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zoom RSS 中年だよ

<<   作成日時 : 2017/03/13 01:30   >>

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3月11日は、次男の誕生日だ。
真夜中に祝福の、ラインを送った。
様々な思いがよみがえり、何となく涙が出てしまった。
長男は、病気だったので、しかも、油断を許さない重い病気と、ダウン症だった。画像
心臓は、アブノーマルラインとよく先生が話してくれたが、とてももたないような重症だったらしい。
それでも、30歳まで頑張ってくれた。
近所の開業医の所に、時々かかっていて、重くなってから、車で総合病院に行く事が多かった。
お世話になったお礼に、訪れたら、開口一番が、お母さんよく頑張ったね だった。
その分、次男は、放置状態で通信簿もあまり目を通さず、印鑑を押して提出していた。
それでも、何も言わず黙って一緒に、長男を気遣ってくれた。
長男が最後の時、私は、あまりにもふがいない母親だったと思い、〇んでしまおうかとじっと考え込んでいた。
その時に、次男が私に言った言葉。。
おかあさん、もう一人子供がいることを忘れているでしょ。。だった。
私が、ずっとあまり見てあげられなくてごめんね と言ったら、しょうがないよお兄ちゃんが、大変だったもの。と
返事をしてきた。
それ以後、何をしてあげたら良いかと考えて過ごしたが、結局、私たちの争いに巻き込んでしまった。
だから、私は、涙が出るのだ。
だから、せめて、家を残してあげたい。
本当は、売り払ってそれぞれが別々の道にと思っていたが、次男が、何かの事情で、家に帰ってきたい時、家がなかったら、それこそ、大変可哀想な思いをさせてしまう。
家を残してあげたいから、という思いだけが今の私にある。
私が受けた傷よりも、これから次男が受けてしまう傷は、取り除いてあげたい。
長男の為に、もう一人兄弟をと思った意味は、私たちがいなくなってから、長男に関われる兄弟をと、あまり良い思惑ではない事を考えた結果だ。
私は、いつも後ろめたい。。。
損な性格なのかもしれない。
次男からの、返事は もう中年だよ だったので、笑ってしまった。
それから、数度のやり取りをしたが、最終的にお祝いを二人ですることになった。
私の、お休みの時に、横浜のあるホテルで食事をすることにした。
私が、独身時代の頃、よく訪れていたのが横浜で、鎌倉や、江の島にも訪れている。
あの当時、ドラマで横浜や、鎌倉が舞台の場面が出ているのを好んで観ていて、それでよく出かけていた。
親戚の時計卸問屋のお店が、デパートに出店していて、アルバイトで数か月通ったこともある。
あの当時、一緒にバイトをした同僚が、ガラス瓶のコーラに、ストローを二本入れて飲むことを教えてくれたが、
その飲み方だと、凄く刺激が強くて、新鮮な驚きだった。
ニューグランドホテルの、ココアは、ポットに入っていて、量が多めでしかも、大変美味しい。
銭洗い弁天様は、カップルにやきもちを焼くとか、蛇の神様なので、卵のお供えをするとか、あの当時は、真剣に考えて行動していたが。。。
私が経験した年齢は、今の次男よりもずっと若い頃だ。
もし、次男が誰か良い人に巡り合えたら、何かの区切りの時に、二人で訪れてほしいと思う。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
次男さんのお誕生日おめでとうございます🎂

子供に何か形あるものかお金を残してやれればいいんだけど
自分もいつまでの寿命かも分からなくて大きな病気にでもなれば・なんて
ついついネガティブに考えてしまいますよね。
でも出来れば良い伴侶に恵まれて欲しいと思っています
一人で生きていくなんて可哀想だしね・・・。

次男さんとのお食事が楽しみですね〜〜
たくさんお喋りをして楽しんできてね!(^^)!
パセリ
2017/03/13 22:12
有難うございます。
優しい人に巡り合ってほしいのですが、どうでしょうね〜。
私の周囲でも、急に亡くなっている人がいますので、もうそのような年齢なのだなと思います。
横浜は、独身時代の遊び場でした。
楽しい事が沢山あって、あの当時、今のこの生活が想像出来ませんでした。長男の病気が長男自身の行動の制約であって、次男にも制約であって、外出もあまりなく、遊園地にもあまり行ってなくて、いつか、連れて行ってあげたいと思っていました。

2017/03/13 23:17

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