考えると、大した内容ではないのに、子供にお説教された気分だ。
そうだねという、同調を期待する事がもうないようで、しばらく考えてしまった。
もう、私の役目は終わったのだと思う。
これが、親離れというのかもしれない。
それが分かった時、何かの重りがとれた感じがした。
これからは、自分自身の事を考えないといけない。
二男が、お説教した通りで、よその人の事なんか考えても意味がない。
それより、子供に、迷惑をかけないように、過ごさないといけない年齢になった。


あけましておめでとうございます

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毎度、新年に抱負を語り、何となく流されて、そんな事を忘れる事態です。
今年も、そうあるような気がしますので、抱負は無しで、あれよあれよと思う間もなく、
気が付いたら、師走であったという、、流れのようです。
でも、二日の夢は、何やら楽しくて、明るく事に当たっていたような夢でした。
朝、起きた途端に夢を忘れましたが、夢の感触を思い出していたら、嫌な朝ではなかったです。
多分、欲の種類が変わったのだと思います。
もう少しの人生の記録は、果たして、、、と思うのですが、よく考えたら大したことないのかもしれないです。
大した事がないのが、一番です。
皆さまも、ゆるゆると落ち着いた一年を過ごされますように。。。




〇天カードを、長い事使用している。
銀行と一緒に使えるようにしようと思い、カードの種類を見ていたら、サッカーのカードの後に、Xjapanのyoshikiさんのカードがあった。
黒のバックに彼の顔が。。。。載っている。
クレジットカードに彼の顔が載っているとは、大変珍しいと思う。
調べたら、一度カードを退会して、再度、入会しないといけないらしい。
その折に、振込にしている公共料金等を、もう一度申し込みをしないといけないらしい。
更に、カード取得の時に審査があり、、、と書かれていた。
私の年齢で、再取得は難しいかもしれないので、諦めた。
他のカードについても、取り換える事とか、しないほうが良いと思えた。
彼は、口元がとても綺麗で、魅力的な絵になる男性だと思う。
ピアノもひけて、きれいな指で、不思議な人だ。
50歳を過ぎているとは、思えない。
お守りのように、持っていたいと思ったのだが、私は、対象外の立場であった。

こだわる事

今年も、あっと言う間に師走になってしまいました。
一年の経過が早すぎると思うのは、私だけでしょうか。
私の愚痴ブログに、気持ち玉を戴く事を大変恐縮しています。
あまりにも、下らない心を吐き出している事は自覚しています。
これからは、年齢らしく、節度を持ち、書いていきます。(無理かな~)
どうぞ良いお年をお迎えください。


離婚をして、専業主婦から働く女性になった友達は、かなり長い間事務の仕事をしていたが、68歳になって
失業した。
離婚をしたので、自分で生活費を作らなくてはいけないので、ずっと働いていて、定年というものがあるが、それが過ぎても、働くことが出来たのに、会社の内紛があり、失業。
現在は、仕事を探している。
就職の話を何度もしているが、どうしても、68歳の壁があり、事務の仕事は皆無のよう。画像
それで、私のしている仕事のような作業を探している。
しかし、なかなか条件に合うのがないようだ。
健康的にも、何かの不安を感じているようで、一人暮らしが、怖いらしい。
健康であっても、気持ち的に不安を感じる類だと思うが。。
スーパーで夫婦の人を見ると、うらやましいとの事。
私は、その意見に心の中で、みんな偽善者よと返しているが、目の前の彼女には言わない。
夫婦という単位を、良いと思う事が、少し考えさせられる。
一人暮らしで、孤独を感じるのは、大変分かるが、その解消の為、結婚を望むのは立場的に不利だと思う。
これから、夫婦になったら、ずっと相手のお世話をして、ご飯作りもして、過ごすのだが、愛というものがあるという事はないと思う。
自分がそうなので、そう思うのだが、瑞々しい若い、、そう次男のような年齢の二人が結婚をしたら、良いな~と思うが、ぼろぞうきんのような、、この表現はいけないのは分かっているが、それしか考えられないので。。高年齢の二人が結婚をしても、何の目的かと考えてしまう。
夫婦という単位にこだわる事が、何か不自然に感じる。
不自然は、私の考え方かもしれないとふと思ったりもしているが。。
男と女の単位でなくてはならないとは、思わない。
男と男、女と女の単位で、生活を共にしても良いと思う。
年齢が行き、一人暮らしが不安になったら、そういう考え方の同性を見つけて暮らしたら良いと思う。
男性と女性のカップルの場合、どうしても、女性に過重がかかる。
一緒に家事をしたり、共同生活としての行動は、バランスがとれないと思う。
その話をしたら、そんな人は見つからないと言ったが、探してみなければ分からない。
家族としての、歴史は、子供が小さな頃が最盛であり、その後は色々なしがらみや、心が砕けたり最終的には、家族がバラバラになる。
腐れ縁とか、酷い言葉が浮かぶ。
同居人が、他の人の例えで、盛んに腐れ縁だと、言っていたが、自分達の事を言いたかったようだった。画像
その事については、私も同意見だ。
これからは、一人暮らしはなるべく避けたほうが良いと思う。
ルームシェアという言葉があるが、そういう住宅があれば、老後に対しての不安は、少しは解消されると思う。
集合施設に入ってしまうと、個性はなくなり、行動範囲も狭くなり、快適とはいえない。
そういう施設に入る前段階の時、楽しく共同生活が出来ると良いと思う。
これからは、そういう生活形態が、自然に出来るようになると良い。
周囲を見回してみると、何だか、高齢者ばかりが目につく。
自分がそうだから、見てしまうのだとも思うが。。。
友達が、不安に思う心は私も同じだ。
もしかしたら、もっと色々な人がそう思っているかもしれない。

ナワバリ。。。。

パート先の、施設で同じ仕事をしているもう一人の女性と、簡単な食事をした。
待ち合わせは、私の家のある駅で、食事をして話をした。
二人とも、年齢的には家にいる人が殆どの年齢で、働いている事がとても珍しいと思う。
顔も知らないのだが、お店の中に、人待ち顔の人がいたので、分かった。
年齢が三歳上で、生活の仕方が違うようで、開口一番で、待ち合わせの時間指定の電話をもう少し早く画像
かけてほしかったと言われた。
8時頃には、もう寝ているそうで、、、大変驚き、謝った。
働いている時の、情報交換がしたかったので、色々と話がきけて情報が沢山手に入った。
いそがしですかの彼女は、私の話を沢山していたようで、二人で、おしゃべりな人ねと、一致した。
私達が、会う事は、秘密にしているのだが、連絡を取り合ったと言ったら、凄く不安そうな顔をしていて、
仲間外れにされる事を気にしたようだった。
基本的には、仲間外れのような事はしないが、言えない話はしないとおもう。
仕事の仕方について、ベッドを作用させて、持ち上げて、パイプの掃除をしているときいて、私はそれはしていないので、面倒だなと、ちょっと思ってしまった。
タオルのモップで、パイプ部分は、拭きとっているのだが、機械を作用させて、持ち上げてまでは、したくない。
それをしないといけないのなら、面倒すぎて、億劫になる。
年齢がある程度経過している人との、関係は難しい。
年齢的に、新しい友達はいらない。
三歳違うだけで、主義主張はかなり、違っている。
考え方も、何かが違う。
多分、もう連絡を取り合う事はないと思う。
その女性は、来年の三月に辞めるかもしれないと言っていた。
ご主人が85歳で、認知の傾向があり、一人にしておけないらしい。
我が家も、同居人が仕事を辞めたら、私はもう働けない。
あり得ない事が、あり得たのだから、家をまた、ホテル替わりにされるのは嫌なので、家を守りたい。
仕事が終わると話をしてから、その後について、何も話をしてこないのだが、そういう時は、どこかに働く場所を
見つけている場合があるかもしれない。
そうである事を願う。
一緒にいる事が大変なストレスであるのだが、いない間に何かがあるのは、もっと嫌だ。画像
今日から、一月六日まで、家に一緒にいる事になる。
今朝、苦しくて目が覚めた。
嫌な気持ちで、一杯になり、震えそうな気持になった。
二男が来ていたので、次男の出勤の時間に合わせて、ご飯を用意したが、動き始めるとそんなに感じない。
とにかく、起きた時、とても嫌な気持ちになる。
血液検査を三回したが、その検査内容に、ホルモンの検査があり、ドーパミンの数値が少ないと、認知症とか、うつ病の疑いがあるらしいが、数値的には、低くもなく、高くもなく異常なしだった。
この嫌な気持ちは、うつではないとしたら、何なのか。。。
明日は、一日出かけるようだ。
飲み屋の大掃除があるので、出かけると言っていた。
あの飲み屋で働いている人の大半は、あの途上国の女性だ。
楽しく、本能のままに、様々な快楽を享受してくれば良い。
飲み屋から、大きな牡蠣や、柚子や、ヒジキをもらってくるが、ヒジキは、生のままを袋にはいったままだ。
以前は、料理されていて、煮つけが、知らない器に入って冷蔵庫にあったが、そのイメージがあり、ヒジキを見ると、腹が立ち、未だに食べられない。
あまり、大きな声で言えないが、殆ど私は、わからないように捨てている。
何かの御礼をしておいてというので、ネットでお歳暮を贈っている。
その前後に、甘いミカンがひと箱送られてくる。
そのミカンは、本当に甘くておいしいので有り難くいただいている。
明日はそのお店に一日いると思うので、家に、いないと思うと凄く嬉しい。
その後の一週間は、覚悟がいる毎日となる。
私の見ていない所で、何をしていても、良いが、家は私の縄張りなので、冗談ではなく何かあったら。。。。





少しずつ。。。

同居人との、外出は主に病院に行く時だけが大半となった。画像
車に乗って出かける事は、一か月に一度あるか、ないか。。
レストランで食事は、もういつの事だったかという位なし。
どこかに何かを見に行くという事も、殆どない。
一年位前に、〇〇鍾乳洞という場所を探しに行こうと、出かけた事があるが、行く途中の道を何か調べながら
運転していた。
途中に駅があり、ああここの駅か、、と独り言を言っていた。
そして、その場所について、様々な人たちが、ぞろぞろと鍾乳洞の入っていくのを見て、場所が分かったら帰ろうと言って、入らずに帰宅した。
その時から、一緒に外出するのが、馬鹿らしくなったというのか、面倒になった。
出かけたければ、自分の足で自分で歩いていけば良いと言う事が分かった。
憶測だが、多分、誰かとのデートに行きたかったのだと思うが、私を巻き込むなと言いたい。
つい最近の休日に、車を動かしたいから出かけようと言われた。
以前のように、どこかに行こうと場所を決められたら行かないが、近場だったので、一緒に出掛けた。
少し、西日がかかり、大変運転しにくい時間帯だったと思う。
車に乗ると、俺様運転という、悪魔が乗り移ったような運転をするのだが、どういう状況かというと、
例えば、前を走行中の車が少しのろいと、早く行けよ何やってんだ!!とわめく。
曲がり角で前を走行中の車を、追い越しそうになる位、急カーブを切って、おせーーんだよとわめく。
天下を取ったような、馬鹿さ加減であり、あり得ない怒り方。
そのような状態を、想像しながら助手席にいたのだが、そんな事よりも、もう乗ってはだめだという感じの出来事があった。
十字路交差点で、右折をしようとしたのだが、助手席の私が見えている前からの直進の車が、みえず、画像
右折決行。
交差点の真ん中位まで、進行してきた直進の車すれすれに右折した。
直進の車は、当然交差点の真ん中にいるので、そこをすれすれに急に右折した車に驚いていた。
私は、もっと驚いて、危ない前見てーーと殆ど叫んでいた。
同居人のそれに対しての返事は、車が見えなかったというのだが、、、、。
川沿いの、ゴルフ場のそばまで、行き帰宅した。
思い出すと、急にアクセルとブレーキの踏み間違いをした時期があった。
赤信号で停止する時、前に車が停止していて、順番のように停止するはずが、いきなりぐんと前進して、すれすれに止まった。
この状態の時は、癖のように、何度も急発進急ブレーキをしていた。
報道等で、コンビニに突っ込んで。。。というニュースがあるが、あの状態だと思う。
何かが、少しずつ変わっていく。
それが顕著に表れれば良いが、何かが変という感じだ。
二男とお墓詣りに行く途中の、都内の道路で三車線で、かなりのスビートが出ている道路だったが、
左折をしたいが、真ん中の車線で動けない状態で、左の車にいらつき、クラクションを鳴らし、接触すれすれの運転をしたら、その車が信号で停止した時に、降りて来て、怒鳴ったのだが、当たり前であり、こちらが悪いので、
窓を開ける前に、謝りなさいと言ったら、すなおに謝っていた。
二男が、何、、信じられないよと言ったのだが、それ以来、次男は、同居人の車には乗っていない。
私も、多分、お墓詣りの時、近場の場所位しか、乗らないようにする。
車は、走る凶器と何かで知ったが、年齢がある程度高齢になったら、運転は自重したほうが良い。
運転する場合は、速度に気を付けて急停車が出来るような運転をするしかないと思った。
あんなに見晴らしの良い交差点で、車が見えなかったという心理が、怖いと思った。
少しずつ変わっていく。
私が、変わったように、周囲も変わっていく。
変わるというよりも、劣っていく方向だ。
大分にいる、古い友達が、言った言葉を思い出すと笑いたくなるのだが。。。
70歳の顔で、心は独身なのよという言葉だが、誰の事を言っているのかと想像すると可笑しくなってしまう。
家にもいるわよ と大笑いした。
私自身も、含めて、身の程を知る時期が来たと思う。(真剣に思う。)
若い人風に言うと、マジで。。。。

