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zoom RSS 流れて行ってしまった日々

<<   作成日時 : 2016/06/21 00:57   >>

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先日の朝の事。。
固定電話の呼び出し音がなり、音声が<愛知県からです>と告げた。画像
電話番号を見ると少し記憶がある番号だった。
名古屋に長男が二歳の時に移り、小学校四年生まで過ごした。
その時に、とても懇意にしていた家庭が二軒あり、そのうちの一軒の人だった。
同じ、ダウン症重度の心疾患で、あまり歩けず、お母さんがおんぶをして行動していた。
ずっと以前、会いたくて名古屋を訪れた時に、訪ねたことがある。
名古屋の地下街を歩いた時、話をしながら歩いていたつもりだっだのだが、
気が付いたら、彼女たちが、ずっと後ろにいたので、慌てて引き返したことがある。
りょうこちゃんは、歩くのがとても遅かった。
心臓が、私の長男とあまり変わらす、重かった。
それから、ずっと連絡もせず、過ごしていたのだ。
電話は、りょうこちゃんのお母さんからで、亡くなって、その日が、四十九日という電話だった。
お互いに、きにしながらの何十年間だと思う。
五月の半ば頃、名古屋の話を、同居人としたばかりだ。
話をしていて、もう一人のしのぶちゃんはどうしているのかと聞いたら、何度も連絡をするのだが、画像
ご主人が出て、<いません> と言って切られてしまうと言っていた。
しのぶちゃんのお母さんは、あの当時でも、年齢が高い方で、今存命なら、かなりの高齢となる。
時々、二人のお友達の事を思い出していた。
我が家は、もう十三年も経過してしまった。
私の、涙も枯れ果てたと思っていたのだが。。。
りょうこちゃんが、逝ってしまったことを、聞いた時、心の奥の遠い所で、ダムが決壊した時のような、
悲しい沢山の思いが溢れ出た。
それは、体中を包み、胸元を這い上がり、口元に嗚咽を呼び、目から溢れ出た。
りょうこちゃんのお母さんには、分からないように、対応した。
母や、兄や、父の時とは違う、とても言い表せない何かなのだ。
しのぶちゃんの顔も、りょうこちゃんの顔も、いまだにちゃんと思い出す。
表情が乏しかったからなのか、いつも苦しそうにしていたからなのか、二人の顔を思い出す。
近くだったら、駆け付けるのだが、今の私の家庭の事情もあり、お仏前を送った。

先日、大きな駅で、電車から降りて、改札に向かい、出てすぐの柱のそばに、鉄道のお巡りさんなのか、
二人の人が立っていた。
柱のそばを通りながら、見たら、柱に寄りかかりお尻をついて、手を不自然に曲げている若者がいた。
顔は、完全にうつむき、ただならぬ顔色だった。
ぴくりとも動かず、苦しそうでもなく、立っている二人のお巡りさんも、触ることもなく、そのばにいた。
きっと、担架のようなものが来るのを待っていたのだと思う。
人間は、もろい。
自分がこうして暮らしていることが、奇跡のように思う。
ズタボロの雑巾のような心なのに。

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