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<<   作成日時 : 2017/02/18 19:30   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

私は、生まれてから ずっとあまり良い環境の中にいなかった。
人なりに、生きていたらしいが、世の中を知らず、こんな風に生きていくのが普通と思って成長したらしい。画像
人様に、話をしても信じてもらえず、暗い話として嫌がられる事があった。
学校時代、義務教育時代、兄弟がそれぞれ数年毎に小学校、中学校と変化があり、それはそれは、大変な時期だったと思う。
五人兄弟とは、貧乏の子だくさんとよく言われていたが。。。
私は、小学校4年生から、中学校1年まで、数教科の、教科書が本当の教科書ではなかったらしい。
らしいと言うのは、自分では内容が違う事がよく分からず、そのまま言われるままにカバンに入れていた。
不思議な事に、通知表はそんなに酷くなく、良くもなくで、其の為に母親達は私に教科書を買ってくれなかったらしい。妹もその口で、酷い時は二人で学校を休んだ。
どうしても教科書が必要になったが、手元になかったので休んだらしい。
お茶畑を低い姿勢でかがみ、本を売っている所に、妹と二人で買いに行った記憶があるが、本屋さんだったのか覚えていない。
母親が日雇いで稼いだお金で、一冊、一冊と教科書を買ったようだ。
今は、無償で配布なのかな。。。
ランドセルは、形だけで、その形も壊れていたが。。。
靴は、つま先が剥がれていても、そのまま履いて歩いていた。
木綿針という太い針で、つま先を縫ったが、歩いていると剥がれた。。。
前から来る親子連れが、それをみて笑った。
その時に、とても恥ずかしいと思ったのだが、その後、周囲を見るようになり、恥ずかしい自分を発見した。
勿論、健康診断では、いつも、栄養失調と耳垢が詰まっているという診断だった。
ガリガリに痩せていた。
細い腕が、黒く変色していた。
〇ぬのか?と自分を見ていたが、その後は健康オタクに変身していく。
やはり、必死だったのだと思う。
その後、改善が少しあり、姉たちが働くようになり、私も少し太ってきた。
お勤めをするようになり、とても色が白いね と人様に言われるようになり、私は自分が色白であることを知った。
あの当時の黒々とした、細い腕を時々思い出すが、あれは垢だったのではないかと思う。
髪の毛も、白々としていて、ガサガサだったので、学校でも大変嫌われていた。
グループ学習の時は、誰も誘ってくれず、先生がそのグループに入りなさいと、強引に迷惑顔のグループに入れられた。着た切り雀で、同じ洋服を着ているといじめられた。
一人でいたら、数人に取り囲まれて、どうしていつも同じ洋服を着ているのかと、言われて、この服が好きだからと答えたら、皆が離れて行った。同じ洋服を着ていてもどうでもいいじゃないと腹立たしかった。
中学校一年時、校外学習にお金がなくて行けないと、母親に言われたが、それもそれで良いと思っていた。
しかし、先生はそれではいけないと判断したらしく、僕のお嫁さんが、リュックや、お菓子や、お弁当を用意してあげるから、一緒に行こうと放課後言われたが、私は行きませんと言った。
先生は、何度も何度も誰にも言わないから大丈夫だからと言って、行こうと言ったが、私は行きませんと答えた。
あの時の、先生の顔は未だに忘れない。優しい物理の先生だった藤田先生

ずっと以前の、子供時代の過ぎたことであり、済んだことであり、今は違う。
今も、決して良い状態ではないが、きっとこれも過ぎて行くのだと思う。

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