印象に残る

耳がとても遠いけれど、しっかりとしている方。
あまり話はしないけれど、いつも、顔を合わせると感謝感謝と、はっきりと言われる。画像
目まぐるしく、部屋が空き、埋まる。
ここが最終と思っていても、割り切れるものではない。
心の中の、奥底に沈んでしまったものは、いつか、昔 経験したものばかりで埋まっている。
苛立ちを、押さえきれない人も、やがて,順応していく。
爆発をした怒りを向けられた時、酷い言葉を投げられた時。。
密かな思いが、目に現れるらしい。
そんな私の様子を、観察していた女性がいた。
私の前に立ち、もう今年も終りねと、声をかけてきた。
そうですねと答えたが、耳が遠い方で、え?と聞き返してきた。
もう一度、大きな声で、今年ももう少しですねと、答えた。
すると、辞めないでね。ずっとあなたにお会いしたいから、辞めないでねと言われた。
川の水のように、サラサラと流れるように部屋から部屋へ、流れていたつもりなのだが、どこかで引っかかっていたらしい。
川の水は、流れて行かないといけない。
苛立ち、本来の性格も含んでの暴言は、しょうがない事だと思う。
私は、気にしていないが、傍で聞いていたその女性が、辞めると思った位ちょっと酷い言葉だったようだ。
その日が過ぎれば、回避する手段を知っているのだが。
気にして暮らすには、短い時間なので。。
私は、実際の年齢をあまり人に話をしていない。
実の所、一部の人達とあまり変わらない年齢だと思う。
数時間の仕事をしたら、自転車に乗り、家に帰る。
この場所で過ごすことが、人によっては苦痛である事が理解できる年齢だ。画像
これからは、顔といっても、マスクをしているのだが、目つきに出ないように、川の流れが、引っかからないように、注意して、仕事をする事にした。
対峙した時、ふと出た言葉だと思うが、あまり気にしないほうが良いとも思うが、なぜだか、何かひっかかり、襟を正すような気持ちになった。









向かい風

この数日、とても寒い通勤をしている。画像
自転車で、20分弱の道なのだが、自動車の往来が激しい区間があり、周囲に風をよける建物等がないので、
真正面から、息が苦しくなるくらいの風が向かってくる。
職場についてから、しばらく、疲れ切った状態になる。
冷たくなっている手先とか、首周囲の寒さが、原因だと思う。
髪の毛もこれ以上どうにもならないという、感じになる。
来年は、どうなるのか分からないが、今のこの現状を何とかしないといけないので、
髪の毛の保護に、毛糸の帽子を買った。
かぶってみて分かったのだが、あの毛糸の帽子というのは、若い人が被るととても良い。
年齢の高い人が被ると、一気に顔の皺、たるみが強調されて、思わず、鏡に映る自分を見ないようにした。
色は、車が危ないので、白いものにした。
あれこれと被ってみるのだが、どれも、品物やデザインは良いのだが、かぶせる素材が悪いので、
帽子が生かされない。
結局、値下げ品で1.000円の安い帽子を購入した。
安い帽子は、安い人が被ると丁度良いみたいと、相変わらずのひねくれた納得感で解決。
若い時は、何年も着られる洋服を、考えて購入。
きれいにクリーニングに出して、次の季節まで大切に保管していたが、今は、来年着るか着ないかと、ふと考えて、妥協して、購入している。
風に飛ばされる事はない帽子で、とても嬉しい。(似合わないけれど。。。)画像
首の周囲は、他の高かったコートのフアフアの毛皮を巻いて、解決。
肩の辺は、500円で買った、紺色の肩掛けに、黄緑色の丸いボンボンの付いた留め金で留めて、完璧。
その出で立ちで、出勤してみたら、体の疲労が少なかった。
今年の冬は、とても寒くなりそうだ。
71歳で、自転車に20分も乗って通勤するなんて、辞めたほうが良いと、自分で分かっている。
出来る所まで、してみようかなとも考えている。
きっかけとしたら、あの向かい風に、負けたら辞め時になると思う。

原発性。。。

昨日は、同居人の通院日であり、私の最終検査の結果を聞く日だった。
同居人には、この一か月程の私の家での、行動は教えていない。画像
血圧計を購入して、朝と、夜寝る前に測っている。
午前中に循環器での診察があり、その後、同居人は会社に行く。
私は、午後遅くの予約なので、病院内でその時間まで過ごした。
検査は、血液検査を三回していた。
CTとMRIを一回ずつ撮った。
血液検査の最終は、とても早く病院に行き、安静状態を三十分経過ご、採血した。
偶然に、血圧が高かった事が発端での検査だった。
高血圧症の人の10人に一人位の人が、疑われた病気があるらしい。
副腎に良性腫瘍が出来て、血圧が上がるらしい。
ノルアドレナリンとか、レニン活性とか、ドーパミンとか、初めて聞くような言葉の羅列のデータの上昇が
病気を決めるらしい。
三度も採血をしたのは、きっと様々なデータの合致を探していたのだと思う。
安静時の採血のデータには、異常がなかったので、その病気ではなかった。
この結果を聞くまで、かなりの落ち込みで、仕事には行くが、心のどこかにひっかかりがあり、
上の空状態だった

軽い降圧剤を近所の病院で出してもらいなさいと言われた。
血圧が高めの状態の時と、まったく普通の数値の時がある。
睡眠前は、120以下85以下で普通であったが、朝の数値が150位95位という高さで、降圧剤の服用になった。
友達に、降圧剤の話をしたら、三人位の人と話をしたのだが、皆、降圧剤を服用していたので、驚いた。
色々な出来事にあい、苦しみ、悲しみ、みじめな思いを沢山経験した後、こんな状態かと落ち込んだ。。。。
今も、人間はこういう風に生きていくのだなと、冷静に考えている。
話をした人達は、自分の身辺で起きた出来事を、其々言うのだが、揃いも揃って、突然病気になり〇なったとか、
年齢に相応しい話ばかりだった。
もうそういう年齢に入っているのに、仕事をしている私に対して、よく仕事に行けるねと言うのだが。。画像
生活の為だから、しょうがないと答えているが、本当にそうで、お金があったら優雅に旅行とかしてみたい。
疑われた病名は、原発性アルドステロン症という病気だ。
二男には、いつも報告をしていたので、結果の話をしたら、柏〇原発が何事もなくて良かったねと、変な冗談を言った。
よく考えたら、同じ原発という字だったので、言ったらしいが、ここに書いた場合、不謹慎と言われるかもしれない。スミマセン。

多分、この出来事や、結末は、同居人には話をしない。
私自身の事なので、自分の中で昇華していく。
心配をする次男には、報告はするが。。。




妄想であれば。。

姉と実家の事で、話をしているが、もうああなりたいとか、こうなりたいとか、考える事が無くなったと、お互いに思っている話をする事が多い。
だからと言って、今がとても満足という状態ではない。
諦めというのか、もう落ちる所まで落ちたと言う事なのか。。。画像
私は疲れてしまった。
何ももう戦う気力がない。
その結果、欲望も無くなった。
何かに必死に当たる努力もしなくなった。
同居人は私が、とてもきついというのだが、私は自分がそんなにきつい人間だと思っていない。
姉が、私の事をそう思っているからなのかもしれない。
しかし、20年程前に、起きた修羅場では、もしかしたら、私のきつさかもしれない部分が露呈したかもしれない。
しかし、しかし、しかし、、、。
これを怒らない人がいるかと思う。
同居人と同じ会社の男性が、同居人の名前を借りて、サラ金数社から、数百万のお金を借りていた。
支払いは、その男性がしていたようだが、時々、変な電話がかかってきて、在宅か?とか、電話に出してくださいという内容の電話。
調べてみたら、サラ金への返済の遅れで、家に電話がかかってきていた。
同居人は、お前にはかかわりがない事だというのだが、実際には、電話がかかってくれば、不安になる。
色々と調べてみたら、ある大きな駅前の商店街の会長をしている人が父親の息子で、ある理由でお金が必要になり、同居人の名前で借りていた。
そういう用立ては、大変危険であり、まして、家庭持ちがしてはいけないと思う。画像
私は、その時、大変怒った。
相手の人の住所を調べたら、あの当時では、大きなマンションに住んでいて、入り口はセキュリティがしっかりしていて、入れないマンションだった。
それで、電話を調べて、その家に電話をかけた。
他の方法で、用立ててほしい、こちらは、障碍のある子どももいて、このような危ない状態は困ると言った。
その男性の妻が電話に出て、それが知られてしまったと分かったら、謝罪のような言葉を言うと思っていたら、
あんたは関係ないでしょという言葉だった。
関係ありますよ。お給料を戴いて、そのお金でやりくりをして、子供二人を育てているのですよと言ったのだが、
相手の妻は、あんたは関係ないの一点張りで、話あいは出来なかった。
それで、怒った。。。
それで、k〇〇商店街の会長をしている、親に解決を頼みますと言ったら、その人の妻は、感情的になり、
何か喚いていたが、他の方法を考えてくれたら、言いませんと返した。
その後は、大変な騒ぎとなり、同居人は、相手の人に電話で何度も何度も謝っていた。
何かおかしな、やり取りであったと思う。
名前を貸して、サラ金からお金を借りる人も人だが、貸す人もおかしい。
借りてやっているのに、ヘコヘコとすみませんすみませんと繰り返し謝る貸し手もおかしい。
電話は、同居人の部屋でしていて、ドア越しに声が聞こえていたが、それだけは言わないでくださいと頼みこんでいた。
その言葉を聞いた時、何をしたら、そのような不利な立場になるのか、何かあったに違いないと思ったのだが、
聞いても応えてはくれなかった。
そんな状態の頃、生命保険の使い込みがあった。
信じられないと人は言う。
もしかしたら、妄想かもと思うのだが、生命保険の係の人からちゃんと聞いているし、電話番号や、係のひとの名前も、まだ残っている。
その位、変なあり得ない出来事が多い。
飲み屋の仲間の紹介で、新車の車を買って、ローンを組んで、それをその仲間が転売して、手数料をくれれば、
売った現金を渡せるという話を持ってきた時もあった。
なぜいけないんだと怒る同居人に、私は何も言えない位絶望した。
横には、何度も心不全を起こして、チアノーゼの状態の目の離せない長男がいる。
ローンを組んだら、生活費の幅が無くなり、支払いをずっとしないといけない。
どうして、そんな事が分からないのかと前に座らせて、しつこく言った。
これが、私の性格がきついと言う意味らしい。
良く言えば、性格が違う。
簡単に言うと、頭の中の構造が違うのかもしれない。
もっと簡単に言うと、家庭というものを持つ必要がなかった人なのかもしれない。
家庭という括りの中の妻という、自分にとって都合の良い人間がいるという部分だけが必要な人であった。
家庭は、必要なかったらしい。
石橋を叩いて渡る傾向の私であったが、もう、どうしたら良いのか分からない位、翻弄された。
今は何かが、コロンと転がる様な動きがあれば、コロコロと転がり、離れていく。
その何かは、いつかきっと、分かる時が来ると思う。
通常、もっと前に何かが起きると思うのだが、私は、そのチャンスを逃し、何度も逃し、今にいる。




境目

携帯のラインに、あの華麗な職場で一緒だった女の人から、メールが来ていた。画像
10月末で、辞めたとのこと。
その後、辞めた理由のラインが数度あった。
少し、事情を聞きたくて、ラインの電話をかけた。
私が、辞めた後、例の途上国の女は、査証がきれたそうで、辞めたと言う。
もう一人の途上国の女も、辞めたそうだ。
その後、二人位入ってきて、国産の人も、何人も入ってきたが、すぐに辞めたそうだ。
統括にお叱りを受ける時に、私も同行した事件の時のパートの責任者は、社員になったとのこと。
エレベーターの中で、私に、教えられていたのに間違えたと言いなさいと、口留めをしたやつだ。
結局その時に、怒られたのは、そのパートの責任者の男となるのは、当たり前で、私は申し訳ありませんと、謝ってけじめをつけた。
正社員になれてきっと、安心していると思う。
それが、私には何の関係もないのだが。。。
情報は、とても面白い。
メールをくれた彼女は、ボーダーの方らしく、教える内容についていけなくて、何度も事件が起きていた。
辞めさせるとの話を聞いていたが、仕事の場所次第で何とかなるような、感じの人。
しかし、社員の人が、直接雇用できないと言ってきたそうだ。
言う方の気持ちを考えると、辛かったと思うが、言われる方も泣いたそうだ。
ボーダーの人とか、ハンディのある人の雇用は、難しいと思う。画像
今の職場では、二人のハンディのある人が雇用されている。
もっとも、私だって普通じゃないと密かに思っているのだが。。
男の子は、20歳だとは知らなかったが、お手洗いに作業の水をとりに行ったら、其の子が男子トイレにいた。
扉を開けた時に、私がいたのだが、急に、私を見て、〇〇さん、僕、死にたくなった。。と言った。
顔つきは、とてもそんな心の嵐を表していない。
いつも、私を脅かして笑う子なので、とても驚いた。
丁度、三階にいたので、飲み物の自販機があるので、何か飲もうよと、と誘った。
いつも、私が飲み物を、購入する時にそばにいる時は、一緒に買ってあげている。
どのような病気なの?とか、聞いてはいけないと思っている。
夕方まで、洗面台も、便器も、せっせと拭いてやってみ。。と声掛けをした。
はい と返事が返ってきた。
その後、私の仕事も終わった夕方に、ばったり会ったが、にこにことしていたので、それ以上は聞かなかった。
心が決める出来事は、誰にも分からない。
その状態の時は、誰が何を言っても、相手の行動を止める事が出来ない。
彼の行動を止める事は出来ないが、きっと、ふと思った事を口にしただけなのかもしれない。
そう思っている。
多分、仕事に慣れて来て、何かを考える余裕が出来たのだと思う。
私は、人様の事に首を突っ込む余裕はない。
自分もおかしいと思っているから。。。
今迄の言動を思うと、あまりにも、過去にこだわりすぎていて、過去に生きているようだ。
つまらないと思う。
家と仕事場の往復と、ご飯の支度だけで、生きているみたいな生活を改めたい。
他の事をして、過ごしてみたいと思っている。
それで、もう一人の掃除の人と会食をする。
その後、出来たら、忙しですかの彼女も誘って会食をするかもしれない。
そして、来年の三月、、、もしかしたら、同居人が仕事終了となっていたら、、。
もう仕事は、この家からの仕事は出来ないと思う。





怒りたいとも思わず。。。

この内容は、書くことに抵抗があった。
とても、グレーな内容で、私自身もグレーである証拠だから。。
でも、これが現実であり、壊れた家庭の内情だから、、、。

支店長代理という名刺の効果..
二男に話をしたら、きっと定期預金をもっと高利率のものに変えませんかという、相談にきたと思ったのでは。。
やはり、そう思うと思う。
仕事場で、少し話をする職員に、銀行員が家にきて、留守のポストにこういう名刺を入れていたらどう思うかと、聞いてみたら、〇〇さん、定期が満期になったんでしょと言ったので、大笑いしてしまった。画像
やはり、そう思うみたいだ。
わざわざ、家まで来て、何を考えているのかと思う。
電話でも、良いし、担当の人でも良かったと思う。
家まで来て、一日早く入金してほしいとな。。。
たった、20マン円の内、もう数万円となっているのにな。。。
同居人が、スワッやっぱりお金があるんだと思う気持ち。。。理解できる。
そして、わざわざゴミ箱から、その名刺を取り出し、これはいつも私の監視のような事をしているので、理解できる。
同居人の部屋に入り、A銀行の返済一覧表を見せた。
ここの時に借りていて、今ここね?。
返済が一度一日遅れたら、矢の催促で、いつも必死で返していたと話をした。
しばらくして、リビングに降りて来て、お茶ほしいと言った。
私は、お茶を入れて渡しながら、私には、もうお金は殆どないと話をした。
何年か前に、二年間もお給料をくれなかった事とか、数社の生命保険の貸付金や、配当金や、子供の高校進学お祝い金等を使い込んだことも忘れて、おれはどうしたら良いんだ、、と言うが、何かの悪魔か何かにとりつかれていて、悪い所業は、すっかり忘れているようだ。
そして、同居人が、お茶をもって二階に上がっていったのだが、ふと、リビングのテーブルの画像
私の座っている場所を見たら、名刺の切れ端が三枚あちこちに見えるように落ちていた。
見てみたら、名刺の抜けていた部分が、銀行名、丁寧な連絡をしてくださいの文面の部分。
こういう、まるで人間性を疑うような嫌な行状は、普通は、隠して、人には言わないと思うが、私は、ここに書く。
記録の一部となり、忘れてはいけない事のように思う。
私の動向を分からないように見ているらしいと、思ったのは、ずっと以前に、クリーニング屋のパートを始めた時、、早番の時は、鍵を開けて入らないといけない。
前日に、自分の部屋で、ハンカチとか、バッグに用意して、朝は慌てないようにしていた。
お財布は、ずっと自分の洋服に入れていたのだが、鍵は、バッグの小さなポケットに入れていた。
それを確かめようと開けたら、鍵がなかった。
他のところに入れたかと思い、全部出して、バッグを振ってみたが、なかった。
その鍵を失くしてしまうと、大変な事になる。
少し飾りがついた特殊な鍵で、多分、これは想像だが、貸金庫の鍵と思ったのだと思う。
私は、あちこち鍵が無くなったと言って探し回った。
あれは、お店の鍵で、ないと大変な事になってしまうと、少し、泣きながら知らないかと声をかけた。
しらないよ と答えた。
それから、階下におりて、二十分位してから、上がって、バッグの中をみたら、飾り付きの鍵が入っていた。
誰も信じないかもしれないが、こういう何とも言えない、信用出来ない家庭の中で、緊張するような相手がいるのだ。
今は、普通にお弁当も用意して、普通に会話をしている。
とても信じられないが、普通にしている。
こういう事をするんだと、認識してから、そういう事はやめてほしいとか、おかしいとか言わない。
言っても、通じてないと分かったからだ。
妄想のような話だが、本人は、生命保険の使い込みをしていないと言い切っている。
しかし、M生命の人に調べてもらったが、本人は、そんなに古い記録はないし、俺ではないというのだが、
記録は、残っていた。
本人の会社のそばの営業所に移し、本人が自分の口座に振り込みをしたとのこと。
それでも、知らないよそんな事と言う。
以前、少し食い下がり、生命保険の人と話をしてと言ったら、大変な騒ぎになった。
泣き叫び、床を叩き、苦しそうに喚き、見ていられない状態。
吐き気がする程、嫌な気持ちになるので、もうその時に、それ以上、問い詰めなかった自分が悪いと思い、放置だ。
なるべく、気にしないようにして暮らしていたが、わざわざ、ごみ箱の中を探り、取り出し、多分、飲み屋に持って行ったと思う。
火曜日の夜は、上機嫌で帰宅して、私に満面の笑みを見せて、嬉しそうにしていたので、変だなと思った。
いつも、飲んで帰宅した時は、私は、自室に逃げている。
絡んでくるからだ。
それがなかったので、何か引っかかっていた。
たった20マン円を借りてもう少しで終わるのに、電話でのやり取りを思い出し、凄く腹が立ち、画像に残そうと思い、殆ど見えているゴミ箱の中から出した。
それをしなかったら、分からなかった。
相変わらず、了見の狭い、こそついた人まがいの奴であった。
以前、隠れ日記のようなものを、エクセルでずっと書いていたのだが、パソコンが壊れたら、すべて消えてしまった。
バックアップをするようになって、usbメモリーに入れたのだが、それが無くなった。
このブログに書いていた物は、消えずに復活した。
家庭の恥かもしれないが、これがこの家の現実であり、私は、何とか出来ないかと苦悩している。
名刺の片辺をばらまいて返した時点で、もう自分は何も知らないと脳内変換をしているはずだ。
普通の家庭では有り得ない出来事であり、信じられないと感じる内容。
何を言っても、ここに住んでいる私の負けである。




笑ってしまう。。。

とてもこの年齢での出来事として、あり得な~い事なのだが。。。画像
でも、破産老人というのもあるらしいが。。
ある東北方面の地方銀行が、私の住んでいる所に進出してきた。
偶然、ネットで見つけて調べたのだが、、、。調べた原因は、ローンが組めるかどうかが、知りたかったから。
借りたい金額は、たったの20マン円で、70歳を過ぎていても可能とのことで、借りた。
毎月の支払いは、無理のない金額で、一年間で完済する。
この今の状況は、だんだん追い詰められた結果だ。
結婚当初は、当時のお金で300マンの貯金もあり、キーパンチャーは、あまり仕事にする人がいなくて、
当時の時給は1000円で、お給料も同居人よりも多かった。
お金に困る事が、想像できなかった。。。
それが今の状態は、まさしく下級老人となった。
どうして、こんなことになったのかは、様々な理由があり、書くのも面倒くさい。
現実は、こうなのだとしか言いようがない。
何とも心が折れるような出来事は、その地方銀行の事だ。
支払い日が、決まっているのだが、勘違いで一日遅れたら、次の月から、矢の催促となり、慌てて、お給料が出たら、その足で、銀行に行くようにした。
行けない時は、振込をした。
11月分は、前日がお休みだったので、銀行に出向き、貯金の形で入金した。画像
ところが、帰宅して、ポストを見たら、名詞が入っていた。
その名詞には、その銀行の支店長代理の名詞で、連絡したいことがありますので、電話をくださいと書かれていた。
確かに、入金してあるのに、なぜかとかけてみたら、当日入金ではなく、前日に入金してほしいとの事。
それを言いにわざわざ、家まで来たのだそうで、支店長代理が、偉い人が。。。。
どうして、当日に貯金するように入金しても駄目なのかと聞いた。
当日では引き落としが遅くなるので駄目なのだそうだ。
当日というのは、銀行が開いている時間だと思うのだが、それでは遅いのだそうだ。
電話で、話をしながら、自虐的な薄笑いが浮かび、吹き出しそうになった。
たったの20マン円がなかった私に、一生懸命貸してくれたけど、不安でしょうがない銀行という訳だ。
残額は、数万円となり、年金で返してしまおうと考えている。
このような、何とも言えない、ひがみ根性が生まれてしまう、今の環境。
同居人が、朝、出かける時に、おまえみたいな優しさのない女はいないよ と言ったことが、数回ある。
先日、仕事がなくなったら、この家も解散して、其々が自分の自由に暮らそうかと、提案した。
ウオーーウオーーと叫ばれないように、優しく、辛いよね。。だからそうしようかと提案したのだが、とても不穏な状態になり、やはり、ウオーーが始まった。
皆私が悪いのだと思う。申し訳ない。だから、自由に暮らして良いと言ったのだが、もう悩ませないでくれと怒鳴り、ウオーーとなった。
悩むの辛いよね。。。と私が独り言を言ったら、もう何も言わないでくれ、そっとしておいてくれとの事。
私は、もう限界だし、血圧が上下しているし、お金はないし、、なので、ひっそりと緊張しない生活がしたい。
お前が悪いと言うが、あんたはもっと酷いと言い返したいが、言っても通じる相手ではないので、何もいわない。
ただ、離れて暮らしたい。
でも、そんな思いもどうでも良いとも思える。
人間なんて、年をとったらお終いだ。
枯れたアジサイだ。
意味がない。
足手まといだ。
生きるという事は、喜びであり、楽しさであり、自分は自分なのだ。
そのバランスが壊れてしまうのが、結婚だ。
相手次第で、立ち直れない位、もう人間として生まれ変わりたくない位、傷を負う。
私の私感なのだが、私と同年齢の夫婦の方達を見ていると、よく一緒に歩いているなと思う。
私は、スーパーに買い物に行くのも、一緒に行きたくない。
車で出かけると言われれば、一緒に乗るが、自分から行こうとは言わない。
土日の前日に、買い物をして、出かけなくて良いようにしている。
ご夫婦で歩いている様子を見ていると、仲睦まじいという訳でもない感じだ。
それとも、どうにもならない人生なので、、体が辛くても、私の様に、旦那のご飯作りをしているのか。。。
ある作家が、高齢になる前に〇殺をした事件があったが、年齢を重ねる事に抵抗があったのかと当時は思った。
年をとる事が、当然であると思いたい。
誰の為ではなく、自分の為に、自分の心を見つめ、自分らしく生きたい。
枯れたアジサイになっても、自分が納得していれば良い。
いい加減な老齢なのに、相手が優しくないとか、バカじゃねーーの。
そんなもの期待する程、未来があるのかである。
同居人が、吐き捨てるように、玄関で靴を履きながら、おまえは。。。と始まると鼻先で笑ってしまう。画像



もう一つ笑ってしまう事があった。
その銀行の支店長代理が、私のいない留守に、ポストに名刺を入れたと書いたが、
その名刺に書かれていた文面が、とても丁寧な文面で。
まさか、お金の返し方の文句とは、考えられない内容で、すぐかけたのだが、上記文頭の内容だったので、
少し腹が立ち、むなしくもアリだが、、ごみ箱に破って捨てた。
ゴミ箱の中は、ティッシュが数枚と、11月のカレンダー一枚だったのだが、名刺を画像に撮ろうと思って、出してみたら、文面の部分と、銀行名の部分の切れ端が見つからない。
ゴミ箱の中は、少ないのに見つからない。
誰かが、私が貯金をしていると思っているので証拠の様に隠匿した模様。
これから、同居人の部屋に行き、残高表を見せて、本当に借りていると見せないといけない。
こうして、コソコソと私の周囲にを探るのは、大変可笑しい。
笑ってしまう、
独身時代の、300 万円は今の時代だと、1000マン円位の貯金が懐かしいが、本当に下級老人だと、どうしたらわかってもらえるのか。。。。
虫唾が走るという言葉があるが、あのカマドウマの顔を見るとむしずがはしる。
支店長代理が、わざわざ家に訪ねて来て、連絡したいことがあります等、誤解も六回もありだ。
わざわざ、丁寧な言葉を並べて、家まで来て名刺を入れた店長代理や、その文面を読み定期預金を何かに変える相談かと思った同居人も、腹立たしいので、また、血圧が上がったと思う。ヤレヤレ。。。

パートおばぁさん

ついに、職場で同じ作業をしているもう一人の人と会う事になった。
新しい掃除機には、〇〇号と使う人自身の名前がつけられているのだが、どうも、画像
誰かが使っているのだが。。。
使用後、中のごみを捨てた後、きれいに拭き掃除をして、ほこり等が殆ど無い状態にして、
用具室に保管しているのだが、朝、点検をすると中が汚れていて、吸い込み口の状態も少し汚れている。
その掃除機を渡された時、壊れた時に、誰の分が壊れたか分かるように、名前を入れたと言われたのだが、
これでは、誰が使用した後に壊れたのか、不明である。
壊れて使用不能になった時は、始末書を書くのだ。
これからは、大切に使いますという一文を入れる。
それで、もう一人の人に、あなたの掃除機にも、そういう形跡がありますか?と、問い合わせたくて、連絡帳に
書き込んだ。
すぐに返事があり、お待ちしてますとの事。。。
電話をかけて話をしたら、やはり、使われているそうで、でも、壊れて始末書を書くのなら、何枚でも書くからとのこと。
素晴らしい太っ腹の人でした。
そして、十二月に入ったら、一緒に食事をする事になった。画像
何となく、もう一人のいそがしですかの彼女も、誘ったら良いのかと聞いたら、今回は二人だけで食事をしようとの事。
いそがしですかの彼女には、もう一人のパートさんに連絡をとりたいと、連絡帳に書いたからねと知らせておいた。
どして?どして?と何か気になったようで、聞いてきたが、掃除機の事で話をすることにしたと答えた。
しかし、いそがしですかの彼女は、もう一人のパートさんにも、何度も聞いてきたそうで、気にしているらしい。
一度だけ、もう一人のパートさんと食事はするが、クリスマス前後に、三人で食事をするかもしれない。
いそがしですかの彼女の掃除機について、何回か、私の修理した部品を使っているのだが、それ以上に、営繕のおじさんの手を借りている。
吸い込みが出来ない状態の、掃除機で掃除をしていたのだが、直してくれた部品を使用して、大変助かっていた。
それで、そのおじさんにクリスマスプレゼントをしようと、彼女と話をしているのだが、その仲間にパートさんを入れないのは、後味が悪いと思う。
その相談もしないといけないので、三人で会うか、電話で話をして、共有できるようなら、プレゼントを渡す事になる。
こういう事が、とても面倒なのだが、私自身、これからどうなるのかわからないし、来年の三月には、同居人が仕事をやめると言っているので、施設のパートも終わりになるかもしれない。
気にしすぎと思われるが、家をあける事が心配で、嫌な気持ちになる。
本当は、今使っている私の部屋のベッドも、捨ててしまいたいのをこらえて使っている。
気持ちが悪いと思う。自分のベッドの皺ゃ、掛布団の位置、枕の位置等起きた時に揃えているので、
変に、掛布団が上の方にあったり、枕が違うものに変わっていて、使用していた枕が、カバーなしで、ベランダに干してあったり、したらとてもおかしいと思うものだ。
あの時の、驚きや、不愉快で不安な感情は、もう関係なくしたい。
来年の三月に、本当に、仕事を辞めていたら、ここにはもう住まないかもしれない。
施設の仕事も辞める方向となるので、縁のあった二人にお別れの意味で、食事をする。
同居人とも、ひとつの区切りで、お互いに残りの人生は、自分らしく過ごしたら良い。
離れてしまったら、どうするという思いは、あまり考えていない。
私達が、お互いに後悔のない人生の締めくくりをするには、少し遅いが、この時期だからこそ、考えられる最後の生き方だと思う。
三月にならないと、どのような行動が出来るのか、今迄の状態を思うと分からない。
思うようにいかなかった事が沢山あったから、その時まで、考えたくないのが本心だけれど。。

離れようとすると、何かが起こるのだが、今回は何が起こるのか。。。。
私の、血圧が上がったり、下がったりしているので、それが原因になるのか。。。
前々回のエコー検査では腹部に異常がなかったので、こんどは、もっと詳しい検査をする。
これ以上は、自分の事に専念したいと思う。

長年

昨夜は、11時40分頃自室に入って、習慣のようにPCの前に座り、開けて少ししたら、とても眠くなり、
開けたまま、ベッドで横になった。
そこまでは分かっていたのだが、その後、ぐっすりと眠った模様。
明かりも、PCもつけたままであった。
そして、4じ半頃、指や、手の甲の猛烈な痒みで目が覚めた。
もう、一年以上前から、アレルギー性の痒みに悩まされている。
昨夜は、手袋をしないで、食器の洗い物をしたのだが、洗剤に負けてしまうようだ。
皮膚科にかかり、チューブの薬を戴くのだが、それを机に置いていると、同居人や、次男が、一つほしいと持って行ってしまう。
定期的にかかる前に、薬がなくなってしまうので、痒みに悩まされてしまう。
そもそも、どうして、このアレルギー発症となったのか、原因は施設で働くようになってからだ。
ゴムの手袋の着用時間が長い為、負けた模様。
それまでは、ほんの二~三時間の着用だったので、発症する程ではなかった。
今の施設で仕事をするようになって、七時間もそのままつけているので、手指の水分でゴムの部分に
密着するような感じになり、負けるのだが。。。
このまま、この場所で働いていて良いかと、考えてしまう原因は、このアレルギーだ。
年齢を考えると、もう働く場所は無いに等しい。
それを考えると、我慢かな~と思う。
先日、職員の冷蔵庫の中に、お弁当を入れているのだが、お昼になり取りに行ったら、
流し台のそばで、手に何かを塗っている人がいた。
私を見て、手のアレルギーなのと言って、更に塗り続けていた。
皮膚が割れて痛いと言っていた。
もう一人の人が入ってきて、私が手の甲を見せていたら、その人も、手を見せてくれて、三人で見比べたのだが、
三人とも、アレルギーに苦しめられている事が分かった。
私は、掃除が原因なのだが、二人は、ヘルパーさんで、介護の仕事だ。
やはり、手指を使う仕事では、しょうがないのかもしれない。

来年の三月に、同居人の仕事が終了するらしいが、私が、働きに出て、家を留守にすることは避けたい。
家をホテル替わりにされるのが、何度もあったらたまらない。
一緒に家にいて、ずっと過ごすのは我慢できるかどうか。。。分からないが、相手が、ずっと家で過ごす事に
なったら、またやるのかな?と考えてしまう。
その三月までは、アレルギーを抑えて働こうと考えている。
三月過ぎに、何をしているのか想像は出来ないが、その後に手のアレルギーが治まってほしいと思う。画像

働く事は、様々な負の部分も同時にあるのが普通だと思う。
どこにいても、人間はこんな風に負の部分を受けるのだと思う。
うまく行かないと言う事か。。。
同居人が、三月からどのような生活になるのか、考えたくないが、家を利用しなければ良い。
先日、本の売却を頼まれて、相手の部屋に入ったが、棚に置かれた百円ショップの袋の中をのぞいたら、
赤ちゃん用の小さな隙バサミと、カプチーノ用の泡だて器が入っていたが、我が家では使わないけど。。。
相変わらす、続いているようで、しかも、百円ショップの商品で我慢する貧乏人のようで、思わずニヤッと笑ってしまった。
私だったら、どうせプレゼントするなら、ちゃんとしたステンレス製の良い物を探して、プレゼントするけれど、
小さな赤ちゃんの髪の毛を整える場合、頭皮を傷つけないように、すぐに使えなくなる商品ではなく、
軽くて、髪の毛に引っかからないかと、それなりの値段の物を見つけるが。。
言葉は、悪いが、けち爺が、貧乏ママにもっともらしく、安いプレゼントとか、関わりを持とうとして、
お金さえくれたらと、心中思っている貧乏ママの心も知らず、関係を持っているのだと思えるが、こういう物程度のもので満足してくれるなんて、お似合いなのだと思う。
泡立て器は、安物の数回使ったら壊れるような物のようだが、それに、泡立てて飲むようなユーーガな心境かいなと、、、余計なお世話でした。。。。

年の事を言うと、鬼が笑うそうだが、相手が出て行ってくれたら、良いのになと想像してしまう。


強運とか。。。

昨日の出来事、、、記録として書いておく。。。
実は、先月の初旬位から、会話をしていない。
一か月位、殆ど会話もなく、だからといって喧嘩をしている訳でもなく、其々の生活をしているだけなのだが。。

画像
その状態が昨日まで続いていた。
私自身は、それが良いので、放置であり、誰と出かけても、あまり気にならない。
昨日の土曜日も、私は、自分の健康の事が気になり、あまり良い気分ではなく、そっとしておいてほしいと思っていたのだが、二時過ぎに降りてきて、行くぞ、基地まつりに行くぞとまくし立てて、早く用意をしろと怒鳴った。
一緒に行動するのは、嫌なので困ったなと思ったのだが、言う通りに身支度をして、お茶とお水を持ち、一緒に家を出た。
しかし、行けども行けども、飛行機の音はしないし、静かであり、終わったのか、それとも、明日なのかと思ったが、何も言わずについて行った。
すると、雑木林間から、飛行機の爆音が聞こえてきて、先頭を走っている、同居人が、顔を上げてみようとしたその時、、、あれよあれよと言う間もなく、グリンと自転車が回転して、左横の鉄の柵に首の辺をぶつけて倒れた。
自転車は、サドルが曲がり、道側に倒れた。
柵がなければ、少し道路より下がっている雑木林の中にもんどりうってひっくり返ったと思う。
同居人は、首をぶつけた時、私と目があった。
その時に、私が吹き出しそうになった事は、知らないと思う。
その後、これはいけないと真剣な顔をして、大丈夫?と声をかけた。
同居人は、サドルを治そうと馬鹿力を出して、ひねっていたが、私がかわりにしてあげるから、横の柵に寄りか画像
かって休みなさいと声をかけた。
サドルは、レバーを緩めれば簡単に治せる。
問題は、首の所なのだが、左手が柵にかかって、クッションになり、大丈夫だった。
首の骨を折って、危なかったのだと思うのだが、自転車にぶつかった手足の方がケガをしていた。
手首を痛めた模様。
足のすね部分に、擦り傷が五~六ケ所。
そのままフラフラと帰宅。
リビングで、消毒薬をかけて、バンドエイドで保護。
手首は、打ち身の模様なので、ロキソニン湿布をした。
しかし、運が強いなと思う。
同居人自身も、俺は運が良いと言いながら、食事をしていた。
記録として、書いたのだが。。。
ずっと若い頃、私も気が強かったのだと思うが、私を抑え込もうとして、あらゆる暴言、物を投げるの大立ち回りをした後、車に乗り出て行ったことがある。
その時、30分もしない内に、電話がかかってきて、悪かった御免なさいという言葉を言って切った。
すぐに帰宅してきて、とても顔色がおかしいので、どうしたのと聞いたら、高速を走り出したら、急に車が、凄いスピードで壁に向かって突進したのだそう。
ギリギリでカーブを切り止まる事が出来て、未だに手が震えているとの事。
大体、今迄のケガの時は、そういう心の隙に何かが作用するようだ。
お寺様で、脛に十五センチくらいの皮むけ出血、コンクリートに足が届かなくて。。
栗拾いに行き、ジャンプして小さな柵を超えようとして、膝が折れて、そのままがれきの山に顔を突入、鼻血ブー
口中切れて、後に口内炎。
まだ、沢山あるが、とりあえず、私は、悪い妻であるので、心配そうな演技をしているのだが。。。
いけませんね。。。。。。
昨日の自転車グリン回転、スローモーションのように同居人の顔が私の方を見て、ぶつけた瞬間。
笑いません。
真剣に手をとり撫でてあげました。(介護するように。。)とても冷たい手でした。かなりのショックだった模様。
枯れる事が出来ない人生を、歩いているらしいが、欲望だけで、理性がないのは、無駄な人生だと思うが。。
いやいや。。。余計なお世話ですね。
ここまできたら、楽しく楽しく日々を送り、満足した心で過ごしてほしい。
俺は、強運だと言っているが、確かに、凶運ではないようだ。



環境

職場の同僚は、外国人だが、人数の少ない作業の関係なので、食事を一緒にしている。
様々な話をしあっているが、オバースティをして、日本中を逃げ回ったと言っていた。
結婚は、40歳位で、お店がお見合いの様な仕組みの営業をしていて、それで今の旦那様と知り合ったと言っていた。
自国の家族の話も、色々と聞いた。画像
両親は、50歳代で亡くなっている。
確か、平均寿命もその位の国のようだ。
沢山の、苦労をしている。
その彼女が、お菓子のおすそ分けをしてくれるのだが、何とも笑ってしまう状態なのだ。
悪気がある訳ではなく、小さく小さく固められた、スプーンで寄せ集められたティラミスとか、ちょっと食べられないよと思うのだが、少しだけ食べて、残してしまう私。。。。
ケーキを一緒に食べましょうと、すれ違いざまに言われて、うん分かったお昼ねと返事をして、部屋に入ると、その状態で、これは、やはり、育った環境なのだろうなと思う。
そういう私も、あまり良い環境の育ちではなく、人の事は言えない。
私の受けている様々な酷い環境を嫌だと思い、何とか普通の生活がしたいと抗うのだが、
それをしていても、何も解決しない事を身に染みて感じるだけだ。
どう表現したら良いのか。。。。
私の子供の頃、両親は子供の教育や、生育に対して、興味がなかったようだ。
お風呂にも入らなかった。
私は自分が色黒だと思っていたのだが、自分で生活できるようになってから、食事や、衣服に気を配るようになってから、人から、色が白いと言われて本当だ白いやと思ったくらい、垢にまみれた子供時代だった。
隣の家の人がとても親切で、夜になると、お風呂がまだ暖かいから、入りにおいでと、声をかけてくれた。
着替えの服を持って行くわけでもなく、そのままお風呂に入りに行った。
終い湯というのだと思うが、それでもとても体がきれいになり、嬉しかった。
その人達は、お子さんは娘が三人とご夫婦だったが、お礼を言おうとすると、隣の部屋で家族みんなで眠っていた。旦那様は、いびきをかいて寝ていた。
そっと扉をしめて、垣根を越えて家に帰った。
何度も、お風呂を使わせてもらった。
そんな環境から、脱することもなく、成長したが、体は、栄養失調でガリガリ、心は病んでいたと思う。
人に対して、特に、男の人に対して、更に特に、配偶者としての男の人に対して、信頼感でみるより、不信感で見てしまうのも、環境からきている。
夫婦関係のチャンネルを読んでいたら、こういう思考が普通の夫婦間のやりとりで、女性のあたたかな感じが出ていると思った記事があった。
ムスッとしている旦那に対して、前妻は、激しい非難を浴びせるが、今妻は、疲れたの?大丈夫?私が何か嫌な事言ってしまったかしら、ごめんね という会話だが、この今妻の考え方は、とても穏やかで、自然に出る環境からの言葉だと思う。
前妻の言葉は、相手を疑ったり、自分の正当性を言い、責めるという考え方で、私の場合は、この前妻と同じだと思う。
私の家は、いつも、両親が罵り合っていて、お膳はひっくり返す、七輪は投げる、当然その中の練炭が飛び散り、更にその上にあった、シュンシュンと音のするやかんのお湯が流れる。かなり熱いのが、、。

それが今は亡き、二番目の姉の両足にかかり、姉がうめき声をあげて倒れる。
私は、それを見て、暗い夜道を走り、薬局の窓を叩きお姉ちゃんが火傷をしました。薬をくださいと言ってその場に倒れてしまった。倒れて気が付いた瞬間を今も、覚えている。小学校の三年か四年生の頃。
土の上に寝かされていた。苦しかった。でも、お姉ちゃんが大変だから、薬をくださいと言っていた。画像
その後、母親が薬を買いに来たようで、私は、家に帰った。
姉の火傷は、とても酷かった。
両足とも水ぶくれになり、病院に行ったかどうか、覚えていないが、白い薬を沢山塗っていた…。
その姉も、夫婦間のいざこざが酷いまま、亡くなった。
妹も、夫婦間は、最悪、長姉も酷い関係のまま、旦那が亡くなっている。
さて、何が悪いのかと考えるが、育った環境次第だと思う。
何をみて育ってきたかと言う事だと思う。
私自身は、自分の心の澱のようなものに気が付かず、自分の正当性を掲げて、同居人との結婚生活を何十年としてきた。
本当は、もっと優しい心根であるべきだったと思う。
それが出来ない位、病んで生きてきたのだと思う。
私は、もしかしたら、結婚する資格がなかったのだと思う。
外見は、とても優しそうな感じがしたと思うが、内面の中には、鬼が棲んでいたという訳だ。
私の、その能力を引き出すには、同じような同類と過ごせば、余計に表れる。
同居人が、すべて悪いわけではない。
私も、同居人の能力を引き出したのかもしれない。
その能力とは、信頼や、誠実を思わなくても暮らせるとエゴという心だ。
多分、私が悪いのだと思う。
自分自身も、相手も、良い部分を出しあえなかった原因は、私が引き金かもしれない。
それでは、どうしたら良いのか。。。。
もう手遅れであり、やり直せない位、壊れている。
出来る事があるとしたら、相手に対して、手も、心も出さず、見ているだけという状態だ。


もしかして。。。

ニンニクの塊を買って、三かけ位を焼いて食べている。
風邪予防というのか、仕事場での感染を予防するかもしれない。画像

いそがしですかの彼女は、よく、ハンディの子に食べかけのサラダとか、半分以上食べてしまったケーキとか、
素手で、バナナのかけらを折って、そのまま渡している。
私も、こそげとられたティラミスを戴くが。。。
ハンディの子は、それを黙って食べていた。。。
私は、お腹が一杯だから後で食べると返事をしていた。
自分で食べたいと思うもの以外の、食べ物は無理に食べる事が出来ない。
本当に、食べたくないものは、ウニでもトロでも、食べない。
このところ、数か月いそがしですかの彼女は、ずっと咳をしていて、喉が痛いと言って、薬を服用中。
もしかしたら、もしかしたのかもしれない。
同じ喉痛い、飲み込むのも痛い、パンパンに腫れたほっぺ、、、と一緒の症状だが。。。
いやいや、そんな事はないでしょ。
偶然の症状だと思う。
でも、やはり、ニンニクは食べておこう。
いそがしですかの彼女さん,疑ってごめんなさい。画像
でも、用心に越したことはないし。。。

いそがしですかの彼女が、食事中にポツンと言った言葉が、何やら意味深であった。人間ね、明日か、いつ死ぬかなんて、わからないですよ。。ほんと。。
わたしそう思いましたよ。。と言ったのだ。
私達の職場では、そういう感情をもってしまうような環境にあるからだが。。
私も、おにぎりをほおばりながら、頷いた。
その気持ちは、私の方が大きい。
彼女には、話していないが、高血圧の薬服用かもしれないのだが、多分、服用となる。
〇〇さんは、元気ですよね。。と言うのだが、私は空元気なのだが。。。
もう一人のパートさんについて、私よりも三歳年上なのだが、とても元気だと思う。
私と同じ仕事をしているが、重労働で辛いと思う。
先日、職員のボードに、働いている人の写真が貼られているのだが、私のはまだ撮っていないのでなし。
もう一人の人の写真を拝見した。
わりと、若い感じであったが、ピンクのポロシャツに、ドデーーンと、垂れている大きな胸が、印象的であった。
多分、余計なお世話だが、下着をつけると作業が、しにくいのだと思う。
本当は、連絡を取り合って、作業についての情報交換をしたほうが良いのかもしれない。
金曜日は、二人が交互に日を変えての作業をする場所だが、具体的に書くことが出来ないが、色々あって、
もう嫌になるような感じなのだが、もう一人の人の場合は、どうなのかなと思う。
私は、金曜日があまり好きではないのだが、もう一人の人はどう考えているのか知りたいと思った。
他の人について、あまり興味がなかったのだが、この心境は、進歩なのか、何なのか。。



感染とにんにく。

最低賃金が上がった模様。
871円から896円になったと、いそがしですかの彼女が教えてくれた。
いくら上がっても、土日祝日お休みの私の場合、先月はすごく少なかった。画像

一年間の給与金額は、100万以内となる。
しかし、これ以上の仕事は、難しい。
働きすぎで、発熱をした。
風邪でもなく、38度7分、、、喉も痛いわけではなく、ただ、節々が少し痛かった。
病院にも行ったが、風邪とは言われなかった。
それで、仕事を一つにしたが、二つしていたら、きっと、つぶれていたと思う。
今の施設の仕事を選んだのだが、これがこれが、、、我慢をするしかないのだが。。。
健康的な部分で、負荷がかかりすぎる。
感染的なものが、油断できない。
先週、いそがしですかの彼女と一緒に働いているハンディのある子が、お休みをした。
今日、出てきて、顔をみたら、顎下部分がかなり腫れていた。
喉も飲み込むと痛いとのこと。
あの状態で、きつい重労働は、無理なのではないかと思うのだが、出勤してきた。
様子を見ていると、顔の感じが変わっている。
多分、腫れている顎部分の痛み等があるだと思う。
もう少し腫れがひいてから、出てくれば良いのにと、家庭での扱いにふと、不信感を持った。
リンパ腺が腫れているのだが、体中に支障が出ないように、少しお休みをした方が良いと思う。
いそがしですかの彼女は、昨年の今頃に、やはり、顎わき下にかなりの腫れが生じ、首が回らないような状態に
なった。
それが、なかなか治らなくて、何度も再発をしている。
ホールの掃除や、トイレの掃除をしている二人が、同じような症状になるのは、何かあるのか。。
ハンディのある子は、主にホールや、洗面部分の拭き掃除をしている。
二人が、同じような症状である事が、何かとても、不安になる。
この施設で働くようになって、もうすぐ二年目にはいる。
高齢になると、色々と感染しやすいみたいだ。
昨年のインフルエンザの予防接種はしなかったが、大丈夫だった。
しかし、今年はどうだろう。
年々、体力が落ちていると自覚している、勿論、抵抗力も落ちている。私よりも、ずっと若い二人が、あの状態になるのは、どうしてなのか。
二人とも、扁桃腺が痛くて、喉に白いものが付着していて、耳下付近のリンパ腺が腫れた。画像
風疹が流行っているがハンディの子は、病院にかかっているので、その検査をしたと思う。
私は、対策として、そういう環境になった時、ニンニクを焼いて食べている。
これが、意外に良くて、、但し、匂いが凄くて、嫌われるが。。。
果たして、本当に効果があるのか、分からないが。。
国産のにんにくは、とても高価なのだが、産地次第で、少し安い。
地元産のを探して、塊を買ってきて三かけ位を、焼いて食べている。
同居人が、臭い臭いとうるさいが、私の健康がかかっているので、黙ってリビングまで、ニンニクの匂いが漂う状態で、暮らしている。




それどころ。。。

毎日、嫌だ~嫌だ~と言っているとこうなるのか。。。
腹部エコーに、異常はなかったと言われたが、副腎関係の腫瘍として、褐色細胞腫というのがあるらしい。
アドレナリン⇒高 ノルアドレナリン⇒高とか、様々な数値により、腫瘍があるかどうかが、わかるらしい。
私の場合
アドレナリン    下限値0.00上限値0.17 私0.05
ノルアドレナリン   下限値0.15上限値0.57 私0.79  これが高め
ドーパミン     下限値0.00上限値0.03  私0.03

画像
細胞腫の場合、カテコールアミン3分画の数値がある程度示すらしい。
これについては、以前の検査ではされていなかった。
副腎皮質刺激ホルモンというのもあるが、これは規定値以内。

ネットで、細胞腫の事を知り、またしても、世捨て人のような心境が訪れた。
71歳ともなれば、病気の一つや二つ、あるのが当たり前で、ない方が変かもしれないよと友達に言われた。
そうであったとしたら、私は、しなければいけない事があり、その準備をしないといけない。
長期に渡る何かが始まるとしたら、この仮面家族は解体をしないといけない。
元々、次男はもう一人でも大丈夫そうなので、同居人と私の関係の解体だ。
病気になったら、そばにいてほしくないのだが、せめて、それだけは叶えられたらと思う。
他界する時は、特に見える範囲にいてほしくない。
私は、まったく関係がないと思える状況にいたい。
二男には、その事を二~三度話をしたのだが、その度に嫌な顔をされた。
嫌な話だとは、私も思うが、こちらは必至で策を考えての言葉なのだが。。。
計画はたてているが、それが実際に行動できるものなのかまでは、調べていないので、それを調べる。
〇亡届を提出する前に、離婚届けは出せるのか。。
これは、私に何かがあった場合の行動。
検査の結果次第で、考える。画像

実家の売却について、本当は自分の体の事があるので、それどころではないのだが、甥っ子がどうなったかと
連絡をしてきた。
姉にも連絡をとって、一度実家にきてほしいと話をした。
それで、二人で家の中をみて 、不用品の引き取りや、大物家具の処分の手配をしたい。
一人ですべては、体調に悪い。
それに、私の相続となると、働いている上に、所得が発生したら、税金が高くなる。
国民健康保険も同居人からはずされるので、困る。
次年度には、戻すことが出来るが、面倒なり。
姉に、あなたが相続してほしいと話をしたが、考えるようだ。
11月頃に、新幹線で実家に来るそうだが、もう、体がうまく動かなくて以前のように、高速道路を走りきる気力が
無くなった模様。



怒りのホルモン。

怒りのホルモンとは、ノルアドレナリンの事だそう。。。
体調が悪い日が続いていて、。
たまたま、薬剤のお店で血圧を測ったら、上が160もあり、驚いた。
皮膚科にかかっていて、薬を処方していただいた時だったので、すぐ隣の内科を訪れた。
手首と足首の血圧測定したら、動脈硬化の疑いと書かれていた。画像
それで、いつもの総合診療科に出かけた。
一か月に一度、デパスを出してもらっている病院だ。
血圧を測ったら、やはり、160弱だった。
母の家系は、腎臓系が悪いので、その話をしたら、腹部のエコーを撮る事になり、その他にも、ホルモン系も調べる血液検査もした。
CTの結果は、内臓は大丈夫だそうだが、血液検査の結果は少し、異常が見られた。
あまり聞きなれないノルアドレナリンとか、ドーパミンとか、ノルアドレナリンは、上限値を超えていた。
ドーパミンは、上限値で止まっていた。
それで、もう一度、血液検査をすることになり、結果待ちだ。

ノルアドレナリンを調べてみた。
ノルアドレナリンは、悲しい時、不安な時、恐怖を感じる時に放出されている脳内物質。ノルアドレナリンが過剰に分泌されると感情のコントロールがきかなくなり、何に対しても不安感を感じるようになって日常生活に支障をきたすことも……。ノルアドレナリン過剰を抑えるにはセロトニンを増やしてあげる必要があるから、太陽の下でウォーキングがきく。
闘争か、逃走の準備をしているホルモンだそう。
危険を感じて、自分を守ろうとすると出るホルモンだそう。。

と書かれていたが、私の心が限界値に達している事の現れの様だ。
夜半、就寝する時、以前にされたことが浮かび、少し怖くて眠れない。
寝ている私の目の前に、何かペンライトのようなもので左右に、照らしていたことがあった。画像

本当に眠っているか調べていたようだった。
夜、安心して眠れない。
怖くて眠れないが、本心だ。
恐怖と、緊張感は毎日ある。
それだけ、夫婦としての信頼関係はないと言う事。
夫婦という括りは、もう、とっくに感じていないし、何かされるのではないかという恐怖が時々顔を出す。
まさか、そんな事をしないと言い切れない何かがある。
被害妄想と言い切れない何かがある。
二男もそれを感じていて、お母さんが心配だというのだが、私は、次男が何かされたらどうしようと心が騒ぐ。
そのような考えで、家庭と言うものがある事が、大変異常であり、私のノルアドレナリン数値が上がっているのもあり得ると思う。
ノルアドレナリンの数値が高いと、怒りっぽいと書いてあったが、私は殆ど怒らない。
大変醒めていて、嫌な事を言われたら近づかないし、逃げる方だと思う。
この四十数年の間、唯一、逃げられない所にいて、困っている。

血圧測定の道具を買う事になった。
家庭での血圧を調べてから、お薬を考えると医師に言われた。
デパスを服用して、安心したい心境が、度々訪れて、薬が足りなくなった。
医師は、依存性を心配してくださったが、私は、この苦しみから逃れたいので、服用したい。
私の、年齢を考えてみたら分かる。

パニック〇〇

昔、とても好感をもっていた女性歌手の人が、パニック障害だったというが、その後歌手をやめてアメリカで暮らしていると言う。ちょっと残念だなと思った。
私も、子育て中にパニック障害を発症したことがある。
長男を育てている時は、夢中の心境だったが、やはり、ストレスがかなりあったと思う。
中学校に上がってから、そのストレスが最高潮となった。
親の会という集合体があり、その役員をしたり、親との付き合いが頻繁にあり、変な緊張状態もありで、
最悪だった。未だに忘れられない経験をしたと思っている。
実家の母親が、ある程度の関係をしているのだが、あり得ないと言う出来事であった。画像
小学校は、四年生から関東に引越しをしてきて、こちらの特殊学級に通ったのだが、
その小学校の先生に、母親が出向き、あのこ(私の事)は、子育てが出来なくて、子供は私が育てたのですといったのだが。。。
その流れをそのまま、中学校の先生にまで、会いに行き、体育の授業中に、先生と話をしたようだった。
その先生が、お母さまが見えましたと言ってきたので、分かったのだが。。。
話の内容は言わなかったのだが、後から、父兄会の時に、その先生が、皆の前で、〇〇さんは、子育てが出来なくて、全部お母さまが色々なしつけとかしたようです。
〇〇さんは、ボーダーなんでしょうかね。。と言ったそうだ。
すぐに数人の母親から電話がかかってきて、大変よあなたがボーダーだと先生が言っているあなたのお母さまがそう話をしたといっていると、教えられた。
そして、お母さんに、そういう話を学校でしないでと、早く言いなさい。大変な事よと、言われた。
すぐに、母親に電話をかけてそういう話をやめて、と言ったら、していないと言う返事だった。
多分、また言ったのかと思い、放置をしていたら、すぐに結果が分かった。
学校に行って懇談会の話の時に、私が発言をしたら、先生が、〇〇さんは黙っていなさい。何も言わなくてもいいと
語尾に軽蔑を含めて言い放った。
あれま、お母さんは、本当に言ったなと判断した。画像
それ以後、私は、ボーダーとなった。
(ボーダーと言われる母親は、特殊学級にいた。子供が多数いるのだが、父親が皆違うという事だった。
精神遅滞と、普通の間の人の事をそういう)
何しろ、お母さんも言うし、先生も皆の前で公言しているしとなった。
この子育てが出来ないという状況は、二歳まで関東で、小学四年まで名古屋で過ごしているが、母親は、名古屋にずつと来たことなんかない。
その話を信じるのは、どんな頭をしているのかと思う。
小学校の先生は、おかしな話ですよね。ずっと名古屋ですからね と言ってくれたが、中学校では、関東に戻ってきて数年経過しているので、二歳から名古屋は知らないと思う。
中学校時代に、本当に様々な出来事があり、ストレスで、パニック障害を起こし、数年間苦しんだ。
お茶を飲んでも、160位の拍動となり、冷や汗、冷感覚、不安感で文字通りパニックとなった。
体重は、かろうじて、40キロ。。
もう、骨と皮という感じだった。
母親が、子育てを自分がしたという理由を、友達が解析してくれだのだが、長男がとても落ち着いた子供だったので、自慢をしたかったのだろうという。
本が好きで、本屋さんに一人で行くのだが、取り出して読んだ本は、必ず元に戻している長男を、本屋さんが何も言わずに受け入れてくれたのだが、そういう態度を自分が教えたのだと言いたかったらしい。
本屋さんが大好きなので、、ひとりで出かけて嫌がられないように何度も、教えた結果なのだが。。
ダウン症の子供の場合、知能は確かに低いが、生活面の日常の部分については、ある程度、教える事ができる。
人前にで叫ばないとか、横断歩道の信号の渡り方とか、何度も何度も根気よく教えれば覚えてくれる。
それが、家族だけではなく、本人にとってとても大切な生き方となるから。。
パニック障害は、四年位かかって、治まった。
最終的には、私の考え方と、気功を受けた事で治まった。

一番、私を守ってくれるはずの、母親が私を一番苦しめる原因を作った。
その後、ずっと経過し、母親が施設で暮らすようになり、施設を転院したのだが、その大きな施設で、また、
同じ事をした。
その施設の職員が、私の友人の娘さんで、母親の担当になった。
私の事を、話したそうだが、やはり、子育てが出来なくて自分が育てたと言ったそうだ。
それで、もういいかなと、判断した。
仙台の姉が連れて行きたいと言った時、母親が良ければ良いと返事をした。
この時に、私の骨の髄まで、しみ込んだものは、人に対しての猜疑心だ。
母親は、どうして、あり得ない事をしたといったのか。。。。。。
こういう事例を経験したり、姉の行動や、妹の行動を見ていると、私の行動もだが。。大変、変な家族だという結論。。
異常といっても過言ではない。
変だから、いい加減で真面目ではない、中途半端な配偶者に当たったのだと言う事。。。
同居人は、ガリガリに痩せた私に対して、何も言わなかった。
食べろとも言わないし、大丈夫かとも言わなかった。
ただ、車で病院に出かけた帰りに、私が〇を意識し始めていて、もう駄目だろうなと思って、私が〇んだら、
子育てをしてくれる人と再婚してほしいと言ったら、一言、死んでから離婚出来るかなと言った。
勿論、死んでから、姻戚関係終了届は、出すことが出来るが。。。
終了届は、親戚等の関係を終了するという意味らしいが、亡き妻の遺骨も実家に渡して、新しい妻に負担をかけないようにしたかったと言う理由のようだが、そんなに冷たい事が出来るとは・・・・そうしようと思ったとは・・・。。
死後離婚と書かれているが、意味合いは、離婚ではないという事みたいだ。
やれやれ・・・・・参考にはならないか・・・・・・・。



考え方

朝、お弁当を作り、渡して玄関で見送った。
すぐに、家の狭いリビングでスキップをして、体操のようなものをした。
いない、、いない、、それだけだ。
こんな事で良いのかと、自問自答するが、それよりももっと、逃げたいという感情が勝つ。画像
やはり、朝具合が悪い。
相手の行動を気にして、動いていると、耳鳴りがジンジンとするのだが、これは血圧が関係しているのだろうか。
うつ病だと笑わないと、何かで読んだが、私は笑う。
先日も、ロシアのサーカスで、虎が火の輪をくぐる芸をしていたが、大きな恐ろしい位の変な音楽が鳴り続けていて、その音の中で、くぐるはずなのに、待機している時に、前足でガリガリと乗せられている手すりのような場所をかいていて、おかしいなと思っていたら、いくら鞭のようなもので、即しても動かず、そのうちに気絶をしてしまった。
結局、水をかけられても動かず、音楽がやんで、目を開けたようで退場していた。
その時に、会場では大きな拍手をしていたが、私は、それを観て笑ってしまったのだが。。。
そのタイトルが、その画像を観て可哀想というタイトルだったが、私は、何度も観てその度に笑った。。。。
怖気づいた虎は、鞭でしばかれる事もなく、トレーナーは、目覚めるのを待っていたようだった。
あの強い虎が、気絶するなんて、可笑しいのであって可哀想ではなくて。。
強いと思っていても、ああいう展開もあるのかと考えた結果であるが。。。
朝、スキップしながら、台所で朝食を作り、、納豆トーストと、ヨーグルトにハチミツ、カフェオレ。。画像
そして、外出した。。。。
そのまま、夜の10時まで外にいた。
同居人は、いつもの月曜飲み屋が、祭日だったので、火曜飲み屋だと分かっていたので、家に帰らなかった。
帰宅したら、すごく怒っていた。
携帯に何度も電話が入っていた。
晩御飯は、飲んでいる時は、用意させても食べないのだが、その夜は天ぷらうどんをアルミのまま火にかける
うどんと、少しの野菜と、デザートのブドウをお盆に乗せて運んだ。
何をしていたのかとうるさかったが、言う必要はないので、へらへらと適当な事を言って誤魔化した。
その夜は、爆睡に近かった。
朝は、耳鳴りはしていたが、寝坊をした位眠りこけた。
今朝もいない、いないと思い、肩の力が抜ける。
こういう繰り返しは、あまり得策ではない。
本来は、いてもいなくても、平常心でいないといけない。
嫌だ嫌だという思いは、凝り固まるのだが、この凝り固まるという心境は、あまり良くない。
私の、心の中での、今迄の生き方の習慣的な考え方では、そういうワダカマリは、病気を誘うと思っている。
今、正に、私はそれをしていると自覚している。
散々、そういう場面を経験し、逃げて、感情の誘導をして、よけていたのに、それが今は出来ていない。
私の、自分勝手な妄想なのだが、凝り固まるという心境は、硬いイメージがあり、それは体に硬い病気が発生するという妄想がある。
今迄、柔らかな気持ちを持ち続けて、心からそういう心境になっていて、ちらっとあまり見ない鏡を見ると、
明るい瞳があり、ああ大丈夫と思っているのだが、今、本当に鏡を見る事が難しい。
あの瞳がないのを知っているから。。。
私の、妄想であるか、硬い頑固な気持ちは、あまり持たないほうが良いと思う。誰でも。。。
これを避けるには、一つ解決策がある。
同居人の世話は、仕事なのだという考え方だ。
週に二日と、祭日は、家政婦の仕事をしている。。。。。
それ以外の日は、私自身の生活の為の日々である。
その考え方に、自分の心を誘導している。

朝。。。。

もう、二か月位、毎朝、具合が悪くて起きる時、さっと起きられない。
何とも言えない不愉快な気持ちで、出口のない嫌な部屋に入ったような、閉塞感を感じる。
閉塞感、、お先真っ暗、、耳鳴り(まだ、寝ている同居人の部屋の前を通る時、とてもひどくなる。)、、ドキドキ、、こんな感じだ。
それが、とても強く出る朝は、特定できる。画像
土曜、日曜、祭日の時。。。
このパターンが10月8日を含めて、三回もあった。
もう駄目かもしれないという、観念的な思いで、一杯になる。
施設で、モップをもって苦しい思いをしている方が、部屋の扉が開いている感じがする。
これは、鬱に近いのかもしれないが、どうしたものか。。
以前、先生に、大丈夫か?と聞かれた時、誰も解決はしてくれない、自分自身で判断して行動するしかないと返事をしたのだが、それは本当で、助けてくださいと誰に言えばよいのか、、。
誰も私の心を推し量り、助けてはくれない。
先生に話をすれば、お薬と、病名がつくだけだ。
このように、もう道がないという感じは、ずっと続くのか。。。
多分、ずっと続く。
環境が、変わらない限りずっと続く。
そして、私は体のバランスを失くし、せっかく生きているのに、もったいないのに、楽しめず閉塞感の中で暮らす。
我慢しているし、しないといけない事はちゃんと行動している。
喧嘩もしないし、相手の言う通りに行動している。
以前よりも、かなり冷静に判断しているつもりなのだが。。。
私の考え方が、前向きではなく、退くような後ろ向きになってしまった。
ついに、ついに、体調不良となってしまったのか。。
何と愚かな婆であろう。。
やはり、難しい事なのだろうか。。
もう、相手が゛どのような生活をしていようが、興味はまったくないのだが、目の前にいられるのが、大変な苦痛となる。
もし、相手が悪かったと言って来ても、許す思いは湧かず、この目の前にいられるのが嫌な感情は、動かず、
添い遂げるとか、そういう思考がまったく浮かばないので、私に、何の感情も持たないでほしい。
あちこちの気になる観光地等も、まったく一緒に行きたいと思えないので、私の事はきにしないでほしい。
この言葉を言いたいが、言うとまた、変な声を出して、うるさいので言わない。
先日、ちょっとした事で、、、私自身が忘れてしまっているのだが、相手は、気になったらしく、部屋の中で、
変なおお~~とか、うう~~とか、気持ちの悪い声を出していたが、丁度、その時に、次男がアパートから帰宅した。
玄関を開けたら、聞こえてきたようで、何あれ?頭がおかしいんじゃないの?いい大人が馬鹿じゃない。
気がおかしいんじゃないのと、言ってきた。いつもああなのかと聞かれたので、時々。。と答えたが、確かに異常な行動だと思う。







弱り目に

先月の秋分の日前後に、お寺様でお施餓鬼が行われた。
午後からだったので、午前中は家の片づけ等をしていたのだが、朝の仏壇のお世話を同居人に頼んだ。画像
今迄、何度もお線香に火をつけて、お供えしているのに目の前にあるお線香が見えなくなったらしい。
その後、これと似たような出来事があった。
金曜日、飲み屋から帰宅後、お手洗いに入った様子。。
すぐに出てきて、台所に置いてある油汚れ取りのぺーパーを手にして、トイレットペーパーがないんだが、これを使って良いかと言ってきた。
トイレの紙は、中に麻のかごがあり、その中に入っているが、ない時は、ドアを開けたら目の前の洗面台の上にストックされている。
それが見えないらしい。
ないないというのだが、前にあるでしょ と言うとどこだないよ というのだが、また、足を運び、指さしてほらここにあるでしょ と言ったら、黙ってそれを持ってトイレに入っていった。
これって、危ないか。。。。
認の始まりか。。。
それとも、ただの健忘か。。。
まったく見えていないようだったが、その心理が分からない。
どうしたら、今迄、平気でストックしたり、お線香をお供えしていたのに、それが見えないのはなぜか。。。

急に今迄見えていた物の所在が見えなくなるという状態は、何か信じられないのだが。。。
例えば、或るところに、片づけてしまい、度忘れして分からなくなったりは、することがあると思う。、
そういう状態ではなく、日常的に知っていて繰り返している行動が、ないない という状態になるのは、変だと思う。
専門家でも医者でもないので、そんな疑問を思うだけだが、何かきっと病気の症状等にこういう状態が、あるのかもしれない。
数年前だが、スーパーに買い物に行き、くじ引きの券をもらったので、その抽選に行ったのだが、くじを引いているそばにいたのに、10分程、移動してから、おいくじをひいてこいよ というので、今引いてはずれだったでしょ と言ったら、あそ~と言って、普通にしていたが、あの頃は、車のアクセルとブレーキを踏み間違いして、何度も急発進をしていた。
AとBのペダルを、踏み間違いをするのだが、ブレーキを踏むところで、アクセルを踏んでしまうようだ。
よく、コンビニ等に、車が突進する事故があったが、そういう状態だった。
本当に、恐ろしくて、車に乗せたくなかったのだが、あまり言うと激高するので、黙っていた。
それで気になるので、病院に通院した時に、脳内の検査をお願いした。
専門医の先生が、側頭葉が微妙に縮んでいるといったのだが、生活に支障をきたす程ではないらしかった。
その時の再来かと思う。
もう、面倒なり。。。。
自分の体調も思わしくないのだが、長年のストレスに耐え切れなくなったと思っている。
自分自身で、こりゃ駄目だな~と実感している。
そして、あきらめの境地であり、感情があまり動かなくなった。
良い事も、悪い事も、どうても良くて、何かに焦っている感じが迫ってくる。
ストレスを感じると、肌の毛穴から、臭い匂いが出るらしいが、私の場合、きっと沢山匂っているのだと思う。
なんともはや。。。弱り目に祟り目というのか。。。
認に近いのは、もしかしたら、お互い様かもしれない。
私は、今年に入ってから、何かが変わった気分だ。

〇〇街道

自分の年齢に対して、あまり実感が沸かず、何となく無理をしているのが分からず、酷い目に遭う事があるようで。。
施設の仕事で、五室も増えたら、曜日によっては四十五室もの掃除となるのだが、断る事も出来ず、へとへとになっている。
その為に痛めてしまった膝が少し良くなった。画像
昨日あたりから、痛みがなくなり、その代わりに、かばってくれていた足の方がつる様な状態が何度もあり、
人間の足は、両方が機能しないと、バランスが取れないのだなと分かった。
まだ、本調子ではないが、痛みが減ったので少し安心して、働けそうだ。
どこも痛い所等がなくて、走ったり、何かを掴んだり、かがんだり、座って立ち上がったりすることが、
自然に出来るという事がとても、有り難い事なのだと実感した。
過信せず、同居人のようにユルユルと暮らすと良いと思う。
私よりも、少し年齢の若い友達が、子宮の中にポリープがあり、手術をすると聞いた。
今年は、友達関係で、ほぼ全員が、傷持ちとなり、病院のお世話になっている。
私に対して、、あなたはよくその年で、働いていられるわよ、何ともないなんて、おかしいよ というのだが、
安心してよろし。。。。私も体がガタガタとしている。
何ともないと良く言われるが、私は、長い間、デパスのお世話になっている。画像
もし、災害が起きたら、必ずデパスを抱えて逃げる。
自分が若いと思っているでしょ と言われるが、あまり年齢を意識していなくて、鏡もあまりみないし、何よりも、
生活苦なので、皆のようにのんびり年齢を重ねてはいない。
もし、お金が沢山あったら、きっとあっという間に、体が弱っていくと思う。
テレビ等の報道で、71歳の老人が、、、という下りで、あれ私と同い年、、と感慨深く思う。
クレジットカードの支払いがもう少しなので、それが終わったら、一気に老老となると思う。
75歳になると、一気に体の機能がおかしくなり、老人になるという情報を手に入れたが、
その時を、私よりも早く迎える同居人を見ていたい。
今でも、冷静に観察しているが、先日、出かける前に、お仏壇のお世話を頼んだのだが、いつもの手順で、慣れているはずなのに、おい 線香はどこにあるんだ?と何度も聞いてくる。
指さして仏壇の中にあると教えるのだが、見えないらしい。
どこだどこだと、怒鳴るので、近づいて、指さしたら、おお と言ってお線香をお供えしていた。
少し、恐ろし~~と思ったのだが、こういうシーンが増えて、一気に老化街道をかけていくのだと思う。
まあ、、、人の事はどうでも良くて。。。
体調が、今いちなのは変わらず、特に、このところ連休が続いている事が原因だと分かっている。
家にいるのが、嫌なのだが、外出するには、やはり、お金が必要で、少し歩いても、ランチをしたりする余裕がほしい。
今朝、出ていく姿を送り、ドアを閉めたら体中に、湧き上がる様な歓喜が溢れた。
今だけでも良いので、いないと嬉しい。
明日はどうなるのか分からなくても,今この時間にいないと目の前が開けたような感覚になる。
これは、押さえつけている自分自身の心が、良かったねと言っているのだと思う。
じっとじっと、自分を押さえて、相手の喜ぶ行動をとっている。
亡き母親にも、そういう感覚で、喜びそうな事を沢山していたのだが、その反動は嫌な顔をされないという見返りがあり、その為にしていた。
別に喜ぶ顔がみたいと、切に思っている訳ではない。
こうしておけば、変なオーラが飛んでこないと思っているのだが、嫌な、例えば意地悪をするような行動をとるよりも、こうしておけば良いと良い行動をしておくと安心する。
韓国のドラマで、日本に知名度の高いドラマは、冬のソナタだと思うが、そのドラマが唯一気に入っている。
内容的には、あちらのドラマらしく、意地悪な策略があったり、交通事故があったりで、そのあたりは、飛ばしているが、二人が教会で、祈る時の言葉で、おじいさんになっても、おばあさんになっても、一緒にいたいのです  というシーンがあり、その部分になると、私の人生を振り返ってしまい、涙が溢れてしまう。
私も、そういう人と結婚がしたかったなと思うのだ。
でも、今度生まれ変わるとしたら、山にある名もない樹木になりたいと思っている。
それとも、業が深いから、また、このようなくだらない伴侶にあたり、実のない人生を送るのか。。。
誰も、知らない世界を創造し、考えてもしょうがない。。。。


鬼が笑うか。。。

一番嫌な日は、土日祝日。
三日も続くと、肩に力が入り、気持ちの緊張が続き、そのくせ、夜は眠れない

このところ、その日々が続き、体力が持たない。画像
気力も持たない。
呼吸が何となく早くなり、体がガチガチとした感じになる。
殆ど、受け身であり、自分から近づいてはいないのだが、二階の自室に相手が入っている時は良いが、
リビングに降りてくると、二秒毎に、テレビのチャンネルを変えて、何を見ているのか混乱する。
その真っ只中にいる時、感情は緊張し、逃げ出したくなる。
休みが明けて、出勤していく姿を見届けると、体中の力が抜けるような解放感を感じる。
そばに居なければ良い。
見なくて済めばよい。
そんな関係なのだが、いよいよ来年三月頃、仕事が無くなるらしい。
そうすると、一日中、あのたらこ唇と、カメのように猫背の、かまどうまのような容姿を見なくてはいけないのか。
その上、私が老健の仕事に出る事を見られてしまうのかと思うと、気が狂いそうな嫌悪の気持ちが湧く。
憎しみとか、悔しさはもうあまり湧かない。
ただ、もう勘弁してよの心境だ。
私は、何もかもから見放されているのか。。
今年は、まだ、二か月ある。いや、もう二か月しかない。
何か対策を考えないと生きていけない。画像
テレビのチャンネルを変えないで、トウトウと、会社の悪口を言っていたが、殆ど生返事をして、聞いていなかった。
とにかく、来年私は、最悪の年を経験するらしい。
今迄で、一番辛い年が始まるのか。。。。
もう、お仏壇のお供えも、お線香も、お水換えも、、、、、。
何だか、悲しいと言うより、腹立たしい。

いや、本当にどうしたら良いのか。。。。
相手に次の仕事が見つかれば、それで良いのだが、見つからなくて、家にいるようになったら
特養の仕事を辞める。
家で出来る仕事を、自室でするようになると思う。
家を空ける事が、トラウマとなっていて、私自身の精神状態にダメージを与える。
もう、十分異常をきたしている私の精神が、完全に崩壊してしまう。
あと、二か月は、一生懸命仕事をして、過ごす。
その後については、あらゆる可能性を考えてみるが、未来は分からないと考えたほうが良いかもしれない。


パズル片

友達の整理をしたのだが、三人位の友達とは続けている。
その中の一人の人が、仕事を首になった関係で、時々、ランチをしている。
首になった時とは、今年であり、彼女は68歳になっていた。画像
雇用保険は、毎月支給されるのではなく、一時金でお終い。
新しい仕事を探しているが、なかなか見つからないのが現状だ。
そうこうしている内に、体に異常が出てきて、久しく行っていない病院にいくようになったようだ。
一番手初めは、結石で、腎臓なのか、膀胱なのか、尿路なのか分からないのだが、かなりの痛みで、
苦しみ、ようやく、小さな石が出て、終息した。
ランチをしている時に、あれは治ったのだけれど、、、と言いながら両方の指を見せてくれたのだが、第一関節の両脇が光り輝くように出っ張っていて、何だか、信じられない指先になっていた。
ある指は、曲がりかけていて、何か無理をして行動したのかと思ったのだが、何もしていないと言う。
第一関節の両脇という位置づけが、みょうに存在感があり、なにこれ。。。と疑問符が一杯だ。
病院には行っていないらしいが、ヘバーデン結節という病気らしい。
リュウマチでもないようで、何とも不思議な状態だ。
7月に首になり、まだ、2か月経過の時期に、長年の仕事の緊張が解けたのかもしれない。
ランチは、イタリアンでいつも行くお店なのだが、その間の歩行についても、とてもゆっくりで、ヨチヨチとした感じで、同居人のユルユル歩きと、良い勝負だと思われる。
腰や、首の辺もおかしいと言っていたが、これが、私達の年齢の状態だと思う。
私は、血圧が高いと思い、検査を受けている。
私の場合、ストレスでかなりの影響をしていると思われる。
血液検査には、ホルモン分泌も含まれていて、抗核抗体の一つに異常があった。画像
これは、ストレスによって分泌されるらしい。
もしかしたら、血圧を下げる薬を服用するようになるかもしれない。
施設の仕事で、他の部屋の掃除を五室余計にしなくてはいけなくなり、その結果、ある曜日は、四十五室の部屋の掃除をする羽目になり、慣れていない部屋の掃除だったので、膝をついて作業をしていたら、膝を曲げると痛みかでるようになった。
すぐに整形外科に行き、検査をしたのだが、筋肉を傷めたようで、湿布薬を戴いた。
治るのかなと、懐疑的な気持ちになるのも、老化だからか..

介護施設で、入居者の方が、他の入居者に私達は、ここで死ぬのよ 死ぬまで出られないのよと言って話をしていたが、こういう死という他界する道について、パズルが一つ一つ、正しく収まっていくような道を感じている。
もうこの道しか、残っていないと判断できるのは、高齢にならないと分からないと思う。
高齢を感じる所作には、本当に色々とあり、その度に年取ったな~~と思うのだが、例えば、ベットボトルのフタを開ける時に、満身の力を込めて開けないと開かない。人差し指が赤くなるほど、力を入れている。
台所で、包丁を使う時、今迄は、呼吸を止めてケガをしないように、用心して使っていたが、何だか、とても危なく感じる自分がいる。
でも、左利きで良かったと思う。
まな板の上の、トウモロコシを三等分にする時、左で包丁を持っていると、とても安心する。
左側は、心臓部分に直結しているから、切ったりしたら怖いし。。。
右手の包丁は、見ているだけで、怖いと思う。
左手を切るのは、とても危ないと考えるのは、私だけの考えだと思うが。。。
首になった彼女が、新しい仕事に就けるかどうか、、、殆ど、見込みなしと思う。
仕事を選ぶとそうなる。。。
どのような仕事でも、やるしかないと思わないと仕事には就けない。
彼女は、事務系を探しているので、そう思う。
熱海のシニアマンションに行こうかと、彼女が言い始めて、私の心は一応、揺れ動いたが、無理だと思う。
健康でなければ、入居出来ない。
入れる頃には、杖をついたり、薬漬けかもしれない。
手持ちのパズル片は、もうあと、数片しか残っていないしなぁ。。。。。





解けたもの

自転車に乗って走っていると、今迄とは違う風が、通り過ぎていく。
少しヒヤッとして、快い。
風の匂いは、枯れ草の匂いがする。
空には、大きな入道雲が、夏らしいが。。。
この頃、ふと、長男と過ごした日々が思い出される。
感傷的な気持ちが強いのだが、体調が思わしくないとそうなる。画像
長男は、ダウン症特有の、発音障害があった。
上あご内の肥厚が原因で、カ行や、サ行の発音が出来なかった。
あの当時、まだ、おんぶをして行動していたのだが、発音の矯正が出来る病院に通った。
場所は、高蔵寺という駅を降りて、少し山のような道を登っていく。
愛知県心身障碍者コロニー中央病院という、専門の病院だった。
ベッドタウンとして、開発された所に、その病院があり、まだ、新しく、行く道には、何も建設されていなかった。
バズが行き来していたが、私は、折り畳みのベビーカーを持ち、おんぶをして歩いた。
一時間近く、その道を登っていくのだが、長男は、私の目と同じものを見ながら、大人しくおんぶされていた。
ススキが風にゆれ、あちこちに秋の気配があり、空はずっと高く青く、私の吐く息使いが大きく聞こえる程静かな道を登った。
私が、心地よいと思っていた、風の音や、草の香や、静かな道を長男もきっと心地よいと思っていたと思う。
辿り着き、診察を受けるのだが、とても安心するような成果があり、行く道も帰る道もあの当時は、辛いと思う気持ちを持ちながらもそれよりも、少しでも進歩する事が出来て、良かったなと思う気持ちが勝っていた。。

長男は、発音が出来なかったカアサンという言葉をちゃんと発音した。
タアタンといっていたのが、カアサンと言えた。
それは、治療というよりは、リハビリのような作業をしていただいたからだが。。
その時に使われたものが、丸い平たい口にはいる位の大きさのえびせんだった。
その小さな白いおせんべいを口の中に入れて、上あごにつけて、発音をさせるとカアサンと言えた。画像
私は、長男が何を話しているのか、大体分かるのだが、他の人には殆ど分からなかったようだ。
ウインタトテジと発音して、母親を困らせた事もあった。
母親の家に遊びに行き、その言葉を言ったのだが、母親が電話をかけてきて、長男が大きな声で言うのだが、分からない、ウインタトテジとは何?と聞いてきた、それは、ウインナーソーセージの事と教えたら、困ったね~と言った。
こんな発音では、伝わらないよというのだが、解決策は殆どないと思っていたのだが、コロニー病院を知り、
通った。
雨の日も、おんぶをして、通った。
あの当時は、成果を期待して、叶えられて、嬉しくて通ったのだが、ふと今思い出すと、あの子も辛かったと思うが、私自身が、とても辛い状態だったのだと気が付く。
今迄、長男の辛さを思い、自分自身については、感じていなかったのだが、今思い出すと、涙が止まらない。
なぜ涙が出るのかと思うのだが、本当は自分自身も凄く辛かったと心の奥の本心が涙なのだと思う。
そのような思い出すのは、私が高齢になったからだと思う。
自分の人生の歩みを思い出すからだと思う。
長男がダウン症だと知らされたのは、生まれて三日目で、誰よりも早く私は知らされた。
病院のベッドで一人で泣いた。
そばに連れてこられた長男は、ちいさな小さな赤ちゃんで、目に特徴があり、誰にも似ていなかった。
泣いている声は、呼吸が出来ないようで、小さな声だった。
あの頃から、私は長男に対して、罪悪感があり、ごめんねごめんねと心の中思い、出来る事はやろうと心に決めていた。
自分の心は封印したように心の奥にあったように思う。
それが、解けた。。。。。。
私も、本当は、辛かったと心が言う。
母親の罰が当たったのよという言葉を、酷いと今更思う。
こういう心境になる原因は、老化であり、健康に対して自信がなくなったからだと思う。
私の今迄の生きてきた道は、酷いの一言であり、辛い悲しい人生であったと言える。
そして、今もその中にいて、変わらずに続いていると言える。




一週間に三日

これから、一週間の内、三日間だけのパートになる予定。
もう、これ以上働くのは無理かもしれないが、さて、どうだろう。
金曜日は、仕事量が多い日なので、早めに始めるのだが、いそがしですか?の彼女が使用しているクリーナーの
修理を頼まれて、施設内で待ち合わせをしたのだが、20分位待たされた。画像
始める時間が遅れたので、急いで行動していたら、お昼近くなって、疲れ切ってしまった。
洗面所で、デパスを服用したら、落ち着いたが、あせるのは本当にやってはいけない。
私の年齢で、働いている人が、どの位いるのか気になり、ネットで検索をしてみた。
生活の為にとか、健康の為にとか、理由はいろいろあるようだが、75歳位までは、大丈夫の様だ。
老後破産に近い生活もあるが、私の生活は、その類だと思う。
年収が一千万あって、年金が30万円あっても、破産状態になる人がいるようで、大変驚いた。
理由は、奥様が認知症になり、公営の施設入居が出来ずに、民間に入り、費用面で大変だったようだ。
入居金が2000万円で、毎月17万円+おむつ代がかかるようだ。
それで、支払いばかりで、生活が出来なくなるとのこと。
マンションを所有しているので、その維持費もかかるそうで、何か贅沢な悩みなのかもと思った。
そう考える私も、小さいながら家に住みながら、働いている。
認知症関係の施設で働いていて、その大変さはよく分かっているが、どちらかが、バランスを崩すと、何もかもバランスを崩す人生になるようなのか。。。画像
共に生き、高齢になった時に、今迄の生き方が、落ち着いた老後を提供してくれるのだと思う。
家庭を顧みず、仕事人間であった場合、相棒が崩れた時、何もかもしないといけないストレスを受けるだろうが、
崩れたほうは、病気なので、何も考えていないのではないかと思う。
私は、自分の年齢を凄く考えている。
その年齢にいる事が不思議なのだが、その考え方が、あの重労働をさせていると思う。
いつか、自分が、あ 年とっているんだと気が付いた時、きっと崩れるのだろうと思う。
それまでは、ユルユルと、働いていく。
今の職場は、私にとってもしかしたら、有り難いのかもしれない。
土日祝日はお休みだし、年間で一日ずつ有給が増えていく。
規定では、60歳定年だが、理事長の決定でそれが伸びる。
もう一人の人は74歳で頑張っている。
連絡帳のみの知り合いだ。
同居人についての、様々な出来事についても、どうでも良いような感覚が多くなった。
私はそれどころではないのだという思いが、している。
なるべく、家にいないでほしいと思っている。
顔を見なければ、楽しく暮らせる。
そう思えば思う程、態度に出さなくなった。
相手は、私が何も感じていないと思っているが、そういう事が原因で、そういう態度をとっていると知らない。
もう、自分自身の終活を考えたほうが良いと思う。
二男が、お母さん本当に71歳なの?と言うが、この生活状態では、考えたくないが、そうなんだからね。
老後が、悠々自適という生活は、もう私の場合あり得ないようだ。